魔王、辞めさせられました~え?勇者に負けたの我のせいじゃなくない?~   作:アメリカ兎

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第九話 え? 恋しちゃった?

 

 ほうほうの体で城から避難した副官リィザは素早く分厚い書物を開く。名簿を開き、兵の損失を確認していた。羽ペンで書き記している横で、城壁を切り裂いて飛んできた刃が隣の獣人の頭を割る。

 

「おやまぁ運のない。此処も安心できませんな、もう少し離れますか」

 刃魔卿スレイヴの武勇伝は東西に広く知られていた。その戦闘の痕跡と、戦場から逃げ出した魔物達からの口伝がいつしか魔王の名をかき消すほどに。

 “生きた甲冑(リビングアーマー)”の武侠にして武人は、魔王の代名詞とまでなっていた。しかし当人はその評価を謙遜し、常に身を引いている。

 勝ち得た富も名声も武勇も全て、自らが忠を尽くす相手があってこそのものと。北の大魔境からどれほどの財を積まれても首を縦に振ることはなく、それどころか使者を切り捨てて己の答えとまでした。

 

 風を断つ刃が奏でる音劇に副官リィザは右目の傷を撫でる。

 戦場で出会ったあの日、完全なる敗北を喫した自分に刃を向け、それでも命を奪わなかった。それを戦の無作法とする者もいるだろう。だが刃魔卿スレイヴは違った。命を奪うに足る相手でなければ、不必要に奪いはしない。そんな気高い精神に惹かれて、一線を退いて副官となろうと肩を並べた。

 ただ相変わらず、戦場で昂揚すると見境なく刃を振るうところは直してほしいと心底思いながら副官リィザは首を反らして鼻先を掠めた刃から逃れる。

 

 

 

 ──中庭を蒼炎で埋め尽くしながら刃魔卿スレイヴは焔の中で研いだ刃を振るう。獣覇王ライゲンの双斧と鎬を削り、火花を散らしていく。

 古来より、魔界では力を誇示するために『デカくて重い』が主流だ。小さい得物を振るうなど、女子供のやること。女々しいやつだと笑い飛ばすものもいる。鬼牙(オーガ)族がそうだ。だが敢えて無手を極める者もいる。強大な武器を振るうために、強靭な肉体を鍛え上げる内に、己そのものを武器とする。身の丈を超えず、かといって身の丈より小さくもない。五体全てが武器と胸を張ることもまた、たしかにその通りだ。

 リビングアーマー。生きた甲冑そのものが、五体を刃として焔と共に迫る。

 肉薄する刃を退け、獣覇王ライゲンが腕甲で袈裟斬りを弾いた。咆哮と共に打ち下ろしたハンドアクスの一撃を受けて刃魔卿スレイヴが後退る。手応えは確かに感じた。直撃のはずだ。

 

「っ、見事だ刃魔卿! 我が戦斧の一撃を受けて、よくぞ耐えた!」

『侮ってもらっては困る。俺は“魔王の鎧”であり、同時に“魔王の刃”でもあるのだから』

 しかし、漆黒の鎧の肩が僅かに欠けたに過ぎない。その傷すら蒼炎が撫でるだけで元通りに鍛造されていた。

 刃魔卿スレイヴが身をかがめる。背甲の隙間から蒼炎を爆発させて瞬間的に加速すると、勢いのままに爪先を刃に転じて獣覇王ライゲンとの距離を縮めた。

 

「なにっ!?」

 軽業、あるいは曲芸のように身を翻しながら次々と刃を振るう手を止めずに猛攻に転じる刃魔卿に防戦一方となった獣覇王はグレートアクスの分厚い刀身を盾に防いでいた。反撃に、振りの速いハンドアクスを叩きつければ空を切る。石畳を割って、そこに刃魔卿の姿はなかった。

 

「ライゲン様、上です!」

「ぬぅあァァツ!!」

 部下からの声に、グレートアクスの刃を上にして無理矢理に振り上げる。獣人族の膂力を持ってしても両の腕で構えるべき戦斧を片腕で振るう獣覇王ライゲン、その体重を支えていた石畳がたわんでいた。

 宙に跳んでいた刃魔卿スレイヴの胴を殴りつけるかに思われた一撃は、爆炎を晴らして空を撫でる。両手首から噴射させた炎で急降下して刃を構えていた。

 獣覇王ライゲンが言葉を失う。

 

 名もなき魔王の懐刀。刃鎧魔境の主。

 魔王の鎧にして、魔王の刃。

 かの王は飽いている。あまりにも戦に恋い焦がれている。

 ──この鎧と刃を砕かぬ限り、己と剣を交える資格は無いのだと。

 

 咆哮と共に無数の乱撃を繰り出す獣覇王ライゲンの双斧に対し、刃魔卿スレイヴはその場に踏み止まり刃を振るい続けていた。あまりにも壮絶な一進一退の攻防は兵たちの目に捉えきれぬほどの速度で打ち合い続けている。金属同士の甲高い衝突音を繰り返し、火花が散る瞬く間に二つ三つと焔の華を咲き散らしていた。

 

(────おかしい、なんだ、このっ……! 違和感は!)

 ハンドアクスとグレートアクスから伝わってくる衝撃が骨を痺れさせてくる。手放さまいと力を込めて振るうが、それがどうして刃魔卿の体躯を吹き飛ばせないのかが不思議でならなかった。

 城壁に無数の刀傷を残し、爪痕を残し、傷跡を残し、どれほど牙を剥き出しにしてもその鎧を打ち崩すことは敵わず、むしろ押され始めたのは獣覇王ライゲンの方だった。

 目を凝らす。刃魔卿スレイヴが刃を振るう瞬間を一秒たりとも見逃さまいと。

 手首から先を刃に鍛造して斧を弾こうとするその刹那、肘鉄の焔が勢いを増していた。

 

「そういうことかァ! 見切ったぞ、刃魔卿!」

 刃を交える瞬間に加速させることで勢いを削ぎ落とす。理解が及べば、なんのことはない。

 リビングアーマーとしての性能を活かした魔界剣術、敗れたり。

 ならばこの巨躯で轢き殺すまでのこと──!

 

 しかし。

 

『そうか──だが些か、遅かったな』

 その静かな声に、背筋が凍りつく。火の海と化していた居城の中庭に、冷たい風が吹き抜けていた。

 おかしい。そう、おかしいと思っていたのは我が身を貫く風の冷たさだった。

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『我が蒼炎、阻むこと能わず。この身、一振りの刃となれば──』

 聖句。魂の宣告。

 刃魔卿スレイヴの右腕が蒼炎に包まれる。

 

『受けてみろ、我が魂』

「おォ、オオオォォォッ!!!」

『遅い──ッ!!』

 獣覇王が咆哮と共に大気を震わせて全霊の一撃を振り下ろす。双斧を束ねた一撃こそは『焔赫の斧撃』と称えられた必殺であった。

 だがいかなる必殺も、必滅も、窮極の一撃も──当てなければ意味がない。

 神速の一閃。魔界最速、必中の魔剣。

 

剣魂一擲(ディエス・ブレイド)

 双斧が振り下ろされるよりも先に、灼き切られた。宙を舞う刃が地に着くよりも先に刃魔卿スレイヴの腕は獣覇王ライゲンの頑強な胸当てを貫き、背中にまで達する。

 口腔より血を吐き出し、得物を取りこぼすが、その目に宿していた闘志が炎の色を見せた。

 爪を鳴らし、刃魔卿の鎧を引き裂こうと動くものの、相手はそれよりも速い。素早く刃を引き抜いて身を翻し、爪を狙って斬り飛ばした。

 怯んだ隙に跳ねると、全身を回転させたクラックシュートで獣覇王の顔に刃を一閃する。着地と同時に身を屈めて振り向きざまの逆袈裟。

 交差する形で刀傷を付けられた顔から鮮血が吹き出す。顔を覆い、苦悶の声を挙げながら崩折れる獣覇王ライゲンに刃魔卿スレイヴが容赦なく右腕を伸ばした。

 その手が掴むのは、獣人族にとって誇りとも言える犬歯。

 

『宣告通り。その牙、折らせていただく』

 力任せに獣覇王の口より片牙を引っこ抜くと、悲痛な声と共に倒れる相手を見下ろしながら牙を投げ捨てる。

 双斧は斬られた。牙も折られ、その顔に傷跡を残された。これほどまでに敗北を喫したことはない。貫かれた胴からは血が流れている。獣人族の生命力をもってすれば、此処からでも再起することは可能だがそれを許す刃魔卿スレイヴではない。

 死を覚悟していた獣覇王ライゲンだが、その横を蒼炎の騎士が素通りしていく。

 

「グ、う──殺せ、刃魔卿っ! これほどの惨敗、あってなるもの、か!」

『驚いた。胸に風穴を開けられてまだそれほどの声が出せるのか』

「ガ、フッ! ゴフッ……!」

『獣覇王、俺は貴殿の命に興味など無い。牙を折り、勝利を奪い取ること、なにより献上品の鎧を簒奪するために此処に来た。死にたければ好きにするといい──貴方の部下は、それを許しはしないだろうがな』

 鎧はいただいていく、と残して刃魔卿スレイヴは傷ついた城内へと消えていった。その姿が見えなくなってから、兵たちの慌ただしい足音が近づいてくる。

 

「早く血止めの薬を持ってこい! 誰か、治療魔法を使える奴はいるか!」

「獣覇王様、お気を確かに! 我らは此処にいます!」

「──やめろ、よせ。オレは負けた。刃魔卿……噂に違わぬ、剣の使い手であったわ」

「いいえ! 貴方の勇姿は、確かに我らの眼に、我らの心にしかと刻まれました! 我ら百獣騎兵を導く赫獅子、獣覇王ライゲン此処にあり! 斧が砕けようと、身体に穴が空こうと、自らの爪牙に最後まで勝機を懸けていたではありませんか! 我らみな、その姿に感銘を受けました。貴方こそ獣人族の誇りです!」

 獣覇王ライゲンはその言葉に、目頭が熱を帯びた。

 忘れていた。嗚呼確かに、忘れていた──戦火に身を投じる歓びを。

 

「再び立ち上がると信じております、貴方を! 傷が癒えるその時まで、我らは共に在りましょう!」

「……バカ共が。戦の熱に当てられおって──!」

 胸中で静かに刃魔卿スレイヴに感謝した。

 共に立ち上がるこの温もりを思い出させてくれたことに。

 

 

 

 大広間まで戻ってきた刃魔卿スレイヴが足早に室内を見渡す。だがもぬけの殻、ならば宝物庫かとも考えるが、獣人族の宝というのは武具が主流。鎧のような防具はあまり保管する習性がない。となればやはり目立つ場所に隠されているのではないかと玉座の前で腕を組みながら思案する。

 静かな大広間に、手を叩く音が響き渡った。即座に戦闘態勢へと移る刃魔卿スレイヴが周囲に眼を光らせる。

 

『いやぁ、良い物を見せてもらったよ。流石は刃魔卿、噂通りの傑物。かの獣覇王を伏せてしまうとはね』

(この声……女、か?)

 くぐもったような、反響する声に警戒を緩めず耳を傾けていた。獣覇王の居城に同族がいるとは考え難い。ならば相手は誰か。

 

『だけど、どうかこの鎧を奪うのだけはご容赦のほどを。見逃してもらえると助かる。なにせ私が手掛けた数少ない戦のための鎧なのだから。このまま日の目を見ることもなく飾られてしまうのはあまりに忍びない』

『…………その口ぶり、東の名工イル・ウェルエとお見受けするが、どこにいる』

 

『貴方の後ろだよ、刃魔卿』

 

 刹那。面頬を刃が掠めた。

 青白い炎によって刀身を隠した直剣によって鎧が焦げるが、相手を視認した瞬間に気づけば刃を向けていた。手首を返すことによって防がれる。

 

『おや、おやおやおや、まさか躱されるとは思わなかった』

 距離を離したスレイヴは木造のテーブルの上に立つと、踵部分を獣の爪のように鍛造した刃で保持して蹴り飛ばす。

 

『よしたまえよ、調度品は大事にするものだ』

 回転して迫るテーブルに向かって、音もなく跳び上がると足裏で受け止めてそのまま床に落とした。ガタン、と音を立てて降り立つと、剣で手を叩く。

 

『うーん、刃魔卿。貴方はもしや行儀がよろしくないのではないか?』

『ほざけ。人の背後をとっておきながら!』

『よーしーたーまーえ~っ! 私は戦闘は専門外なんだ、から!』

 迫る刃魔卿スレイヴの刃を青白い炎を纏う剣で捌き、いなしながら名工イル・ウェルエが柱の影に隠れた。踏み込み、石柱ごと叩き切ったがその後ろは無人だった。

 

『ちっ、またか。隠れるのが得意なようだな!』

『獣人族の鼻からは逃れられなかったけどね!』

 跳び上がっていた名工イル・ウェルエが剣を突きおろしながら降り立つと、間合いをズラしながら刺突を繰り返す。その剣捌きを見て受けながら刃魔卿スレイヴは全貌のしれない剣を警戒していた。

 揺らめく青白い炎によって動きを読まれないように立ち回る姿に『ほう』と唸る。

 

『口の割には良い剣捌きをしてくれる』

『いやいや、貴方には負けるよ』

 軽口を叩くが、しかしそこに他人と一定の距離を置いていた。

 炎に埋もれた剣。直剣であることに間違いはない。刃をなぞれば、細く長いことも確かだ。

 

『その剣──“鎧貫き(エストック)”か!』

『ご明察っ!』

 刀身を覆う青白い炎をマントのように翻し、視界を奪う。素早く手首を返して突き出すが、そこで足が止まる。

 名工イル・ウェルエの胸板に、刃魔卿スレイヴの鋒が当てられていた。だが同時に、眉間へ白銀色の刃先が突きつけられている。

 緊迫した空気が流れるが、すぐに剣を戻して名工イル・ウェルエは胸を隠す素振りを見せた。

 

『やめたまえよぅ、恥ずかしいじゃないか。誰かに身体を許したことなどないんだぞ私は』

『……そんなこと知るか。というか照れてるのかそれは』

『ほら私、首から上が無いし? ボディ・ランゲージだよ、ご存知ない?』

 掴みどころがない飄々とした雰囲気の持ち主に、刃を戻す。

 よもや東の名工イル・ウェルエその人がこんな陽気な“首なし騎士(デュラハン)”だとは思わなかった。

 

 その姿をじっと観察していた刃魔卿スレイヴが押し黙る。不安げに小首を傾げる(?)名工イル・ウェルエは身体を横に傾けた。

 

『そんなに私のことをジッと見つめてどうしたんだい、刃魔卿?』

『………………』

『もぉーしもーし? 聞こえてるかーい?』

 兜の前で手を振ってみせると、手首を掴まれる。

 

『ひゃあ! なになに、なんだい。怒ってる?』

『…………美しい』

『──へ?』

 ポツリと呟かれた刃魔卿スレイヴの言葉に、名工イル・ウェルエは間の抜けた声を挙げた。

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