魔王、辞めさせられました~え?勇者に負けたの我のせいじゃなくない?~   作:アメリカ兎

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第一話 四天魔との死闘、決着──

 

 

 

 ──魔界。未だ人類未踏の世界として名高く知れ渡り、誰一人としてその世界に足を踏み込んで生きて帰ったものはいない。

 魔王が人間界を掌握せんと送り込んでくる魔物達が跋扈して、早数百年。人々は勇者の存在を頼りに日々の糧を勝ち取り、生き残っていた。

 半ば共生関係と言ってもいいほどに、魔物との生活は人間の生活に密接距離にあった。

 

 

 

 魔界へ通ずる門、その守護者たる魔王の配下との激戦が繰り広げられる霊峰。

 精霊たちの加護による弱体化を食らってもなお、勇者達一行の前に立ちはだかるは「四天魔」が一人。鬼牙族の象徴たる赤い肌に二本角の生えた巨漢。

 その名を、サイスト・ジャックロング。

 三日三晩に及ぶ人間軍の波状攻撃を退け、あらゆる魔術、あらゆる攻城兵器による緩まぬ攻撃の手に遂には門番である彼の前に勇者達の侵攻を許してしまった。

 しかし、並の兵器では歯が立たない。人間軍に支給されているポールスピアも、ロングソードも鬼牙族の強靭な肉体の前では鉄くず同然。ならば魔術がある、と果敢に挑んだ宮廷魔術師達もまたゴミクズ同然に巨体による膂力で肉体を粉砕されてしまった。

 打つ手なし──かに思えてならない。だが人間軍達の目には明らかな闘志が宿されていた。

 

 身の丈を超える無骨な棍棒が狙うのは一人の少年。左頬に浮かび上がった紋様をこそ、人々は“希望”と呼んだ。

 五大神霊に祝福されし者──デュラルは長旅で擦り切れたローブを翻しながら、全身で振りかぶったロングソードで棍棒を横から弾き飛ばす。

 サイストの口腔から、苦いうめき声がもれた。

 

『グ、ウ、オぉ……! やはり、貴様が──』

 身の丈四メートルを越えようという巨漢。あまりにも巨大過ぎる相手に恐怖がないはずはない。デュラルはまだ十六の少年だ。だが、恐怖で足が竦むよりも前に身体が動いてしまう。

 それを若さと呼ぶか、無謀と呼ぶかは好きにすればいい。

 十の誕生日を迎えたあの日、この身に聖紋を授かった彼には使命があった。胸の奥から湧き上がる衝動のままに、金の髪をなびかせて走る。

 

「勇者様!」

 彼の身を案じて叫ぶのは、お揃いのローブに身を包んだ少女ライリィ。彼女もまた勇者と同じく神託を賜った聖女である。

 シャン、と短く音を奏でて錫杖の遊環が鳴らされる。四つの遊環の一つが紅く輝きを放つと、炎が渦を巻いて火球となって放たれた。

 サイストの顔に直撃し、視界を塞ぐ。だが相手もやられて黙っている親玉ではない。巨体である以上、その場で高く足踏みを繰り返すだけでも地鳴りを轟かせる脅威となる。

 

「デュラル、こっちだ! 私に乗れ!」

「ガーランドさん!」

 地響きをものともせず大盾を担ぎ上げた重装騎士に向けてデュラルが駆け出すと、タワーシールドを足場にして上空高くへ打ち上げられた。

 陽の光を背にして、デュラルは意識を集中させる。

 

 ──口訣を結ぶ。聖詠とも呼ばれるそれこそは、神への祈り。

 

「──神よ。貴方が世界を創るとき、天と地を満たす一筋の光を我らに与え給うた。今日この日を赦し給え」

 愚かな人の傲慢をこそ、今日この日この瞬間だけは許してほしい。その祈りは聞き届けられた。

 

 デュラルが持つ、否──全人類、全勇者、全聖女が持つ魔術の中でも彼に匹敵する魔術は持ち得ない。

 何故ならそれこそは、光の勇者に選ばれし者だけが振るうことを許された窮極光熱魔剣なのだから。

 

 手の中にあるロングソードが光に包まれる。蒼雷を放ち、振りかざした光剣を大きく振りかぶりデュラルは全身で振り抜く。

 

「ディス・ライトニング・ヴォルトッ!!!」

 

 ようやく目が開こうとしていたサイストが目にしたのは、霊峰を切り裂かんとする光刃。

 視界を灼き尽くす聖なる光の魔剣に呑まれて、魔界へ通ずる門の守護者は力尽きた。

 

 

 

 空中から落下してくる勇者デュラルの身体をふわりと優しく抱きとめたのは、聖女ライリィの風属性による高所からの落下制御の魔法。

 地に足をつけてから、胸を撫で下ろすと頬を膨らませながら聖女ライリィは錫杖を突きつけた。

 

「勇者様、いつも言っていますが敵に突っ込みすぎなんです。私の魔法が追いつかないじゃないですか。もっと周りの状況を見てから戦ってください」

「あ、あぁ。ごめん、聖女さま。つい、魔物相手はカッとなっちゃって……」

「お気持はわかります。ですが」

 おびただしい戦禍の爪痕を目の当たりにして、静寂が流れる。だが、門を背にして動かないサイストの巨体を見て人々が勝利を実感すると天に届かんばかりの喝采が起こった。

 聖女ライリィは大きなとんがり帽子のつばを抑えながら、どこか照れくさそうに手を振る。

 傷ついた兵士がいた。倒れて起き上がれない兵士がいた。涙ぐむ者もいる。

 

「ですが──今は、凱旋の時です!」

 ようやく人類が魔界への足がかりを得ることが出来た。あと一歩、もう一歩というところまで来たのだ。

 人間軍を代表して、重装騎士が歩み出る。勇者デュラルと聖女ライリィの二人を此処までサポートしてきた守衛ガーランドもまた、旅の仲間だ。

 

「まずは感謝を。聖王親衛隊として私も鼻が高い。人類がようやく反撃に打って出れる、君の功績は偉業として後世語り継がれることだろう」

「いえ、そんな……ボクなんて。勇者としてやれるべきことをしてるまでで……」

「胸を張ってくれ。君は偉大な功労者なのだから──」

 人々の口からは黄色い歓声が止まない。

 しかし、門に背を預けていたサイストが小さくうめき声をあげると身をよじる。その一挙動だけで人間軍は恐怖に震え慄いた。

 

『く、っくっく……! 我が身も、これまでか──流石、光の勇者と呼ばれるだけはある』

「この──!」

「待ってください、勇者様。あのオーガにもう戦う力は残されていません」

 聖女ライリィの言葉通りだ。

 サイストは袈裟斬りにされた身体から生命力が浄化されていくのを感じていた。痛みはない。不快感もない。だからこそ、武勲を生きがいにしてきた鬼牙族の「四天魔」はそこに不満を覚える。

 

『最期に、面白いことを教えてやる──この鬼牙族のサイスト。四天魔では最弱の男よ……!』

「な、ん……だって!?」

『貴様ら人類総出であっても、我が天に仰ぎ見る魔王様には遥か及ぶまいて──、グァッハッハッハッ!』

「負け惜しみを言うな! 人類は負けない、僕たちがいる限り!」

『グァーッハッハッハ! ああ……くそぉ……四天魔、最弱か────悔しいなぁ…………』

 巨体の輪郭が薄れていく。

 魔族は生命力を失うと塵になって消えていく。それは瘴気と呼ばれる人体に有害なガス状の物質だ。魔界を満たすとも言われているが、人間界においては陽の光によって消滅していくだけの、脆く弱い残滓でしかない。

 純粋な力こそが種族としての地位を意味する鬼牙族のサイストが遺した言葉は、彼の本心だった。最強のオーガとして魔界に君臨しておきながら、彼は城を手にすることすら敵わなかったのだから。

 人々の表情からは先程までの歓喜の色が褪せていた。

 四天魔最弱のオーガを討つだけでも人間軍は多大な被害を被っている。ほぼ全滅状態と言ってもいい。それでも魔界に通ずる「門」周囲の安全は確保できた。だが、引き続き魔界へ進軍するためには兵を整える必要がある。

 

「ガーランドさん。まずは傷ついた兵の皆様の手当を」

「しかし、ライリィ……あれほどの激戦の後だ、君もまずは休むべきでは」

「心配には及びません。聖女である私が皆様を導かなくては、誰が未来に手を引くのです」

「……君たちはまだ若い。その小さな肩に人類の未来を預けなくてはならない無責任な我々をどうか許してほしい。怪我人の手当を! 動ける者は手を貸してやれ!」

 ガーランドは背を向けて歩き出した。その一喝に気合を入れ直して兵士達は倒れている者に肩を貸し、手を取り合って立ち上がる。

 その姿を眺めていた聖女ライリィがふらつき、身体を預けてしまったのは勇者デュラル。咄嗟に受け止めてしまったが故に、不意に距離が近づいてしまった。

 

「あ……」

「聖女さま、大丈夫ですか?」

「──あ、え、いえ。その、先程の戦いでちょっと魔力を使いすぎてしまってですね、ちょっぴり気を緩めてしまったからふらついてしまって、大丈夫です、本当に。ええ、大丈夫です勇者様」

「え、え、あっ。いえボクの方こそごめんなさい。聖女さまが大丈夫なら全然大丈夫っていうかそのあの、疲れてたら言ってください」

「は、はい。ありがとうございます。それじゃあ私は兵士の皆様の手当に」

「いえ、その。ボクもなんていうかどういたしまして。じゃ、じゃあボクは皆さんのお手伝いでもしようかな」

 初々しい反応を繰り返す二人の真っ赤な顔を見て、ガーランドは緩みかかっていた緊張の糸を引き締める。

 

「グズグズするなぁ、ここから人類の反撃が始まる! 一日でも早く我々は部隊を再編成しなければならない! 私のタワーシールドの下敷きにされたいかぁ!!!」

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