魔王、辞めさせられました~え?勇者に負けたの我のせいじゃなくない?~   作:アメリカ兎

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第六話 われいなくてもよくない?

 

 ──さて。魔王が退任してからの魔界はというと、それほど変わりはなかった。

 四天魔最弱の席は移ろいやすい。誰も気に留める者はいなかった。サイストは長く保った方だ。だが魔界門周辺で魔王が暴れた被害は無視できないものであり、早急に対応が求められた。

 当然、それに追われるのは魔王軍総司令官である刃魔卿スレイヴである。

 

『……魔王様のやることだ。仕方ないだろう』

 もはや諦めにも似た心地で、そう重く呟いたという。

 

 政権交代が滞りなく円滑に進んだのも執事サルバトーレの働きが大きい。元々リヴェルも魔王就任の時に備えて帝王学の一環として他地方の魔王との顔合わせも済ませていることもあってか、この機を逃さず侵略してこようという者はいなかった。むしろ他からも望まれていた程に。

 

 魔界門周辺に警ら隊を新たに配置して、略奪に来る賊を返り討ちにし、我こそはと名乗りを挙げるならず者と命知らずを斬り捨てて、スレイヴはようやく城へと戻ってきた。

 

『……はぁ』

 疲れた。ものすごい疲れた。なんというか疲れた。マジ疲労困憊。東の赫轍の魔境へ進軍予定だったのが遅れに遅れている。しょげている場合ではない。スレイヴが今一度魂魄炉心を燃え上がらせていると、声をかけられた。

 深紅の天地にあって、その色は珍しく目を惹く。青と紫の煌めく刺繍に彩られたドレス、魔王夫人アイネスが金の髪をなびかせていた。

 

「おや、まぁ。刃魔卿ともあろう御仁が、このような人目につく場所で深々と嘆いていては示しがつきませんよ?」

『……これはこれは魔王夫人、ご機嫌麗く。俺に何か用でも?』

「ほほほ。いや、何、元魔王の懐刀がよくもまぁ大人しく剣を抜かずにいるものと感心しているところ」

 どこか嫌味を含めた言葉にスレイヴは押し黙り、腕を組む。

 

『俺の忠義も仁義もあの御方のためにある。その御子息であられるリヴェル様をお守りするのも俺の仕事だ』

「ふんっ、忌々しいリビングアーマーの分際でよくもそのような口を。あの執事にしてもそうだ。愛しい我が子に対してどの顔で仕えているのか」

 先代魔王の忘れ形見である一人娘の夫人アイネスは魔王を含め、スレイヴもサルバトーレも快く思っていない。だがその憎悪を内に潜め続けて雌伏の時まで耐え忍んできた。それがようやく実を結んだのだ、悪態をつく口ぶりにもなる。むしろますます気に食わないのが依然変わらぬ刃魔卿スレイヴと執事サルバトーレの態度。

 魔王が戻ってくることを信じて疑わず、それでも息子リヴェルからは絶大な信頼を寄せられている。夫人アイネスにはそれが我慢ならないことだった。

 

「いずれお前の席も、あの男同様に奪ってみせるとも」

『いつなりとも、御自由に──もっとも』

 刃魔卿の腕甲が蒼炎に包まれる。魂魄炉心から発せられる“魂の熱量”によって溶融した腕を突き出す。

 夫人アイネスの眼前、鼻先に突きつけられたのは刃魔卿の名を冠するに値する刃。己の鎧を鍛造することによって形成される魔刃を振るうことから、魔王その人より名乗ることを許されている。

 

『──もっとも。この俺の席を譲るに値する者を用意出来れば、の話ですが』

 魔界最強を自称して憚らない魔王とは違う。

 その精神性も、一点の曇りもない芸術性さえ感じる刃同様に研ぎ澄まされている。

 魔界において弱小と称されるリビングアーマーを鼻で笑い、嘲るものを一閃のもとに斬り伏せてきた実力者。

 己の刃を極限まで研鑽してきた傑物がなぜ従っているのかと疑問に思う者は後を絶たず、魔王よりも魔王らしく人望も厚い。魔王軍の実権全てを握るに相応しい人材がこれほどいようか。

 

「……っ、その減らず口! いつまで続くか見ものだな! お前など、何処とも知れぬ魔界の土にでも揉まれてしまうがいい!」

『それではご機嫌よう、魔王夫人アイネス様。ああそれとも、“元”魔王の奥方とでも正しますか?』

 皮肉と嫌味を倍返しにした口ぶりに耐えかねて夫人アイネスの拳がスレイヴの面頬を殴りつける。

 ガギン! 体格の細い女の軽い拳であっても、その堅牢な鎧兜は一切の干渉を阻む。あまりに重く、堅く、鋭く、自己研鑽に余念のない刃魔卿の身体はびくともしなかった。

 痛む手を引っ込めて、荒い足取りで踵を返すと足早に立ち去っていく背中を見送ってからスレイヴは腕刃を戻す。

 

『…………はぁ〜〜〜』

 もうなんかめっちゃ疲れた。明日でいいかなもう全部。滾らせた炉の火が再びしょぼくれていく。

 魔王城の廊下から中庭を見れば、赤枝の大樹の手入れにトレント達が枝を揺らしていた。視線を戻し、終わりの見えない廊下を見れば動く石像であるガーゴイル達が壁の丸石を磨いている。床に敷かれたカーペットもシワひとつない。

 

「おや、スレイヴ殿。どうされた? このような廊下で立ち尽くして」

執事(バトラー)か……いやなに、奥方のいつもの小言だ』

「存じてますとも。物陰から見ておりましたのでな」

『クソヒゲめが』

 見ていたのなら助けろ、と視線で訴えるも誤魔化すように笑って流す。

 

「いやいや、こちらも老骨に鞭打ちながら内政の衝突を治めつつ良い塩梅にまとめ上げたところ。リヴェル様には政治の才能がお有りのようで、この好々爺めも助かる」

『どの口で言う、ヒゲ面め』

「だまらっしゃい。疲れ知らずの鎧バカ、どれほどの苦労かも知らずに」

『魔界門周辺地域の賊どもが活発化していたのを鎮圧してきた苦労がわかるかヒゲジジイ』

「いえまったく」

『首の骨ごとそのヒゲをぶっこぬいてやろうか貴様!?』

「先程から私の髭をとやかくいいおって、魔王様にも褒められたこの毛並みの艶がわからんのか鎧バカ!」

『知るかそんなもの! ヒゲ!』

「なんですとこのバカ!」

 

『──ヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲヒゲ!!!』

「バカバカバカバカバカバカバカ──!!!」

 口汚く罵り合う二人が一寸、間を置く。次の瞬間、腕が消えた。

 廊下を駆け抜ける衝撃と金属音。ガーゴイル達が振り返れば、肘先に刃を鍛造したスレイヴと、その凶刃を指先に圧縮させた水の刃で防ぐサルバトーレの姿があった。

 

『ギギギ、ギィーギギ?』

 狼狽していたガーゴイル達が心配そうに二人を取り囲む。

 互いに落胆した様子で刃を払い、矛を収める。

 

『やめよう、不毛だ……』

「それもそうですな」

『それにしても。奥方の政権奪還の目論見、貴様も見逃していた訳ではあるまい。なのに何故放置していた』

「もちろん、魔王様にも進言していましたとも。ですが──』

 

 ──なに? アイネスがわれの席を狙っている? なら良い、むしろそれでこそわれの妻! 魔界の法と掟に則って奸謀巡らすならばそれも良し! どんとこーい、わーっはっはっは!

 

「……とのことでしたので」

『バカ通り越して惚れ惚れするほどだ』

 いっそ清々しいまでのノーガード。問題は、それで何一つ問題がないということに尽きる。

 

「それで。スレイヴ殿、魔王様はなんと仰っていた?」

『人間界に遊びに行ってくる、と』

「ならばお戻りになられた時のためにも、我々も一層精進せねばなりませんなぁ。忙しくなりますぞ、スレイヴ殿」

『俺はその前に東の赫轍の魔境を越えねばならん』

「そうでしたな。しかし何故このタイミングで?」

 政権交代が滞りなくまとまったとはいえ、総司令自らが赴くほどの価値があるのかどうか。執事サルバトーレの疑問に、スレイヴは腕を組んで答えた。

 

『理由は二つだ。ひとつ、魔王の座に就くものが変わろうと、この刃魔卿の武威は何一つ変わらんことを示すため』

「今考えましたな?」

『むしろ好都合だとは思わんか? より強い者がこの地を目指してくるやも知れん。城も旗も無い賊どもと違ってな。それならば我が軍もより強固なものとなる』

「なるほど。それで、もう一つの“本来の目的”を聞かせてもらえますかな?」

 

『東の名工が新作の鎧を手掛けたらしい。是非見たい』

 

「…………」

 聞き間違いかと執事サルバトーレが言葉を反芻する。

 東の名工と言えば、イル・ウェルエ。確か彼女の手がける鎧は実用性より芸術性に富んでいる。戦闘に用いるよりも、城のインテリアとしての価値が高い。その彼女が東の魔境を治める魔王より、戦闘機能に優れた一品を頼まれたと聞いていた。その音沙汰も進展もなく、記憶から薄れようとしていたがこの度完成の目処が立ち、魔境の王に納められたという。

 それを、一目見たいがために軍を動員する。

 

「鎧バカ殿、もしやスレイヴか?」

『逆だ逆』

「これは失礼、コホン……おいバカ」

『その言葉、宣戦布告と見なしていいか!?』

「当然魔王様から許可は頂いているのでしょうな?」

『俺が預かっている軍だ。俺がどう使おうと俺の勝手だ』

「…………」

 我が魔王軍はダメかも知れない。執事サルバトーレは遠い目をしながら、スレイヴの脚甲の擦れる金属音が遠ざかっていくのを聞いていた。

 

「……魔王様がおらずとも、この広い魔界は変わらんなぁ」

『ギギギィ?』

「おっと。これこれ、掃除の続きに戻りなさい」

 パンパン、と手拍子を叩くとガーゴイル達は手にした掃除用具を掲げてから各々の役割に戻っていく。

 ため息をつくと背筋を伸ばし、毅然とした佇まいで歩み出す。

 

「あの御方が暴れていた頃の方が魔界らしいわぃ」

 

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