ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

14 / 35
13話

「やあ、久しぶりだね、千夜くん。早速実力を発揮しているようで、将来の義父(ちち)として私も鼻が高いよ。綾小路くんも久しぶりだね。元気に過ごしているようで何よりだ。……さて。私人としての挨拶はここまでにして、ここからは公人として取り掛からせてもらうよ。何でも、そちらの生徒――現1年Bクラスの佐倉愛里さんに問題が発生したとか?」

 

 理事長室でのやり取りは、そんな言葉から始まった。

 理事長室を訪れているのは4名。雪村千夜、綾小路清隆、佐倉愛里、そして3人の担任である茶柱佐枝。

 

「はい。こちらの佐倉は当校に入学する以前、グラビアアイドルとして活動していたようです。芸名は『雫』。当校への入学に伴い活動休止を発表しました。今ではブログに細々と自撮り写真を載せる程度です」

 

 水を向けられた茶柱は愛里の簡単な経緯を語り、こちらです、とノートパソコンの画面を見せた。

 

「……なるほど。失礼ながら、見違えるほど良い表情だ。こうして説明を受けなければ、私では気付かなかったかもしれない」

「問題というのはこのコメントです。……佐倉、封筒を」

「はい、これです」

 

 ブログのコメント欄には色々な反応が載っている。その中には嫌悪感を覚えるものも少なからず存在した。とはいえ、これだけなら『アイドルとして活動する上での必要経費』と切って捨てるしかない。

 だが――

 

「……なるほど。これは確かに問題だ」

 

 実害が出ているとなればそうも言っていられない。差し出された封筒の中には、妄想にも等しい熱情が綴られた便箋と愛里の写真。構図からして写真は全てが隠し撮り。流石に着替え写真等はないものの、登下校や放課後を撮ったらしき物は枚挙に暇がない。……これでファンレターと言い張るには無理がある。そんな領域は超えてしまっている。

 差し出された封筒だけでも複数。部屋に戻ればまだまだあるそうだ。

 如何に気持ち悪かろうと、コメントだけならば『妄想癖のある人物』の可能性は否めない。しかし、そこにこの封筒も加われば、立派なストーカー問題だ。コメント投稿主と封筒の送り主が完全にイコールで結ばれたわけではないが、日付やタイミング的にその可能性は限りなく高い。

 封筒の宛先は『高度育成高等学校1年生・サクラアイリ様』となっている。陸の孤島たるこの学校では何らおかしい形式ではない。指定の学生寮住まいを余儀なくされる以上、こう書けば届くからだ。重要書類の類を除けば、生徒への手紙なり荷物なりは一先ず寮のポストへ集められる。そこから管理人によって仕分けられ、個別の郵便受けに届けられる仕組みとなっている。そのため、郵便局を通すのが一般的だが、中には距離の関係から自分たちで届ける者もいないわけではないのだ。

 敷地内の店舗で売買をした際、店側には学年と名前と性別と顔写真が伝わるシステムになっている。これは多分にデータ管理の目的があり、伝わる名前も漢字ではなく片仮名だ。一応の配慮は行っている。

 店側はこのデータがあるから、『月に何個まで』という個数制限をかけての販売が出来るのだ。人の目だけではどうしても無理が出る。事実、個数制限を超えて購入しようとする生徒も少ないが存在する。データで管理しているから防げているのだ。そして、生徒に関して学校側へクレームをつけるためにも使われる。

 もちろんそれ以外の目的もある。月に○ポイント以上の購入で来月は○%OFFだとか、お得意様へのダイレクトメールとか、それらは全てこのデータを参照される。そして該当店舗の従業員であれば、誰であれデータを見ることは出来る。

 封筒が愛里の部屋に届けられた理由。その仕組みを説明されれば、理解も納得も出来た。ここで生活する上での根幹に関わる以上、愛里も無理は言えなかった。

 むしろ、本来なら生徒には秘匿している情報なのだろう。これも実力測りの一環で、お決まりの『気付く者は気付く』というやつだ。それを教えてくれたのは、偏に学校側の誠意である。その程度が分からないほど、愛里もバカではなかった。

 

「ご説明、ありがとうございます」

 

 愛里は誠意に対する礼を述べる。なぜ住所を教えてもいないのに封筒が届くのか? その理由が分かってホッとした部分も確かにあるからだ。

 その一方で、不安が高まったのも事実だ。

 説明から分かるのは、この手紙を出したのは『敷地内で働く誰か』ということ。いや、それしか分からないのだ。

 

「送り主に心当たりは?」

「……確証は有りません」

 

 理事長の説明に、愛里はこう答えるしか出来なかった。

 

「……そうですか」

 

 愛里の答えに対し、理事長は安堵しつつも残念に思った。

 たとえ心当たりがあったとしても、証拠がない以上は疑惑に過ぎない。そんな状況では声高に相手を問い詰めることなど出来ない。そんな真似をしてしまえばまた別の問題を生んでしまう。その点について、愛里の自制心に理事長は安堵した。

 その一方で、疑惑に過ぎないことを前提にして伝えてくれないことを残念に思った。疑惑だけでも伝えてくれたら、それとなくその人物をマークすることは可能だったからだ。

 

「敷地内の全施設に対し、ストーカー問題が発生していることを通達します。その上で相互監視を強化するように要請します。……佐倉さんには申し訳ないが、現状で私たちに打てる手はこれだけです。そしてこれを実行したとして、どこまで効力が発生するかは分かりません」

 

 この広い敷地内、住んでいるのは生徒だけではない。教師もいれば各施設の従業員もいる。メインターゲットが学生であることは間違いないが、総合すれば大人の方が多いだろう。

 そして、大人の誰しもが働いている。相互監視を頼んだところで、従業中にそれとなく目をやるのが精々だろう。仕事前や仕事終わりまでは強制出来ない。それでどこまで効果が出るか。

 

「そこで一つ提案があります」

 

 口を開いたのは千夜だった。

 

「提案とは?」

「いっそのこと、雫を活動再開させては如何でしょう? 幸いなことに敷地内には土方の事務所がありますから、在学中一時的に事務所を移籍して活動するのは不可能ではないと思われます。細かいやり取りは学校と両事務所に任せることになりますが、土方への口利きなら自分が出来ますしね。『魅力』もまた実力の一つである以上、学校側が披露する機会を提供してもおかしくはない筈です。自撮り写真のブログ投稿がOKでグラビアがダメな理由はないですし、ミスコンなんてのもよく聞く話です。或いは佐倉以外にもモデル活動なんかに興味のある生徒がチャレンジするかもしれません。この学校の広報活動に使うのだって有りでしょう」

 

 ブログを見れば分かることだが、愛里は2年間の活動で5000を超えるフォロワーを獲得している。この学校の流儀に合わせるなら、これは紛れもない実力だ。普段の行動からは見えてこない一面だ。

 それを踏まえた上での、提案という名の挑発だった。

 生徒の実力を測るというのなら、生徒(愛里)が実力を出せる場所を用意しろ。学校という閉ざされた空間ではない。より広い場所に対して魅力を示す場所を。ファン数やフォロワー数という純然たる数値で、或いは仕事を振られるという事実で、その実力は測られる。それが出来ないのなら、学校側に生徒を測る資格などない。……千夜はこう言ったのだ。

 

「また、雫が活動を再開することでコメント投稿だけに落ち着く可能性だってあります。そうでなくても、雫がこの学校の生徒だと分かれば犯行防止にも繋がります。注目が高まりすぎる危険性はありますが、在学中なら俺たちが手伝うことも可能ですしね。俺の周りには校内でのイケメンランキングや美少女ランキングの上位に位置するのが揃ってますから、注目を分散させるのも簡単でしょう」

 

 それもまた否定は出来なかった。公私混同と言われればそれまでだが、理事長も人である以上は身近な人物を注視している。娘である有栖、将来的な義息である千夜、そして清隆がそうだ。

 注視していれば、自然と周囲の人物も目に入る。目に入れば調べもする。なので、理事長は説明を受ける前から愛里が雫であることは知っていたし、有栖、千夜、清隆周りの同居状態も知っている。

 学生の間で○○ランキングが流行するのも例年のことなれば、該当者の名前を確認したりもする。特にイケメンランキングや美少女ランキングは第一印象――外見的な実力を測るのに持って来いだ。理事長ともなれば、生徒に無関心ではいられないのである。

 だから、千夜の言葉通り、周りにランキング上位勢が揃っているのも知っていた。残念ながら愛里はランクインしていなかったが、雫としての活動を再開すれば瞬く間に上位を奪取するだろう。

 

「やれやれ、無茶振りをしてくれますね。ですが、当校の理念として間違った内容でもありません。……分かりました。どうにか頑張ってみましょう」

 

 苦笑を浮かべ、坂柳理事長は千夜の提案に賛同するのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「それで、もう6月も終盤なわけだが、その後、佐倉の状況はどうだ?」

 

 いつかと同様、再び千夜と清隆は一緒に食事をとっていた。

 ふと気になって、千夜は愛里の状況を確認する。

 打てるだけの手は打ったし、愛里の傍には清隆がいる。以上の理由から、理事長に対策を要請して以降、千夜は坂上クラス――龍園の動きに重きを置いていた。

 幸いなことに、龍園は真嶋クラスを仕留めることを優先したようだ。おかげでクラスの引き締めも大分進んだ。まあ、元が低過ぎるのでお察しな部分は大きいが。

 

「世は押し並べて事も無し。平穏そのものだ。あれ以降は一度も届いていないらしい」

 

 対する清隆の返答がこれだ。

 

「そうか。まあ、小康状態だろうな」

「ああ。現状の平穏はあくまで様子見。何も変わらなければ、遠からず再発するだろう。そしてまた通達が行き、と根本的な解決にはならない」

 

 通達してから封筒が届かなくなった以上、送り主には『危機感を覚えるだけの理性が残っている』ことを意味している。そして理性が残っているからには、安心と判断すればまた送るだろう。清隆の言う通り、このままではいたちごっこだ。

 

「だが、一時的にでも落ち着いたことは大きい。佐倉の様子も安定している。勉強を教える傍ら、一緒に写真を撮ったりもした。一言に写真と言っても、アレで中々奥が深いな。勉強になった。……まあ、ファッションでアレコレ言ってくるようになったのは勘弁だが。面倒だし、オレは風景写真で良い」

 

 相変わらず清隆の口調は淡々としているが、徐々に抑揚がついてきたようにも感じる。抑揚とは裏腹に表情筋はきちんと仕事をしており、最後には不貞腐れているのが丸分かりだった。

 

「ははっ、佐倉も元気になったようで何よりだ。……まあ、ファッションはな。俺も有栖や恵によく言われてる。個人的には面倒だが、向こうの言い分も分かるし、実利的な面もある。着せ替え人形になるだけで侮られる確率が減るのなら、諦めも肝心と受け入れてるよ。お陰様で、進んで覚える気はないが、繰り返している内に嫌でも覚えてきた。お前もそうなるさ」

「……そういうものか?」

「そういうものだ」

 

 千夜が断言すると、清隆は本当に嫌そうな表情を浮かべた。

 清隆とて、ある程度のファッションセンスは持っていた方が良い、と理解していれば納得もしている。だが、ある程度でいいのだ。日常生活を送る上で支障がなければそれでいい。根本的に、周囲からどう思われようと知ったことではないのだから。

 だが、佐倉を始めとして女性陣の意見は違うらしい。事ある毎に『元が良いんだから!』と言って着せ替え人形にしてくる。

 問題なのは、そこにポイントの大小は関係ない、ということだ。

 手持ちが少なければ、必然的に選択肢も限られる。しかし、だからこその創意工夫が試される。女性陣は、限られた範囲で如何に仕上げるか、という熱意に燃え上がる。

 手持ちが多ければ、選択肢が無いなら増やせば良い、と服やら小物やら美容品やらを購入する始末。同居陣はそれを可能とするだけのポイントを保有しているし、パーティールームだからこそ置き場にも困らない。

 つまり、どう足掻いても逃げ場がない。嫌がるのはせめてもの抵抗だ。

 その一方で、女性陣が着飾るのは嫌ではない。むしろ喜ばしい。可愛いと思えば、綺麗とも思う。美術品や芸術品を鑑賞するのとは、また違う情動を覚える。

 

「来月には期末テストがある筈だが?」

「さて、どう転ぶか……。危機感が持続していれば日頃の勉強を欠かしてはいない筈だが、中間テストでは大半の連中が過去問を使ったのも事実だからな……。それにより、どこかに甘えが残っている可能性は否定出来ねえ。元より基礎もおぼつかねえ連中が大半だ。甘えが残っている状態で勉強したところで、どこまで身に着いているか……」

 

 清隆の問いかけに、千夜は難しい顔で答えた。

 底辺連中には日頃から厳しい態度を取っている千夜だが、言ってみれば『飴と鞭』を実行しているに過ぎない。飴と鞭は支配や懐柔を行う上で一般的な方策だ。クラス闘争に臨む上で、クラスという一組織の成長を図るにはやむを得ない部分がある。

 まあ、言葉が厳しすぎるため、底辺連中は飴を飴として認識出来ていない実情があるのだが、その部分を桔梗がフォローする形で茶柱クラスは回っている。平田も飴と言えば飴だが、平田自身にその自覚があるかは正直怪しい。

 

「感情、か。合理的判断だけで回らないとは、人間社会とは実に難しいな……」

「まったくだ。だが、だからこそ、この世は面白い」

 

 未だ合理に重きを置く清隆の言葉に、千夜は微笑を浮かべて答えたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。