ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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12話

「は~い、皆、ちゅうも~く」

 

 中間テストまで1週間を切ったある朝のホームルーム。教壇前に立った千秋はペラ紙を振りながら注目を集めた。ザワザワと視線が向く。

 

「過去問をゲットしてきました。今回限りではありますが、これを使えば十中八九赤点は回避出来ます。欲しい人は茶柱先生にポイントを振り込んで下さい。同じクラスのよしみで最低1000ポイントで良いです。茶柱先生を介して私にポイントが振り込まれ、それが確認出来たら過去問を渡します。但し、このホームルーム中に決めてください。周りと相談しても構いませんよ」

 

 千秋の言に教室内がざわめく。普段とは違う丁寧な言葉遣いが、重要性を印象付けている。

 鈴音が挙手をした。茶柱に指名される。

 

「いくつか質問があるのだけれど、いいかしら?」

「構いませんよ。どうぞ」

「まず第一に、その過去問の信頼性は?」

「あります、とだけ答えておきますね。そうでなければ先生の協力を取り付けることなど出来ませんよ。まったく信頼性がなければ詐欺になってしまいますからね」

 

 まず、と付けるだけあって、その質問内容は分かりきったものだ。当然、千秋の返答もわかりきったもの。

 

「ありがとう。次に、『最低1000ポイント』というのは?」

「これの価値を決めるのは堀北さんたち自身ということです。払うポイントが多ければ多いほど、早く手元に届きます。最低ポイントならお察しですね。振り込めば必ずお渡しはしますが、それでどれだけの余裕が得られるかは個々の学力と払うポイント次第です」

 

 再びざわめく。

 

「ありがとう。私たち自身が独自に先輩方と交渉して過去問を手に入れることに関して、松下さんはどう思うのかしら?」

「お好きにどうぞ、と返させてもらいます。その可能性を加味したからこそ、このホームルーム中という時間制限を付けさせてもらった次第です」

「参考までに、松下さんは何ポイントで過去問を手に入れたのか教えてもらえるかしら?」

「教えるとでも? というのが答えになりますね」

 

 この状況に千夜は内心で喝采を上げた。

 前から動いてはいたが、千秋は今、この瞬間、実力を示してきた。動き出すタイミングも上々だ。

 本番までの追い込み期間。時間的な余裕は有るようで無い。まして元Dクラスは伊達ではない。能力的に尖った連中が多過ぎるのだ。ハマればデカいが、それ以外ではお粗末に過ぎる。本気でAクラスへの昇格を目指すなら、早い内から全体的に成長を促す必要がある。

 鈴音の質問も良いものだ。その気があるのかは不明だが、見事なまでに千秋をアシストしている。

 今現在、茶柱クラスの生徒たちは選択の強制を迫られている。

 過去問にどれだけの信頼性があるのか? どれだけの価値を付けるべきか? もっと安く手に入れられないのか? etc.etc……。

 時間制限がある中で、数多の選択をしなければならない。

 答えを出せなくても不都合はない。現状のまま中間テストに臨むだけだからだ。しかし、『もし』を考えたら二の足を踏む。

 理性と感情の妥協点を探せるか否か。探せたとして踏み出せるか否か。

 千秋の行動により、生徒たちはそれらを試されている。測られている。

 そんな中、池が挙手をした。指名される。

 

「割り勘はありか?」

「ありですよ」

 

 池の質問に対する千秋の答え。これにより更なる選択肢が生まれた。

 

「そうか、ありがとう。……健! 春樹! 俺に1万ずつ寄越せ。3人合わせて3万だ。ハッキリ言って俺たちはバカだ! たとえ通用するのが今回限りだろうと、そもそも乗り切れるか分からねえ現状じゃあ、1点でも上がる可能性があるだけで御の字だ! 健ならバスケ部の先輩からもっと安く仕入れられるかもしんねえけど、絶対とは言えねえし、より高値を請求される可能性もある。3万だったら妥当なとこだ!」

 

 池は堂々と言った。

 

「チッ、しゃあねえなあ」

「へいへい、分かったよ」

 

 池の言葉を受けて、ぼやきながらも須藤と山内が端末を操作する。間を置かずして池も端末を操作。

 

「池寛治による3万ポイントの振り込みを確認した」

 

 そして、茶柱の言葉により振り込まれたことが証明される。学力に不安のある者同士で固まれば、大金を払うのも可能となる。その事実が示されたのは大きい。

 先陣を切る者が現れれば、その後は早かった。生徒たちは次から次へとポイントを振り込んでいく。

 そして、ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

  

「……ふむ。ここまで広まるならもう構わんか。雪村、軽井沢、櫛田、坂柳、佐藤、長谷部、うちのクラス内なら過去問については口外してもいいぞ」

 

 その実情を鑑みた茶柱から許可がおり、ようやく千夜たちは過去問について大っぴらに話せるようになった。特に桔梗、麻耶、波瑠加の3人は大助かりである。

 

「ありがとう、松下さん!」

「ううん。私こそ、ここまで遅くなっちゃって悪いね」

 

 無理な追及自体は止んでいたが、会話の口端に上ることはそれなりにあったのだ。そして、桔梗たちがその度にストレスを感じていたのは紛れもない事実。時間の経過と共に『口止めされている』ことに気付く者は出てきたが、それが白日の下に曝されたのである。

 未だ気付いていなかった者も、ここまでやれば流石に気付く。桔梗らしからぬ態度だったことに、麻耶と波瑠加が余所余所しかったことに、そこかしこから理解と納得の声が上がっている。

 

「さて、では私は行くぞ。是非ともこれを有効活用して赤点を回避してくれ。無理に高得点を狙えば足元を掬われるかもしれんからな」

 

 檄とも言えぬ台詞を残して、茶柱は教室を後にするのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 6月を迎えた。

 昼休み。千夜と清隆は一緒に食事をとっていた。

 

「しかし、『事実は小説よりも奇なり』とはよく言ったものだな。番狂わせにも程がある」

「それには同意だ。……が、櫛田曰く『Aクラスは無難』だそうだからな」

 

 茶柱クラスから赤点を取った者は出ていない。若干だがCPも増えた。それに伴いクラスランクも昇格した。

 しかし、素直に喜べることだけではない。1年の間では今現在、激震が走っている。初の退学者が出たからだ。それもAクラスからである。時期的には『入学早々』と言っても過言ではない。

 退学者の名は戸塚弥彦。その性格を一言で言えば、桔梗曰く『虎の威を借る狐』とのこと。まあ、退学した者なんぞに用はないが、それが齎した結果には誰しも大いに関心があるようだ。そこかしこで話題に上っている。

 朝のホームルームで受けた説明によると、中間テストを終えた段階で1年全クラスに100CPが付与されていたらしい。入学して初の赤点の危機を乗り越えたことに対する例年のご褒美だそうだ。

 もちろん、中間テストを終えても6月を迎えるまでには数日の猶予があるので、その間に減少する可能性は無きにしも非ず。ただ、どのクラスも大凡80~90CPは残るのがザラとのこと。

 しかし、その全てを今年のAクラスは吐き出した。退学者に対するペナルティはその都度で変わるそうだが、今回は大幅なCPのマイナスとなった。その数値は-300CP。ご褒美だけで足りる数じゃない。

 結果、クラス逆転が起こった。真嶋教師のAクラスはCクラスに。星之宮教師の教師のBクラスはAクラスへ。茶柱教師のCクラスはBクラスへ。残念ながら坂上教師のDクラスはそのままだ。

 しかして、真嶋クラスと坂上クラスのCP差は本当に僅かだ。100もない。この1ヶ月の過ごし方次第では、来月にも逆転が起こったところでおかしくはない。

 真嶋クラスのリーダーである葛城康平は非常に保守的な性格をしているとのこと。そして戸塚はそんな葛城の付き人ポジションにいたそうだ。

 その性格から、葛城はおそらくは中間テストに対しても真っ向からぶつかることを選んだのだろう。加え、Aクラスという事実にかまけ、クラスメイトの実力を過剰に評価してしまった。或いは過去問を始めとした裏技に気付かなかった可能性もある。その結果がこの現実だ。

 人柄だけを見れば、葛城は好感の持てる人物だろう。だが、この学校のスタンスとは些かソリが合わなかったのだ。

 

「荒れると思うか?」

「間違いなくな」

 

 対人における桔梗の観察眼は確かだ。奥底までは読めずとも、表層を洗う分には十分だ。信頼性は高い。

 そんな桔梗による真嶋クラスの評価が無難だ。良い意味でも悪い意味でも、取り立てて目立つところはないということ。欠点が目立たないなら、それは優秀という評価にも繋がるだろう。言ってしまえばバランスの良さだ。

 団結出来れば、正に難攻不落だろう。だが、あくまでも『団結出来れば』の話でしかない。バランスの良さで成り立つクラスならば、リーダーに求められるのもバランスの良さなのだ。防御特化の人物で纏まる筈がなく、その逆もまた然り。防御型と攻撃型が協力出来れば上手く回るだろうが、両極端な性格ではぶつかり合うのが自明の理だ。

 それでも、攻撃型の人物がリーダーならばまだ芽はある。何故ならハイリスク・ハイリターンの戦法を取れるからだ。不満があろうとも成果で黙らせることが出来る可能性は高い。

 しかし、防御型の人物である葛城にそれは出来ない。現状維持を望む人物に攻めの手は思い描けない。描けたとしてもどこかに穴がある。早い話、葛城はAクラスという位置に胡坐をかいていたのだ。真っ当に勉強するだけで十分だろう、と。それが失敗に終わった。言ってしまえば今回の件はそれだけの話でしかない。

 足を引っ張ったのが葛城の側仕えというのも、真嶋クラスにとっては痛手だろう。葛城の言い分に信憑性が生まれなくなってしまったからだ。この流れに歯止めをかけるのは難しい。

 葛城が考え方を改めるか、彼に代わる人物が新たにリーダーとして立つか、或いは別の可能性もあり得るが、いずれにせよこのまま何の対策もしなければ、クラスとしてはズルズルと落ちて行く一方だ。……まあ、対策を打ったところで上手くいく保証は無いのだが。

 

「まあ、それはそれとしてだ。どうも佐倉の様子がおかしい。時折、酷く憂鬱そうな表情を浮かべている」

「佐倉が?」

「ああ。これはオレだけの意見じゃない。櫛田に佐藤、長谷部に松下もそう言っている」

 

 中間テストを乗り越えたのを機に、桔梗と千秋も清隆たちと一緒に住むことになった。集団生活はそれだけ利便性が高いことを示している。千夜たちとは異なり、高校に入ってから出会った相手というのも大きいだろう。それだけ折り合いが付けやすい、ということでもある。何より大きいのは性的方面における清隆の無害さだろうが。

 中間テストの結果が発表された際、打ち上げを行うとのことで千夜たちもお邪魔したが、やはり一番上等な部屋だけあって、千夜たちの買ったパーティールームとは収容可能人数でも設備面でも雲泥の差があった。プライベートも十分に保護されているし、カラオケルームもある。利用人数に対して部屋が広すぎるが、慣れればどうということもないだろう。全員で取り掛かれば掃除も難しくはない。ポイントはかかるが業者に頼むという方法もある。

 

「心当たりは?」

「無くはない、と言ったところか。おそらくだが、手紙か何かだと思う。お前も知っての通り、受取先を敢えて指定しない限り、手紙や荷物は個室の方に届くからな」

 

 学生証端末によるポイント支払い。全てがそれ一つで済むため利便性は高いが、当然ながら欠点もある。機械に通したその時点で、大雑把なデータが相手に渡ってしまうのだ。少なくとも、名前と学年は渡っているだろう。販売物の中には個数制限が限られている物もあったりするので、管理上、仕方ないと言えば仕方ない。よくよく購入時のレシートを見れば、きちんと片仮名で名前が載っているのが確認出来る。

 それらを踏まえた上で、千夜には一つだけ思い当たることがあった。確証はないが可能性は高い。

 

「……なるほど。バレたかもしれんな」

 

 言いながら、内心で溜息を吐いた。どうにもタイミングが悪い。折角引き締めたクラスの雰囲気が、予期せぬ昇格によって元の木阿弥になろうとしている。

 既に入学して2ヶ月が経ったのだ。いつまでも大人しくしている者ばかりではないだろう。注視すべきは坂上クラスのリーダー、龍園翔。『暴君』とまで評される男が牙を剥くには良い頃合いだ。

 問題はその爪牙がどちらに向くかだ。真嶋クラスにトドメを刺す可能性もあれば、こちらに襲いかかる可能性もある。

 真嶋クラスを攻めるならそれでいい。こちらはその間に態勢を立て直すだけだ。

 しかし、先にこちらを攻めるとなれば些か困る。本来なら喜んで受けて立つところだが、今の状況ではそうもいかない。

 攻め、守り、そして支援。順当な勝利を得ようとすれば、これら全てが欠かせない。中でも支援役は縁の下の力持ちであり、自覚の有無はさておき、愛里はこれ以上ない適性を誇るのだ。クラス闘争に臨む上で放置するわけにはいかない。

 足元が覚束ない状態で、更に支援も減るとなれば、負ける可能性の方が遥かに高い。時と場合によってはそういう状況下で闘うことも必要だろうが、常日頃からリスキーな選択をする必要は無いのだ。

 まあ、攻められたらその時はその時だ。楽な方から片付けるしかないだろう。 

 

「バレた? 何のことだ?」

「放課後にでも説明してやる。プライバシーに関わることだからな」

「そうか」

 

 それっきり、二人は無言で昼食を終えるのだった。

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