ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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17話

 孤島における特別試験の初日。時間的にはそろそろ夕食といった頃合いである。

 現在、雪村千夜は呆れの極致にあった。

 

「マジか……。いや、マジか……」

 

 口からはそれしか漏れない。

 千夜は己が在籍するクラスに対して低評価を下してきた。確かに粒だった者たちも存在するが、『クラス』という枠組みで見れば欠点が多過ぎる。そう認識していたのだが、この状況を見るに、それでもまだ高評価だったらしい。

 高円寺の働きもあり、生活する上で便利なスポットを複数占有出来た。自分たちがベースを構えた『ペンションスポット』は、その名の通り居住に関して抜群の環境だ。『畑スポット』と『滝スポット』により、食に関しても困ることはない。他のクラスの状況が分からないため断言は出来ないが、望める限りでは最上級の環境だろう。

 まあ、これらの環境はスポット占有が前提なので、再占有を怠るわけにはいかない。そして再占有には、深夜帯の活動も視野に入れなければならない。そのため、リーダーである有栖と、その足代わりとなる千夜、清隆、恵を同じペンションに配置するのは半ば必須と言ってもいい。

 そして、千夜、清隆、有栖の3人は並行試験である――実際には試験ではないが――アイドル活動を行うことが決まっている。恵はまだ未定だが、ここまでくれば可能な限りスクールアイドル希望者で固めた方が色々と動きやすいのは確かだ。なぜなら、連絡手段がないからである。無人島への上陸に際し、端末は回収されてしまった。試験ポイントでトランシーバーを購入することは出来るが、そのためだけに買うのもバカらしい。方針次第では有りだろうが。

 そんなわけで、千夜たちと同じペンションに愛里と桔梗も配置。体調不良だった鈴音を看る必要もあったため、彼女もここに配置した。

 これは家業の関係もあって千夜の医療知識が群を抜いていたからだ。この知識には薬草類についても含まれる。そして、高円寺が占有したエリアには『薬草エリア』と呼ぶべきものも含まれていた。実際に看病するに当たり、知識だけでは物足りなくても、それを補える『物』があるなら話は別となる。『戦略上のリタイアはありでも、そうでないなら素直には認め難い』というクラスの心情もあった。

 とは言え、クラスの連中も人非人というわけではない。仕方ないとなれば鈴音のリタイアも認めただろう。だが、打つ手があるならやってみて損はないという話。

 結果、一足先に振り分けが決まったアイドル組はペンションに荷物を置いたら――サラッと高円寺から聞いてはいたが――占有したスポットの位置と特色の確認に赴き、その過程で薬草や食材など採集出来る物を採集し、戻って来たら戻ってきたで、千夜は鈴音をペンションに引っ張り込んで看病に移り、それ以外は留守番組を案内して再度スポット巡りを行うこととなった。

 そのため、アイドル組は人員の振り分けに然程関与していないのだ。だからこそ気付かなかったのだ。まさか振り分けに際し、バランスを一切考慮していないなどという事態が起こるとは思いもしなかったのだ。

 確かに性差の違いはあるだろうが、ペンションの寝室は個室であり、きちんと施錠も出来るのだ。常日頃から教室で顔を合わせている事実もあるのだし、『無人島での生活』という普段と異なる環境を鑑みれば、現実に即した選択をすると思っていたのだ。

 それが、蓋を開けてみればコレである。視界に映るのは右往左往するクラスメイトの姿。小中学校で学んだ調理実習の経験は忘却の彼方らしい。扱う食材についての違いや問題は確かにあるのだろうが、それでも男子女子共に極一部の生徒はきちんと作業出来ているのが物悲しさを際立たせている。

 酷い者になると、違うペンションに押しかけて料理を作るように詰め寄っている。下手に出るならまだ分かるが、その態度は居丈高そのものだ。とうてい他人様に頼む態度ではない。

 そんなだから、頼まれた方も窓やドア越しに迷惑そうに断っている。

 一応、入学してからこれまで、少なからずクラスに成長を促してきたという自負がある身としては、呆れるなという方が無理であった。

 

「それで、どうするのかしら? 流石に何かしらテコ入れをしないことには、この状況はどうにもならないと思うのだけど?」

「つってもなぁ……。毎度毎度、何から何まで俺たちが指示するわけにもいかんだろ? 原因はハッキリしてんだし、この程度なら自分たちの判断でどうにかしてほしいのが正直なところだ。そもそも、確たる理由があるとはいえ、抜け駆けを起こしたに等しい俺たちには文句をつける道理はねえだろうよ」

 

 この状況を見兼ねたのだろう。一緒にペンションから出てきた鈴音が問いかけてきたが、千夜はアクションを起こすのを躊躇った。頭を掻きながら、苦々しい表情で思うところを告げる。

 

「そう言われたら返す言葉は無いのだけど……」

 

 言葉を返された鈴音も苦い表情だ。言いたいことは分かるし、ついさっきまで寝こけていた立場でもあるので、そう言われたなら尚更鈴音に返す言葉はない。それはアイドル組以外の実力者にとっても同意見なのだろう。 

 実際、千夜たちのペンションには料理の出来る者が比較的集まっている。バランスという点で鑑みれば、明らかに偏っている。それがなければ、ここまで酷くなっていなかった可能性は否定出来ないのだ。

 

「ストップだ! 皆、一旦手を止めて集まってくれ!」

 

 そんな状況下、声を張り上げたのは幸村輝彦だった。

 騒いでいた方も、面倒そうにあしらっていた方も、何だ何だと視線を向ける。何かしらの作業をしていた者も、切りの良いところで中断して集まり出す。

 

「まず最初に言っておく。俺はそこまで料理が得意じゃない。だから俺が言うのはお門違いだというのは分かっている。それでも敢えて言う。言わせてくれ。……部屋割りを変えよう。スポット占有やアイドル活動に勤しむ千夜たちは仕方ないにしろ、それ以外は男子女子関係なく料理の出来る者をどのペンションにも最低一人、可能なら二人は配置するべきだ。いや、何も料理に限った話じゃない。重要なのはバランスだ。……女子としては腹立ちや苛立ち、男子と一つ屋根の下になる不安はあるだろう。そこを曲げてほしい。でないと、俺たちはこの試験を乗り越えられない。折角の環境があっても、それを活かせなければ、対応出来なければ意味は無いんだ。それは何もこの試験に限ったことじゃない。学校生活にも言えることだろう。……だからどうか、頼む」

 

 そう言って、幸村は頭を下げた。

 幸村の言は尤もだ。それは、これまでの高校生活で誰しもが理解していることだった。高度育成高等学校という環境を十全に活かせている、とは言い難い状況にあることを、誰しもが自覚していた。

 活かせていたなら、対応出来ていたなら、退学者が出ることは無かったかもしれない。ペーパーテストだったので最後には自分頼みとなるが、普段から山内を勉強に誘っていれば、勉強を見ていれば、今回の期末で彼が退学することを防げた可能性は決して否定出来なかった。

 普段の幸村らしからぬ態度に、そして改めて突き付けられた現実に、周囲は静寂に包まれる。

 どれくらい経ったか。やがて一人の女子が口を開く。

 

「……言いたいことは何となく分かるよ。要は『折り合いを付けろ』ってことでしょ? いがみ合ってばかりじゃ、回るものも回らないから。……そんなこと、こっちだって頭では分かってんのよ。……だけどね? 自分が料理出来ないのを棚に上げてああも居丈高に詰め寄せて、そんでもってこっちは不満や不安を飲み込んで料理を作れって、そんなの素直に納得出来ないのよ。もちろん、全部の男子がそうだって言ってるわけじゃない。千夜くんたちを抜きにしても、平田くんとか沖谷くんとか、一緒のペンションでも大丈夫だって思える男子はいる。実際、私たちが料理をする代わりにお風呂掃除とかしてくれたしね。だけどやっぱり、大半の男子はそうじゃない。そう思えない。……折れるには、相応のメリットがいる」

 

 幸村に答えたのは、料理の出来る数少ない生徒の一人――篠原さつきだった。

 そう、料理の出来る者をバランスよく全てのペンションに配置しようとすると、どうしたって男女一緒の部屋割りが生まれてしまうのだ。

 それでも、必要となれば飲み込める。飲み込める相手もいる。――けれど、その相手はどうしても限られてしまうのだ。

 食材はあるし水だって潤沢に使える。まあ、どうしたってメニューは限られてしまうが、それでも良いなら料理をするのは吝かじゃない。現に、平田を代表とした一部の男子相手には交換条件で料理を作っている。

 しかしだ。それだと、その男子のみに負担が押し寄せているのではないか? とも思うのだ。他の者たちは同じ男子というだけで恩栄に与っているのではないか? と。

 それに加えて、男子にはデリカシーのない生徒が多過ぎる。言わば、能力ではなく人格面における信用と信頼が置けないのだ。

 別のペンションでこれなのだから、同じペンションになったらどうなるか分かったものじゃない。ともすれば、より悪い状況を招く可能性だってある。

 全員とは言わないものの、この学校に入学した大半の生徒は、Aクラスでの卒業特典を目当てにしているのは間違いない。

 だからこそ、Aクラスへの昇格と維持を思えばクラスの団結は必要不可欠だ。もちろん団結だけでは足りないだろう。各々の地力を上げる必要だってある筈だ。

 より正確に言うと、クラス単位での昇格に期待するしか打つ手は無いのだ。2000万PPを稼ぐなんて、篠原にとっては――いや、大半の生徒にとって夢物語に等しい。とても現実的な手段ではない。そんな手を取り得る者は、真正の天才か突き抜けたバカだけだろう。そして多くの生徒はそのどちらでもない。能力が足りなければ、踏み出す勇気も踏み込む勇気も足りていないのだ。

 その点で鑑みれば、幸村の言には納得しかない。

 それは篠原も認めるところだ。だがその一方で、『クラスの一員』という立場に依ってのものだ。合理に基づいた考えだ。

 けれどクラスという枠組みを取っ払って考えた場合、つまりは、より『個人』としての立場に依って考えた場合、どうしたって一部の男子への嫌悪感が先に立つ。

 幸村の言に理解は示せても、素直には頷けない理由が確かにあるのだ。

 

「篠原がそう言うのは分かる。心底から同意する、というのはどうしたって無理だが、俺も一部の生徒には嫌悪感を抱かずにはいられないからな。……だが、それが『社会』というものなんだろう。決して都合の良いことばかりではない。そんな中で妥協点を探して自分を納得させていく。その妥協点の置きどころが寄り集まって、いずれは『強者』と『弱者』の立場を築き上げていくんだと思う」

 

 そこまで言って、一旦幸村は言葉を切った。そして深呼吸をする。

 

「こと『料理』という面で考えれば、俺を始めとした不得手な者は間違いなく弱者だ。出来る者に大きく譲歩しなければならない。その一方で、特別試験の一部でしかないのもまた事実。平穏無事に――より高望みをして好成績で――乗り越えようとすれば、他にも考えなければならないことは多々出てくる。……だからこそ、『適材適所』や『役割分担』という言葉で自分を納得させるしかないんだと思う。篠原のように料理の出来る者は料理に専念し、須藤のように身体を動かすのが苦でない者は他クラスの偵察や採集を行い、俺のように身体を動かすのが苦手な者は掃除やらの雑用を行っていく、といった具合にな。……誰もが誰もの役に立ち、誰もが誰もの足を引っ張るのだから、不条理にマウントを取るのは禁止とし、相手への尊重を以て接することを心掛ける。この『礼節』という基本に則って動くのが、俺たちが今回の試験をクリアする上で最もベターな方法だと俺は思う。……反論のある者は言ってくれ。この試験をクリアするために、今後の学校生活を乗り越えるために、十分に討論と検討をしよう」

 

 言葉を返す者は誰もいない。呑まれている、と言うべきか。今の幸村には、ただの感情論による反対を許さない、有無を言わせない凄味があった。

 そして10秒が経ち20秒が経ち、1分が経った頃、千秋が口を開いた。

 

「反論は無しってことで良いね? じゃあ、私たちは幸村くんの方策を取るよ。それぞれ得意分野、或いは立候補したい分野で集まって。そこから部屋を分けていこう」

 

 そしてスクールアイドル班、料理班、偵察採集班、雑用班と生徒たちは分かれていった。一つのペンションの収容人数には限りがあるので、お願いと交渉を以てそこから更に選り分けていく。幾ばくかの時間が経って、ようやく配置分けが終了した。中には複数の班を兼務する者もいる。

 今までに実績を出してきた生徒たちは、自ずとリーダーの位置に納まった。そして千夜たちがアイドル活動に参加する以上、本試験での実質的なトップは恵と千秋が務めることとなる。

 

「さ、それじゃあ時間も押してるし、料理班は続きをお願い。アイドル班には料理の出来るのが固まってるから、進んでないところを手伝ってちょうだい。偵察採集班は明日以降どう動くかでも話し合ってて。雑用班はお風呂掃除とか食器出しとかよろしくね。キビキビ行こう」

 

 千秋による指示が下され、手を叩いて促され、生徒たちは一斉に動き出した。先刻までのグダグダっぷりが嘘のようである。

 自身もまた動きながら、千秋は独り言ちる。

 

「さて、明日以降も上手く回ってくれれば良いんだけど……」

「まあ、そればっかりは今の段階じゃ分かんないよねー。他クラスも今日は最低限にしか動いてないだろうし。やっぱ明日以降が本番だよ」

 

 それに返って来る言葉があった。恵だ。

 

「やっぱそうなるか……」

「そうなるね。『高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する』しかないと思うよ?」

「ぷっ。何それ? 要は行き当たりばったりじゃん?」

「だってそれしか言いようないじゃん。ペーパーテストと違って、私たちだけじゃなく他クラスの思惑と動向が密接に絡んでくるんだからさ。スポット占有だけして安寧に過ごせるわけもないし」

「私たちがそれを望んでも、他のクラスはそれを望まないか」

「そういうこと。千夜、有栖、綾小路くんに櫛田さんに堀北さん、そして沖谷くんと佐倉さん。少なくとも、現時点でこれだけの面子がスクールアイドルへの参加表明をした。見た目的に納得と言えば納得の人選だけど、本試験を乗り越える上で痛手なのもまた確か」

「スポット占有を任せられるのは大きいけどね。……千夜くんたちにあまり頼れないのは心理的に痛い」

「責任重大だ。これまでの経緯から、どうしたって私たちは頼られる。それを否とは言わないけども、今から胃が痛くなってくるよ」

「ま、頑張りましょう。お互いに」

 

 恵と千秋は同時に笑った。

 今までとは、また異なる実力が試されようとしていた。

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