魔王、辞めさせられました~え?勇者に負けたの我のせいじゃなくない?~ 作:アメリカ兎
──魔王の配下である四天魔、サイストが勇者によって討たれた。その知らせは電撃のように魔界を駆け抜けていく。
遥か天にそびえ立つ魔王城の一室で、さもつまらなさそうに机に頬杖をつきながらぼんやりと手を動かしていた魔王の下へ馳せ参じたのは、人間界と魔界の双方を監視する翼の生えた魔物、バードマン。
「魔王様!」
「どうした、騒々しい。われは今忙しいぞ。なんでかしらんが」
「急ぎ、ご報告があります! 我らの領土にある「門」を守護していたサイスト様が──勇者に敗れました!」
「え、マジで言ってる? やるなぁ勇者!」
退屈極まりない表情をしていた魔王の顔が、パッと明るくなる。長く伸ばした綺麗な赤い髪はまるで血河のように流れ、鋭い目つきは無邪気な笑みを浮かべていた。横に尖った長耳、長老種の身体的特徴であると同時に、よく手入れされた曲がり角は城内の灯りで艶を出している。
次いで魔王の口から出る言葉は勇者征伐のために魔王軍を仕向けるであろう命令だとばかり思っていたが、予想を遥かに裏切る言葉が出てくる。
「あの、魔王様? そう遠からない内に人間軍が勇者と共に進軍してくると思われますが、なにか対策とかは……その、他の四天魔の皆様に号令や招集命令など……」
「え? いらんくね? だってわれ勇者と戦いたいし、他の奴らにもそう伝えておけ」
「…………」
一切の無策。その魔王の方針に、少なからずショックを受けた。一部下である伝令ですら魔王に対して失意の念を抱かせるには十分過ぎる方針に、激情をぶつけたのは他ならぬ魔王の息子、リヴェル。
「父上! 話は私も聞いております! 一体どういうおつもりか!」
「どういうつもりもなにも、われは元々勇者と戦いたいがために魔王の座に就いたも同然。サイストは四天魔最弱だったと言えど、あれでもオーガの中では最強格だった男だ。それを倒したとあっては期待も膨らむ」
「……本気ですか?」
「本気だが?」
かつては魔界に名を馳せた魔王とはいえ、それも昔のことだ。今となっては城で日々の政務をこなすだけの存在。
その権威も、かつての猛威も振るう機会を損ない続けていた。
──だからこそ、息子リヴェルはそれを好機と見た。
「聞いたか皆! 我が父であり、我らが王は四天魔が一人を失ってなおもこの安穏さ! このままでは我らもまた勇者の手によって討たれるやもしれん! ──というのに、この体たらく! この軽薄さ、我らが王にあるまじき姿である!」
その弁舌を、まるで待っていたかのように魔界の権力者達は頷いていた。相槌を打つ部下達の顔を一通り見渡してから、魔王は察する。
この日を虎視眈々と狙っていたのだろう。
「──父上! 今日この日をもって、その玉座を降りていただく!」
「まぁよかろ。いいぞ、魔界からの追放も王位の剥奪もわれが許す。お前に城ごと譲ろう」
「…………え、そんなあっさり……?」
「ん? なんだ欲しかったのだろう? この玉座が。ゆるすゆるす、欲しければくれてやる」
ぶっちゃけ話を半分以上聞いていなかったが、要約してしまえば「魔王辞めろ」ということだ。城も部下も何もかも失い、身一つで魔界に放り出される形の追放だが、元より魔王はそこから実力だけで全てを手にしてきた。魔界の掟に従い、欲するべきものを奪い取ってきただけのこと。
それが今、息子から向けられてきただけに過ぎない。
「さて、そういうことであれば身支度を整えなければな! 全部くれてやるが、トーチだけは連れて行かせてもらうぞ! 何しろあいつだけはわれが作ったゴーレムだからな! じゃ、そういうわけだから新生リヴェル魔王軍として今後ますますの発展と活躍と軍拡を期待している!」
──わーっはっはっは! 快活な高笑いを部屋に響かせながら、まるで魔王(元)は城を後にしようとしていた。
父がこうもあっさり城も権力も財も部下も何もかも手放すとは思わなかっただけに、息子リヴェルは困惑する。まるで一切の執着などなかったように。
(父上は一体なにをお考えになられておられるのだ……!? 私とも別れるということだぞ、なのにどうしてあんな嬉しそうに……)
不安げな表情を見せるリヴェルに、しかし、すぐにその場をまとめる者がいた。
「思いの外上手くいきましたな、リヴェル様。まずは政権交代、おめでとうございます」
「じいや……いや、しかし。よいのか?」
「よいのか、とは……?」
顔に深く皺の刻まれた老齢のエルフは、魔界で誂えた燕尾服に身を包み、リヴェルに深く頭を下げる。
魔王の子息として生を受けた時から何一つ変わっていない執事は、今まで身の回りの世話をしてきてくれた。それはこれからも変わらない。だが、元々は魔王の側近として忠節を尽くしてきたはずだ。目の当たりにした政権の簒奪に対して祝辞を述べる忠臣がどこにいようか。子息リヴェルはその事実に更に困惑したが、表情から察した執事サルバトーレ・レヴナントがヒゲを撫でる。
「ほぉ、なるほど。つまり坊ちゃまは、この爺めが魔王様に反旗を翻したことに対して憤りを覚えないことが不思議でたまらないということですかな?」
「う、うむぅ……まぁ、そうだ」
「おっほっほ、まさか。魔界の掟とは「汝、欲するところを奪え」でございましょう? ならばそれでよいのです。この爺もまた、そのように尽くします。私の忠義は魔王様のために、それは変わりありませぬ」
「……じいやの望みはないのか?」
「この歳になってくると、もう殆どの望みは叶えてしまうものでして。それに、ああ見えて魔王様は坊ちゃまのことを信頼しておられます。何一つ執着心を見せず、ああしてバカのように笑いながら去っていったのも坊ちゃまが玉座にあっても魔王軍を率いることができると思ってのこと」
「今バカって言わなかったか、じいや?」
誤魔化すように笑い、執事サルバトーレは咳払いを挟んだ。
「ごほん。さておき、まずは皆にこのことを報せるのが先決でしょう。これ、バードマン。残る四天魔の者共に急ぎ伝えてまいれ」
「はっ!」
「さぁてこれから忙しくなりますぞ、坊ちゃま」
息子リヴェルは、これまでと変わらぬ形で献身的に務めを果たす執事の姿に胸を打たれながらもまずは自らの為すべきことに着手する。
──魔界の王達は、誰も彼もが楽観的過ぎるのだ。
──魔王城の廊下を鼻歌交じりに歩みながら、魔王は剣闘場へ顔を出す。
そこでは昼夜を問わず魔王軍の精鋭達が身の丈を超える武器を手に火花を散らしていた。
練武に次ぐ練武、鍛錬に次ぐ鍛錬、果てなき研鑽に終わりなき研鑽。全ては力のため。だが、その手も魔王が顔を見せれば号令ひとつで物音ひとつ立てぬ静寂が空間を支配する。
『鍛錬中止、注目』
魔界を覆う赤黒い雲の下、地平線まで埋め尽くす魔物達がひしめき合っていた。だがその声は刃のように鋭く、それでいてその場に居合わせた全員の心の臓を冷たくするほどの声で伝わる。
魔王が気さくに片手を挙げて挨拶を向けるのは、剣闘場を見下ろすバルコニーに立っていたフルプレートメイルの騎士。だが、その内部に人は非ず。燃え盛る紫混じりの蒼炎が関節部の隙間から漏れ出していた。
──この魔界においては、弱小の魔物とレッテルを貼り付けられているリビングアーマー。
『魔王様。我らに何か御用か』
「おースレイヴ! 相変わらず練度向上に余念がないなぁ、また行軍の手はずを整えているとわれの耳にも届いているぞぉ!」
『此度の行軍は東の赫轍の魔境へ挑むつもりです』
「うむうむ、感心感心! 流石はわれが最も信頼する刃魔卿よ!」
【刃魔卿】スレイヴ──魔王とは旧知の仲であり、城の創立より以前から互いを高め合うほどの間柄であるという。そしてその腕前もまた、リビングアーマーにあるまじき魔界剣術であるとされている。
『世辞も世間話も程々に。我らに、何か』
「うむ。われ魔王辞めることになったから後は任せた!」
間。
……。
…………。
………………マ???
『────』
「そんなわけだから、われちょっと人間界に遊びに行ってくる! なぁに飽きたら帰ってくるつもりだから、それまでの間、息子のことはよろしく頼む! お前のことだ、万に一つもないと思ってはいるが念のためな! では皆のもの、これまで通り励めよー! わーっはっはっは!」
『…………』
頭を押さえるが、痛む頭もそこにはない。幻痛だ。だが関節部より漏れ出していた炎の勢いが若干衰えていることから、多少なりとも刃魔卿スレイヴとしては思うところがあるらしい。しかし、長い付き合いだから心配など何一つしていない。
むしろ問題は──
『総軍、鍛錬再開!』
その号令に、混迷を極めようとしていた魔王軍は再び思い思いの武器を手に実践的な鍛錬に打ち込む。
「トーチ! トォーーーチ!! おらぬのかー、中庭かー! それとも庭園かー? われと来ぉーーーい、トォォーーーチッ!!!」
さながら迷子の子犬探し、魔王が城の中をあちこち歩いて探し回っていたのは自らの手で作り出したゴーレム。
姿が見えないことに首を傾げながら中庭に顔を出すと、いた。
『…………ンゴ?』
「おぉここにいたのか! われと共に人間界に行くぞ、伴をせよ!」
『ンゴ』
ずんぐりむっくりな体型の大柄な巨人。長身の背丈である魔王ですら腰ほどの高さにしかないクレイゴーレムは、巨木のような腕を差し出す。魔王がその手のひらに足をかけると、すぐに肩へ腰を降ろした。
「ところでお前、此処で何をしていた」
『ンゴォー』
トーチが指し示したのは、魔王城の中にある赤枝の大樹。城の建設以来、すくすくと育まれてきた魔界特有の植物は不気味な果実を実らせていた。煌々と輝く皮の張った赤い果実は見ただけで中にたっぷりと蜜を蓄えていることがわかる。
執事サルバトーレがこの果実を使って作るパイは絶品だったが、名残を惜しんでいる場合ではない。
「なるほど、アレの世話か。お前がおらずとも他の庭師がやってくれるであろう! さぁ行くぞトーチ! 目指すはサイストの守っていた魔界門だ。出発!」
『ンゴーゴー』
「おぉそうか、お前もそんな腕を振り上げるほど楽しみか! われも楽しみで今からでも暴れ出したい気分で仕方ない! ──なんならもう魔界でひと暴れでもしていくか!!!」