そろそろ書き溜め分が無くなってきました。
14話
瞬く間に夏休みを迎えた。
現在、高度育成高等学校の1年生は洋上にいる。学校側の用意した2週間の豪華旅行だ。
高校生には似つかわしくない豪華客船の上に立ち。視界に広がるは、常夏の海と素晴らしき青空。空気は澄み切り、そよぐ潮風が優しく体を包み込む。
だが周囲の環境とは異なり、茶柱クラスの生徒は大半が浮かない顔を浮かべていた。特に酷いのは池と須藤だろう。普段からは想像もつかない姿である。その理由はただ一つ。山内が退学となったからだ。山内は期末テストで赤点を取ったのである。
「危惧していた事態が起こったな」
「ああ」
落ち込む周囲を余所に、千夜と清隆は意見を交わしていた。
茶柱クラスには学力不振の生徒が多い。中間テスト前から脅しをかけて勉学に対する姿勢を改めさせてはいたが、やはり元が低過ぎるのだ。中間テストの時のような裏技が使えない以上、赤点を取る者が現れてもおかしくなかった。まして山内は三バカと称される者の一人。妥当と言えば妥当なところだ。
しかし、だからこその問題が発生している。
「あーあ、折角Bクラスまで上がってたのに……」
「ホントよね。山内もバカなんだからちゃんと勉強しろっての。大ボラばっかり吹いてさ。折角の豪華旅行なのに楽しめないじゃん」
「んだとコラっ!」
女子の呟きと、それに噛みつく須藤の声が耳に入る。
退学者のペナルティは-300CP。いつかの真嶋クラスと同じだ。そして期末テストには中間テストの時のようなご褒美はない。途端に最下位――Dクラスへと落ち込んだ。
クラスの嘆きは、大半がこの事実に対してのもの。退学となった山内を悼む者などほんの僅かだ。
その僅かの内の一人が須藤だ。そこに池と平田、加えて――表向きだけだが――桔梗が含まれる。
誰かが山内を貶し、池や須藤が吼える。或いは平田や桔梗が窘める。期末テストの結果が発表されてから何度となく繰り返されている光景だ。
「だがまあ、確かにデメリットは痛いが想定の上だ。災い転じて福となす。これで誰もが本格的に危機感を抱いた。……来たる実力評価試験では、より言うことを聞かせやすくなる」
クラスから席が一つ消えた。その事実は、学校に行くたびに否応なく視界に入る。次は自分かもしれない。自分の実力に自信のない者、自分の実力を自覚していない者ほどそう思う。そしてだからこそ、確かな結果を出して来た者――実力者の言うことを聞くようになる。不満は有れど、落伍者にはなりたくないという思いがそうさせる。
そう、山内を貶せるのも今だけなのだ。豪華旅行と信じていられる今だけなのだ。
「そして、星之宮クラスも別の意味で痛手を負った。現在は星之宮クラスの一強状態だ。必然的にどのクラスからも狙われる。限定的ながらB~Dクラスで協力体制を築きやすくなった。実際に築かなくてもいい。星之宮クラスがそう思うだけで効果はある。……一方で、今の状態は必ずしも星之宮クラスの実力の高さを意味しない。直接ぶつかり合ったわけでもない。相手が勝手に転んだだけだ」
それもまた事実。現在のCPは星之宮クラスが738。真嶋クラスが582。坂上クラスが574。茶柱クラスが368である。
本格的なクラス闘争は、直接的なぶつかり合いは、まだ始まってもいないのだ。そんな状況で星之宮クラスは突出してしまった。実際には突出と言えるほどではないが、BとCが横並びの中で100CP以上の差を付けているのだ。生徒の大半にAクラスを求める理由がある以上、他クラスが停戦・協力をする余地はある。
クラスの団結力を主とする星之宮クラスだからこそ、団結を生む土壌には必ず気付く。すなわち、
特に星之宮クラスは明確なリーダーが存在する。一之瀬帆波。期待と重圧は鏡合わせだ。彼女に襲いかかる精神的な疲労は如何ほどのものであろうか? 想像するに難くない。或いはそれだけで転がり落ちてもおかしくないほどだ。
「まあ、先にうちのクラスにトドメを刺そうとする可能性もあるがな。上を追い落とす可能性もあれば、足元を固めようとする可能性も十分にある。そればかりは何とも言えん」
一定以上の思考力を有する者なら、既に大量のCPを獲得出来る機会を想定しているだろう。そしてこの学校が単純な豪華客船旅行などする筈がないと判断して然り。つまり、この旅行自体がその機会。学校側が用意した本格的なぶつかり合い。実力評価試験。
手に入るCP次第では一発逆転も十分にあり得る。そしてこれから3年間、そういった機会は複数回あるだろう。それを踏まえた上で何を優先するかが問われるわけだ。
「千夜くん、清隆くん、意見交換も良いけど、止めるの手伝ってくれないかな? かな?」
そこに満面の笑みを浮かべた桔梗が現れる。しかして、その声音は非常に冷たい。ストレスが溜まっているのだろう。
「放っておけ。ああやっていられるのも、どうせ今だけだ」
「……てことは、二人ともこの旅行中に何らかの試験が起こると思ってる?」
「思わない筈が無いな。そう問いかけるってことは、お前もそう思ってるんだろう?」
「ま、そりゃあね。『2週間の豪華客船旅行』だなんて美味しい話、信じられるわけがない。こうして船に乗っている以上、豪華客船旅行は本当だよね。2週間を使うのも本当だと思う。だけど、この学校のことだから『語っていない真実』が必ずあるでしょ。部分部分が本当なんだから、問い詰めたところで『嘘ではない』って言い訳出来る。本当、言葉遊びが好きな学校だよね」
呆れたように桔梗は言い放った。大分この学校の流儀に染まっている。
「信じることは大切だが、時には疑うことも大切だ。……説明によると、最初の1週間は学校の管理する無人島に建てられているペンションで夏を満喫、その後の1週間は客船内での宿泊という流れだったな? ペンションの争奪戦、或いは、用意されているのはペンションという名のボロ屋で実際にはアウトドア生活だった、なんてのもあり得ると俺は思うがね」
「昼は島のプライベートビーチで自由に泳げるんだったか。……アウトドアの方が可能性は高そうだな。無人島と言っても管理されてるんだから、流石にサバイバルなんてことはないだろう」
「帰りの1週間も怪しいものだよね。客船内を使ってCPという名のお宝探し! とかだったら楽しそうで良いんだけど、流石にないよね。施設にも迷惑がかかるし。はあ……。気楽に過ごしたい」
「代償を考えなけりゃあそれも可能だろうさ。……さて、俺は部屋に戻って一眠りする。また後でな」
考えてばかりいても仕方がない。大切なのは何らかの試験が待ち受けているという心構えを持つこと。それだけでいい。あとは臨機応変に動くだけだ。
今朝は午前5時からバスに乗り込む強行軍だ。東京湾から船に乗り込み、つい先ほど朝食を済ませたばかり。流石に睡眠が足りていない。……案外、茶柱クラスに元気が無いのはそれが追い打ちをかけているのかもしれない。
千夜は二人に別れを告げて部屋に戻った。
見送った清隆と桔梗は互いの顔を見合わせて――
「オレも寝る」
「私もそうする」
自分たちも寝ることにした。
やはり、眠いのは千夜だけではなかったのだ。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
パチリと千夜は目を開けた。そのまま瞬きを数回。ゆっくりと身を起こす。
「……何だ。結局コイツも寝に来たのか」
割り当てられた船室。自分とは違うベッドに身を預けている清隆の姿があった。同室である他のメンバーの姿はない。
時間を確認すると、11時30分を回っていた。
「……どれくらい経った?」
どうやら起こしてしまったらしい。少し悪いと思いつつ千夜は答え、そのまま洗面所へと向かって顔を洗う。程なくして清隆もやって来た。
サッパリしてから二人揃って昼食に向かう。その途中で桔梗と出会った。折角だからと彼女も誘う。
昼食を終えた頃、船内にアナウンスが鳴り響いた。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』
タイミング的には上々だ。
「意義ある景色、ね」
デッキへと向かいつつ、ポツリと呟いた。
(無人島での意義ある景色。景観を覚えておけということか? だとすると、それの意味するところは……)
考えながら歩いていると桔梗が発言した。
「案外、こっちが宝探しだったのかな?」
「確定は出来んが、『何かを探す』確率は高いだろう」
「アナウンスの真意は、その目印となる物を見つけておけ、ということだろうな」
3人揃って同意見である。
「ワンチャン、ペンションあるかな?」
「生徒全員分となれば高望みだろうが、一クラス分程度なら有り得るかもな」
物探しが試験のメインなら、宿泊場所はきちんとしている可能性がなくもない。拠点を確保せずして探索などやってられるものじゃないからだ。その点で言えば、きちんとしたペンションが用意されている可能性は確かに存在する。
しかし、『拠点を探す』ことから行う可能性だって否定は出来ない。そうなればペンションは早い者勝ちだろう。
ペンションがない、なんて可能性は有り得ない。言葉遊びが多いだけで、未だ学校側の言っていることに嘘はないからだ。だから『ペンション』と称せるだけの建物は必ず存在する。ただ、それが『元ペンション』でも間違ってはいないという話。
「人が多いな。出遅れたか」
「それでも、スペースがないわけじゃないね。さっさと確保しとこうか」
デッキには沢山の生徒が集まっていた。元々デッキにいたか、近辺にいた生徒だろう。続々と生徒が現れることからそれが分かる。
目敏く空きスペースを見つけた桔梗が歩き出した。千夜と清隆もそれに続く。
スペースを確保した直後、遠目に島が映り出す。途端に生徒たちが手すりへと殺到した。
暫くすると、島がハッキリ肉眼で確認出来るようになった。瞬く間にも距離が縮まっていく。
意義ある景色を見せるためだろう。船は桟橋をスルーして、グルリと島の周りを回り始めた。しかして、その速度は変わらない。不自然なまでの高速航行。
「洞窟……滝……ビーチ……」
ブツブツと桔梗が呟く。目印となり得るものを覚えているのだろう。千夜と清隆の目も忙しなく動いている。呟きこそしないものの、景観を覚えているのは同じだった。
『これより、当学校が所有する孤島へと上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替えた上でデッキに集合してください。その際は所定の鞄と荷物、端末を忘れないようにお願いいたします。原則、医療用医薬品を除き私物の持ち込みは許可されておりません。私物の持ち込みが確認された場合は全て没収させていただきます。また、暫くお手洗いに行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいてください』
再度流れるアナウンス。船も桟橋に泊まっており、もはやここにいる意味はない。生徒たちが一人、また一人とデッキから去っていく。
「二人はペンション見えたかな? 私は見つけられなかったんだけど……」
人波を見つめながら、桔梗が口を開いた。
「いや、見つけられなかったな」
「右に同じく」
二人もまた、桔梗同様ペンションは見つけられなかった。だが、それで『無い』と断言するのは早計だろう。
「船はあくまで島を外周しただけだ。どうしたって外側や高所が目立つ。だから、あるとすれば内側だろうな。目が良い自負はあるが、木々や何やで遮られると流石に限度がある。何か畑が見えたような気はしたが……」
「あとは、やはりアウトドアの可能性が高そうだな。所々に食える物があった。知識がある前提なら食に困ることはない」
「二人とも、やっぱ凄いね! 私はそこまで分からなかったな」
千夜と清隆が意見を言えば、桔梗が笑顔で感嘆の声を発した。だが、次の瞬間には笑顔が崩れる。
「自分を卑下する必要は無かろうよ。所詮は向き不向きの差に過ぎん。……俺にはお前の方が凄くてならん。必要以上に自分を押し殺して他人に優しく接するなんざ、俺にはどう足掻いたって真似出来んからな。可能ならうちの会社に欲しいところだ」
それを見た千夜は言葉を発していた。別に慰めているわけではない。単に本音を語っているだけだ。それだけの価値が桔梗にはある。そこに桔梗の自己評価は関係がない。
「……ふふ。優しくされると惚れちゃうかも?」
「別に惚れても構わんぜ? イイ男にイイ女ってのは、自然と他者を惹き寄せるものだからな。もっとも、その想いが成就するとは限らんから、惚れるんならそこは覚悟しておいてくれ。ま、これは俺にも言えることだが」
それもまた本音だった。千夜から見ても、桔梗は混じりけなしにイイ女である。可能なら友人の枠を超えてお近づきになりたいところだ。
しかし、二人の種族の違いがそれを阻む。鬼の存在は、千夜が鬼だという事実は基本的に秘匿事項。相応の理由がないと口外出来ない。そして現状、桔梗に教える理由はないのだ。――だが、その自制もいつまで保てるかは分からなくなっていた。
全く以て想定外。入学前は――そして入学直後もこうなるとは思わなかった。
桔梗だけじゃない。男女問わず、相手はこれから先に増える可能性がある。
千夜は人の足掻くさまが好きなのだ。それは難題に挑む姿勢とも言える。これは何も千夜に限ったことではない。雪村の家訓には『貫けば、誠になる』というものが存在する。これを標榜する者に共通する嗜好なのだ。だから、能力の大小に関係なく、難題にも等しい何かに挑戦する者には好感を覚えてしまうのである。そこに人柄は関係ない。
その点で言えば、桔梗は正にドンピシャリだ。
清隆もまたそうだ。愛里と接する内に己が感情を育てつつある。合理的な判断による部分が多いとは思うが、そうでなければ女性陣との同居などする筈がない。千夜のオーダーだけでは、そこまでする理由がないからだ。それを求める何らかの感情が働いた結果だろう。
「え、それってどういう……」
「さて、俺たちも部屋に戻って着替えるとするか」
困惑する桔梗に答えることなく、千夜は船室へと歩き出すのだった。