苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
「どうしたカンレイ。今日はやけに飲むじゃないか。ほらもう一杯行くか」
会議室の一室を貸し切りにして作った飲み会会場。床にはレジャーシートを引いて、靴を脱いで座り込んでいる。極東や炎国と縁がない国のオペレーターは不思議に思うらしいが、俺らからすればこういうどかっと座って飲む方が好きだったりする。ヤトウとノイルホーンも仮面を外してリラックスモードだ。
「はいはい……グマさん、いつにもまして上機嫌ですね。もしかしてなんか良いことでもありました?」
「ん、そうか? 私はいつもこんなものだろう」
当人は自覚が無いが、いつもの三倍増しで楽しそうだ。楽しそうなのは何よりだが、飲むスピードも比例しているのはどういう原理なのだろうか。このままだと夜が明ける前に酒とつまみが底をつく。
グマさんは飲ませ上戸だ。その上酔うのは早く潰れるのは遅い。宴会になれば他人を全員飲み潰して自分はケロッとしているタイプだ。俺のグラスに追加の炎国酒を注いだら、今度は瓶の口をフィアメッタに向ける。
「フィアメッタさんもどうです? グラスの中身が少なくなっていますよ」
「それじゃもう一杯貰おうかな」
「お前、本当に大丈夫か?」
「何よう、自分の限界くらい分かってるって言ってるでしょお」
「呂律がもう怪しくなってるじゃねえか。水飲め水」
既にフィアメッタの顔は紅潮していて、少し眠そうな目になっている。だから言ったのに。炎国酒は癖が強くて度数も強いことが多い。飲めない人はとことん飲めないが、適性があるとつい飲みすぎて加減を忘れることが多い。しかも今回は俺が持ち寄ったラテラーノワインとちゃんぽんだ。バーでラテラーノワインを奢られたら警戒しろ、なんて警句がある。その特徴は果実のフレーバーから来る飲みやすさだ。ジュースみたいにぐびぐび飲ませて、酔いが回ったらお持ち帰り、なんてのはナンパ男の常套手段。女性に人気だが贈り物にはしにくい代物である。
「私はまだ大丈夫よぉ。それより、あなたこそ平気な顔して、全然飲んでないんじゃないのぉ?」
「お前、俺の横で飲んでるの見ててそれ言うか?」
こいつが飲んでる量はだいたい把握している。炎国酒が三杯、ラテラーノワインを二杯だ。こいつも意外と呑兵衛だな。だが、当然ながらこの面子の中ではマトイマルよりも少ない。一番飲んでるのはグマさんで、既に両方とも瓶を空にしている。次は俺で炎国瓶だけを空に。
転がっている瓶の本数を眺めているとラテラーノワインを買うときに業者と勘違いされたの思い出すな。セラー丸々買い占めたら俺だってそう思うわ。実際、稀に飲み会で残ったときは食堂に寄付してるし。
「カンレイが泥酔しているのは見たことがないな」
「ホシグマとカンレイでツートップって感じだよな」
「いや……私より強いんじゃないかカンレイは」
「流石にグマさん程じゃないよ。酔いが顔に出ないタイプなだけだ」
「試してみるか?」
「勘弁してくれ。何より酒が足りないよ。あんただけで全部飲み干すじゃないか」
実際飲み比べして、イカサマなしでグマさんに勝てる気はしない。それにイカサマして勝ったら勝ったで、だる絡みが悪化することは分かっていた。或いは他のメンバーからホシグマ対策員として飲み会に拉致られるか。どっちにしろ俺にとって不利益しか無い。
「お酒には焼き菓子だと思ってたけど、甘くないものでも結構合うのね。これって何なのかしら」
「酒盗ですか? 鱗獣の塩辛ですよ。お口にあったなら何よりです」
「鱗獣? これが?」
「腸を燻製にして塩で漬けるんだ。酒によく合うからいつの間にか飲んで無くなっちまうんで、酒を盗むと書いて酒盗」
「ふーん。チーズと合わせても美味しそうね」
「良いな。ノイルホーン。チーズは無いのか」
「流石に用意してねえよ……」
ヤトウに理不尽に怒られているのを笑って眺める。つまみの用意はあいつの仕事だからな。いや、俺もよくなんか持って来いってタカられるが。デスクワーカーに対して要求が厚かましすぎる。
「だってお前酒のセンス良いじゃん」
「そうか? 目についたもん適当に買ってるだけだが」
「我輩よりは良いだろ。この間全員死にかけたからな!」
「お前はセールストークに毎回捕まるのやめろよ」
「なんでだ。良い物だから勧めるんだろう」
「その結果があの劇物だろ。良い物だから勧めるって場合もあるがな、相手がだまくらかせると見るや、ほっといたら一生売れないもんを売りつける奴も居るんだよ。お前は特に引っかかりやすいからな」
「む、それを言われると困るな。だが、カンレイは飲み干していたではないか」
「危険物処理したのを大丈夫だったと勘違いされるのは甚だ遺憾なんだが。捨てるわけにもいかなかっただろ」
捨てたらロドス内でバイオテロが起きそうな代物だった。思い出したくもない。むしろあれを売っていた店はどういう経路で仕入れたのか確かめたいくらいだ。店員にマッドサイエンティストが居たとしか思えない。
「ん……」
「ん?」
酒の肴に無駄話をしていると、のし、と肩に重みが掛かってきた。
「すぅ……すぅ……」
「こいつまじかー」
フィアメッタがいつの間にか俺の方にもたれかかって寝息を立てていた。ずっと自信満々だったのに普通に寝落ちしやがったな。次はきっと二日酔いだ。だからやめとけって言ったのに
寝顔を見ているだけなら、こいつも年相応で可愛らしいんだけどな。眉間にしわ寄せてばかりなのがもったいない。いや、それは俺のせいも二割くらいあるか。八割はあのいたずら堕天使のせいだろうけど。
そうやってレアシーンを眺めていると、グラスに次を注いでいたノイルホーンがキョトンとした顔でこっちを眺めていた。
「気になってたんだけどよ。お前ら付き合ってんの?」
「は? なんでどいつもこいつも似たようなこと聞いてくるんだ」
「だって、今のやり取り完全にカップルだったろ」
「何処がだよ」
「いや、カンレイの目はとても優しかったぞ。我輩、他人の色恋には聡いからな。今のは恋人にかける目線だった」
「どいつもこいつも好き勝手言いやがって」
「他人と関わりたがらないお前が珍しくよくつるんでいる相手だからな。二人で外に出掛けたと聞いたときは耳を疑ったぞ」
「それもう完全にデートじゃん」
「待て、誰からその話聞いた」
「クロージャから」
「あんの銭ゲバ……」
今度久々に直接締め上げないと駄目か。しばらく甘やかしているとすぐ調子に乗ってつけあがる。ボーナス削っておいても良いか。
「実際のところ、カンレイから見た彼女はどうなんだ? 出不精の君が一緒に出掛けても良いとは思っているんだろう?」
「グマさん。俺だって年がら年中部屋に籠もってるわけじゃないですし、出掛けることだってありますよ。ロドスだと中々その機会が無いだけです」
「そうやって、明言を避けるのも滅多に無いことだ。普段なら腐れ縁や友人と答えるのに、今のお前は関係性を言葉に置き換えることを極端に恐れているように見える。それとも、自分の過去を顧みて彼女と今以上に深く関わることを嫌がっているのか」
「……グマさん。ここは酒の席です。過去の話はナシにしましょうや」
「……ああ、そうだな。済まない」
「このまま放置しとくわけにもいかないですし。こいつ返してきますよ。戻ったらまた飲みましょう」
「ん、それは良いんだが」
「なんです?」
「彼女の部屋のキー、知っているのか?」
「あ」
ロドスの個室はカードキーとパスワードによる安心安全の二重施錠だった。
【第一資料】
人事課統括という職責の重さに対して、一般オペレーターの殆どはカンレイの存在を認知していない。人付き合いを嫌い、報告書や願書でしか部下と関わらない為、一部オペレーターの面接とプロファイル登録以外では顔を見せることがないからだ。情に囚われず、能力と結果によってのみ評価するという信条を掲げる彼にとって、職務内での交流は判断を鈍らせる不安定な要素になる。事実、彼の差配は優秀であり、ドクターやケルシー、アーミヤだけでは手が回らない部分を完全に補完していると言えるだろう。各地事務所の連携体制の確立は間違いなく彼の手腕によるものであると言える。
それ故、カンレイと親しくない者は「冷酷無比で恐ろしい人間」だとイメージしていることが多い、しかし、実際に顔を合わせたことのある数少ない者は総じて彼を「偏屈で嫌味だが情に厚い」と評する。彼がシビアな判断を下すのは、ロドスが掲げる理念を完璧に遂行するためのものであることは疑いようがない。