苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
「で、どうなのさ。上手くやってる?」
ペンの頭を掴まれて、むりやり仕事を中断させられた。現行犯の青いサンクタは内心を読み取れない笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「何の話だ」
「惚けなくていいよ。フィアメッタと上手くいったんでしょ?」
モスティマは部屋の隅にあるディフューザーを指差す。そこから香るのはフィアメッタから貰ったアロマオイルだ。極東の植物をベースにした爽やかな香りが漂っている。
どうやら俺とフィアメッタが恋仲になったことを、モスティマは既に知っているらしい。あいつから言いふらすことは無いだろう。特にこうやってからかってきそうな奴には絶対に答えない。近くで過ごしていれば細かい感情の機微にも敏感になるのだろうか。
「本人に聞いてみたらどうだ。今日は同じ小隊でロドスの任務に就いていた筈だろう」
「変なところで素直じゃないんだし、教えてくれないよ。その点は君の方がずっと素直だね」
「別に俺もお前に教えてやる義理は無い」
すげなく切り捨てて仕事に戻ろうとすると、首元に掛かった違和感が思考の邪魔をした。それにがっしりとペンを握られているから、無理に振り解こうとすれば折れてしまう。
「そもそも、何故お前だけ先に帰ってきている」
「いやー、市街地での作戦だったから。ほら、終わった後のほうが面倒でしょ」
「フィアメッタに全部丸投げして逃げたな」
「適材適所だよ。私が関わると余計に混乱させてしまうかもしれないじゃないか。それに、こういう隙間時間じゃないと君たちはべったりじゃない?」
そんなに日がな一日一緒にいるわけでも無いのだが。他人からすればそう見えるのだろうか。
「だって、仕事が終わればあの子はいつも君のとこに来るだろう? それはもう一日中と言っても良いんじゃないかな」
「……そこを論点にしても不毛なだけだな。だが、鬼の居ぬ間に鬼に聞きに来るのは勇敢というより蛮勇だ」
「それだけ私もあの子のことを気に掛けていたってことで一つ」
それが冗談なのか俺には分からなかった。モスティマという女は、軽薄で人当たりが良いようにも見えるが、根底に見えるのは悍しい程の薄情さだ。薄情では少しニュアンスが違うか。もっと超常的で超然的な、感情のベクトルが他人より三十度ズレているかのような歪さを感じさせる。このロドスで彼女が心を許しているのは僅か数人だろう。
その数人の中にフィアメッタが入っていることは察することが出来る。だが、それはモスティマが取繕わないという意味で、積極的に気にかける優しさを持つことではないと思っていた。
「フィアメッタがこの数週間、悩んでいたことは知っているからね。普段上手くいかなくて怒ることはあっても、悩んだり迷ったりしてる彼女の姿は新鮮だったよ」
「それは……初耳だな」
迷っている彼女の姿は想像がつかない。夢を見過ぎではあるだろうが、俺にとってフィアメッタはいつも真っ直ぐに進んでいるように見える。
「だって見せたくなかっただろうし。君も同じでしょ。似てるから」
反論の代わりに両手をひらひらと振る。ドクターを頼って、パフューマーを頼って。それ以外の人にも諭されて。柄じゃないのに駆けずり回った。こんな言い方は変かもしれないが、充実していた日々だったと思う。
「あの子があのジェラート屋に君を連れて行ったと聞いた時、かなりびっくりしたんだよ。だって、私やレミュアンですら誘われたことはないんだもの。たぶん、君が最初なんじゃないかな」
フィアメッタに連れられてジェラート屋に行ったのも、もう随分と前のことだ。その頃からあいつは。いや、俺も自覚していないだけで、その時にはもう好きになっていた気がする。恋人に思われて否定したが、あながち間違いでもなくなってしまったな。
「ま、そういうことだからさ」
モスティマは俺からペンを取り上げる。アーツユニットを向けられたわけでもないのに、危険信号で毛が逆立つ。底冷えするような冷たい声。暗殺者や殺し屋とは違う、もっと恐ろしくて理解し難い怪物のような気配。
「あの子を悲しませたら、私でも流石に怒っちゃうかもね?」
「……肝に銘じておくよ」
カラン、とペンが机に落ちた。モスティマの姿はそこには無く、最初から一人だったような気さえしてくる。
「入るわよ……何、ペンを転がして。書類を通すかどうか天運に任せていたの?」
それからフィアメッタが執務室に入ってくる。モスティマとすれ違っていてもおかしくなさそうなのだが、どうやら彼女は上手いこと逃げたらしい。時を操るアーツらしいが、どういう摂理なのかまるで見当がつかない。
「天運に任せたら数日でロドスは壊滅するだろうな。ちょっと休憩していただけだ。それよりも、お前は任務の戻りか」
「そうよ。モスティマの奴、気が付いたら消えてて。後始末全部私がやる羽目になったじゃない。いろいろぶっ壊したのはあいつなのに」
「損害賠償で経理課がまた悲鳴をあげそうだな。スポンサーを繋ぎ止めるのに必死で眠れる夜も無くなりそうだ」
「いつものことだから、たいして変わらないでしょ」
「それもそうだが。サンクタのオペレーターは特に破壊規模がでかいことで知れてるからな。次がサルカズでその下にペンギン急便だ」
「知らなかった。ペンギン急便って人種だったのね」
「彼女達と同族だと思われたくないんじゃないか。特にループスやフォルテの人間は」
一見まともに見えるテキサスでさえ、一度出動すれば周りを振り回して帰っていく。まあ、世の中にはペンギン急便でサンクタの二重苦を背負っている奴も居るんだが。あのアップルパイが大好きなトリガーハッピーとか。
「そうね。同類扱いされたら私だって怒りそうだわ」
最近ではすっかり出番の無くなった来客用のソファに腰を下ろして、彼女は大きく欠伸をする。ふわ、と噛み殺して潤んだ目は眠たそうに垂れていた。
「お疲れだな」
「面倒な話だったからね。何度爆破してうやむやにしようと考えたことか。赤の他人のいざこざなんて、仕事でも無ければわざわざ首を突っ込まないわよ」
「同感だな。流れ弾に当たったら面倒だ」
ぽんとソファを叩くジェスチャーをされたので仕事する手を止めて彼女の隣に腰掛ける。彼女は俺の膝を枕にして、ぐったりと体を投げ出した。アルコールが入っている訳でもないのにこんなに甘えてくるのは珍しい。よっぽど難儀な任務だったようだ。頭を撫でて労ってやる。
「ん」
頭をより腿に押し付けて、このまま本当に寝てしまいそうだ。子守唄の一つでも歌ってやれれば良いんだが、残念なことに一つも覚えていない。きっと歌われたことはあるのだが、そんなものより記憶しなければならないことが多過ぎて忘れてしまった。
「そういえばカンレイ」
「どうした?」
「最悪なことに、教皇庁から新しいコードネームが発行されたのよ」
「ロドスじゃもう全く使われてないアレか」
「ええ、喧嘩のきっかけになったアレよ」
そういえばそんなものもあったと思い出す。真面目に使っているのは教皇庁の役人だけだろう。そんな些細なものがきっかけでこんなところに着地するのだから人生というものは奇妙だ。今だから言えるが、別件で苛ついてた時だったから半ば八つ当たりだったんだよな。
「今度も酷い名前。なんだと思う?」
「さあ。サンクタのセンスは俺には分からないからな」
「今度はね──」
フィアメッタから聞いた名前に、笑みが溢れる。
「──なんだそりゃ、ふざけた名前だな!」
「苦難の陳述者?ふざけた名前だな!」を最後まで読んで頂きありがとうございます。
元々発想としてはフィアメッタの個人履歴に出てくる人事オペレーターで何か書けないか、くらいの一発ネタでした。こんなに話が広がるとは思っておらず着地点をどこにするかずっと悩んでいました。迷走や未回収の話もありましたが、物語としてはきれいに着地してくれたかな、と思っております。
カンレイというキャラクターは最初は人事オペレーターという部分しか決まっておらず、出身は愚か種族すら構想の段階では決まっていないありさまでした。それが蓋を開けてみれば厳しい人生を歩み、人並みに悩む青年として面白いキャラクターになってくれて愛着を覚えたりもします。特にフィアメッタとの掛け合いは自分でも書いていて思いもよらない言い回しが出てきたりもして。
そしてフィアメッタ。かわいいですね。吾れ先導者たらんのストーリーでは自分の中に芯を持っていて、感情的ながらも強い心を見せていたかっこいい彼女ですが、普段の様子ではモスティマに振り回されていたりとてもかわいらしい様子もあります。自分の読んだシナリオでは、真面目な時も振り回されている時も張りつめているイメージがあったので、彼女が気を緩めて過ごせる場所があったらいいな、という気持ちでカンレイの執務室がイメージされています。付き合うまではじれったい距離感であることも多かった二人ですが、吹っ切れたあとは結構いちゃいちゃしてたりしたら眼福ですね。
さて、メインストーリーとしては申し上げた通りこれで完結となりますが、書いてみたい話はまだ残っていたりします(時系列の都合で出来なかった水着回とか!)
アフターストーリーやサイドストーリーはもしかしたらもう少しだけ続くかもしれません。やるとしたら、ExCaseのクリスマス回のような、時系列無視した時事ネタのような形になると思います。
最後に改めて、この作品を読んでくださった読者の皆様。そして偉大なる原作に多大なる感謝を込めて、結びとさせていただきます。