魔王、辞めさせられました~え?勇者に負けたの我のせいじゃなくない?~   作:アメリカ兎

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第十話 え? ギルドってなに?

 

 

 

「……それで? 獣覇王ライゲンの居城より名工イル・ウェルエその人を手土産として帰還した、と?」

『そういうことだ』

 

 ──魔王城へと帰還した刃魔卿スレイヴの隣、名工イル・ウェルエは気さくな挨拶と共に片手を振っていた。

 

『やぁどうも初めまして。ご紹介に預かった東の名工イル・ウェルエとは私のことだ。このたび、刃魔卿スレイヴ殿の熱烈なアプローチを受けて足を運ぶと決めた次第。この通り“首なし騎士”だけれどもよろしく頼むよ、魔王リヴェル様』

 執事サルバトーレの何か言いたげな視線を受け止め、どうだと言わんばかりに胸を張っている刃魔卿スレイヴは悪びれもしない。獣覇王ライゲンを打ち破ったという噂は魔界に広く知れ渡ることになるだろう。そうなればやはり当初の目的である刃魔卿、此処にありと証明される。

 それを新魔王リヴェルの命令と見るかは第三者の見解に委ねられるが、どういった形であれ大手柄だ。

 

「獣覇王ライゲンと言えば赫轍の魔境を治める古株、それを打ち破るとは……流石は刃魔卿。我が父が全幅の信頼を置くだけの実力、私は嬉しく思う」

 夫人アイネスだけは面白くない顔をしていた。憎き魔王の残した部下がまだ残っていることが腹立たしくて仕方ない。しかし赤子の頃から世話をしてきた刃魔卿スレイヴと執事サルバトーレは魔王城、ひいてはこの“南の刃鎧魔境”でも一目置かれる存在。並大抵の実力では到底歯が立たない。

 名工イル・ウェルエを快く受け入れる息子リヴェルの甘さもそうだが、何より面白くなかった。

 

(見ておれよ刃魔卿スレイヴ……執事サルバトーレ……! 今に貴様ら二人も私の城より追放してくれる……! 我が父より奪ったこの城、必ず奪い返してみせるわ!)

 

 

 

 ──人間界では、勇者デュラルが砕かれたロングソードを見下ろして深いため息を吐いていた。

 王都より派遣された兵士達は死者こそ出なかったものの、総崩れとなった。混乱を極めた軍を守衛ガーランドが指揮を執りまとめ、一度王都へ報告するために霊峰を離れることとなった。

 その間、魔王とトーチの面倒を見なければならなくなった勇者デュラルと聖女ライリィは不安で一杯だったが、人間界に興味があるのは本当のことなのか聖女ライリィの話に耳を傾けている。

 

「──と、いうわけなんです」

「ふむふむ、大体把握した。つまりその五大神霊から神託を賜ることが“巡霊の旅路”というわけだな。それを終えた光の勇者と聖女だけが魔界へ行くことが許される、と」

「はい。魔王討伐の旅……のはずだったんですけれども」

「諸国外遊の旅、面白そうだな! われも行きたい!」

「それは……王都からのお許しが無ければ、ちょっと……私達の一存では難しいですね」

「むぅ……となるとやはりあの重騎士の報告を待たねばならんか」

「でも驚きました。魔王様ご自身からまさか人間界にご足労いただくなんて」

「元々人間界には興味があったのだ。勇者と戦いたいがために魔王やってるわけだし」

 しかしそれならばもっと早い時期に来ることができたはずだ。疑問に思った聖女ライリィが口にすると、魔王は苦労の色を含めたため息を吐く。

 

「ところが待てども待てども勇者は来ないわ、われに挑んでくる魔界の者は減る一方で退屈極まりなかった。ならばいっそこちらから人間界に向かえばよかろうと思い当たったわけだ。魔王辞めさせられたからちょうどいい機会だと思ってな」

 落ち込んでばかりもいられない勇者デュラルが気を紛らわせたいのか、二人の会話に混ざる。

 

「だったらなんで僕と戦おうとしないんだよ。お望みの勇者なんだぞ、一応」

「人間界で本気出したら人類滅ぶから駄目だ」

「そっすか……」

「あとお前弱いし」

「ちくしょーーー!!! これでも僕は頑張ってる方なんだからな!?」

「そっか! 今後ますますの精進を重ねると良いぞ、勇者!」

「なんかいい笑顔で期待されても嬉しくもなんともないんだよ!」

 頑張るけども! と付け加えて勇者デュラルが拗ねた。

 

「しかし困りましたね……。魔王様を連れて歩くにも、色々問題が」

「別に悪いことするわけではないのだから良くない?」

「よくないから困ってんの! 世間体ってものがあるの!」

「知らんが?」

「でしょうねぇ魔王は!!」

 魔王退治に行った勇者と聖女が魔王を引き連れて人間界の諸国外遊──理解ある人間でもすんなりとは理解し難い。魔族に寝返ったと疑われても仕方ないことだ。

 

「ならもうわれ一人旅でも良いが」

「良くねぇって言ってんでしょうが! 魔王討伐の旅なの! 勇者の使命なんだからやんなきゃなんないの!」

「ならわれ以外の魔王で手打ちでよくない? 少なくともわれより弱いぞ」

「そんな「猪倒せないから豚倒してこい」みたいな感じで言われても納得できるかぁ!! したくもないよ僕は! というかそれでいいのか魔王。他の魔王に知り合いとかいないの? 友達倒されたら悲しいもんじゃないのか」

「われが友と呼ぶ者などスレイヴとサルバトーレとトーチだけだ」

『ンゴォ』

 名前を呼ばれたからか、草木の観察をしていたトーチがのそりと頭をこちらへ向けてくる。だが気のせいだと思ったのか視線を風に揺れる花へ戻した。

 

「そもそもわれ魔界最強の魔王だしな! じゃあ人間界でも負けなしだ。つまりわれに勝てる相手などそれこそ勇者くらいのものだ!」

「あのー。魔王様の口ぶりですと、昔勇者と戦ったことがあるようですが……」

「うむ! べらぼうに強かった。ありえんくらい強かったしわれ死ぬかと思った! まぁその頃われは魔王ではなかったんだが」

 勇者デュラルがますます凹んで拗ねた。ふて寝している。

 

「かつて魔界に勇み足で挑んだ歴代の勇者と言うと……確か数えるくらいしかいなかったような……」

「まぁそんなことは良い。そのうちな、そのうち。そんなことよりもわれは人間界を見て回りたいのだが、なにか良い方法はないのか?」

「えぇと、無いわけじゃないです。ただその人も頼れるかどうか」

「どんな相手だ? ぶっ飛ばしていいならぶっ飛ばしてでも言う事聞かせるぞ?」

「大問題になるので控えていただけると助かりますぅ……。えぇとですね、冒険者ギルドを経営している方なんですけれど。魔界にギルドって存在するんですか、魔王様」

「いや、見たことも聞いたこともない」

 冒険者ギルド──各地に点在する街や村。国の手が回らない地域で活動する自警団、或いは冒険によって富や名声を手にしようとする者達の集まりを制御することなど到底不可能かに思われていた。だが、とある若者がそうした冒険者達の活躍をこのまま埋もれさせるのは勿体ない、という一言から組織を立ち上げた。

 その名も冒険者労働組合『コンサルティング・ホール』……困り事の相談窓口として広く慕われる形となり、王都でもその冒険者支援活動は注目を浴びている。

 組織の規則を設け、冒険者の階級を取り決め、依頼を形式的に振り分けることによって生まれる平等な実力主義。勇者でなくても名声を得られる機会を誰にでも与えた若者の名を知る者はおらず、冒険者ギルドをまとめあげる存在として“ギルドマスター”と呼ばれていた。

 その面目躍如ぶりは凄まじく、聖王より特例として治外法権を与えられている。ただしその条件として各国への居住権を認められていない。定住の地を持つことを許されず、ギルドマスターは世界各地を放浪の度を続けていた。果たしてそれで人間が生活できるのか、魔物が跋扈する人間界で。そんな疑問は尤もだ。

 しかし、彼はそれを受諾した。それどころか逆手に取って活動範囲を広げている。今もなお各国では冒険者ギルドの設置を望む声が絶えないほどだ。

 

「──というわけでして、凄まじい経営手腕と統率力によって組織をまとめあげているギルドマスターさんのお力添えがあれば。魔王様もどうにかしてくれるかもしれません」

「ほっほう! それは愉しみだな! それで、そのギルドマスターとやらは何処にいるんだ?」

「……各国を巡っている方なので、会えるかどうかもちょっとわかんないです」

「むぅ、残念だ。いや、だがそれならそれで方針が決まったな! まずはそのギルドマスターを探せばいいわけだな」

「はい。ガーランドさんが戻ってきてから、改めて話し合いをしましょう」

「早く戻ってこんかなー、あの重騎士!」

 無邪気な子供のように帰りを待つ魔王から少し遠いところで勇者デュラルは話を聞いていて気が滅入っていた。

 

「聖女様。本気で“あの”ギルドマスターに話を通すつもりなんですか?」

「え? えぇ、まあ……だって勇者様。他の国王様や聖王様がお許しになると思います?」

「絶対無理ですね」

「そうでしょう? となれば他に手がありません」

「……やけに魔王の肩を持ちますね、聖女様は」

「そういう勇者様は魔王様のことがお嫌いですか?」

「嫌い……というか、なんというか」

 認めたくない、という気持ちが八割。自分の知っている魔王像など、大人たちの作り上げたおとぎ話だ。だからそうだと思っていた。魔王は悪いやつで、人々を苦しめるために魔物を送り込んできているのだと。

 それを倒すためだけに辛く困難な旅路を歩んできた。そのはずなのに──こうもあっさり受け入れろ、と言われても無理な話だ。勇者デュラルはまだ若い。割り切れるほど精神的に大人ではなかった。

 

「ギルドマスターが大っ嫌いだから会いたくないですね」

「毛嫌いしてますもんねぇ、勇者様。でもそこは、ぐっと堪えてください」

 言葉を濁す。

 

「ぐっと、ですよ!」

 頬を膨らませ、顔を覗き込むように聖女ライリィが言葉を重ねた。そのまっすぐ見つめてくる瞳の真摯さに負けて勇者デュラルは根負けする。自分が折れるしかない。

 

「わかりました……はぁ。でも武器が壊れちゃったし、買い直さないといけませんね」

「なにか特別な剣だったのか?」

「いや、別に特別ってわけじゃ……まぁ、僕にとっては特別な意味を持ってたかもしれないけど。ずっと使い続けてきたから、思い入れがあるってだけで」

 再び肩を落とす。

 ──聖印が浮かび上がった日。神々に選ばれた我が子のために、両親が少ない稼ぎで無理をして用意してくれた剣だった。何の変哲もない、どこにでもあるようなロングソードだったけれど。使いこなせるようになるまで王都で剣術修行もしてきた。勇者デュラルにとって、守衛ガーランドは剣の師匠でもある。

 それでも。これまでの旅路を支えてきてくれた“物言わぬ仲間”だったと勇者デュラルは思っている。だからこそ手放すのが惜しい。

 魔王はそれが理解できないのか、眉を寄せていた。

 

「鍛冶師にでも頼めばいいだろう」

「こんなハッキリぼっきり折った張本人が言うんじゃないよ! 見てよこれ、真ん中から粉々になってるんだから!」

「脆かったな」

「感想を求めてるわけじゃないんだけど!?」

「まぁまぁそう怒るな。でも斬り掛かってきたお前が悪いんだしわれのせいじゃなくない?」

「ぅぐ……」

 それを言われては勇者デュラルも言い返せない。

 

「はぁ……ガーランドさん、早く戻ってきてくれないかな……」

 

 

 

 ──守衛ガーランドが戻ってきたのは、それから二日後のことだった。勇者デュラルと聖女ライリィの提案を聞き入れ、同じことを考えていたらしくすぐに移動を始める。

 冒険者ギルド『コンサルティング・ホール』本部の目撃情報を集めながら戻ってきたところ、ちょうど付近を通る予定だと最寄りのギルドから情報提供を受けた。

 

「なぁんだ、思いの外話は早そうだな、トーチ!」

『ンゴー』

「こほん。魔王、それについて私からひとつだけ注意がある。よく聞いてくれ」

「うむ、聞いてやろう。なんだ?」

「……冒険者ギルドだけは、絶対に敵に回すな。これだけは肝に銘じておいてほしい」

「? われ負けんが?」

「勝ち負けではないんだ。もしも“彼”と敵対した場合──人間界で遊ぶことができなくなると思って欲しい」

「それほどの権力があるのか?」

「国を動かすほどではないが、少なくとも人を動かす力はある」

「ふむ……まぁよかろ。お前ほどの騎士が言うのなら覚えておこう」

「助かるよ、魔王様。さて、それでは移動しようか、デュラル。聖女様も足元には気をつけて」

 霊峰より下山しようとする魔王一行だったが、不意にトーチが足を止める。思い出したように「門」の近くまで駆け出すと、屈み込んで一輪の白い花を掬った。

 

「トーチ、何をしているのだー?」

『ンゴ、ンゴ……ンゴゴー』

 白い花弁は胸を張るように青空に向けて咲いている。青く太い茎を手折らぬように土ごと持ち上げて自分の頭頂部に植え込むと、身体と馴染ませた。

 まん丸な寸胴の頭に生える一輪の花を見て、魔王も満足げにしている。だがどことなく間の抜けた姿に勇者デュラルの頬が緩んでいた。そんなトーチを見て、聖女ライリィも口元に薄く笑みを浮かべている。

 

「トーチくん、かわいいですよね」

「すまないが私もそう思う」

「そうですか? あのずんぐりむっくりまん丸ゴーレムが……?」

「なんだ。カッコいいだろう、トーチ! 見よ! この無駄のないフォルム!」

『ンゴッ!』

「ごめん、やっぱお前とは解り合えないわ魔王……」

 価値観の相違を埋めるにはあまりにも深すぎる溝がそこにはあった。

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