魔王、辞めさせられました~え?勇者に負けたの我のせいじゃなくない?~   作:アメリカ兎

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第五話 もしや勇者弱くない?

 

 魔王は腕を組み、考え込む素振りを見せる。

 

「うーむ、どうにもわれの認識と食い違いがあるな……もしや人間って魔界のことなんも知らんのか? われも人間界のことなんにも知らんけど」

 知るも何も、一度足を踏み込めば最期。誰も魔界の現状を知る由もない。かといって魔王もまた人間界のことなど何も知らない。そうだ、と魔王が手を叩く。

 

「よしわかった、こうしよう! われが魔界のことを教えるから、人間界のことをわれに教えてくれ! 異文化交流というやつだな! いや待てよ、これもまたひとつの外交という形になるのか? われちょっと王様っぽいことしてる気がするな」

 どうだ!と言わんばかりに胸を張って見せる魔王に、しかし勇者デュラル達は頭を抱えていた。

 魔界の王は一人だけだと思っていた。この霊峰に位置する門と、他の門番達はみな四天魔を名乗り、それらを束ねる者こそが魔王だとも。だがどうやら魔界の事情は想像を遥かに凌駕しているらしい。

 

「そんなわけでどうだろうか。何もわれとてただ暴れるだけではない。ちゃんとそこのところは分別できている。人類側にとっても悪い話ではないと思うのだが、どうだ?」

「……そういうことでしたら私は賛成ですけれど」

 聖女ライリィが天を仰ぐ勇者デュラルと守衛ガーランドを見やる。恐らく、多分、絶対納得はしていない。だが敵対するために来訪したわけではない相手にこちらからけしかけるのもまた気が引けた。あとクソ強い。

 

「それでも納得せんならまぁ仕方ない。実力でねじ伏せるまでよ! 来るがいい勇者! と、そのお供!」

「言われずとも──!」

 守衛ガーランドがタワーシールドを前面に携えたまま力強く踏み出す。大盾本来の堅牢な防御能力を、そのまま打撃戦に転用したシールドバッシュは並大抵の魔物であっても衝撃力で体勢を崩せる。ましてや人間相手では猛威を振るうのは明白。鉄の壁が意思を持って突っ込んでくるのだから当然とも言える。

 それだけではない。守衛ガーランドが“光の守り手”に選ばれたのは、魔術の腕もあってのこと。

 

 属性魔術には位階が存在する。その階級が高くなるほどに神霊から授けられる試練も厳しいものになる。並の魔術師であれば生涯を費やしてひとつの属性を極めるのが関の山。だが、何も魔術とはそれだけではない。

 純粋な魔力による強度の補正は、魔力の被膜で覆うことで劣化防止にもなる。なににも属さない魔術、無属性魔術による防御能力の向上。その洗練された精度こそ、守衛ガーランドがただの人間であっても勇者デュラルと聖女ライリィの旅路を導いてきた実力のひとつ。

 

 魔王は真正面から守衛ガーランドのシールドバッシュを受け止める。後退り、確かな手応えを感じた。しかし自分の大盾が止められていることに歯噛みする。

 

「さすが、魔王を名乗るだけのことはある!」

「勇者でもないのにすごいなお前! 驚いたぞ」

「これを見てまだ同じことが言えるかッ!」

 大盾を振り払い、守衛ガーランドが更に踏み込む。魔王の懐に潜り込みながら持ち手を握り返した。

 盾の頭で殴りつける形で振り上げる。逆手に持ち替えたタワーシールドに仕込まれていた大型の刃─“バンカーブレード”が魔王の顔面に向けて勢いよく突き出された。

 おおよそ、騎士甲冑を身につけた上で。人類が携行できる限界として設計された最重量級のタワーシールドを持つことを許される者は決して多くない。更に言えば、防御能力もさることながら、自衛力の向上を目的とした仕込み刃は守衛ガーランドが独自に組み込んだ機構。その破壊力は攻城兵器に匹敵するとされている。

 これもまた、魔王が座して待つ城の攻略へ向けた人類の叡知の結晶。

 

 ──しかしそれを、魔王その人に向けて放ったのは人類史において守衛ガーランドが史上初の試みとなった。そしてその結果が、残酷にも通用しなかったことも含めて。

 超至近距離から射突された刃を見てから回避することなど不可能に等しい。だがそれはあくまでも可能性の話。

 相手がその確率に収まりきらないほどの怪物でもない限りは。

 

「……びっ、くりしたぁ〜……なんだこれ?」

「──────、」

 魔王は、()()()()()()()。瞬間的に内部で炸裂させた少量の火薬によって熱せられた大型の刃を、揃えた指の隙間で挟み込む形で。外気に触れた刃からは湯気が漂っている。それを苦もなく掴み取り、あまつさえ不思議そうに見つめている魔王はやはり興味深いのかまじまじと観察していた。

 

「人間って武器に色々つけるの好きなのか? なんというか、お洒落だな」

 刃を引き戻そうとする。スライドさせた持ち手を引こうとしても、それがびくともしない。守衛ガーランドから魔王を引き離そうと勇者デュラルが横からロングソードを振るうが、魔王はこともなげに掴んだ刃ごと大盾を振り払う。

 全身重装備の守衛騎士の質量は、年相応の勇者の体重を容易に上回る。二人まとめて転がるように吹っ飛ばすと、そこで魔王が初めて自分から動いた。

 

 素早く受け身を取ろうとする守衛ガーランドの、立ちあがろうとする軸足を滑り込みながら払い上げ、体を転がそうとする甲冑の肩当てを脚で押さえ込む。総毛立つ身の毛に、だがなすすべもなく守衛ガーランドは身動きは封じられた。魔王は得意げに腕を組んで鼻を鳴らす。

 

「ふふんっ、どうだ。これでもわれ、甲冑相手は超得意。なにせ信を置く無二の者の一人がリビングアーマーであるがゆえな!」

「くっ……!」

「身じろぎしたところで無駄だ。これほどの重装備、そのまま起き上がるのは至難の業だろう。となれば身体を転がし、その勢いで重量を傾けねばならんし? だからこうして肩を押さえている」

 リビングアーマーが魔界で弱小の魔物とされている理由のひとつだ。起き上がることすらままならない幼体は魔界で恰好の獲物。取り憑いた鎧に振り回されて踏み消される燃え滓同然だ。

 その炎が、自らの身に降りかかる前に誰もが踏みにじる。

 

 魔王が守衛ガーランドに手をかざす。その掌には魔術文字が浮かび上がっていた。魔術を維持しようとしていた手から光が霧散していくのを見て、魔王が不思議そうに自分の手を見つめる。

 

「うん? …………んん?? おかしいな。魔界と勝手が違うのか?」

(──今しかない!)

 神霊の加護が効力を発揮している──勇者デュラルは長剣を握り直して魔王に向かう。

 隙を晒している相手に不意打ちするのも気が引けるが、今はそれどころではない。

 

「ほい」

 見向きもせずに勇者デュラルのロングソードを掴むと躊躇なく握り潰した。粉々に粉砕された愛用品を目の当たりにして精神的動揺を隠し切れず、その刹那の躊躇いに魔王は無遠慮に踏み込む。

 剣を握り潰した拳をそのまま勇者デュラルの頬面に叩き込むと、冗談のように吹き飛んでいく。地面からはほぼ水平に飛んでいく姿を見て、聖女ライリィは呆然としていた。

 

『ンゴ?』

 どすん、とぶつかったのはトーチ。針葉樹の観察から、周囲の花や樹木を見て歩いていたところに勇者デュラルを受け止める。地面に落ちた勇者をじっと見つめる(?)ゴーレムが顔(?)を近づけた。

 何を考えているのかわからない。表情も伺いしれない相手と至近距離で見つめるというのは、蛇に睨まれた蛙のような気分になる。

 ゆったりとした動きで倒れた勇者デュラルの身体を掴み、持ち上げると優しく立たせた。

 

「え、あ、え?」

『ンゴー』

 そして背中を軽く押す。まるで自分の邪魔をするなとでも言いたげに。──それとも、さっさと魔王と戦ってこいとでも言いたいのか、困惑している勇者デュラルの背中を指で押し出した。たたらを踏んだ勇者が手元の折れた剣を見下ろす。

 これまでの旅路を支えてきた相棒の、あまりに呆気ない最期に立ちすくむ。だがここで立ち止まっていてもどうにもならない。

薄っすらとだが、魔力による被膜の形がぼんやりと浮かんでいた。

 

「──聖女様、少しだけ力を貸してください!」

「なにを……?」

 まだだ。まだ“剣の形”が残っている。

 

 神霊の加護が残っているのなら、できるはずだ。五大神霊との交信で得られる属性魔術の階位を引き上げる、ましてやそれが()()()()()()()()()()聖女ライリィの手を借りられるのならば。

 

「炎属性の付加をお願いします!」

「わかりました!」

 この手に馴染んだ剣を、属性魔術でなぞる形で再現する。多大な魔力を消耗することを覚悟で勇者デュラルは即興で作り上げた炎の刃を保持させた。本来であれば不可能であるはずの、属性魔術のみによる武装鍛造。──光の勇者と聖女だからこそなし得た偉業だが、それを見ていた魔王はやはり眉を寄せて掌を見つめている。

 

「……う~む?」

 守衛ガーランドから足をどかし、首を傾げていた。その掌に魔術文字が浮かびあがるが、同じように霧散していく。その様子をじっと観察していた。

 

 勇者デュラルが炎の刃を振り払い、普段よりも軽くなった剣の扱いに気をつけつつ魔王に向けて再度踏み込む。

 

 おそらく魔王のやろうとしていることは魔界の魔術。それを封じることができているアドバンテージを最大限に活かし、やはりこの場で決着をつける──!

 

「ふむぅ──うん、わかった。()()()

 一人頷き、魔王が拳を握った。

 

 勇者デュラルの振り下ろす炎の刃が爆炎に包まれる。

 絶句する勇者の目の前で、つい先程まで魔法が使えずに疑問符を浮かべていた魔王の籠手が炎に護られていた。防具に対する属性付与。

 

「──なんで、魔法が使えるんだ!?」

「ふはは! 魔王だからな、当然使えるとも!」

「“神霊の加護”領域のはずだぞ!」

「だからか、魔界の魔術が使えんのは! なら話は単純明快! ()()()()()()使()()()()()()()()()()!」

「お前なんなんだぁぁぁあああっ!?」

 赤熱した籠手で炎の長剣を弾き飛ばし、炎の鉄拳が勇者デュラルの顔面に再度叩き込まれて吹き飛んでいく。地面を二回、三回、受け身を失敗して聖女ライリィのそばまで転がっていった。

 魔王は追い打ちをするでもなく、自信満々に胸を張る。

 

「われこそは魔界最強の魔王だが! どうだ勇者め、参ったか!」

「く、くそ……バカっぽいのに本当に強いの悔しい……!」

「というかわれが思っていた以上にお前弱いな。そんなんじゃ城に辿り着けんぞ」

 魔物が跳梁跋扈している魔界で生き残ることさえできないのは、重々承知しているつもりだった。それでも魔王を倒すことさえできれば、と考えていたが──そもそもその前提となる話が全て破算した手前、これ以上敵対する理由など勇者デュラルの私怨以外にない。

 聖女ライリィが勇者を庇うように、一歩前に出る。

 

「魔王様、ここはお互いに剣を収めませんか?」

「そもそも剣を抜いてもいないが。まぁ勇者が引き下がるなら、われはこれ以上手出しはせんぞ」

「とのことなので。勇者様もここは一度冷静に」

「…………う、うぅ……くっ、聖女様がそこまで言うなら……!」

「ガーランドさんも無事なようですし」

「それにしても聖女は良いやつだな。それに比べてお前たちと来たらわれの話を聞いてるのか?」

 納得しろというのが無理な話だ。だが武器が壊れた以上、太刀打ちできそうにない。

 倒れていた守衛ガーランドが身体を振り起こす。タワーシールドを再び背負い、頭を振る。

 

「よもや、これほど実力に差があるとは……」

「とりあえずわれ、人間の生活を見てみたいのだが。下山してもいいか?」

「……できれば私達と一緒に行動をしてくれると助かる」

「なら案内を頼む」

 完全なる敗北に打ちのめされた守衛ガーランドが肩を落とし、行軍の足音を耳にして硬直した。しまった、此処には王都より増援として一万近い軍勢を要請していたことを思い出す。

 

「魔王、恥を忍んでこの私から頼みがある!」

「なんだ?」

「ここに来るであろう人間軍にはどうか、どーかお願いだ! 極力殺さないようにしてくれないだろうか!」

「そうは言われてもなぁ。普通の人間がどれほど脆いかわからんし……」

 片腕で重装騎士のフル装備を投げた。その魔王が軽装の兵士に手を出すとどうなるかなど、想像に難くない。だがそれは本人も自覚があるのか悩ましそうにしていた。すると、肩を叩かれる。

 

『ンゴォ』

「んぉ? どうしたトーチ」

『ンゴゴ。ンーゴー』

 自分を指し示してから、近づいてくる人間軍の足音を指す。それから自分の大きな両腕を振り上げる。

 

「おお、そうか。ならお前に任せるぞ! 無力化させてこい!」

『ンゴッ』

 

 のっしのっしと足取り軽く(?)坂の上に立つと、山頂に辿り着こうとしていた人間軍の前に立ちはだかった。

 突如として通せんぼうをするクレイゴーレムに人間軍は素早く臨戦態勢へと移る。

 

「な、なんだあのゴーレムは? 報告によれば四天魔を撃退した後は門周辺の安全を確保したと……!」

「そこのお前たち気をつけろ! 魔界より魔王その人が来訪している!」

「今の声は……ガーランド様か?」

「魔王って。それにしたって、なんか随分と間抜けな魔王だな」

 まん丸でずんぐりむっくり。愛嬌さえ感じられるゴーレムを鼻で笑う。

 トーチが両腕を大きく振り上げた。四股を踏み、拳を固く握りしめる。

 

『ンゴォー』

 右の拳を地面に叩きつけると、手首まで埋まった。地面を揺らし、しかし何も起きないことに坂道の人間軍が虚仮威しかと進軍の歩を進めようとして──異変に気づく。

 

「ぅ、お!?」

「おいおい、何してんだ。急に転ぶなよ、縁起でもない」

「いや、そうじゃなくて……」

 踏み慣らされた山道は、小石がまばらに見える。だが、雨が降ったわけでもないのに地面が泥濘んでいた。そんなはずはない。山頂までの道に、足跡などひとつもなかったのだから。

 なのになぜ()()()()()()()()()()()()

 ハッと気づいた兵士が顔を上げる。既に巨体の泥人形は左の拳を今にも振り下ろさんとしていた。

 

「────全員姿勢を低くしろぉぉぉっ!!!」

『ンー、ゴッ!!!』

 先頭の兵士が声を張り上げるのとほぼ同時にトーチは左の拳で地面を殴りつける。

 グランドスラム──魔界においては大地を隆起させる岩元素魔術のひとつ。だがトーチはそこにひとつ手を加えた。

 水元素の注入によって地盤を緩め、足場を奪い、その上で更に大地を揺らす。するとどうなるか。

 “土壌が氾濫を起こす”のだ。

 ましてやそれが、坂道ともなれば地の利の不利は覆らない。空を飛びでもしない限りは。

 液状化し、波打つ地面に足を取られながら人間軍は地面を滑り落ちていく。

 

「ガーランド様、申し訳ありませぇぇぇぇんっっ────!!!」

 

 人間軍の悲鳴が遠ざかっていった。

 けたたましい音を立てて樹木が折れていく。まるで土砂流れでも起きたような災害の跡地に立っていられた兵士はおらず、一人残らず坂の下まで逆戻りさせられていた。

 それを覗き見てから、トーチは地面から拳を引き抜いて振り向く。

 

『ンゴォ』

 やりました!とでも言うようなダブルバイセプス。魔王はその働きに満面の笑みを浮かべたまま歩み寄りしきりに撫でていた。

 

「よぉ~しよしよしよくやったトーチ! それでこそわれのゴーレムだ! 撫で回してやる、ほれほれほれ」

『ンゴゴゴゴゴゴ~』

 ぐりぐりと頭(?)を押しつけてくるトーチを撫でる魔王だが、勇者デュラル達は唖然とする。

 

 ──困った。これはちょっと、勝てそうにない。

 

 顔を見合わせて頷く。

 ひとまずここは一度仕切り直しということにして、魔王に従うのが賢明だと満場一致の判断をくだす。

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