苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
責任者っていうのは案外人と会うことはない。クルビアの血気盛んな会社では次の宿主や餌を求めてバーベキュー場をはしごするのかもしれないが、ロドスという企業と呼ぶには些か性善説が過ぎる企業では、責任者の仕事は基本的に判を捺すだけだ。それでも、顔を出さなきゃならない案件はあるし、トップを出せと殴り込んでくる輩も居る。
「それじゃあ、俺の貴重な労働時間を浪費させてまで話したいことについて聞こうか、クロージャ」
目の前の
「私ね、誠意を見せるには素直な言葉を口にするのが一番だと思っているの。だから一言で言うね」
至極真剣そうな顔をしているが、こういう時のこいつが言う事にはだいたい予想がついていた。
「給料上げて」
「却下」
四十六回目にして二十一回目を超える最速記録更新だった。
「なんでよー! カンレイ権限持ってるでしょー!」
机から身を乗り出してくるクロージャに体を逸らす。こいつの体が邪魔で書類が読めない。
「持ってないしあったとしてもお前には使わねえ。そもそもお前どんだけ予算着服してると思ってんだ。経理課がお前を捕まえてたらふく自分の血を飲ませようとしてるのを知らないのか?」
「だからだよ。これ以上はもう命が危ない。でも私の知的好奇心の解決、じゃなかった。ロドスの発展にはもっとお金が必要なんだよ!」
「じゃあその素晴らしいアイデアを稟議書に書いてケルシー先生のところにでも提出するんだな。本当に役に立つアイデアならあの人は私財を擲ってでも支援してくれるぜ」
「カンレイは応援してくれないの?」
こいつ本当にいけしゃあしゃあと。
「……お前はエンジニア部の人間としてはかなり破格の額を貰っている方だ。実に嘆かわしいことだが、ロドスのメンテナンスにおいてお前の右に出るものは居ないからな」
「当然、私だって古参のオペレーターなんだから。私なしでロドスを動かすことなんて出来ないよ」
「願わくばその素晴らしき手腕をマニュアル化してエンジニア部全体に共有してほしいものだが、それは良い。個人にのみ対応可能な技術を保持することで交渉の上に立つのは基本だ。お前がこうやって自己の待遇に不満を持ち続けている以上、その技術はお前だけのものなんだろう。問題は、こちらは最大限の待遇を用意しているにも関わらず、十分な満足を得られていないことだ」
こいつのワガママだと切って捨てることも簡単な話だが、一応は社員からの請願でもある。この際、設立時のゴタゴタでごっちゃになっている役職周りについても少し説明するべきだろう。
「現状の、オペレータークロージャの評価はエンジニアとしての手腕によるもので、お前が
「え、じゃあやってよ!」
「良いのか? 購買部を正式な事業として認可するってのは、その資産用途について逐一経理課に提出しなきゃならないってことだぞ? 普段お前が許可もなく買い揃えている素材群や工業製品についても、ちゃんとした申請書を作ってネコババできなくなるってことだ」
「うっ、それは困るなあ」
「困るなあじゃねえよ最初からやるな馬鹿」
ネコババしてなおも足りないってどんだけ欲深いんだこいつ。特別背任でクビにしてやろうか。
「えー、搬入ルート私的利用してる人が言う?」
「だからお目溢しはしてるんだろ」
購買事業は公には認められてないが、無ければ無いで困る。移動都市のロドスではトランスポーターに買い物を頼むのも一苦労だ。それをオペレーター個人が別々に頼んだとなれば依頼料の総額は恐ろしいものになる。クロージャが購買部として仕入れを一括化することで費用の削減に貢献していると言い換えても良い。経理課としてもその状況を理解はしているから、多少の着服は必要経費として目を瞑っている状態だ。クロージャの使うルートをそのまま乗っ取ることが出来れば一番良いんだが、そこは残念なことにこいつが優秀過ぎる。
実際俺も漫画の仕入れなんかを頼んだりしてるからな。無理にやめさせはしない。
「簡単に言えば、今のままなら自由にやっていい、ってことだ」
「じゃあ給料は」
「変更なし、現状維持、オーケー?」
「なっとくいーかーなーいー」
「腕を掴むな。仕事の邪魔だ」
「カンレイの噂あることないこと広めるぞー」
そういえば、とペンを置く。掴まれた腕を力任せに動かして、クロージャの頬を挟む。
「お前、こないだ俺について好き勝手言ってくれたらしいな」
「ふぇっ!? 何? どれのこと!?」
「しらを切るんならそれも良いだろう。お前のボーナスの桁が一つずつ減っていくだけだ」
「待って待って本当に……もしかして、フィアメッタちゃんとデートしてた話?」
「誰が誰とデートだって?」
「痛い痛い!」
ぎゅっとつまんで絞るとぴーぴー泣いて抗議する。
「好き勝手話してなんかないって! カンレイも嫌いな相手と出掛けたりしないでしょ!」
「それが必要なことならやるさ」
「オペレーターとスイーツを食べに行くことが必要なこと?」
「…………」
「ごめんごめん煽ったのは悪かったからはなひて」
手を離すとクロージャは押さえて唇を尖らせる。仕事の手はもう完全に止まっていた。
まったく実感が無い、というか自覚は無いのだが。
「俺はフィアメッタに好意を持っている……?」
「えっそこからスタート!?」
「生まれてこの方恋愛なんてしたこと無いんだから仕方ないだろ。他人に散々言われてようやく疑い始めたところだぞ」
「その歳で初めてってだいぶ……」
「おう悪かったな
「いくらなんでもその言い草は怒るよ!?」
ぼこぼこ肩を叩かれるがたいして痛くはない。
「はあ……じゃあさカンレイ。私が二人でお出かけしようって誘ったらどうする?」
「悪巧みと思って警戒する」
「即答じゃん……ちょっと傷ついたよ」
「普段の行いのせいだろ」
「まあまあ。じゃあケルシーだったら? ドクターとか、ホシグマさんとかなら」
「先生やドクターなら仕事の話だろうし準備して行くな。グマさんだったら逃げる。嫌な予感しかしない」
「じゃあフィアメッタちゃんは」
「……あの時は貸しがあって奢るって話だったからなあ」
「そういうのが無かった場合の話をしてるの」
「……どうだろうな」
面倒くさがって、でも結局連れて行かれそうな気がする。飲み会のときもそうだけど、押しが強いから対処しようがないんだよな。下手に怒らせて機嫌悪くさせると後が面倒だし。
「ああ……これは重症ね。ワルファリンでもどうしようもないなー」
「どういう意味だこら」
「教えてほしい? 教えてほしいなら」
すっとクロージャが手のひらを出す。言葉には出さないが何を求めているのかは明白だった。
「いや金は出さねえよ」
「ケチ」
ケチで結構。頬をふくらませるクロージャを横目に仕事に戻る。
それにしても恋愛、か。まあ仮に俺が本当にフィアメッタを好きだったとして、その願いは報われることはないだろう。俺は感染者で、あいつは非感染者なんだから。
不思議なことに仕事はまったく捗らなかった。
弊ロドスの給料体系は人事課が各オペレーターの評価をし、経理課と予算のすり合わせをした上でCEOの承認を受ける形となっています。
よってカンレイは昇給を提案できる立場にはいますが決定できる立場には居ません