ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

12 / 35
11話

「おふぁよぉ~」

 

 欠伸を噛み殺して挨拶してきたのは松下千秋だった。メイクで隠してはいるが、よく見れば隈があるのが分かる。明らかな寝不足だった。

 

「ああ、おはよう。……辛そうだな?」

「うん、まあ。でも、これで櫛田さんよりはマシだからね」

 

 中間テストへの対策として、桔梗はクラスのバカな男子連中を一手に引き受けている。

 昔から『バカの相手は疲れる』と言われている。だが、バカというのは大雑把に2種類に分けられる。利口なバカと愚鈍なバカだ。

 利口なバカはマシな方だ。利口である分だけバカさ加減を自覚しており、言うことをきちんと聞いてくれるからだ。内心で不満があろうとも、表立って文句を言うことはない。つまり、学力が低いだけで必ずしも頭が悪いわけではない。

 愚鈍なバカは目も当てられない。多くの場合、自分がバカである自覚が足りないのだ。だからこそ、言うことを聞かずに文句は多い。学力が低いだけでなく、頭の巡りも悪いのが大半を占める。……相手をして、より疲れるのはこちらの方だ。

 そして、桔梗はこの愚鈍なバカたちの勉強を見ているのだ。当然ながら好き好んでのことではない。桔梗が教える以外に選択肢がないからだ。

 まず、バカ筆頭格である池と山内はイケメン嫌いを公言して憚らない。それ故に教師役から男子を除外せねばならない。この時点で千夜や平田が候補から消える。

 次に、そもそも勉強に対するやる気を引き出させなければならない。煽てて木に登らせる必要があるのだ。しかも時間制限付きである。ここで更に候補が減る。部分的には有栖や恵でも可能だが、全て合わせると流石に無理だ。

 更に、学力不振なのは男子だけではない。女子の中にもバカはいるのだ。当然、誰かはこちらを見なくてはならない。

 バカどもが退学するだけなら痛くも痒くもない。しかし、この学校のシステムを考えるとどんなデメリットが待つか分かったものではないのだ。中間テストだけなら場当たり的な対処が出来なくもないだろうが、期末テストでは通用しない。赤点による退学を防ごうと思えば、日頃から勉強する姿勢を身につけさせなければならないのである。

 そういった諸々を加味すれば、桔梗以外に候補者がいなかったのだ。流石にそれではマズいので、千秋は桔梗をフォローすることにしたのである。

 しかし、言葉にすれば簡単だが、現実的には相当厳しいものがあった。何せ三バカを筆頭に小中学校の学習内容からして覚束ないのだ。復習して覚えさせるのも一苦労で、それでいて他のバカも見なくてはならない。桔梗が三バカをメインに、それ以外を千秋が見ることで何とかやれている状況だ。

 だが、その代償は大きい。バカどもは勉強よりもこちらとの会話をメインにしようとする。スッパリ切り捨てるのは簡単だが、それでやる気を無くされては退学一直線だ。バカの退学は望むところだが、デメリットを受けるのは御免被る。つまりは何とか持ち上げて勉強に向かわせなければならないのだが、一人終わればまた一人だ。それが循環し、合間に自分の勉強を行うことすら出来ない。

 結果、桔梗と千秋は自室に戻ってから勉強を行わなければならなくなる。一人暮らしである以上、炊事洗濯掃除も自分でやらなければならない。簡略化出来るところは簡略化し、後に回せるところは後回しにしたとしても、時間は足りなくなる一方だ。

 それでも、千秋はまだマシな方である。何故ならば、千秋は男子連中に自分の連絡先を教えていない。自室に戻った後は自分のことに専念出来るのだ。

 

「櫛田さんは皆と連絡先を交換してるからね。自室に戻った後もチャットがしょっちゅうなんだって。しかも、勉強関連ならまだしもそれ以外の話題が大半だとか」

 

 しかし、桔梗は千秋以上に悲惨である。自室に戻った後も安寧が無いのだから。

 

「そいつは参ったな」

 

 千夜の本音としては、やる気のない者がどうなろうと知ったことではない。だが、流石に早々から退学者続出というのは、デメリットを考えると見過ごせない。

 5月に入ってたった1週間で千秋はこの有様だ。言を信じるなら桔梗はこれより酷い状態にある。テコ入れをしない限り、中間テストを前にこの二人が潰れてしまう。デメリット云々よりもその方が痛い。

 

「松下、勉強はどこで教えている?」

「まあ、無難に図書室だけど? 広いし、教室だと平田くんたちが使ってるから」

1901号室(俺たちの部屋)を使え。外村と沖谷も一緒になるが、俺も勉強を教える。下校時間後は有栖と恵にも教えさせる。それで少なくとも矛先は分散されるだろう」

「助かるけど、余計に酷くならないかな?」

 

 何せ千夜は紛れもない美少女である有栖と恵と同居しているのだ。それを知った際の男子連中の嫉妬は想像に難くない。

 

「ま、その可能性もあるがな。いい機会だから『イイ男』ってのを教えてやるさ」

 

 千秋の危惧に対し、軽口で心配いらないと答える千夜だった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「何で雪村がここにいんだよ!?」

 

 部屋に招いた途端、開口一番にそう叫んだのは池寛治だった。三バカの一人である。

 

「自分の部屋にいて何かおかしいかよ? ま、とにかく入れ。お前が動かんと他のヤツらも入れん」

 

 言うだけ言って、千夜はとっととリビングに戻った。外村と沖谷に教えている最中だったのだ。

 千夜に遅れる形で、他の者たちもゾロゾロとリビングにやって来る。

 

「よく来たな、櫛田、松下。他のヤツらもまあ座れ」

「幸村ー、俺らには歓迎の言葉は無しかよー?」

「そもそも歓迎してないからな。お前たちは二人のオマケに過ぎん。……櫛田、松下、コイツ等は俺が見ておくから、お前たちは一眠りして来い。3時間経ったら起こす」

「ゴメンね、千夜くん」

「お願い」

 

 ここまでは気力でもたせていたのだろう。桔梗と千秋はフラフラとした足取りで寝室に消えていった。

 

「ええっ!? 櫛田ちゃん!? 松下!? どういうことだよ雪村!?」

「どうもこうもない。あの二人に倒れられたら困るから、俺がお前たちの勉強を見ることにした。それだけの話だ」

 

 当然の如く池が文句を言ってきたが、千夜はアラームをセットしながら素気無く答えた。

 

「お前たちはどうにも危機感が無いようだから、改めて釘を打っとこうって理由もある。正直言って、俺はお前たちが退学になろうと一向に構わん。いや、むしろクラスでは俺に同意するヤツの方が多いとすら思っている。何せ退学の危機が迫ってるってのに平田の誘いを断るくらいだからな。……ふざけてんのか? お前たちに選り好みする余裕なんてねえんだよ。……だが、お優しい櫛田はお前たちに手を差し伸べた。とはいえ、櫛田一人でお前たち全員の面倒なんて見れるわけがない。結果、自分の感情とお前たちが退学になった際のデメリットを秤にかけて、松下は櫛田のフォローをすることにした。……しかしな、俺は失敗だったとしか思えん。現に、たった1週間で無理が出始めている。何故だか分かるか? あの二人にとっちゃお前たちに勉強を教えて終わりじゃねえからだ。自分たちの勉強だってあるんだよ。だってのに、肝心の勉強が殆ど進んでねえらしいな? こんなザマじゃあ、中間テストを迎える前にあの二人がぶっ倒れちまう。それは俺としても望むところじゃねえ。だから、こうして連れてきてもらったわけだ。……いいか? 現状においてお前たちに価値なんざねえんだ。勉強を教えるのも、退学によるデメリットを回避しようとすればこそだ。お前たちがいなくなったら寂しいから、なんて殊勝な理由じゃねえんだよ。退学が嫌ならそれを自覚して勉強に励め。勉強をしたくないならそれでも良いさ。退学のデメリットは痛いが、入学してまだ二月目だ。たとえCPが0になったって取り返しは出来るだろう。無能な味方は敵より怖い。一度に足手纏いが消えるなら、それはそれで万々歳だ。お前たちとしても、退学してから別の学校に入り直した方が楽しい生活を送れるんじゃないか? まあ、学費や部費はかかるだろうが、それが普通なんだしよ」

 

 千夜はバッサリと斬りつけた。現実を叩き付けた。紛うことなき本音であり最終警告だ。これで動かないようなら、本当に要らなかった。

 言うだけ言った後は外村と沖谷の勉強を見ることに専念した。声をかけることも無ければ、視線を向けることもない。……これにより、池たちは千夜の本気度を否応なく分からされた。

 これは千夜にも多分に責任があるのだが、クラス内におけるマイナスポイントランキングが公表されたことも大きい。あくまで無意識下によるものであろうが、ワーストにランクインしている事実を直視して立ち向かうのではなく、目を逸らして逃げることを選択してしまったのである。……同じ三バカでも部活に精を出しているだけ須藤はまだマシだが、退学の危機から目を逸らしている事実に変わりはない。

 また池たちにしてみれば、流されるままに過ごしているだけでクラスの逆転が起きた、という事実もある。それが現実を甘く見ることに繋がってしまった。

 逃避と甘えのダブルパンチだ。ヒトとは弱い生き物であるからして、見方を変えれば池たちの行動は何らおかしなものではない。単に良い幻想(ユメ)に浸っていたいだけなのだから。

 当然ながら、千夜はそう言った部分を見抜いている。わざわざこんな説教じみた――というには些か苛烈だが――真似をしたのは、桔梗と千秋に対する詫びもあるが、『身から出た錆』でもあるからだった。 

 叩き付けられた池たちも、千夜の言葉はただの感情論ではない、と否応なく理解させられることとなった。

 これからの学園生活を送る上でのメリットとデメリット。それらを踏まえた上で、『退学によるデメリットを回避する』という一点でしか価値はないと突き付けられた。池寛治、須藤健、山内春樹を始めとした個人には価値などないと断言された。そして、その唯一の価値すらも上回るほどの足手纏いなら消えた方がマシだと、自己弁護する(逃げ道を探す)ことすら出来なくされた。……言葉に込められた冷たさが、千夜の本気を表していた。

 追い詰められた状況で行動を起こせるかどうか。これもまた強さを測る上での一つの指針となる。

 知らずの内に、池たちは一つの分水嶺に立たされていた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 Pipipipipipi……。

 静寂を斬り裂くように電子音が鳴り響く。千夜のセットしたアラームだ。

 アラームを止めながら、3時間経ったか、と呟く千夜の姿が視界に入る。そのまま立ち上がって奥の方へ歩いていく。

 

(ああ、櫛田ちゃんと松下を起こしに行ったのか)

 

 ボンヤリとした頭で池は考える。既に3時間経過したことが驚きだった。何をしていたという記憶もない。つまりは、ただ時間を無為に過ごしただけ。

 覚めやらぬ頭で周囲を見渡す。外村と沖谷が教科書とノートに向き合っている。視線をずらすと山内や本堂と目が合った。覇気がない。おそらくは自分もこんな顔をしているのだろう、と思った。更に視線をずらす。頭をガシガシと掻きながら、須藤が勉強を行っていた。その内容はお粗末なもの。自分でも分かる部分を間違えている。それでも、その事実に衝撃を受けた。格好良いと思った。

 

(チッ、我ながら情けねえな、クソ!)

 

 内心で自分に舌打つ。ああ、分かっていた。認めたくなかっただけだ。自分に自信がないからこそ、イケメン嫌いなどど号して千夜や平田から目を背けていた。自身より劣っているという安堵を覚えればこそ、須藤や山内とつるんだ。親友面をしているその陰で、相手を見下していたのだ。

 表裏一体。長所は時に短所に変わり、その逆もまた然り。

 喜怒哀楽も同じこと。楽しんでいても、どこかでストレスを感じている。要は目立つ部分が違うだけ。

 そんなのは何度も耳にしてきた。何度も実感してきた。……だが、それだけでしかなかった。深く考えることはなかった。

 醜い部分からは目を逸らしたい。それの何が悪い! それが人間だろ! どこかでそう叫ぶ自分と、それを冷静に捉える自分がいる。その上で、そんなザマで将来(さき)があるか、と呟いている。

 どちらも自分で、だからこそ『このままではいけない』とどこかでそう思っていたことが分かる。ただ勢いの強さが違っただけで、自分で自分の首を絞める状況に繋がっている。

 ああ、そうだ。分かってる。逃げ道などない。あったとしても一時的なものに過ぎないだろう。永続的な逃げ道を許すほど、この学校は優しくなければ甘くもない。結局は正面からぶつかるしかないのだ。それで必ずしも望ましい結果が訪れるとは限らないが、ぶつからなければ手繰り寄せる機会すら得られない。

 

「ああああぁぁぁぁっっっっ! やってやる! やってやるよ! 勉強すればいいんだろ、クソが!」

 

 叫び、頭を掻きむしり、乱暴に道具一式を取り出して、池は教科書とノートに向き合った。

 

「池くん、何か変わった?」

「どうしたの、あれ?」

「一歩は踏み出したってことだろ。『イイ男』の必須条件だ」

 

 部屋の片隅、その光景に首を傾げる美少女二人と、微笑を浮かべてそれに答える千夜(イイ男)の姿があった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。