苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
ExCase:色鮮やかなエックスデー
──We wish you a Merry Christmas,
──We wish you a Merry Christmas,
──We wish you a Merry Christmas,
「あんどはっぴーにゅーいやー」
流れてきた歌につられて口ずさむ。十二月の二十四日。星星が澄んだ夜空をキャンバスに思い思いの光を描いている中、ラテラーノの大通りをフィアメッタと二人で歩いている。どうしてそんなことになったのかというと、先ず今日がエクシアの誕生日であったという話から始める必要があった。パーティの為にペンギン急便の面子はてんやわんやの大騒ぎで、巻き込まれれば厄介事を背負い込むことになるのは火を見るより明らか。俺とフィアメッタの二人は逃げるようにロドスを後にした。かといって向かう先があるでもなく。ちょうど近かったラテラーノをぶらついている訳である。
ラテラーノの街並みは鮮やかなオーナメントで彩られている。一歩歩くごとにショートケーキの生クリームの匂いやブッシュ・ド・ノエルのチョコレートの匂いが鼻孔を擽った。パーティ好きな街は、年に一度のお祭りを前にして落ち着かない様子でざわめいている。
「クリスマスってのは本来ラテラーノの文化なんだっけか」
隣を歩くフィアメッタに尋ねてみると、彼女はこちらを見向きもせずに答える。
「そうね。昔とあるサンクタが、キャプリニーの相方と一緒に、各地を回ってプレゼントを配って回ったのが由来とされているわ。ラテラーノ人にとってすら記録に残っていない昔のことだから、何処まで本当だったのかは議論の余地があるけれど」
「ラテラーノにキャプリニーが居るって話は聞かないな。それにしても随分酔狂な善人も居たものだ。それがテラ中に回って、クリスマスって名称で残り続けているんだから、世界で最も知られているサンクタの一人かもな」
クリスマスにはケーキを食べて家族や恋人と過ごそう。良い子にはプレゼントが来るだろう。ラテラーノと関わりの薄い極東にまで流れてきているのだから、知名度は相当だ。もっとも、俺の故郷ではクリスマス文化は定着しなかったが。
「サンタクロースの由来がサンクタのローズを子供が聞き間違えた、なんて話もあるわね。故に彼を聖ローズと呼ぶ地域もあるとか」
「俺が調べた文献では聖ニコラウスだったけどな」
「なんだっていいのよ」
店に立ち並ぶスイーツの一つ一つを吟味しながら彼女が呟く。
「皆、それらしい理由をつけて騒ぎたいだけなんだから。ラテラーノ人が最たるものではあるけれど、他の国だって大差は無いでしょ?」
「俺の知る限り、他に炎国とクルビアとサルゴンの人間には当てはまる」
「普通、そういうの極東が一番最初に出ると思うけど。文化のるつぼなんて呼ばれてる地域が省かれているのっておかしなことじゃない?」
「るつぼなのは南朝だ。極東人が祭好きなのは否定しないけどな。春の花見に夏の花火。秋は紅葉、冬は雪。年がら年中何かしら祝ってる。南朝はその三倍催事があるって云うんだから恐ろしいことだ」
「何それ、サンクタよりよっぽど乱痴気なんでしょうね」
からからと楽しそうに笑う。珍しくこいつも浮かれているらしい、普段よりも足取りが弾んでいる。それに合わせて上着のファーが揺れた。その姿は、実際の背丈よりずっと幼く見える。もし風船を持っていたらそのまま浮いて行ってしまいそうだ。
「ねえ」
責めるような呼び掛けで我に返る。彼女はさっきまでの笑みから不機嫌そうに眉を寄せていた。
「手、どうしてそんな強く握り締めているのかしら」
気が付けば、フィアメッタの手を掴んでいた。女性特有の柔らかい手。もう少し力を入れたら簡単に折れてしまいそうな、華奢な手を離す。
「悪い。痛かったか」
「ええ。突然だったから、暴漢かと思って蹴り飛ばすところだったわ。いったいどうしたの」
「……飛んでいきそうに思えたから」
「リーベリを羽獣のように罵倒する言葉は幾つも聞いてきたけれど、本当にその二つの見分けがつかない人は初めてね」
「いや、羽獣というよりは……なんだろうな」
イルミネーションに照らされて、きらきら輝いて、そして居なくなってしまいそうな。場違いに、昔よく聞いた歌を思い出した。
──しゃぼんだまとんだ。やねまでとんだ。やねまでとんで、こわれてきえた。
「泡みたいに、ふとした瞬間に弾けて、消えてしまいそうな気がしたんだ」
「なによ、それ」
フィアメッタはため息を吐いて、今度は彼女から俺の手を引き寄せた。指を絡めて、しっかりと繋ぐ。寒さにあてられて、冷たくなった彼女の指先が手の甲を撫でた。
「暖かいわね、あなたの手。態度とは大違い」
「……お前の手は、少し冷たいな」
「冷え性なの。ほんとは手袋をつけてくるつもりだったんだけど、すっかり忘れてたわ。お陰でずっと寒かったのよね」
「人の手をカイロ代わりかよ」
「人を泡扱いする奴よりはマシね」
彼女は俺の手を引いて、通りを進んでいく。夜も更け、人は疎らになり始めていた。菓子工房は今日の売れ残りをゼロにしようと呼び込みの声を大きくしている。甘い香りの迷路を迷いなく歩いた先には、小さな喫茶店の灯りが見えた。こんな夜遅くまでやっているなんて、ラテラーノ人に似合わず精力的だ。
店主は壮年のサンクタで、入ってきた俺たちを見ると、無言のままテーブル席を顎でさした。時間帯を考えれば当然だが、席はがらがらで、俺たち以外の客は見えない。
「ショートケーキとコーヒーを二つずつ」
店内は源石ヒーターで暖められていて、外行の服装だとむしろを汗をかいてしまいそうだ。羽織っていたジャケットを脱いで背もたれにかける。
「クリスマスなのにケーキを食べるのを忘れるところだったわ」
「なんならターキーとシャンパンも忘れてるな」
「冗談! 本当にそれが食べたいんだったら、諦めてレミュエル達のパーティに座ってるわ。少なくともクリスマスに必要なものは全部揃ってるもの」
「ついでにアップルパイとトラブルも完備してるけどな」
「パイはともかくトラブルはごめんよ。あいつらはつつがなく仕事をするってことができないのかしら」
「それが出来たら龍門にペンギン急便の名は轟いちゃいないな」
運ばれてきたコーヒーを口に運ぶ。砂糖やシロップの類は最初から無いようで、ブラックの苦味が広がった。ケーキより先に手を付けて良かったな。甘いものを食べた後だと、この何倍も苦くなりそうだ。
「こっからどうするよ。こんな時間にコーヒーなんて飲むのはロドスじゃドクターと先生くらいだぜ」
「そうね。ロドスに戻ったらアルコールで酔っ払った奴らしか居ないでしょうし。日の出まで歩く?」
「そいつは随分気の長い話だ」
「案外そうでもないかもしれないわ。だって、私達がロドスを出たのが十八時くらいでしょう?」
ゴォーン、ゴォーン。ラテラーノの鐘がなる。大聖堂のあの鐘ではないが、街のどこにだって響くだろう。この鐘が鳴るのは日付が変わった時。つまり、
「そういえば、まだ言ってなかったわね」
「何をだ? サンタさんからのプレゼントなら、こんな夜更ししてる悪い子には来ないだろうさ」
「そうね。悪ガキ同士、甘いもので誤魔化しましょう」
どうしてこう、互いに言葉にするのに遠回りをするんだか。笑みを交わして。フォークを持つ。付け根が重なって、軽い金属音をたてた。
「メリークリスマス」
「ああ、メリークリスマス」