昔々、あるところで──戦争がありました。
人が死にました。人以外も死にました。沢山沢山死にました。その何倍もの生物が、建物が、いろんなものが傷付きました。
彼女はとても『耳がよかった』ので、大勢の悲鳴が聞こえました。
彼女はとても『目がよかった』ので、沢山の悲劇が視界に入りました。
彼女はとても『足がはやかった』ので、戦場を駆け回りました。
彼女はとても『腕がいい』魔法使いなので、誰にも負けませんでした。
その強大な魔力で彼女は、『わるい人』をやっつけました。沢山沢山やっつけました。
人を癒す魔法は使えなかったけれど、それでも傷つく人を減らしたくて……『誰かを傷つける人間』を、こらしめたのです。沢山沢山、こらしめたのです。
その甲斐あって、戦争は終わりました。
──それから彼女は、『白い悪魔』と呼ばれるようになりました。
*
──空に、『怪物』が浮かんでいた。
ソレには『ものを見る目が無く』『聞く耳を持たず』 不気味な笑いをこぼす口だけがあった。
ソレには『先へ進むための足が無く』 代わりに巨大な歯車が、無意味に空転するのみだった。
ソレは人間が纏うドレスのような衣装を身につけていたが……明らかに『人』ではなかった。──インキュベーターと同じリングがついている『側頭部の突起』を『耳』として見れば……顔だけは
何より異様であるのは、その『大きさ』だろう。
体長約四百メートル*1。紅鏡竜が赤子に見えるほどの巨躯。
そんなモノが曲がりなりにも『人の形』を取っているという違和感。そして
「──っ」
(身体が動かない……俺の魔法なら、魔力量の差なぞ大した問題ではないというのに……抵抗しようという気概が、削がれていく。『魔獣』としての本能が、奴に服従しているのか……)
「…………」
(シュラハトから、事前に『奴が出たら何もするな』と言われてはいましたが……コレは、言われるまでもありませんね……)
「──ねぇマハト。キミは昔、『劇は劇だ』と言ったよね。
演劇の中で何があっても、それは現実のことじゃない。悲劇であっても、それは『そういう演目』であるだけで……何も悲しいことはない。
────なら、
この世の全生物を
後はもう、全部喜劇でいい。悲劇は忘れて、楽しいことだけ残せばいい。そうすれば、今日も明日も明後日も──永久に、『宴の夜』が明けることはない。
ボクは、ヴァルプルギスナハトは……それを実行するために生まれた魔獣だ。
マハト、キミが望むなら──」
続きを遮るように、雷がキュゥべえを襲った。
──いや、実際に遮ったのだ。
「やめろ……頼むから、もうやめてくれ……
そんな世界、俺は望まない。そんな形で生きていたいとは思えない」
「じゃあキミは、
「お前が何を幸福と捉えるかは、お前の勝手だが……それを俺に押し付けるな」
「キミは、自分の固有魔法が何のために存在するか……考えたことはあるかい?
キミの魔法には、全ての『形あるもの』を保存する力がある。そしてボクは、魂や記憶・技術といった『形のないもの』を保存することができる。
──つまりだ。キミとボクが手を組めば、この世の全てを保存することができる。
わかるだろう? コレは天命だ。キミは、ボクと一緒に来る
「天命なんぞ知らん……俺の在り方を、勝手に決めるな……」
『──アハハハハハハ!!!!』
彼の答えを受けて、『怪物』は……どこか満足そうに笑った。
「
『できること』と『やりたいこと』は別でいいんだ!
そしてこの世に、『
──ボクは『
キミはどうだ? これからどうしたい? ボクはボク自身の意志で、キミの意志を全力で尊重すると誓うよ」
「…………俺は」
「──そこまでだ」
マハトの声を遮ったのは、シュラハトだった。
『フフッ』
「……いい度胸だね。死にたいのかい?」
「『
「何を?」
「お前が
「ふぅん……? 凄い洞察力だね。さぞかし名のある大魔族なんだろうね──
「いいや、お前は撃てない。お前は私の洞察力を警戒し、『回避不能な程の広範囲に大火力を撃とう』と考えているが……それではグラオザームを巻き込むからな」
──その直後、グラオザームが『黄金』になった。
「……これでいいか? キュゥべえ」
「うん、ありがとう。
──さて、これでもう撃てるようになったワケだけど?」
「残念だが、
「「!?」」
「ここで私を殺すのは構わないが……その場合、一生マハトの記憶は戻らない」
「…………キュゥべえ、」
「──それとこれも言っておこう。
「…………ねぇ、マハト。もしかして、コイツって……」
「……あぁ。『全知』のシュラハト。俺に、インキュベーターを滅ぼすよう命じた奴だ」
「──ッッ」
「復讐したいなら、好きにすればいい。お前にはその権利も能力もある」
「…………消えてくれ」
「マハトは連れて行くが、構わないな?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取るぞ。──では失礼する」
「……チクショウ」
誰もいなくなったその場所で、彼はそう吐き捨てるしかなかった。
グラオザームは、もう一度マハトの記憶を消すだろう。律儀に記憶を戻してやる義理がない。
そしてキュゥべえは、南の勇者を救えない。友を、マハトを見殺しにできない。
彼にできることは、いまから
時間遡行に、
「この魔法、消した時に魔力がちょっとでも返ってくるならなぁ……多少は使いものになるんだけど……」
『怪物』が消えた空を眺めて、溜め息を一つ。
「──まぁ、文句を言っても状況が改善するワケじゃなし。切り替えていこうか!!」
彼と『黄金』の物語は、こうして一時幕を下ろした。