北側諸国、某所。洋館。マハトとキュゥべえが『友』になった、記念の地。
そこで彼らは、円卓を挟んで向かい合っていた。互いの前には以前と同じく茶器があり──しかし中身は以前と違い、淹れたての紅茶だった。
「うん、相変わらずマズイね!!!」
「うむ、酸性の土をふんだんに
「
キュゥべえが使う紅茶の魔法は、対峙した相手の嗜好・気分に合わせたものが出るようになっている。
──しかし未だ心を理解できていないマハトは、『思い出深い味』を出すことができても……それの正負が判別できない。
よって彼は、キュゥべえが野を駆け回っていた時代の『ゲボマズシリーズ』を度々引き当てるのだ。
「キュップぃ、百年経っても上達しないね全く……!」
「お前の術式が複雑過ぎるせいもあると思うが」
「普段脳筋ゴリラ戦法ばっかりだから、手先が器用にならないんだよ」
「言っておくが、『
「泣き言を言っても上達はしないよ? ……まぁ確かに、父さんの器用さは異常だったと思うけど」
「だろう?」
口直しにキュゥべえが紅茶を淹れ直し、二人揃ってすぐに飲み干す。
「……なぁキュゥべえ、どうしてお前はそこまで感情の機微に──いや、『人間』に詳しいんだ?」
「……? 質問の意図がわからないね。
ボクは産まれてすぐの五十年を人間と過ごして、その後の五百年も、エルフと共に在ったんだよ?」
「だがお前は、
「……そうかな? 特に意識したことはないけど」
「…………そうか。
「……? 返答次第では問題があったかもしれないのかい?」
「さて、どうだか。普段煙に巻くようなことばかり言う奴に、全てを教えてやる気にはなれないな」
「ハハッ。言うようになったねぇ、キミも」
*
──ある日の夜。
透き通る涙のような、どこか悲しい笛の音が聞こえた。
「……メークリヒ。吹けるようになってたんだね。先を越されちゃったな」
あるエルフが造った、習得に百年の時を要する楽器。
音を出すためには『魔力を精密に扱う技量』が前提として必要であり、魔力を持たない者は門前払い。音を出す方法を理解しても、そこから魔力操作と演奏そのものの技量を磨かねばならない楽器──人間の寿命ではおよそ習得不能であることから、『不可能』という二つ名が付けられたもの。
誰も使うことができないのであれば、それは無価値なゴミと同義である。実際キュゥべえが骨董屋でコレを手にした時も、ガラクタ同然の値段で投げ売りされていた。
元より個人が造った物で、流通数はほぼ皆無。いまの今まで、吹ける者はただの一人も現れていなかったのだ。
『百年の研鑽の末に奏でられる音色は比類無き美しさ』という伝説も、メークリヒの現品が音楽に取り憑かれた目利きの楽器屋店主の手にでも渡らない限り──いずれ忘れ去られて消える筈だった。
……
「……帰っていたのか、キュゥべえ。早いな」
「おや。魔力探知を忘れるほど熱中していたなら、その間に逃げてしまえば良かったかな?」
「──ハッ。バカを言うな。お前が俺から逃げる訳がない。俺を殺せるのは、お前だけなんだからな」
「……心外だな。キミはボクが、義務感だけで二百年も一緒に居たと思っているのかい?」
「
──もしここで、彼が『違う』と答えたのなら。
それは、『既に二人が親しい友になっている』という意味になる。
その時が来れば、彼らは……。
「…………ノーコメント」
「……頑固者め」
『インキュベーター』であっても、自我を持つキュゥべえは嘘を吐くことができる。
しかし意地でも『嘘』を言わない彼は、まさしく『頑固者』だった。
*
「──うん、やっと安定して美味い紅茶が出せるようになってきたね。マハト」
「三百年も経てば、流石にな」
「それで、今日の劇はどうだった?」
「教訓を後世に伝える手段としてはアリなのだろうが……魔族の俺に言わせれば、人間の役者は皆大根だ。『役』と『実物』を切り離して観ても、面白くない。俺に『共感』が肝要となる娯楽はまだ早いのだろう」
「じゃあ、昨日のと比べたら……どっちが好き?」
「悲劇ではない分、今日のがマシだな」
「──なら、キミは成長してるよ」
「……魔族らしく、無感動に『お前好みの回答』を言っているだけかもしれんぞ?」
「その反応が既に、
だってボクらは、
「────」
「覚えてないんだろう? キミはエルフでもインキュベーターでもないからね。興味がない事象は記憶できない。
──キミは三百年前、二つの劇を『等しくどうでもいい』『劇は劇だろう』と答えたんだ。『できもしない過去の再現を、態々他人がやっている意味が解らない』とも付け加えていたね」
「……『俺』が言いそうなことだな」
「だから実際、そう言ってたんだよ」
「そうか……そう、か……。
──俺は、前に進めていたのか」
「『もう少しで何か掴めそうなんだ』って、キミはよく言うけれど。『もう掴んでいた何か』ってのは、自分じゃ分かりにくいものだろう?」
「そうだな。──あと二百年で、俺はどこまで行けるだろうか」
「それはボクにも、進んでみなくちゃ分からない」
*
「七崩賢、『黄金郷』のマハト。南の勇者を討つのに協力してくれないか?」
終わりは、唐突にやってきた。