苦難の陳述者?ふざけた名前だな! 作:人事プロファイル
年末になるとロドスはにわかに騒がしくなる。経理課と人事課はボーナスの捻出に四苦八苦しているというのもあるが、一番多いのは里帰りの準備だ。
多数の国家、組織から出向者が存在するロドスでは、年始のイベントに関わる為艦を離れなければならないオペレーターも多い。
分かりやすい例を挙げればイェラグの面々、シルバーアッシュとプラマニクスがそうだ。国の支配者層に宗教的トップ。彼らが年始の政に関わらないなればどれだけ国が揺るがされるだろうか。さらにカランド貿易の面々も二人についていく。これだけで五人以上働き手が減ってしまう。
他にも龍門の人間やライン生命。カジミエーシュの騎士。フィアメッタもモスティマに連れ添ってラテラーノに帰る。この時期、ロドスの戦力は半減すると言っても過言ではなく、人事課はスケジュールの穴埋めに奔走させられることになる。
「だから、仕方無いと思わねえか」
「思わん。そうなる前から知らせは出しているのだから、スケジューリングを怠ったそなたの怠慢だ」
人形と間違うくらい色の白い
医務室に居るのは俺とワルファリンの二人だけだ。カーテンを隔てた外では他の医療オペレーターが仕事をしているが、余程うるさくしなければ喧騒に会話はかき消されてしまうだろう。
「妾は再三口を酸っぱくして言っていると思うのだがな。普段は真面目で、予定を忘れることなど無いそなたが何故、定期検診の時だけはギリギリまで先延ばしにするのか。まさか、幼子のように病院嫌いなどと抜かすわけでは無いだろうな」
「…………」
「目を逸らすな。頑健さが取り柄の鬼という種族がそんな腑抜けでどうする」
「アーツのお陰で医者いらずの人生送ってきたからどうにも慣れなくてな。風邪なんて引いたこともないし、村が流行病に襲われた時だって俺はくしゃみ一つしなかった。それをこんな歳になって急に定期的に医者に診てもらえと言われたって」
「お前のアーツでもどうにもならないのが鉱石病だ。素直に受け入れろ。ほら、採血するから腕を出せ」
本当に鉱石病というのは厄介で仕方が無い。それがどれだけ恐ろしいもので、実害も風評被害も含めて、今まで散々見てきたつもりだ。ロドスで働くということは、そんな絶望に抗う覚悟を決めるということだったのだから。
だけど、それでも今までは何処か甘く見ていたことも事実だ。幸いにして病状は穏やかだったし、戦闘オペレーターのように前に出ることも今は無い。鉱石病はテラを襲う災害だが、自分にとってはまだ気にすることではないと思っていた。
「何か言いたげな顔だな。そなたがどんなに不平不満を漏らしても検査の内容は変わらんぞ」
「いや流石にそこまでガキじゃねえよ。ただ……ロドスで仕事してると、人事部なのに感染者が受ける扱いに対してあまりに理解が足りないって思っただけだ」
針が刺された腕を見る。その部分だけ少し赤くなっていて、ワルファリンが消毒用アルコールに浸したガーゼで押さえる。まるで怪我をしているみたいだ。縁がないから不思議な気分でそれを眺めていた。
感染者と非感染者は底無しの崖で隔てられている。この定期検査も分かりやすい例だ。非感染者は血中源石濃度を測るだけの項目が、感染者では十に増える。貴賤無く、を掲げるロドスでは目立たないが、テラでは感染者というだけで家畜以下の扱いを受けることも珍しくない。
「何を今更当たり前のことを、と言いたい所だが、おそらく何か実感するようなことがあったのだな?」
「まあ、そんなとこだ」
「妾はカウンセリングの知識も一定修めておる。溜め込むのが辛いなら話してみよ」
別に辛い、というわけじゃないが。だけど、クロージャが言いふらすのも時間の問題だ。ワルファリンなら口も軽くはないだろうし、話しても良いだろう。
「なんというか、どうやら俺は恋をしているらしい」
「……はあ?」
ワルファリンはあっけに取られた顔をふるふる振った。
「いや、悪い。だが、聞き間違えかもしれぬからもう一度言ってもらっても良いか」
「だから、柄にも無く人を好いているらしいんだ。あんまり自覚は無いけど、他人から見ればよく分かるくらいに」
「……あのリーベリ、フィアメッタか」
「すぐに分かるもんなんだな」
「そなたの交友関係を考えればすぐに分かるわ」
非感染者で親しいって話ならサリアやグマさんも入る筈なんだけどな。
「そうか。あやつは鉱石病に罹患しておらんな」
「そしてあいつは、感染者とサルカズを蛇蝎の如く嫌うラテラーノの人間だ」
「まさか、鉱石病だと明かしていないのか?」
「隠してもないから知っているかもしれないけどな。自分から言わなかったのは確かだ。戦場に出ない人間が鉱石病患者だってどうやって分かる。カミングアウトして世間話の種になるのはロドスだけだ」
どうにもならない。俺があいつから離れる以外の答えはない。少し前までは何も気にしていなかったのに、気がついたら四方を抑え込まれているような気分になる。
「……医者としては間違っても推奨できるものではないが。決めるのは当人だ。そなたは少し独りよがりではないか?」
「いや、話そうって考えはしたんだがな。今居ないんだ。ラテラーノの式典に参加する為にもう発っちまってる」
「間の悪い男よ」
「言うな。自分でもそう思ってんだから。間の良い時なんてあった試しが無い」
間が悪く、魔が悪く、間違い続けてこんなところに辿り着いたんだ。居心地が良いのが救いだが、けして恵まれた道程じゃない。
「しかし他人を犬と見間違えるようなそなたに人を好くだけの感性があったとはな。長い付き合いでも知らないことはあるものだ。それとも、あのリーベリがそれだけ特別な存在だということか」
「さあね。ただお前とクロージャは好かれると思ってるんなら、まずそっちの頭を直した方が早いと思うぜ」
「そなたよりは人付き合いは良いわ阿呆。これでも医療部を切り盛りしているのは妾なのだぞ。書類ばかりと向き合っているそなたよりずっとオペレーターとコミュニケーションを取っておるわ」
「責任者は先生だろ」
「対外的にはな。ケルシーが一番の権限を持っていることは確かだが、それはあやつが一番医療部で精力的に活動しているという意味ではない。むしろロドス艦内に居ないことも多いあやつに代わって業務を遂行しているのは妾だ。ほれ、結果が出たぞ」
ワルファリンが見せた数値は、以前と殆ど変わらないものだった。少しだけ安堵する。知らないうちに進行して、最悪なタイミングで発覚する、なんてことになったら嫌だから。
「医者嫌いでもちゃんと薬は飲んでいるようだな。しかしこれだけ進行が遅いのはやはり鬼というべきか。アーツを使ったり源石に関わる仕事をしていないというのもあるのだろうが。やはり一片解剖されてみんか。鬼の体質が大きな一助になるかもしれんぞ」
「腹かっさばきたいだけだろ拒否だ拒否。だいたいそれで分かるんなら先生がとっくに解明している筈だろ」
「チッ……ところで、妾のことは呼び捨てにするのにケルシーのことだけ先生と呼ぶのはなにか理由があるのか? 別に医学を志したという過去があるわけでもないのだろう。というかそれならむしろ妾の方を敬えというところだが」
「あー、たいした理由じゃない」
手渡された薬包をポケットにねじ込みながら、俺は席を立つ。
「昔通ってた寺子屋の先生によく似ているだけだよ。特にあの結論までに何度も回り道をするような話し方がな」