ラタトスクside
「ナタリア亭の夕食……か。どうする、テネブラエ?」
マルタ、春香と別れた後、俺はテネブラエと今日の夕食について話していた。
どうやら、このナタリア亭の夕食は凄まじい物らしく、死人同然の奴らが出ているらしい。
……普通なら食べないが……。
「そうですね……。本来であればこんな物食べようとは思いません。しかし……」
「食べきった存在だけが与えられるアイテムがあると、な……」
手元の紙に目を落とす。
そこには『ナタリア亭の誇るコック達の最高傑作を完食した者には究極レベルメタフィンを進呈します』という文字が。
究極レベルメタフィン……か。
「ラタトスク様。これは狙い目であると思いますよ。私はレベルメタフィンなるアイテムの事は知っていますが、どうも生物の限界を超えて強くなれるアイテムのようです。レベルメタフィンには『超レベルメタフィン』という上位版も存在しますが、あれらのアイテムは文字通り人間のレベル上限を突破させることが可能なアイテムです」
「で、その超レベルメタフィンの更なる上位アイテムか……」
もし手に入って服用できれば間違いなく戦力アップになるだろう。
成長の止まった魔物に与えてもいいし、春香に飲ませて事故死を避けられる程度の強さを与えてもいいかもしれないな……。
控えすらお構いなしに狙ってくる奴が出てくるわけだから……。
「何を言っているのですか。まず我が身です、ラタトスク様」
「俺か?」
まあ、確かに力不足になっている感は否めない。
ササキに不意打ちされたとはいえ倒されたり、リーガルの砲撃で上空まで吹き飛ばされたりと、最近の俺は戦闘で不覚を取っている。
このままじゃ俺が二軍行きにされてしまいかねないな……。
「……そうだな。俺が強くなることが先決か」
「ええ。二軍としてベンチから見物させられるわけにはいかないでしょう。一軍の椅子を守らなければ」
「……ん? ちょっと待て。この究極レベルメタフィン、どうやら完食した奴全員に与えられるらしいぞ」
「本当ですね。……よし、私も配下の魔物達を引っさげて参加しましょう!」
「決まりだな。行くぞ、テネブラエ!」
「承知しました、ラタトスク様!」
ナタリア亭の夕食……。
状態異常、状態変化を無効化さえすれば問題ないだろ。
死ななければ食べることが出来るはずだ。
テネブラエの魔物達も居る。
……負ける要素は無い!
「ん? もしかして、お前らも参加するのか?」
ナタリア亭の食堂に入ると、先客がいた。
長い赤い髪の剣士が金髪の剣士と共に席についている。
「ああ。賞品狙いでな。お前らもか?」
「そうだぜ。ま、どんなものが出るかしらねーけど、ガイにかかれば楽勝だぜ」
「俺かよ!? というか、お前も食べるんだぞ!? 分かってるのか!?」
ガイ? ここのコックじゃないのかこいつは?
……そう言えばこの赤毛は……。
まあ、旅行の一種だろうな。
「っていうかよ、お前ら、数多すぎじゃね!? 何体参加するんだよ!?」
「合計234体だ」
「にひゃっ……マジかよ! そんなに参加してよかったのかコレ!?」
「ルールには『食べきったらその人に究極レベルメタフィンプレゼント』としか書いてないぞ? つまり……数の暴力こそ正義だ!」
「……」
ん? ウェイトレスがじっと見てやがるな。
何か文句でもあるのか?
そんな数の制限はこの紙のどこにも無いだろ?
「……ええ。何人参加しても構わないというルールです。必要でしたらそちらのお客様も、仲間を呼ばれますか?」
「いいのか!? ラッキー! 白光騎士団の人間連れてくるわ!」
「ちょっ……おい待てルーク! 早まるな!」
「大丈夫だって。すぐに連れてくるからさ」
ガイの叫びを無視して、ルークは飛び出していった。
外から「ラムダス! 白光騎士団の人間をナタリア亭に連れてきてくれ! 今すぐにだ!」という声が聞こえてくる。
……改めて凄まじいな、ルークって。
「白光騎士団連れてきたぜ。これで景品は頂きだな」
「お前なー……」
大量の味方を連れてきたことで余裕を見せているルーク。
……お前は大丈夫だよな、テネブラエ?
「ええ。……何があっても目の前の料理にかじりつけと命令しておきましたので」
「よし」
そんな風に過ごしていると、先ほどルークが呼びつけた白光騎士団の人間がナタリア亭の食堂に集まってきた。
……俺とテネブラエの魔物ほどではないが、相当な数を集めたらしいな。
軽く見積もっても200は居るか?
「へへっ、全員を……は無理だったけど、210人連れてきたぜ。これで確実に景品が手に入るな」
「ルーク~……こんなことに騎士団呼びつけてどうするんだよ……」
ガイが頭を抱えているが、俺としてはルークのアイデアは悪くないと思う。
数の暴力こそ正義であり、勝てばよかろうなのだからな!
……それにしても、凄い人数だな。よくあんなにたくさんの人間を配下に出来る物だ。
「へっ。俺はバチカル生まれの貴族だからな! これくらい朝飯前だぜ!」
「なるほどな……。上の身分に生まれたら人間を山ほど従えられるのか……」
それは便利だ。
もし生まれ変われるならメルトキオの国王にでもなってテセアラ人を顎で使ってやろうか。
「っていうかよ、お前、なんでそんなに大量に魔物従えてるんだ?」
「……ああ、これか? こいつらはお前の所で言う白光騎士団だ。俺の命令なら何でも聞く」
「魔物の兵隊かよ……すげえな……」
ガイとかいうのは固まってるな。
まあ、放っておいていいか。
それはそうと、ルークが話の分かる奴で良かった。
料理が来るまでの待ち時間が想定以上に長くて暇になってくる……。
「確かに、ちょっと遅いよな……。おーい! 飯はまだなのか!?」
「ちょっ、ルーク! これだけ参加者が居るんだから料理がすぐに出来るわけないだろ!?」
俺もルークに同意見だ。
ああ、飯が待ち遠しい……!
景品も欲しいが、何より飯だ!
「……お待たせいたしました。それでは、食事を配膳いたします」
「ほう、割と早いな」
「だな。んじゃま、お互い完食目指してやってみようぜ!」
「ああ!」
俺達の会話が終わると同時に大量の料理がテーブルに並べられていく。
その料理を見た瞬間、俺とルーク、否、この場に居る参加者全てが固まった。
「な、なんだこれは……?」
「……緑と黒の混じった不気味な色の液体がボコボコ泡立っていますね……」
まず目に入ったのはスープだった。
しかし、ただのスープではない。
テネブラエが呟いた通り、緑と黒の入り混じったものすごい色のスープだった。
しかも別に火にかけられているわけでもないのにボコボコ泡立っており、更には時折スープの具が動き回っているような錯覚すらしてくる。
……足のような物の生えた人参が不気味な色のスープの中を元気に泳ぎ回っている?
そんなはずはない! 俺は何も見ていない……っ!
「……ま、マジかよ……っ」
「肉料理、だよな……?」
次に目に入ったのは肉料理と書かれた物体だった。
何かの心臓らしきものが真っ赤なスープの中でドクン、ドクン、と脈打っており、時折動脈のような穴からスープを吐き出している。
その様子は、まさに動いている心臓そのものだった。
……心臓を刺し殺して食べるのか?
「や、野菜……?」
「これ、マジで食べるのか……?」
「俺、遺書書いてきた方が良かったかな……?」
(こ、こんな物食べたら……死んじゃうの!)
三つ目は……開いた口のようなところから悪臭を漂わせる何かの頭だった。
悪臭を嗅いでいるだけで気分が悪くなってくる。
下手をすると目が見えなくなり、言葉も発せられなくなって身体が石像になるのではないかと思えてくるような物体だった。
また恐ろしいことに、この物体は俺の身体よりもでかい。
自分の身体よりでかいものをどうやって食えと言うんだ。
「……お、お前ら。後は任せるぞ……」
「……全魔物に告ぐ。何があったとしても、目の前の物を食い尽くせ! 撤退は認めない!」
自分は目の前の物体に勝てない。
同時にそう判断した俺とルークは、同時に命令を下し、この場から逃げ出す。
話の通じない生物には「敵前逃亡」などと言われるかもしれないが、これは違う。
戦略的撤退だ!
「おいルーク!? まて、自分だけ逃げるな!」
「……ラタトスク様、承知いたしました! センチュリオン・テネブラエ。この命を懸けて戦わせていただきます!」
テネブラエの目には目の前の物体を喰らい尽くそうとする覚悟だけが宿っている。
……テネブラエ。お前の事は忘れない……忘れないからなっ……!
「あっ……お待ちください。まだ配膳が……」
「お、俺……腹減ってないわ! 悪いけど、さっきのナシで!」
「右に同じだ! じゃあな!」
俺は死ぬわけにはいかない!
何としても、生き延びる……!
「……行ってしまわれましたか。まあ、予想通りでしたが……」
去り際にそんな声が聞こえた気がするが、俺は何も聞いてない!
これは戦略的撤退なんだ!
ラタトスクside out
テネブラエside
「ぐふああ! ……っ……ぁぁ……!」
「ごぼぼぼぼぼぼぼぼb」
ラタトスク様とルークが逃げ出した後、食堂は阿鼻叫喚の地獄へと変貌しました。
未知の料理に手を付けた者達は次々に倒れていきます。
あるものは体中が変色し、口から黄色や赤の泡を吐き出しながら机に口づけし、またあるものは頭、否、体中の毛が全て抜け落ち、目が飛び出した奇妙な姿を晒したうえで地に落ちます。
魔物達も例外ではなく、ドラゴンの鱗と言う鱗が剥がれ落ち、オライアンの体毛が血に染まったように真っ赤に変色し、無機物のはずのゴーレムの目からは赤い液体がまるで涙のように流れ落ちています。
無論……私自身も……っ!!
「ぐ、ぐふっ……! わ、私の身体が、まるで老人のように真っ白に……っ!」
ああ、何という事でしょうか……。
ジーニアスさんに言われたことはありましたが、まさか本当に体毛が真っ白になってしまうとは……!
闇のセンチュリオンともあろうものが……このような醜態を……。
し、しかし……。
「ラタトスク様のためならば、このテネブラエは……命を投げ捨てる覚悟! ラタトスク様の幸せを守る事こそ……私、の……」
……もう駄目かもしれませんね。
意識が朦朧と……し、してき、まし、た…………。
せ、せめて……この食事を完食しなければ……ラタトスク様に、アイテム、けんじょ、献上……。
「ラタトスク様……あなたにお仕え出来て、悔いのない一生でしたよ……」
わずかに残った意識でその言葉を紡ぎ、私は目の前の物体に挑————
最後は途切れていますが別にミスではありません。
マルタと春香のほのぼのトークの裏ではこんな事に。