ヒスイの欠片   作:Sin@翡翠

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幽久と雪華~或はユザイベ体験記~ 其の三

 

 

「ふぉふぉ、まだまだ若いもんに負けはせんよ、そうら!」

 すっかりポージング会場となってしまったテラスでは、一人の男の熱量が晩秋の寒さを吹き飛ばしていた。

「おっと、だいぶ時間が経ってしまったのう。年寄りになるとすぐに時間が過ぎてしまっての、困ったものじゃ」

「それは年寄り云々は関係無いと思うぞ、タイソン殿」

 軽口を叩くタイソンにツッコミを乗せるヴァニティシア。事実、老いと若きの垣根を越え、その場の誰もが老成された肉体美に歓声をあげていた。

 

「あ、じゃあじゃあ次は私でもいい?」

 そこに明るい猫娘の声がかかる。パッと見て、明るい黄色がよく目につく少女──と言っても自分より背は高いが──だった。黄水晶(シトリン)の瞳に黄色のコート。少し青緑がかる金髪と、いっそわかりやすいほどの黄色の主張は、太陽のような笑顔を浮かべる彼女の表れだろうか。

「おお、アクリル殿! どうぞなのじゃ!」

「ふふ、ありがとう! それじゃあ……」

 さっと居住まいを正し、明朗な声が秋空に吸い込まれる。

 

「アクリルだよ、よろしく~! 見ての通り猫人なんだけど、実は狐人の血も半分入ってるの! だからさっきののじゃ口調の……のじゃロリな人達とも半分だけ仲間なんだ! だから、シンパシーというか、仲良くできたらなって……あ、勿論他の人も仲良くしようね!」

 ぶんぶんと手を振るアクリル。

「それで……その、私、人を癒すのが好きで。誰かが癒されたり、安心した表情を見るとたまらない気持ちになるっていうか……」

 慈愛の瞳で彼女は語る。そこに宿るのは、切なる祈りと確固たる意志。

「だから、体でも、心でも、傷ついたり苦しくなったら、遠慮なく言って欲しいの! 絶対に癒しに行くから! ……なんて、えへへ……」

 優しさの中に、しなやかで真っ直ぐな芯を感じる言葉だった。本音を曝した気恥ずかしさに言葉尻が弱くなるのはご愛嬌。

 

(なんと晴れやかな笑顔……誰かを癒すのが本当にお好きなのでしょうね……)

 まるで聖女様みたいですね……と思ったその時

 

「……なるほど。つまり、アクリルさん正義の味方なのだ……?」

 可愛らしい子供の声で、質問が投げかけられる。声を発したのは、小さな赤目の少女だった。伸びきらない身長に水髪のツインテールがよく似合っており、可愛い子供だなという印象を受けた──その身を包む漆黒の軍服と、口元を覆う無骨なマスクを除けば、の話だが。

「え? ……えっと、多分、そうじゃないかな?」

「なるほど、なのだ……」

 少女はそうつぶやきながら少し俯き──次の瞬間、がばっと顔を上げ、その身の赤眼を輝かせる……! 

 

「正義の味方が名乗ったのなら、名乗り返さないわけにはいかないのだ──ー!!!!!」

 バっと飛びのく赤目の少女。両隣には、いつの間にか蒼髪青眼の少女と謎の黒いナニカが控えていた。

「リーダー不在につき、私が代理なのだ!」

「はい!」「うむ!」

 そして三人は、思い思いのポーズを決める……! 

 

「我ら!」

 

「「秘密結社!」」

 

「「「アクトーズV!!!」」」

 

 バーン、と見えない爆発に目を焼かれる。存在しない爆風が前髪を揺らし、聞こえない爆音に耳鳴りがする。

(今日はよくよく見え無いものが見える日でございますね……)

 

「……という訳で、アクトーズVの出雲宮古なのだ! よろしくなのだ~!!」

 余韻から覚め、少女、改め出雲宮古が小さい胸を大きく張る。

 

「それでこっちの青い子が……」

「は、初めまして! 同じくアクトーズVのアクアと申します!」                                        

 少し緊張した面持ちで、水色がぺこりとお辞儀をする。童顔に収まる二対の藍玉(アクアマリン)に、段階的に明度を上げる水色のツインテール。極めつけにその身を包むのは清流を思わせる薄い蒼の給仕服(エプロンメイド)。名は体を表すという言葉がありありと浮かんでくるほどの徹底ぶりだ。

 

「ふむ、順番から言って、次は我であるか」

 そう声を上げる、黒い、ソレ。その男──あるいは雄と呼ぶべきかと思案するべきそれは、先ず、大きくて黒かった。次に、背中に小さな半透明の羽が生えていた。最後に、頭部によく分かりたくもない謎の触角(アホ毛)があった。その可能な限り描写したくない外見に、リッカはざわつく心を抑えるので精いっぱいであった。

 

「我が名は外道麻婆。そして我がチームの名は……」

 響く低音をそこで切り、たっぷり数秒ためを作り、それは自身の所属を明かす──

 

「『おいでよ妖精さん』、だ……!」

 

(アクトーズVでなかったのですか!?)

「いやアクトーズちゃうんかい!?」

 リッカの心のツッコみに重なる形で、微妙に覚えのある少女の声が、現実世界で鋭くツッコみを入れていた。

 

「あ、あかん……反射的にツッコんでもうたわ……」

「気軽にGと呼んでくれ! よろしく頼む!」

「いやほんまにあの虫やったんかい、んでそれ自分で言うてまうんか……」

 景気のいいツッコミを重ねるロングドレスの少女。銀髪に灰色の目を持つ彼女は、その特徴的な親しみを感じる言葉とは裏腹に浮世離れした印象を抱かせる。

 

「……あー、なんや、すまんな。名乗りもせんとペラペラ喋ってもうて。改めて自己紹介させてーや?」

 ポリポリと困り顔で、長槍の少女が切り出す。

「うちの名前はジャベリンソード寺望。ジャベでもジャベリンでも寺望でも、好きなように呼んでくれてええよ~」

 ひらひらと手を振りながら、少しふやけた顔で笑うジャベリン。少し童顔なこともあって、そのさまが妙に似合っていた。

 

 やがて気安く語り合う輪に戻るジャベリンに、博愛の表情を見せるアクリルに、それぞれの信念と団結を感じるアクトーズに

 

(……凄いな……)

 リッカは憧れにその身をじりじりと焼くことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 それからも幽久集会は順調にスケジュールを消化し、既に参加者の殆どが名乗り終え自己紹介をしていないものがもう数人となる。当然、リッカもその僅か数人に残されており──

 

「──という事で、お相手はレモでしたー。座長共々蟹工劇団を今後ともよろしくねー」

(つ、次こそは手を挙げなければ……!)

 と、悲痛の思いで勇気を振り絞ろうとし

 

「うむ、ありがとうレモ殿! それでは、次は誰がするかのぅ」

 決まり文句となったセリフで問われる言葉に、リッカは勢い勇んで答える──

 

(……っ! なん、で……)

 ──事が出来ずに悔しそうに下唇を噛む、これをもう何回も繰り返していた。

(皆様の前に出て、話すだけ、それだけ。たったそれだけの事なのに……!)

 それだけの事が、今は酷く遠く思えて

 

「──それでは、次はわたくしが」

 その声が、悲しくなるぐらい輝いて聞こえた。

(……あっ……)

 可愛らしく印象的なピンクの瞳。同じ色合いの桃色を毛先に残した、緩くウェーブがかかる金髪。フリルのついたかわいらしくも、美しいピンクのドレスに簡素な麦わら帽子を被るそのいで立ちは、彼女の高貴さと親しみやすさを同時に引き立てていた。

 その姿は、長い間リッカと同じく沈黙を保って居たのだが

(ついに貴方様もそちらへ……)

 思わず寂しさが漏れそうな自分に嫌気がさす。彼女がそちら側へ行ったと言うなら、それを祝福して自分もさっさと行くべきと理解しながら。

(……?)

 そんな事を考えていたら、気の所為とも思える程の一瞬目が合ったような気がした。しかし、僅かな邂逅に気付かぬように、その金髪を軽く流しながら胸を張り口を開く。

 

「皆様、ごきげんようですわぁ~! 私の名はノイングレース、ノインと呼んでくださいまし! 訳あって本名が名乗れない無礼を、どうか許してくださいましね? あまりグイグイ行く方ではないので、気軽に話しかけてくれれば嬉しいですわぁ~!」

 そう言って一礼し締めとするノイン。その様は、今までこちら側にいたのがおかしいと思えるほど堂に入ったものであった。

(本当に堂々とした、素晴らしい自己紹介だったのでございます……ですが……)

 彼女の言葉にあった通り、あまり自身を主体に話すのが得意そうには見えない。しかし、それでもなおそうしたのは。

 

(励まそうとしてくれたような……いえ、でも……)

 それは、自分の勘違いと思えるのが自然なほどに、あまりに都合のいい発想。そんな勘違いを振りほどき、あちら側へ渡る祝福の為に彼女の方を向き──

 

 ──そして、今度はしっかりと目が合った。

 

(……っ!!!)

 

 次は貴方の番ですわよ

 

 優しく、厳しく、挑むような、慈しむような、種々の想いを秘めた二つの桃色が、リッカに語りかけていた。その瞬間、彼女の行動の意図が自分にとって都合の良すぎるそれであることを理解する。

(ノイン、様……! 感謝、致します……!!)

 ここまで大きなお膳立てをされて、遂に及び腰だったリッカに意志が灯る。震える私はもう居ない。弱虫の気は消え去った。あれがノーブレス・オブリージュというものか、と考える余裕すらある。

「……ヴァニティシア様。次は私が」

 その時、ほんの一瞬だけ主の目が、嬉しそうに、待ちわびていたように細められ

「そうか、では自己紹介を!」

 瞬きの後には何事も無かったように続きを促す。

(……これは、随分と心配させてしまった様でございますね……)

 であるからこそ、リッカの身にも一段と気合いが入ると言うものだ。

 先程のノインという少女や主のヴァニティシア、そのほかこの場にいる者の期待、好奇の視線が見守っていた。

 やがて、リッカは1つ、小さく深呼吸をして

 

 

 

 その記念すべき第一声を──!!! 

 

 

 

「……」

 

(……は?)

 

 

 

 ──声が、出なかった。

 

 

 

(な……なんで……なんで、なんでなんでっなんでっっ!!!)

 

 それは、奇妙な沈黙としか言い様が無かった。何かを言おうと口を開けば、ただ息が漏れるだけで言葉を紡ぐ事は無かった。そんな痛い程の沈黙にあって、彼女の心中の絶叫は止まない。

 

(なんでっ、用意した挨拶が1文字も思い出せないんですかっ!?)

 

 それは例えば、渡れると信じた足場のネジが数本緩んでいた様な、あるいは階段を下る途中の次の足に、段か存在しなかった様な、頼りにしていた物が霧と消えてしまったときの、そんな感覚。

 

 ──引き起こされるのはいずれも、命に関わる大事故である。

 

(落ち、着いて……つぎ、何か言わなきゃ……!)

 

 幸いなことは、こんな状況において、辛うじて冷静になる部分があった事だろう。必死に息を整え、しっかりとした目つきで顔を上げる。

 

 ──不幸なことは、その先に何があるかを想像する冷静さがなかったことだろうか。

 

(ひっ……!?)

 

 突き刺さる、視線の嵐。20対を軽く超え総計50に迫る瞳が、リッカに残ったなけなしの冷静さを根こそぎ刈り取った。

 

(な、なんで……なんでなのですか……)

 

 彼女のそれは既に問いとして体をなしておらず、ただただ悲痛でか細い叫びであった。

(なんとか、何とかしなくちゃっ……! なんとか……!!!)

 

 そして理性を失ったリッカは、微動だにせずして暴走を始める

 

 まず、この何とかしなくてはという想い。想い自体は強いのだが、それを実際に解決する理性が消え去った今、強い想いに反して何も出来ないという状況が出来上がる。その結果、この何とかしなければというアラートがその勢いを強めるのだ。しかして状況は変わらず、アラートは益々勢いを強める。そうやってアラートが脳のリソースを全て使い果たした結果──

 

 全身全霊で危機を叫びながらほんの僅かに動く事すら出来ない木偶の坊が完成する。

 

 故に微動だにせずして暴走、そこにリッカが飲まれるのも時間の問題となってしまう。

 

(早く、なんとかしなければ……)

 

 

 

 ──翡翠六花の全身を、恐慌(パニック)の波が攫って行く。

 

 




今回出て来た人達(敬称略)

ヴァニティシア https://x.com/Vanitysia?s=20
タイソン    https://x.com/TAISON_GAMES?s=20
アクリル    https://x.com/Acrylic_Daiya?s=20
出雲宮古    https://x.com/miyacha76982986?s=20
アクア     https://x.com/aqua_BlueP?s=20
外道麻婆    https://x.com/gedoumabo00?s=20
ジャベリン   https://x.com/JavelinSword?s=20
レモ      https://x.com/tem_blupro?s=20
ノイン     https://x.com/_NobleRed?s=20

皆様、本当にありがとうございました!
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