魔王、辞めさせられました~え?勇者に負けたの我のせいじゃなくない?~   作:アメリカ兎

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第四話 え? われ悪くなくない?

 

 魔王──それは魔界の王。そして人類の天敵である。幼い頃より勇者デュラルも、聖女ライリィも、守衛ガーランドもそう聞かされて育ってきた。

 その姿を見たものはおらず、人間界に存在する魔物達からの証言もバラバラ。

 あるものは天を衝く巨体だと。

 また、あるものは大きな角と翼を持つ偉大な御方であるとも。中には人の姿ではなく、赤い鱗を持つ四つ羽の竜であるとも。炎の吐息で山を溶かすほど、などなど。

 それらの話をまとめ、話の整合性を整えたものが今や人間界で知らぬものはいない『魔界絵巻』とされている。

 

 魔界の王は権威によってその姿を自在に変えることができる。人間界に魔物の軍勢を送り込み、人類を抹殺し、世界を支配しようとしている──というのが一般的な魔王像。

 だからこそ、勇者デュラルも“光の勇者”として魔王を倒すための使命に情熱を注いでいた。聖女ライリィもまた、同じくして“光の聖女”として神託をもとに“巡霊の旅路”を歩んできた。

 

「……魔王? お前が?」

「うむ!」

「……ボクのせいで辞めさせられた」

「そうだな! ……というかサイストのやつが負けたの別にわれのせいじゃなくない?」

「…………ガーランドさん、すいません。ちょっとボクは目の前の事実を受け止めきれないんですが」

「空が青い……」

「ちょっとぉ!! ボクより先に現実から目を背けないでくださいよぉ!!」

 天を仰ぎ、立ち尽くす守衛ガーランドが兜の目頭を押さえている。

 この状況にあって、誰よりも冷静だったのは聖女ライリィだった。これを千載一遇の好機と見てのこと。

 

「あ、あの! 魔王様、恐れ多くもひとつお願いがございます!」

「ゆるす!」

「えー、と……少しお時間いただきます! こちらでお話まとめますので!」

「わかった! その間にわれはこの辺りの植物でも観察してるから終わったら声を掛けるがいい!」

『ンゴォ』

 思いのほか、すんなりと提案を快諾してくれたことに聖女ライリィが深々と頭を下げて感謝を述べる。すぐさま作戦会議。

 

「勇者様もガーランドさんもしっかりしてください。折角魔王様が人間界に足を運んでくださったのに」

「いや、だって……」

「面目ない。私としたことが……幼少より聞かされていた魔王の実物がアレだと思うと耐え切れなくて……」

「お気持ちはわかります」

(それ、さりげなく悪口じゃないの聖女様?)

「ですが、これは見方によっては好機だと私は考えています。魔界の王その人が人間界に遊学にきた、ということはもしかしたら考えを改めてくださるかもしれません」

 勇者デュラルが横目で盗み見る。魔王はゴーレムと一緒に樹木を観察していた。まるで子供のようにはしゃいでいる。

 

「いやぁでも……魔王辞めさせられたって言ってましたし……」

「勇者様のせいとも言ってました。まさかそんな無責任なことは言いませんよね? もちろん、ここまで旅路を共にしてきた私の責任でもあります」

「聖女様の言葉にも一理ある。魔王をここで野放しになどできない。となれば、自然と我々の目の届く場所にいてもらった方がいい」

 聖女ライリィの提案としては、魔王の要求通り人間界で遊学させる。もちろん歯止め役として自分たちがそばに居ること。守衛ガーランドはその提案に賛成の意思を示した。

 このまま無闇に混乱を招くよりもずっとマシだ。なにせ他の勇者達と違い、もっとも優れているとされる“光の勇者”達の発言権は強い。

 しかし、勇者デュラル当人だけは苦い顔をしていた。

 

「……本当に魔界最強の魔王だとして。それでもボクは、ここで討つべきだと考えています」

「それはなぜですか?」

「考えを改めるとは限らないからです。ならやはり、ここで総力を結集して倒した方が確実に人間界の為になる」

 勝算は未知数だ。しかし、四天魔の一人を討ち倒すことができたのだ。ならば魔王を倒せる可能性だって無いとは言い切れない。勇者デュラルの考えもまた間違いではない。

 それに今はまだ『神霊の加護』の効力が残っている。魔王と言えど、弱体化は避けられないはずだ。そこに勝機を見出す他にない。

 

「……私は聖女様の判断に従います。ご決断を」

「私も……私だって、勇者様の考えを尊重したいです」

「ならボクだけでも戦います。もし──もし、それで勝てなかったとしても被害は抑えられるはず」

「デュラル、きみが思っている以上にきみの価値は人類に重いものだ。きみに命の危険が及ぶと判断したその時は、私がきみを守ろう」

 守衛ガーランドの確かな言葉に深く感謝して、勇者デュラルは息を整える。

 魔物と戦うのが怖くない時など一度もなかった。今でもそうだ。気を抜くと手が震えそうになる。だがそれでも、勇者の印が浮かんだあの日、自分のことを故郷に置こうとしてくれた家族を思い出す。

 そんな家族の温もりを、魔物達から遠ざけたい一心で今日まで来た。

 

「魔王、待たせたな! ボクが相手になって──」

 ベキベキベキバキャアッ!!! ──振り向いた矢先、魔王は先程まで観察していた針葉樹を片手で地面から引っこ抜いていた。

 

「ほうほう、根っこはこんな風になっているのか!」

『ンゴ!』

「…………」

 勇者デュラルはちょっぴり泣きそうになった。正直滅茶苦茶に怖い。

 外見が完全に人間からかけ離れているのであれば、まだ相手が魔物であると理解できる。しかし、魔王は限りなく見た目が人間に近い。だからこそ湧き上がる恐怖心がより一層身近に感じられた。

 

「ん? 話はまとまったのか? よし聞こう、なんだ」

 とりあえずその手に持っている大木を下ろしてから話を聞いてほしい。まだ根っこからは土汚れが落ちている。しかし、押し黙ってしまった勇者の視線が自分の手にしてる針葉樹にあると気付いたのか、地面に戻した。根本をトーチが優しく叩いて直している。心なしか土いじりが楽しそうだ。

 

『ンゴンゴンゴォ〜♪』

「改めて聞こう! なんだ勇者!」

「ぼ……ボクが相手になってやる! 勇者としての使命を果たし、人間界を魔界の魔の手から救ってみせるんだ!」

「ん? ……お前が相手をしてくれるのはかまわんが、なんかその言い方は引っかかるな。ま、いっかぁ! 来るなら来い!」

 魔王が構える。拳を軽く握りしめ、脇を絞ったファイティングポーズに勇者デュラルは恐怖を紛らわせるためにも駆け出した。

 ロングソードのリーチもある。魔術を使ってこないとも限らない。だがあくまでも魔王は素手で挑むつもりなのか期待に満ちた表情で勇者デュラルを迎え撃つ。

 

 武器そのものに属性を付加するという戦法は、人間界では珍しくない。だが武器の耐久性を著しく損なうことから多用することも過信も禁物とされている。いざ敵に会心の一撃を加えようというその瞬間に折れては意味を成さない。勇者デュラルの愛用品であるロングソードもまた例外ではなかった。

 四天魔サイストを撃破する際に放った窮極光熱魔剣。その破損をやっと修復し終えたばかりだと言うのに、立て続けに属性付加を行えば間違いなく寿命を迎えるだろう。

 厚手のローブを翻しながら、空いている左手で高密度の炎熱呪文を保持する。これまで培った魔物との戦闘経験を洗練させた魔法剣術を、しかし、魔王は正面から拳ひとつで互角以上に渡り合っていた。

 その戦いを見守っていた聖女ライリィが錫杖を鳴らそうとして、守衛ガーランドに止められる。

 二人の戦いを見ているのはゴーレムも同じだ。

 

『ンゴ~?』

 そんなに人間界の樹木が珍しいのか、針葉樹を揺らしてみたりしている。霊鳥達が驚いて飛び去っていた。

 

 ニッコニコの笑顔を崩さず、魔王は勇者デュラルの剣術の全てを躱し、軽い反撃に出る。厚手のローブを掴み、そのままぶん投げた。地面を転がり、二回、三回転半。這いつくばるような形で止まり、立ち上がりながら魔王めがけて一直線に駆け出す。

 ロングソードを振り下ろす。

 

「ほい」

 それを、難なく受け止められた。

 

「ときに勇者。お前、高いところは大丈夫か?」

「へ?」

「そぉーれちょっといってこーーい!」

 肩を掴まれる。更に手を腹に当てられた。

 満面の笑みと共に、魔王がリフトアップ。勇者デュラルの身体が浮遊感に包まれた。

 

「ぁ──? ぁぁぁぁああああああアアアアッ!?!?」

 間延びした悲鳴と共に、遥か天高く身体が宙に放り出される。視線を横に向ければ彩り豊かな羽を持つ霊鳥が「なんじゃワレ?」みたいな顔で睨んでいた。

 

 当然、空高く打ち出されれば、地面に向かって落下するわけで。

 

 もちろん羽もなければ落下制御などできない勇者デュラルは受け身を取ったとしても全身の骨が砕け散るであろう高さからぐんぐん地面へ近づいてきていた。

 

「聖女様、申し訳ありませんがお願いします!」

「ゆ、勇者さまぁ!? わかりました、ガーランドさん!」

 遊環を鳴らし、聖女ライリィが錫杖より放つ風属性の魔法によって勇者デュラルの落下速度を緩和する。

 

「ぐえっ」

 間一髪、無惨な死を迎えることを回避した勇者の口からは短い悲鳴。

 

「む。おい、そこな聖女」

 そして、それ(デュラル)には目もくれずすかさず魔王は聖女ライリィのもとへ大股で歩み寄る。

 

「な、なんですか──」

 もしや、余計な手出しをしたことに酷く立腹しているのだろうか。身構える姿に対し、魔王の興味は錫杖の方に向けられていた。

 

「変わった杖を持ってるな、これはなんだ?」

「あ、こ、これですか……? えっと、これはですね。先端部分の小さい輪っか、“遊環(ゆかん)”って言うんですけれど──」

(死ぬかと思った! 死ぬかと思った! 本当に死ぬかと思ったッ!!!)

 暴れる心臓の鼓動を押さえながら勇者デュラルはなんとか呼吸を整える。気を取り直して魔王を見やれば、聖女ライリィの杖に興味津々だった。

 魔物との戦いで死を目の当たりにすることは度々あったが、それとはまるで別な恐怖に足が竦む。崖から足を踏み外すとか、吊り橋から落ちるとか。そんな死に方に近い体験をして勇者デュラルは立ち上がるのに時間を要した。

 

「魔界では見たことない杖だ」

「そうなのですか?」

「うむ! われ戦うの好き、めっちゃ好き! それこそ寝る間も惜しい! 人間界ではどんな武器があるのか、どんな戦い方があるのか興味がある! 聖女のそれはどこで手に入れた品だ?」

「えっと、これ……私の手作りでして……」

「すごいな聖女! われが褒めてやる! えらい!」

「い、いえ……もったいないお言葉です」

 つばの大きなとんがり帽子を目深にかぶり、聖女ライリィが赤くなった顔を隠す。

 

「デュラル、立てそうか!?」

「な、なんとか……!」

 ロングソードを杖にして立ち上がり、深呼吸を繰り返して精神を落ち着かせると再びロングソードを構え直した。

 

「その、とてもではないが敵うような相手では……」

「まだ負けてません! ちょっと死にそうになっただけで!」

「それは敗北と言うんだぞ……」

 血気に逸る姿は、勇者と言えどまだ子供だ。気は乗らないが仕方ない、守衛ガーランドがタワーシールドを背中から降ろして前に出る。

 

「ガーランドさん?」

「言っただろう。きみの命に危険が及ぶなら、私がきみを守ると」

「──っ、助かります!」

 白金と蒼銀で出来た純白の重鎧に身を包んだ守衛騎士は、勇者達の旅路を支えるものとして最も優れた者が選出されるという。

 “光の守り手”と呼ばれる大任を背負い、勇者と聖女と共に使命を背負い、魔物を前にしても臆することなく前に進み続ける。

 勇者デュラルはいつだってその背中を見てきた。自分よりも頭ひとつほど高い長身の守衛ガーランドが構えるタワーシールドもまた、身を覆うほど巨大なものだ。

 

「む? なんだまだやるのか、二人がかりでも構わんがその前にひとつ言っておくことがある」

「まだ本気じゃないってことくらいわかってる!」

「それはそれとして。人間界を手に入れようとしてる魔王、多分誰もおらんぞ」

「……………………」

「そもそも魔界の統治すらままならん状況で、その上人間界に手を出す無計画なやつ見たことも聞いたこともない。現に他の魔王とか城に引きこもってるしな」

「他の魔王って言いました?」

「言ったぞ? われ以外に多分数十人とかいる。まぁ実力の差はあれども。それがどうした」

 

 空が青い。

 勇者デュラルと守衛ガーランドは全力で目を背けた。

 聖女ライリィは顔面蒼白となって卒倒しそうになった。

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