魔王、辞めさせられました~え?勇者に負けたの我のせいじゃなくない?~   作:アメリカ兎

11 / 12
第十一話 冒険者労働組合『コンサルティング・ホール』

 

 ──五大神霊。天界からの使者、勇者の選定者たる使命を帯びた神の使い。彼女、或いは彼らに選ばれた少年は勇者の使命を帯びる。少女は聖女としての役割を与えられ、神託によって人々を導き、人の世の栄華を担う。

 その中でも“光”の神霊に選ばれた者は、勇者達の中でも一際優れているとされている。だが、いかに優れていようとも年端もいかぬ少年少女達に人類の行く先を左右される状況を快く思わない者もいた。

 あくまでも。

 勇者や聖女の体に浮かび上がる“聖紋”は、魔物に対してのみ絶大な効果を発揮する。その為、勇者達の主な役割は人々を魔物から守ることになる。

 ならば神霊に選ばれなかった人々は無力か。否、断じて。

 勇者として選定されるのは決まって十歳の誕生日を迎える少年少女。そして、聖印には期限が存在する。

 最長であっても二十年。短いものであればその半分にも満たぬ月日で薄れ、力を失うこととなる。つまり、三十路になる頃には必ず“人”として生きなければならない。だが、辛く厳しく険しい道のりで志半ばにして帰らぬ人となることも珍しくないため、勇者として歴史に名を残すにはまず生き残らなければならない。

 中には巡霊の旅路を果たし、魔界へ消えていった者もいる。だが、誰一人として帰ってきたものはいなかった。

 

 ──だからこそ。冒険者ギルドの存在は人々の生活の支えとなっている。

 勇者でなくても歴史に名を残せる、そうでなくても、ちょっとした有名人になれる。もしかしたら王都からお声が掛かるかもしれない。そうした名声を求め、夢を見て、冒険者ギルドには常に活躍の機会を目敏く窺う冒険者がたむろしていた。荒くれ者、ならず者、不埒者、そうでなくても真っ当な真人間。人々の悩みを解決しようと尽力したい一心でギルドの門を叩く者も、まぁ、少なくはなかった。

 個人的な願望で成り立つ何でも屋、どんな困り事も報酬次第で解決手段がきっと見つかる相談窓口。

 全国各地に展開している一大冒険者労働組合『コンサルティング・ホール』は他の冒険者ギルドを瞬く間に吸収・合併し、理路整然とした教材によって人材育成も決して手を抜かない。ギルドカウンターに立つことは一種の憧れ、人生における輝かしいステータスとして認知されるまで時間はかからなかった。

 そして最たる特徴は月に一度、王都へ依頼書を提出している点にある。

 登録された冒険者の活躍を王都に認知してもらうことを目的としており、目覚ましい活躍、或いは精力的に活動を続けているものを送り出すことで冒険者に更なる躍進を促すことでギルド全体を活性化させている。

 

 冒険者は夢を叶え、人々は悩みを解決し、王都は優れた人材を抜擢し、ギルドは潤うことで町や村に経済を還元して発展していく。そうした経済の回転にも貢献することで勇者足らずとも人々の生活を保障する陰の功労者と言えよう。

 

 ──以上のことから、ギルドマスターがどれほどの逸材であるかは窺い知れよう。だからこそ冒険者達は口を揃える。

 ギルドマスターを敵に回してはならないと。

 住み慣れた街から、故郷の村から、憧れの都から、国絡みの“外れもの”にされたくなければ決して敵対してはならない。そうした暗黙の了解が冒険者ギルドには存在した。

 

 『コンサルティング・ホール』から依頼が入る、というのは大工職や武具職人、雑貨屋に食事処、宿屋に至るまで、あらゆる職種を選ばず名誉なことだ。何故ならばギルドマスターは他人の仕事を正しく公平に評価する。私情を挟まず、人柄も選ばず、結果のみを見る。記憶に残るほどの仕事ぶりを見せれば、何処からか評判を聞いて足を運んでくる客もいるかもしれない。

 魔物に脅かされるよりも以前に、生活がままならない人間が犯罪に手を染めないように抑止力の一面もある。それだけ冒険者ギルドの存在というのは強大となっていた。

 

 

 

 冒険者ギルドの目印は、とてもわかりやすい。『富・名声・力』を象徴する『硬貨・依頼札・剣』を手にした扉だ。此処でなら全てが揃うと豪語する大胆不敵かつ傲岸不遜の自社アピールを、疎ましく思うものはいても口にする者はいない。

 そして此処、大陸の北東部に位置する『巌の国』も例外ではなく、『コンサルティング・ホール』のギルドハウスが設営されていた。

 潤沢な鉱石資源である山岳地帯を管理する城塞国家では鉱脈の発掘作業が主な仕事だ。それらの加工もまた『巌の国』の収入源となっている。鍛冶師だけでなく武器と防具の最先端技術と言えば此処と相場が決まっていた。

 当然ながら、山岳地帯にも魔物は棲む。うっかりゴブリンの巣を引き当てようものなら大事故だ。そうならないためにも慎重に、かつ大胆に。時には用心を重ねて鉱夫達はツルハシを振るう。

 

 ──レヴェリア山岳の麓に広がる広大な樹林地に、とある噂が流れた。

 ある年若い冒険者が樹林の中で薬草を集めていたところ、道に迷ってしまった。その時に不自然な建築物を見つけたという。そこから牛頭の巨人が出てきたのを見た、と。

 屈強かつ鋼のような肉体を持つミノタウロスは血糊の付いたバトルアックスを持ち、周囲を警戒していたという目撃情報を頼りにそこへ向かった冒険者達がいた。

 『コンサルティング・ホール』では冒険者等級が大きく三種に分けられる。これは大陸の通貨をもじり、順番に『金等級』『銀等級』『銅等級』と区分された。

 

 今回、ミノタウロス討伐へ意気込んだのは銀等級冒険者の五名。依頼を出されたわけではない、ただ彼らは街の治安を案じてのことだった。

 ダンジョンの番人として名高いミノタウロスを討伐することは銀等級冒険者にとって関門と言える。それを倒すことができて初めて『金等級』への兆しが見えるのだから。

 そして彼らはそれを成し遂げた。深手を負いながらも、全員生還。ダンジョンの中に眠っていた宝の山は金銀財宝の数々。人間達の習性を真似して硬貨を集めている魔物はこうしたダンジョンに貯め込むことから、ハイリスクを冒してでも高収入を一度に稼ぐ冒険者もいる。だがそれは命知らずというものだ。

 彼らは喜び、持てるだけの財宝を手にしてダンジョンを後にする。

 

 戦いの傷を薬と魔法で癒し、傷だらけの身体で互いの奮闘を祝い、肩を並べて笑う。しかし、その笑顔は街が見えてくると凍りついた。

 

 麓の街道沿いに建てられたギルドハウス。その吊り看板は紛れもなく『コンサルティング・ホール』だ。しかし、金の装飾。王都認定の証明書。

 柵に繋がれた駄獣達は草を食み、桶の水を飲んで思い思いの休息を摂っていた。

 間違いない。冒険者ギルド『コンサルティング・ホール』の移動本部であることに銀等級冒険者達が青ざめる。だが何も悪さをしたわけではない、資格を剥奪される謂れも無いはずだ。彼らはそのままギルド本部を横切り、街の中へ入る。

 

「おおい、みんな! 戻った、ぞ……」

 そしてギルドハウスへ戻るとすぐにその違和感に気づいた。いつもは仲間たちが談笑し、カウンターでは仕事を請け負う冒険者が並んでいるはずの活気が静まり返っていることに。

 

「……な、なんだ? どうしたんだよ、なぁ」

 銀の短髪、銀等級冒険者のリーダー的存在である男性が何事かと聞いて回ろうとして、ギルドハウスのテーブルの一席に見慣れない人物がいることに気づく。市販の量産されたプレートメイルやローブではなく、明らかな軽装。護身用の武具を持たずに我が物顔で食事を摂っていた。

 厚手の革服。黒く染色されたレザースーツに、革のブーツ。青いウルフカットの髪。

 口もとの汚れを拭い取り、席を立つと銀等級冒険者達の前に立ちはだかる青年の歳は二十代前半といったところか。平均的な成人男性の背丈よりもやや高く、獣のような印象を受けた。

 

「どうも。冒険者ギルド『コンサルティング・ホール』のギルドマスターだ。初めまして、冒険者さん?」

「……キミが。ギルドマスター……お会いできて、光栄だよ」

「こんな若造で驚いた?」

「噂には聞いていたけれど、まさか本当だとは思わなかった」

 愛想笑いと反射的に口から出てくる言葉とは裏腹に、銀等級冒険者の舌の根は緊張で乾いている。経済発展の一助を担う、恐らく人間界において数えられる程度の富豪であると同時に、冒険者達の頂点に立つ責任者が目の前に立っているのだから。

 頭からつま先までざっと観察して、それからギルドマスターは頷く。

 

「あぁ、モンスター退治の帰りでした? これは失礼、お疲れでしょうに。立ち話もなんです。どうぞお掛けください」

 促されるまま、彼らは戦利品を置いてテーブル席に腰を下ろした。ギルドマスターが片手を挙げると、すぐさまウェイトレスが駆け寄る。軽い食事と水を注文すると、すぐに厨房へ消えた。

 

「ま、俺からの奢りってことで。功労者は労わないと。なにせうちの基本方針は「平等かつ実力主義」なもので。聞けば、街の治安維持のために近隣のダンジョンに向かったとか」

「あ、ああ。そうなんだよ。薬草を摘みにいった若い奴が見つけたって話を聞いて、いてもたってもいられず」

「なるほどなるほど。それはご苦労様です。さぞ苦戦したでしょう、その様子ですと」

 間もなくしてテーブルへ運ばれてきた出来立ての軽食は見慣れないメニューだった。少なくとも『巌の国』で流行している食事ではない、異文化情緒溢れる皿に困惑していると、ギルドマスターが説明を始める。

 

「諸国放浪の旅をしていると、食事に気を使うものでしてね。手始めに冒険者達の間で流行らせようと思って『渚の国』で話題の軽食を用意してみたんですが、よければ是非感想の方を」

「これは……?」

 『巌の国』では食事の際には必ず容器に移してから口に入れる。それは鍛治仕事の多い職人達は手が煤や油で汚れていることが多いからだ。だが、彼らの前に出されたのは小麦粉を練り、蒸して膨らませ、焼き上げた丸いパンで肉と野菜を挟んだ物。

 

「どう食べるか? そのまま手にして丸かじりするんです」

「なんとも、恥ずかしい食べ方な気はするが……」

 しかし、空腹には抗えない。差し出された厚意の塊はなんとも食欲を誘う。粗目の繊維紙で中の具材が飛び出さないように包んで食すのが主流という助言に従い、銀等級冒険者のリーダー……アンディが大きく口を開けて獣のようにかじりつく。

 気恥ずかしさはあったが、それを遥かに上回る旨味に舌鼓を打つ。口にした薄切りの獣肉の脂を青野菜が中和し、目玉焼きと香辛料の風味が後味を残さず胃に流し込んでいく。それだけではない、一度に口に放り込める量がさらに満腹感を与えてくれることに驚いた。口の端に付いた違和感を拭い、指についた液状の調味料を舐めとるとそれが旨味を増幅させていることに気づく。

 

「これは美味いっ、少し食うのが恥ずかしいが……特にこの調味料が味を引き立ててくれる!」

「おぉ、そりゃよかった。気に入ってもらえたらなら俺も嬉しいね」

 軽食のオペレーション業務なるべく簡素な物を採用することで何かと入用の冒険者達へ即時提供できる体制を整えている、とも付け加えてギルドマスターは頬張る銀等級冒険者達を眺めていた。

 

「──ところで。ミノタウロスを討伐したという話でしたが、どんな奴でした?」

「ちょっと変わった迷宮の番人だったな。なぁ?」

「言われてみりゃそうだ。中のダンジョンもまた拍子抜けで魔物なんて一匹もいなかったしよ」

 食事にありついたことで緊張がほぐれたのか、アンディの言葉にメンバー達も同意する。やたら強固な鍵があったが、むしろダンジョンというよりもまるで倉庫のようだったと。

 ギルドマスターは、目を細める。忍ばせていた暗器を突きつけるように冷徹な瞳で笑い合うメンバーを見据えると、腕を組んでため息をついた。

 

「アイツはうちの金庫番だったんだが──人を襲わない良いやつだったろう?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。