ヒスイの欠片   作:Sin@翡翠

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この話はロールプレイに関する知識を前提にした表現が含まれています。
もしご存じでない場合は、事前に「ロールプレイ」や「ロールプレイ ネトゲ」などで検索し、ある程度理解されてから読まれる事をお勧めします。


幽久と雪華~或はユザイベ体験記~ 其の一

 

 

 

(……お腹が、いとうございます……)

 

 温もりに満ちた夕日が辺りを染め上げ始める。見守るような街路樹に、彼らに囲まれる二階のテラスに、その端にポツンと立ちながら、死力で腹痛を抑え込む少女──リッカに。樹から零れる黄昏がテラスに差し込む様は、母なる自然の愛にあふれ、えもいわれぬ情緒を誘う光景だったが──

 

(情緒の前に胃薬を持って来てくださいませんかね……)

 

 誘われる心の方が荒廃しきっていた。

 なぜ彼女の心象風景が終末の大地と言わんばかりに砂漠化しているのか。その答えはひどく単純な一言に尽きる。

 

 曰く、人が多すぎる。

 

「おお、すーごい人。イベントでもやってるんですかね?」

「SSを撮る……って雰囲気じゃないね。集会系かな?」

 

 道行く人の推察通り、ここ、アステルリーズに建つ小型ショッピングモールの二階に備え付けられたテラスは、現在とあるイベントの会場にセッティングされていた。仮にもそこに立っている事が示す通り、リッカもそのイベントに参加しているわけだが──

 

(人が……多すぎるのでございます……しかも)

 

 ──ほぼ全員を、見かけた事もないという、これ以上とない程の初対面

 

「……はぁ……」

 

 表情を変えずにため息をつくという無駄に器用な動きをしつつ、現実から目を背けるように姿勢の維持に意識を割き始めた。透き通った青翡翠の瞳は、目の前の現実から可能な限り遠くの景色を映すばかりであり、新雪のような肌は少しだけ青ざめているようにも見えた。ただでさえ細い身体はその存在感とともにさらに細くなり、無事であるのは少し金色のかかった白銀の髪と、空色を基調としたメイド服だけのようだった。

 

 そうこうしているうちにも──

 

「ごきげんようですわ、ヴァニティシアさん! 今日はよろしくお願いいたししますわぁ~」

「ノイン殿! よく来てくれたのじゃ~!」

 

 ──人が、増えていく

 

「やあヴァニティシアさん! 今日は屋根の上から見物兼にぎやかしをさせてもらうよ!」

「レモ殿! うむ、見物、にぎやかしも大歓迎なのじゃ!」

 

 ──目下、砂漠化の要因である、人が

 

「お、やっとるやっとる。お邪魔するでーヴァニティシアはんー」

「おお、ジャベリン殿! 邪魔するなら帰ってなのじゃー」

「はいはい……え、冗談やろ? 冗談やんな!?」

「……のじゃ」

「ちょ!? 冗談や言うてくれヴァニティシアはん!?」

 

 ──人の数は増える一方で、いよいよ二十人の大台に乗らんばかりの勢いであり──

 

 

(……きゅう……)

 

 思わず気絶しそうになるのを、鋼の意志をもって紙一重で堪える。

 元々リッカは少し引っ込み思案な気があるくらいで、初対面でもある程度会話できるだけの能力はあるのだ。しかし、二ケタ台の見知らぬ人間に囲まれるという状況は彼女の処理能力を大幅に越えてしまい──

 

(もうやだぁ……おうち帰る……でございます……)

 結果、引っ込み思案のほうだけが手綱を失い暴走中であった。

 

(……あちらは、楽しそうでございますね……)

 ほんの少しだけ湿度が高めな視線の先には、漆黒の仮面を付けた彼女の主──ヴァニティシアの姿があった。視線に気が付いたのか、困ったような、励ますような、言葉にしにくい複雑な感情を孕む表情を仮面越しに返してくる。

 

(うう……なぜ、どうしてこのように……)

 そしてリッカは、再び現実から逃げるようにこの事態の原因を思い返すのだった。

 

 

 

 

「……おおリッカ殿、ここに居たんじゃな」

 ここはヴァニティシアの所有する別荘、その一室を改造──もとい、リフォームして作った使用人部屋。実質的にリッカの仕事部屋兼私室となっているこの部屋に、彼女の主──ヴァニティシアの声がかかる。

 家中でも変わらず仮面を付け、彼女の雰囲気によく似合う黒白の髪と同じカラーリングのゴシックドレスを揺らしながら、こちらに歩いてくる。

 

「ちょっと話が……む?」

 声を掛けようとした瞬間、ヴァニティシアの動きがピタリと止まる。そのまま何かに導かれるようにフラフラと覚束無い足取りで歩み、やがて紙に包まれた何かの前で静止した。そして、ゆっくりと、宝箱を開けるようにその紙包を開き──

「リ、リッカ殿! こっこれ!? このっ!? こっこのじゃっ、じゃがっ!?」

「こ、のじゃ? ……ああ、それですか。お茶会のスコーンでございますよ、主様。今日はじゃがいもを混ぜて焼き上げ──」

 

 ──瞬間、キラッキラした目でこちらを見る主と目が合ってしまう。いや仮面を付けているので見えないはずだが、見えた物は見えたのだから仕方が無い。

(……茶会の前に、私の分が残らなそうでございますね……)

 そう確信したリッカは、変わらず目を輝かせる主のそばの椅子をスっと引く。

「……では主様、すぐに準備いたしますので、こちらにかけてお待ちいただけますか?」

「はーいなのじゃ!」

 嬉々として待つ主を横目に、テキパキと、主の理性が残っている間にお茶と茶菓子の用意を済ませる。

「……ところで主様、なにか御用があったのではございませんか?」

「……おお、そうじゃ! 忘れるところであった……!」

 

 余程の衝撃だったのか、思い出したように背を伸ばし、リッカに向き直るヴァニティシア。

 

 そして

 

「リッカ殿──ユーザーイベントに興味はあるのじゃ?」

 

 二人っきりの、アフタヌーンティーが始まった。

 

 

 

「幽久たるロールプレイ集会、でございますか……」

 紅茶のカップを傾けながら、主の言葉を反芻する。

「いかにも。近々わらわが主催のユーザーイベントが開催される予定でな。リッカ殿もどうか、と誘った次第なのじゃ」

 ケーキスタンド越しに、同じくカップ片手に楽しそうに語る主。

 

「そもそもですが、ユーザーイベントというのは冒険者達が一定の目的、またそれに付随する条件で集う催し、という認識で問題無いでしょうか?」

「うむ。冒険者達が自主的に開催し、公的な機関が関与しないのが特徴じゃな」

 従者の語る認識に満足気に頷きながら、今度はレタスとハムの簡素なサンドイッチを片手に補足を続ける。

 

「じゃが1口にユーザーイベントの言ってもその在り方は多様じゃ。互いに写真を撮り合ったり、あるコンセプトを軸に撮ったりするためのSS集会。マウントレースやジャンケン大会など、複数人で対決や順位を競い合う、あるいは単純に楽しむためのゲーム集会など……また、ひとえに集まって話すのが目的の集会もあるのじゃ」

 

「なるほど……そんな楽しそうな場所に私が……しかも主様の主催なんて……」

 主が語ったイベント像への期待と、それに比するほどの不安に、終わり際の声が消え入りそうになる。そんな従者のか細い声に、主の大きな耳がピクリと反応する。少し縮こまる従者に困ったような笑みを浮かべ──転じて、いたずらごころのあふれる悪い顔に変わる。

 

「……そうか、わらわの主催では嫌じゃったかのう……そうなのじゃな……およよ……」

 

 寝耳に海水を入れられたような心地で顔を上げる。そこには、ショックを受けたように顔を抑え、しなまで作ってみせる主の姿があった。それが視界に入った瞬間、頭の冷静な部分が残らず消し飛び、泡を食ったような弁明が口をつく。

「なっ!? め、滅相もありません! 主様に誘って頂いたことは、その、とても嬉しく思っています!! ですので、どうか、お気をなおして下さいませ……!」

「ほ、ホントなのじゃ?」

「ホントでございます、主様!」

「わらわの主催でも、良いのじゃ?」

「勿論でございます、きっと素敵な会になりますよ!」

「参加してもらってもいいのじゃ?」

「はい! 喜んで参加させていただきます!」

「わーい、やったーなのじゃー!」

 

(ふぅ、主様が元気になってくれて良かった……)

 

 何とか主の機嫌をなおすことに成功したリッカは、大きな仕事をやり終えたような、爽快な心地でカップに口をつけ……

「……私今なんて言いました?」

 

 目の前には、満足げに最後のサンドイッチを食べる主。返事の代わりに、主はサンドイッチを食べ終え、幸せそうに息をつき、ピースの形にした左手を仮面のそばに持ってきて……

 

「当日はよろしくなのじゃ!」

 

「主様!?」

 

 

 翡翠立花は、案外ちょろい。

 

 

「……それでは主様、集会の詳細を教えて頂くことは出来ますでしょうか?」

 例のじゃがいもスコーンを片手に、改めて主に詳細を問う。余談だが、さっきから頬を朱色に染めながら、じとー、と主に抗議の視線を送っているのだが、愛いのう愛いのうと更に上機嫌になり茶が進むばかりで効果が薄い。

「おお、そうじゃ。まだ伝えておらんかったのう」

 

 コホンと一つ咳払いをし、少し真面目な表情で話し始める。

「幽久たるロールプレイ集会……幽久集会と略すが、その目的はお話をして写真を撮る……先程のSS集会と普通の集会を合わせた様になるのじゃ」

 そしてじゃ、と指を一本ピンとたてる。

「幽久集会の条件はただ1つ。ロールプレイをするものであること」

 

 聞き慣れない単語に、首を傾げる。

「ろーる、ぷれい?」

「……説明が面倒じゃから割愛するが、安心するのじゃリッカ殿。お主は既に、幽久集会の参加条件を満たしておる」

 基本丁寧な主がそういうとは、本当に面倒なのだろう。そう思ったリッカは、素直に主の言葉を受け入れることにした。

「……まあ、主様がそうおっしゃるならそうなのでしょう。納得いたしま──」

 

 主の言葉を受け入れたついでに、次のスコーンを取ろうとした自分の指が、空の皿に向いている事に気付く。

 

「……主様、あれだけあったじゃがいも入りのスコーンが欠片も残っていないのですが」

「悪い狐が残らず食って行ったのじゃ」

 

 間髪入れず即答する主。

 

「……菓子くずも残さずに、ですか?」

「大変美味じゃったからのう、残すのは勿体ないと思ったんじゃろう。狐が」

 

 しれっと答える主。

「……左様でございますか」

(次は、もっと多く作るといたしましょうか……)

 

 ひょこひょこ動く()耳を眺めつつ、嘆息しながら行き場を失った手でナイフとフォークを取り、上段のケーキに伸ばす。

 それは、アステルリーズで運良く手に入れたスイートポテトを使ったアイスケーキ。サツマイモ特有の柔らかで、懐かしいような、安心感のある甘さがいっぱいに詰まったケーキに、冷たくて、キンとした甘さのバニラアイスが丸々と載せられ、極めつけにこれでもかというくらいに濃厚なカラメルソースが満遍なくかけられる。三種の甘さが乗算されたそれは、甘味の贅を極めたと言っても過言では無いだろう。

(本当に、とっても甘いのでございます……)

 

 そして、これを三段目に置いた自分は、間違っていなかったと思った。一段目、二段目は数時間前からリッカが用意したものだが、この三段目は準備の時にリッカが棚から選んで盛り付けたのだ。その理由はその美味以外にもある。

 見た目だ。

 ──そっと、ケーキを日の光の下に置く。ケーキの生地の薄い黄色に、光沢のあるカラメルソースを通して覗き見る、鈍色の、金色。

(ふふ、ちょっとくすんでいますが、綺麗な色でございます……)

 

 ──でも

 

 

 ──あの人の金髪は、もっと明るかった

 

 

「……お姉様と私の為、でございますよね?」

 

 言葉の代わりに、不自然な態勢で止まった主の動きが、これ以上と無い明快な答えとなった。

「……やはり、でございますか……」

 そう言いながら、メイド服の内ポケットから取り出すのは、特徴的な形状の白い石。見る人が見れば、一目でそれとわかるだろう。

 

 この世界に満ちるエネルギー、エングラム。本来目に見えないただのエネルギーは、強い意志が作用する事で結晶化を果たす。

 

 それは概念の集約点である

 

 名もなき自我の絶叫である

 

 まさしく万象が紡ぐ独奏曲

 

 ──意志の結晶、その名を呼んで、イマジンシード

 

「……大切にしてくれておるんじゃな」

「……ええ。主様と出会ったあの日から、肌身離さず」

「そう、そうか……うむ」

 

 イマジンシードは、エングラムが作用する事によりその本領を発揮し、多様な恩恵を持ち主に与える

 

 或る物は強靭な肉体を与え

 

 或る物は深淵なる知恵へ導き

 

 ──又或る物は込められた強い意思を聞かせる

 

 あの時、確かに聞いた言葉をリッカは忘れたことがない

 

『……ええ、私に会う方法は、存在します』

 

 ──忘れられる、訳がない

 

『──誰でもいいんです。たった1人、お友達を作って下さい』

 

「……予感がしたんじゃよ」

 独白するように、主が言葉をこぼす。従者はただ、主の言葉を黙して聞き続ける。

「おそらく、誰でもいいわけではないじゃろう。言葉だけでない友とは、なかなか難しいもの。ましてやロールプレイをするものは、個人差はあるがアクが強いものばかりじゃしな。じゃが、じゃがな、リッカ殿……」

 ふっと頬を緩め、笑いかけるヴァニティシア──ただ、その目は真剣に見つめたままで

 

「……きっかけになる、そんな予感がしたんじゃよ」

 

「……本当、ですか、主様……?」

 口に出して、想像以上に不安げな自分の声に驚く。それは主も同じなようで、すぐに安心させるような笑みに変わる。

「……なあに安心するのじゃ、リッカ殿! 予感は予感じゃが、しっかりした根拠もあるんじゃぞ!」

 そう言いながら、隠していた秘密を打ち明けるような口ぶりで続ける。

 

「実はこの幽久集会、告知が遅くなってしまってのう。恐らく相当小規模なユーザーイベントになるじゃろうと考えておる」

「……そうなのですか?」

「うむ、来るのは精々()()、多くても()()程度じゃろう。じゃから……」

 カップに残ったお茶を飲みきり、いたずらっぽい表情で笑う。

 

「その程度であれば、話しやすかろう?」

 

「主様……! 感謝を、心から感謝申し上げます……!」

「ふーっふっふっふ、主様にどーんとまかせるのじゃ!」

 

 

 どーんとまかせるのじゃ……

 

 まかせるのじゃ……

 

 のじゃ……

 

 

 

 

(なーんて言っておりましたのに……)

 翻って現在、周囲の人口は既に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、増えた人数と比例するように時間も経過しており、元々夕日の傾きであったのが、今はほぼ沈みかけと見て取れた。

(いよいよ、始まってしまいますか……)

 時の流れは残酷に、恐怖も、後悔も、助けてという願いすら置き去りにしていく。更に、なけなしの覚悟を決めようとする時間すら容赦なく奪い去られていく。

 見れば、あれほど濃かった黄昏が、今は少しずつ、しかし確かにその色を薄めていた。くるまれていた暖かな寝具を、一枚一枚丁寧に剝がしていくように、彼女を包んでいた優しい金色の光が離れていき──

 

 

(包むような、優しい金色)

 

 

 瞬間、リッカはそこに、大切な誰かを空見して──

 

 ──誰でもいいんです。一人、お友達を作ってください

 

 ──きっかけになればと思ったんじゃよ

 

 ……無意識の願望が生み出した空耳。あるいは震えるほどの孤独から生じた幻聴。その声は、ここに居ない。だからこれは、虚構でなければありえない。だが、もうそれがなんであるかなど──

 

 

(関係無い、でございます)

 

 

 おもむろに、リッカは己が瞳を静かに閉じ、深く、大きく息を吸い、ゆっくりと、少しずつ吐く。そして、今度こそ己が目を──目の前の現実へと向ける。

(……本当に、数えるのも億劫になる程の人でございます……ええ、ですから──)

 

 もう、数える必要はない

 

 勿論、初対面の人間に囲まれているというこの現実は変わらないし、変えれない──変えるのはリッカの見方だ

(一人。たった一人のお友達を作る。それが私の為すべきこと。であるならば──)

 目の前に広がるのは、二十人以上の人の群れなどではない。

 たった一人が、ほんの20通り以上居るだけだ。

 

(……少しの、これだけの意識の差でございますが、ここまで見え方が変わるものなのでございますね……)

 さっきまで鉄のようにガチガチに緊張していたのが、噓のように取れている。無論、少しは緊張が残っているが、適度な緊張感という範囲に収まっていた。

 そしていよいよ、遥か彼方の山々に太陽が隠れていく。

(……とうとう、陽も落ちてまいりますか)

 やがて、リッカの体からも金色が抜け落ちていく。別れを惜しむように、離れがたいように──待ち望んでいるように。

(もう少しだけ、お待ちください。お姉さま……リッカは、必ずや……)

 そして、黄昏時は終わりを告げ、入れ替わるように夜の闇がリッカを、テラスを、この場の全てを包み込む。

 

「──ふむ、時間じゃな」

 

 闇に響くのは、威厳と荘厳の混じる主の声。

 

 息を吞む声がそこかしこで上がり

 

 不安と、それ以上の期待が向けられる中

 

 上演のブザーが、今鳴らされる──

 

 

「それではこれより、第二回幽久たるロールプレイ集会の開会を宣言するのじゃ!!!」

 

 

 筋道無き即興劇の、緞帳が上がる音がした。

 

 

 




出て来た人達(敬称略)
ヴァニティシア https://x.com/Vanitysia?s=20
ノイン     https://x.com/_NobleRed?s=20
レモ      https://x.com/tem_blupro?s=20
ジャベリン   https://x.com/JavelinSword?s=20

本当にありがとうございました!
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