そよ風が葉をこする音が、一つ、二つと聞こえてくる。
普段なら雑踏に遮られ、耳に届きすらしないほど小さな音。しかし、そんな音が響いてしまえる程の静寂がこの場を支配していた。
これ程までの静寂に満ちた世界。だが、そこに映るのはなんとアステルリーズの街並みだ。
街の玄関口である門前広場は、巨大な門と閉まった店が寂しく立つのみ。ビーチもただただ静かで、動いているのは波と魚以外に見当たらない。極めつけはアステルリーズの開拓局だ。街一番のランドマークである開拓局前は、平時の騒がしさのほんの僅かな名残ですら見つけることができない。
虚ろに欠けた廃墟のような、無音が響く夜の街。それが深い夜にしか見ることの叶わないアステルリーズの秘された姿だ。
泡沫と消えてしまった人間の代わりに月が影を落とすばかりとなった開拓局前。
──そこに小さな気配が三つ、寄り集まってやって来る。
やがて気配は実像となり、静寂に沈む開拓局に三様の靴音が浸透する。
「本当に、誰も居ないのでございます……」
驚きの声に、ほんのり不安を混ぜるリッカ。
「ここまで静かですと、少し怖く感じてしまいますね……」
「確かに。どこか不思議な感じがしますわ……」
彼女に同意する少女、ノイン。しかし、こちらは不安よりも興味深さが勝るようだ。
「そうかの? わらわは寧ろワクワクしてくるのじゃ!」
笑顔を咲かせるのはリッカの主、ヴァニティシア。
「ここにすら人がおらぬということは、この街に人がおらぬという事と同義じゃ! この街みーんな、わらわ達のものなのじゃ!」
大胆な宣言とともに、ステップを踏み始めるヴァニティシア。「確かに……その通りですわね!」とノインも続いてはしゃぎ始める
「お二人とも!? ま、待って、置いていかないで下さいませー!」
闇に慣れないリッカは慌てて二人を追いかける。
そうして少女たちは開拓局の横を抜け──
「ははっリッカ殿も……あ」
開拓局から上った階段の先には、当然それがあった。
小型のショッピングモール──そして、その二階にあるテラスが。
瞬間、呼び起こされる。緊張が、絶望が、感動が──光が
景色は感情を呼び起こし、感情は情景を鮮明にする。
そして、彼女たちの感情は今、一つになったと言えるだろう
ヴァニティシアはゆっくり振り返りながら尋ねる。まあしかし──
「……入ってみるかの?」
「はい(ええ)!」
──入らないという選択は、無いに等しいだろうが
「そうそう! ここで自己紹介したのですわぁ!」
「ええと、確か私はこの辺りに……」
自分の場所を探す二人。続くようにヴァニティシアも過去居た場所に立つ。
「……そうじゃな、わらわもここで開会の宣言をしたのじゃ……」
ヴァニティシアは呟く。
――それはどこか、怖がるようでもあって。
「……実はな」
ほんのり冷たい口調で問う。
「少し聞きたいことがあるのじゃが……二人共、よいかの?」
これまでと異なる雰囲気に、二人は無言で頷くほかなかった。
「……うむ、感謝なのじゃ。リッカ殿、ノイン殿」
居住まいをただしたヴァニティシアは、ゆっくりと語り始める。
「さてどこから語ったものか……そうじゃの。まず、なのじゃが」
「わらわ自身、今回の幽久集会は反省の多いものであったと思っておる」
「……主様?」
「まあ聞くのじゃ、リッカ殿。なにも全部が全部悪いとは思っておらんよ」
ただ、とヴァニティシアは続ける。
「進行の段取りや時間管理など、細かい反省も多いのじゃが……」
なによりも、とリッカに視線を向ける。
「……想定以上に人が来てくれた。わらわとしては嬉しい限りじゃが……リッカ殿には負担をかけてしまったのう……」
今度は、リッカも黙して聞いていた。
「それもあって、ちと不安になってしまったのじゃ」
聞き分けのある従者に目を細めながら、静かに告白する。
「皆が、本当に楽しんでくれたのか、とな……」
静かな冷たい風が、三人の間を吹き抜ける。
「……本当は、この様な事を聞くべきではないもかもしれんがのぅ」
「そんなこと……」
ノインの言葉を遮るように、ヴァニティシアが片手で制した
「主催者と参加者は距離が離れて然るべきもの。無粋であるのは百も承知。その上でおぬしらの口から聞かせてほしいのじゃ」
「……第二回幽久たるロールプレイ集会は、どうじゃった?」
「……確かに、反省が多いという点は否定致しません」
きつめなリッカの言葉に、ノインが思わずぎょっとする。対してヴァニティシアはただ耳を垂らすばかりだ。
「そうか……」
「ただし」
リッカは主の頬に優しく手を添える。そしてゆっくりと顔を自分に向けた
「私に負担をかけた、などとおっしゃらないでください。主様」
優しく、愛おしく、心を込めて言葉を紡ぐ。
「確かに、少しだけ緊張はしました。ちょっとだけ……ほんのちょっとだけパニックにもなりました。しかし、それ以上に──」
そう言って
「あの方達と知り合えたことが、心の底から嬉しいのでございます!」
「……!」
思い出す──あの日の笑顔を
思い出す──あの日の光を
あれが答えだ。あれがすべてだ。そうリッカは断言する。
「本当に、沢山の方に出会うことが出来たのでございます……ですよね、ノイン様?」
「ふふっ。ええ、私もリッカさんを含め沢山の方と出会えたこと、とても嬉しく思っていますわ!」
続くように、力強く語るノイン。
「それに、そう思っているのは私達だけではないはずですわ」
「ほ、本当かの?」
「ええ、あえて主語を大きくいたしますが──」
胸を張り、言い切った。
「あの日あの場にいた、すべての人がそう思ってるはずですわ!」
「……! ノイン殿、リッカ殿……!」
「ええ、ですから主様、私の答えは一つでございます!」
「そうですわ、ヴァニティシアさん! 私の答えも一つですなのですわ!」
満開の笑顔が、ここに咲く
「「また参加させてくださいね!」」
夜闇が晴れ渡るほどの光の花が二輪
──いや
光の花が三輪、美しく咲いた。