「あ~、こんな堂々と言っちまっても良かったのか? 今の……」
頭をガシガシと掻きながら、気まずげに遊佐は訊き返した。その瞳はキョロキョロと定まらず、この場にいる面々の間を行ったり来たりしている。
無論、雇う側としてはありがたい限りだ。知っているのといないのとでは、いざ発覚した時の対処に雲泥の差が出るのは間違いない。ましてこれからやってもらうのはアイドル業だ。世間一般に広く顔見せするのが前提となる。
人気と嫉妬は切り離せない。敷地外に比べればどうしても限られたものになるとはいえ、アイドル活動を行う以上、元より誹謗中傷の類が完全に避けられるとも思っていないが、過去に問題を起こしているのであれば間違いなく傷となる。真実がどうであれ、そういう疑惑があるだけで面白おかしく囃し立てられるだろう。翳りが出るのは否定出来ない。
だから、そういう点ではありがたい限りだ。傷を最小限に抑えるための手立てが打てる。
しかし同時に、これから一緒にやっていこう! という段階でのカミングアウトは些か困る。普通に考えれば、そんな輩と一緒に行動をするなど忌避感を覚えるに違いないからだ。
遊佐と伊藤はまだ良い。これでも大人であり、その分だけ経験も積んでいる。受け入れるだけの度量はある。
だが、多感な学生にとってはどうだろうか?
「……なるほど。だから櫛――ヒカリさんは事ある毎に私に話しかけてきていたのね。……今までの疑問が氷解したわ」
そんな中、鈴音がポツリと呟いた。そこに忌避の色はなく、どちらかと言えば納得の色。何なら桔梗の名を出すに当たって芸名に言い換える始末である。
「ヒカリさん、貴方、私と同中だったのね?」
「せいかーい。あ~あ、途中からそうじゃないかと思っていたけど、やっぱり気付いてなかったか。……視野狭窄って怖いね。私も迂闊な行動しまくりだよ」
和気藹々とまではいかないが、龍虎相打つほどでもない。その雰囲気はただただ普通。一般的なやりとりと言わんばかりだ。
「でも、解せないわね。どうして方針を変更したの? 貴方、私のこと嫌いでしょう? 私に気付かれるようなことを進んで行うタイプじゃないと思うのだけど? まあ、実際にはしていたわけだけど……」
「死体蹴り禁止! まあそうだけどね。……でも仕方ないじゃん。より優先度の高いことが出来ちゃったんだからさ。……確かに知られたくないことだし、傷でもある。けど、明かされた秘密は秘密たり得ないのもまた確か。むしろ、傷をも武器にするようでなきゃ叶えられそうにないんだよね、困ったことに。……だから明かした。そう、これは私が勝ちあがるための決意表明なんだよ」
それを見て神崎は思った。――強い。
人は誰しも、他者に接する上で大なり小なり仮面を着ける。それを前提とした上で人付き合いは成り立っている側面がある。
もちろん、世の中にはそれを是としない者だっているだろう。だが、全体的に見ればそんなのは少数派だ。そして、少数派は淘汰されるのが世の常だ。だからこそ、淘汰されるのを防ぐために、少数派もまた仮面を着ける。そうして世の中は回っている。
この事実の公表は、今までの櫛田桔梗を捨てるに等しい行為だ。自らの武器を手放すに等しい行為だ。
だが。
なればこそ。
今の桔梗は傷つくことを恐れていないのが分かる。……いや、恐れてはいるのだろうが、その上で踏み込んでいる。その結果に耐えられる覚悟があるかはまだ分からないが、少なくとも、踏み込むだけの勇気を示して見せたのは間違いない。
この事実を知った上で、桔梗の周囲に集い、離れぬ人物がいるならば、いったいその絆は如何ほどの強さになるだろうか? 想像するだに恐ろしい。
「参ったな。どうやら得難いものを見せられてしまったようだ。……俺も気概を入れ替えないといけないな。このままじゃあ、アッサリと置いて行かれそうだ」
恐怖感を抱きつつも、眩しいものを見るように神崎が言った。
その言葉通り、神崎は必ずしも望んでこの場にいるわけではない。そもそも、自分では『アイドルなんて向いていない』と思っている。それでもこの場にいるのは、星之宮クラスの置かれた状況故だ。
降って湧いたクラスランクの昇格が、それだけ星之宮クラスを追い詰めていたのだ。
星之宮クラスは今でこそAクラスだが、元々はBクラスだ。つまり、それだけ地力が不足していることを意味している。そして、クラスランクの昇格は決して勝ち取ったものではない。Aクラスだった真嶋クラスが勝手に転んだだけなのだ。
そんな昇格で自信を持てるわけがない。……星之宮クラスのリーダーたる一之瀬帆波と、彼女を支える神崎は、冷静に自分たちを客観視出来ていた。
その一方で、Aクラスに上がった以上、そう簡単に立場を譲れないのもまた事実。在学期間はまだまだあるので、逆転されても逆転し返す余地はある。しかし、絶対性はない。ならば、ランクを維持するために、打てるだけの手は打たなければならない。
スクールアイドルへの参加はその一環だ。
神崎はイケメンランキングでも上位に入っている。そして部活動には入っていない。それ故にクラスメイトからの後押しがあった。
神崎自身、情報収集の必要性を認めていた。こちらに参加すれば、ほぼ本試験への参加は出来なくなるが、それを踏まえた上で誰かが参加する必要があった。
当然ながら一之瀬も候補に挙がったのだが、すぐさま却下となった。リーダーが不在となる危惧と、彼女が生徒会への入会を希望している事実があったからだ。
諸々の状況を加味した結果、神崎へと白羽の矢が立ったのである。参加しない、という選択肢は選ばなかった。
アイドル活動を通して他のクラスと繋がることで、それが新たな強みに繋がる可能性は否定出来ない。
何せ、1年生にとって特別試験は今回が初めてだ。年間を通して何度特別試験があるかも把握しきれておらず、必然的に内容と傾向も掴めていない。中には他のクラスと手を取りあうものがあっても不思議ではない。
それでも、想像しやすい体育祭なんかはそのタイプだろうと思われた。よくある紅組と白組だ。全学年4クラスである以上、2:2で分けられる可能性は非常に高い。
その可能性を思えば、他のクラスだからといって無闇に敵対するのは愚かと言える。協力しあえる土壌を作っておくに越したことはない。
「改めてよろしく頼む、ヒカリ。時には敵として、そして時には仲間として、共に切磋琢磨していこう」
そう言って、神崎は手を差し出した。こちらこそ、と桔梗もその手を握り返す。
桔梗に対し、気安げに接するのは神崎だけではなかった。言葉遣いや何やの違いはあれ、桔梗を忌避する気配は見られない。
その光景を見て、遊佐と伊藤は生徒たちを見縊っていたことを自覚した。高度育成高等学校の制度については聞いていたが、所詮、それは上辺だけのものに過ぎなかったのだ。こうして直に接することで、初めて見えてくるもの、感じ取れるものがある。
誰しもというわけではないだろうが、少なくともこの場にいる者たちは、一般的な高校1年生に比べて心が強い。桔梗の過去に嫌悪感を抱かないわけではないだろうが、それはそれとして受け止める度量がある。それを実際に示して見せた。
「……さて。ちょいと脱線しちまったが、名前決めの続きと行こう。佐倉愛里さんは元々
「アヤタカがダメならショウでどうだ? 清隆の清の字だな。正直、これでもダメならもう本名で構わん。考えるのも面倒臭い」
言葉通り、如何にも面倒臭げに清隆が言う。今度は反対意見が出なかった。
「僕はキョウでお願いします。京介の京ですね」
「では、私はユウにでもしておきましょうか」
「綾小路清隆くんが
芸名が決まったところで、遊佐から注意事項が伝達される。それは当然と言えば当然の内容だったが――
「……なるほど。愛称ね」
「あだ名というやつだな」
極端に人付き合いの薄かった者たちは、目から鱗とばかりに頷いていた。
「んじゃ、そろそろ撮影に赴こうか」
遊佐の先導で、一行は歩き出すのだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
一行がビーチへと足を踏み入れた瞬間、目に入ったのは衝撃的な光景だった。
「やれ、アルベルト」
「イエス、ボス」
「グハッ!」
どこか野性的な雰囲気を醸し出す男子の命令に日本人離れした体格の黒人男子が従い、目つきの悪い男子を殴り倒したのだ。
こんな真似をする以上、この3人は同じクラスだろう。他クラスへの暴力はペナルティが重すぎる。作戦としては有りだろうが、開始2日目で行うのは早すぎる。付け加えるなら、前もって分かってでもいない限り、対策を打てるとは思えない。
この場には他にも沢山の生徒がいた。全員がクラスメイトだろう。中には気の毒そうな表情を浮かべる者もいたが、殴られた生徒に声をかける者は誰一人としていなかった。
統制が取れているのか。それとも自分に矛先が向くのを恐れているのか。判断を下すには情報が足りなかった。
「何をしている、龍園! 彼はクラスメイトだろう!?」
代わりに声をかけたのは――怒鳴りつけたのは神崎だった。ただし、対象は殴られた男子ではなく、指示を下した男の方だ。
その声を受け、億劫そうに龍園が振り返る。
「あん? 誰かと思えば一之瀬の腰巾着じゃねえか。確か神崎とかいったか? 他は……Dクラス? なるほど、アイドルがどうたらってやつの参加者か。うちのクラスもなぁ、もう少し都合が良ければ誰かしら参加させたんだが……。フッ、まあいい。初めて合わせる顔もある。丁度いいから自己紹介をしておくか。俺は龍園翔。このクラスの王だ」
なるほど。言動は粗野だが、頭の回転は悪くない。情報収集も欠かしていないようだ。王を自称するだけのことはある。――直に顔を合わせ、千夜は龍園を高く評価した。
情報を仕入れていなければ、初見の顔に見当を付けることなど出来はしない。アイドル活動を重視していることも窺える。それでいて、『送り込むのは誰でもいいわけではない』ことも認識している。……龍園のセリフからは、これらのことが判断出来た。先の光景も併せれば、決して暴力だけの男ではなく、それでいて暴力を振るうことに躊躇いがない。暴力の必要性を認識しているだけの存在ではないのが分かる。
「坂上クラスの暴君か。文字通りの男であれば、つまらなくとも楽だったんだがな……。ああ、挨拶が遅れたな。俺は雪村千夜だ。お前の推察通り、茶柱クラスに在籍している。アイドル活動の参加者というのもその通りだ」
「私は坂柳有栖です。……見たところ制裁ですか。貴方がクラスの王を称するなら、そのクラスにとって貴方の命令は絶対でなければなりませんからね。諫言を聞かないとなれば問題ですが、感情からの反発を抑え付けようとすれば仕方のない部分もあるでしょう」
「説明する手間が省けるたぁ嬉しいもんだ。……しかし、お前たちがDクラスねえ? やはり、最初のクラス分けなんぞ当てにならんな。少なくとも個人として見る限り、そこの神崎や葛城なんぞよりお前たちの方がよほど手強そうだ」
クックックッと龍園は笑みを浮かべる。実に愉しそうな笑みだ。
「ついでだから紹介しておこう。綾小路清隆、沖谷京介、櫛田桔梗、佐倉愛里、堀北鈴音……全員、俺と同じ茶柱クラスだ」
「よろしく頼むぜ? ……ふむ、ついでだ。神崎、雪村、どちらかコイツ――時任裕也ってんだが――を引き取る気はねえか? まあ、もしかしたらコイツ以外にもいるかもしれねえが……」
「何? どういうことだ?」
「どうもこうもねえよ。俺は今回の試験、ポイントを使い切って数日間遊びこんだ後、クラス全員リタイアすることに決めた。1週間ヒイコラして乗り切ったところで、CPが増える確証はねえからな。……クラスを力で支配していることを否定はしねえが、だからこそ、還元する時は還元しねえといけねえ。文字通り、南のリゾートを満喫する方針ってわけだ。これならCPが増えることはねえが、無駄な苦労をする必要もねえ。気分爽快リフレッシュってな寸法よ」
龍園の方針は必ずしも間違ってはいない。一定の説得力は有している。とは言え、反発が生まれるのも仕方のない方針でもある。CPを欲する身ならば特に。
そして、この方針ならば誰かが残っていても気付かれにくい。現在の坂上クラスは『ビーチスポット』にベースキャンプを構えている。再占有しないまま時間が経てば、ベースキャンプが消えていても疑問には思われない。大々的に宣伝すれば尚更だ。
その後はスポットと関係のないところか、どのクラスのベースキャンプからも離れた所にベースキャンプを構えれば良い。この試験では、どうしてもスポットの探索に重きが置かれる。そして時の経過と共に、その範囲はベースキャンプの周辺に狭まっていく。再占有出来なければ意味が薄いからだ。
数日間の猶予を挿むのは、その見極めに当てるためだろう。何せベースキャンプを構える場所は自由なのだから。クラスの誰かが残っている以上、必ずベースキャンプを構える必要はあるが、必ずしもスポットエリアに構える必要は無いのだ。
そうして他クラスの意識から外れた所で、地道に、しかし着実にボーナスポイントを稼ぐというわけだ。
また、リーダー当ての候補から外れる目論見もあるだろうし、時任のような反発者の中にスパイを紛れ込ませる可能性もある。正に可能性は無限大だ。これは常日頃から穿った見方を心掛けておかなければ気付きにくいだろう。
真に龍園がこういった考えを巡らせているなら、侮れない存在であることは否定出来ない。
「悪いが、ソイツを引き取ることは出来ねえな。感情だけで反発するようなヤツに用はない」
「ま、御尤もだな。……ここに来たってことは撮影だろ? 場所を明示してくれれば邪魔はさせねえよ。好きに使いな」
言うだけ言って龍園は離れていった。アルベルトが時任を引っ張って後に続く。
「あ~、気を取り直して撮影を始めるとすっか」
遊佐の言葉を合図として、一行は写真撮影に臨むのであった。