言葉通り、ビーチでの撮影が終わった後も、島のあちこちを歩き回って撮影を行った。その過程で真嶋クラスと星之宮クラスにも出会っている。
そして迎えたお昼時。
この島では自給自足がルールであるからして、会社の方で食事を用意している、などということは当然ながらなかった。
自然に一時解散と相成ったわけだが、学生組は神崎を除いて全員が茶柱クラスである。親睦を深める名目で千夜たちは神崎を食事に誘った。占有しているスポットのおかげで、水にも食材にも困っていないのが大きい。自分たちが押し掛けるよりは良いだろう、と。
最初は遠慮した神崎だが、誘い文句には一定の理がある。また、撮影の過程で茶柱クラスのベースキャンプを目撃していたのも大きい。元々が情報収集の目的でアイドル活動に参加したのだから、お呼ばれした方が旨味はある。……要するに、最初に断ったのは社交辞令に過ぎなかった。
お題目は間違っていないが、その裏では駆け引きや各々の思惑が蠢いている。
「しかしまあ、何だな。やはり、それぞれのクラスにはそれぞれの特色というか強みがある。だが、それが同時に弱みにもなっている。……こう言っては大げさだろうが、組織というものの難しさをまざまざと見せつけられた気分だ」
ペンションのダイニングにて、食事をつつきながら千夜が言った。その言葉には感嘆の意が込められている。
親睦を深めるとは言ったが、その口から出たのはアイドル活動に関してではない。しかし、誰も文句は言わない。言ってしまえば、アイドル活動は学校生活の一環でしかないからだ。逆に言えば、学校生活に関する話題であれば十分に役目を果たせる、ということだ。
「将来、社会に出た際に通用する人材の育成。……そういう点で捉えれば、学校のシステムに文句は言えない。運営者や経営者といった、一つの組織の頂点。クラスの昇格制度は、そういう人材の育成を念頭に置けば最適だろう。その過程は決して順風満帆な筈もない。言わば社会の縮図だな。……まあ、それに巻き込まれる大衆の不満を脇に置けばの話でもあるが」
千夜の言葉に返したのは神崎だ。
「クラスの特色という面では、私はそれぞれのクラスをこう評したよ。真嶋クラスは無難、星之宮クラスは団結力、坂上クラスは反骨心、そして茶柱クラスは不良品ってね」
「付け加えるなら、組織というものは何も真っ当なものばかりではありませんからね。暴力団やらヤクザやら、社会を形成する上で『必要悪』として求められるものも存在します」
「……なるほど。言い得て妙ではあるな」
桔梗と有栖の言葉を聞いて、神崎が神妙に頷いた。その視線は愛里を向いている。
無難とは普通だ。取り立てて良くもなく悪くもない。美点も欠点も埋没する程度。欠点が目立たないから、学校側――運営側からは優秀と評価されている。しかして、その内実は多くを占める一般大衆と相違ない。一般的に見て『優秀』や『神童』と評されることはあっても、決して『天才』と評されることはない。そんな者たちのクラスと言える。
団結力が良い。これは一見誉め言葉に聞こえるが、少数派の黙殺と同義でもある。強すぎる同調意識は、自ずとその中に個の不満を募らせる。つまりは爆弾を抱えているに等しい。これに気付き、上手に対処することが、リーダーには求められる。
反骨心が強い。これも一見しただけではマイナス要素に見える。しかし、これは『常識』やらを盾にして追いやられた少数派の結晶とも言える。坂上クラスには、世間一般で掲げられるお題目とはソリの合わない者たちが集められているのだ。力の論理が最も通用しやすいクラスと見ることも出来る。その『力』は何も暴力に限ったことではないだろうが、『上』だと認めた者に対しては忠実な駒へと早変わりする可能性が大きい。実際、龍園の為人を思えば信じられないほどに、彼の命令に従う者たちも存在する。アルベルトがいい例だ。
そして不良品。これについては文字通りだ。長所を打ち消すほどに短所が大きかったり、そもそも一般的な水準を満たしていなかったりだ。逆に言えば、『手入れの方法が最も明確である』ことを意味している。……まあ、その実践こそが難儀でもあるのだが。
神崎の視線が愛里を向いているのは、この場で最も分かりやすい対象だったからである。
顔合わせの段の愛里は、言っては何だが地味だった。本当にあの雫なのか? と疑問に思ったほどだ。
しかし、いざ撮影が開始されれば一転した。地味さは一気に消え失せた。『女は化粧で化ける』と言うが、そんなちゃちなレベルではない。そして、確かに経験もあるのだろうが、会社側からの注文にも一番上手に対応していた。
分野によっては、他を容易く食うことが出来るほどのポテンシャルを秘めているのが証明されたのだ。そして、そんな存在が最も多く集まっているのが茶柱クラスなのである。正に
「まあ、アレだ。『世の中は綺麗事だけではやっていけない』というやつだな。日常生活を送る上で守るべき社会通念は必要だが、それにかまけて何の対策もしないのは愚かでしかない。そんな者は実力者とは呼べない。これが学校の言いたいことなんだろう。……この学校が社会の縮図というのなら、坂上クラスは間違いなく反社だな。『目的のためには手段を選ばない』の体現だ。今の内に対処法を学んでおけ、ということだろうな」
まあ所詮は学生のおままごとに過ぎないのかもしれないが、と清隆は締めた。
おままごとは極端だが、その内容には一理ある。
一般的な生活をしていれば、暴力を振るう機会は早々ないだろう。子供の喧嘩、で済むような内容ならば、とてもではないが『暴力』とは呼べない。感情の暴発によってならばあるかもしれないが、あくまでも暴発だ。カッとしやすい気質ならその頻度も上がるだろうが、恒常的な手段とは自覚していないことが往々だ。
その点で言えば、龍園は明らかに異なる。冷静にして冷徹なる計算の下で、暴力を一つの手段として使っている。人によっては、その危険性が一種の魅力として突き刺さる。『暴君』と称されるのは、暴力的な手段が目立っているだけに過ぎないのだ。王としての――人の上に立つ資質は確かに持っている。
「実力者と言えば……寮のパーティールームがあるだろう? うちのクラスの奴が言ってたんだが、あのバカ高い部屋を既に買った奴がいるらしいぞ? それも2室が売れていたそうだ。同一人物か別人なのかは分からないが、大したものだと思わないか? クラス集金を行えば買えないこともないだろうが、速度を考えれば明らかに違う。いったいどうすればそんなことが可能なのか? と個人的に考えてみたが、まるで分らない。何か思いつく方法はあるか?」
何の気なしに、といった感じで神崎が口を開いた。その声音からは、話題転換や思い付きとしか感じられない。
だとしても――
(これは……狙ってやっているのか? だとしたら大したものだが……)
面子を考えれば話題がピンポイントに過ぎた。学校の特色もあり、千夜はどうしても穿った目線で捉えてしまう。
どうする? とアイコンタクト。意図が伝わったかは分からないが、肩をすくめたり、黙って頷いたりといったアクションが返って来る。
どうせいずれはバレること。黙っているのは得策ではない。……少なくとも、千夜はそう受け取った。
「あ~、神崎? そのパーティールームなんだが、買ったのは俺と清隆だ。俺の方が安い部屋だな。買うのもその分だけ早かったが……」
「何っ!? いや、済まない。思いついた話題を振っただけだったんだが……」
千夜が頭を掻きながら気まずげに答えると、神崎は驚愕を露わにし、次の瞬間には同じく気まずげに謝ってきた。
「まあ、俺の取った方法を教えるのは構わんぞ。どうせもう真似の出来ない方法だからな」
「断言出来るのか?」
「ああ。……入学後の1ヶ月間、学校側はSシステムの詳細について伏せていただろう? 入学当日の説明でも――他のクラスじゃどうか知らんが――うちのクラスでは茶柱先生が持って回った言い回しをしてくれた。これで『気にするな』と言う方が無理だ。だから、それについてのネタ晴らしが入る前に学校側へ確認を取っただけだ。結果、『口止め料』兼『ご褒美』として大量のポイントを受け取ったわけだ。俺と有栖と恵の3人で、一人頭120万だったな。同居を前提にすれば、安い部屋なら十分に買える」
千夜の言葉に、神崎はイケメンには似つかわしくない呆け顔を浮かべる。
暫しの後、ハッ! と正気を取り戻した。
「そんな早くから動いていたことにも驚きだが、俺の聞き間違いでなかったら『同居』と言わなかったか?」
「間違っていませんよ。私と千夜は婚約者ですし、恵は親が公認のお妾さんです」
恵が千夜の妾ポジだと認めているのは、あくまでも千夜側の親だけである。契約を受けた恵本人はともかく、恵の両親は思ってもいないだろう。これもまた言葉のマジックだ。
「前時代的であることは認めるがな。歴史ある家ってのは、それだけ血統を大事にする。特にうちの場合、幕末の折に断絶しかけたから尚更だ。常識に反してようが、次代へと血を残すのは頭領の責務なんだよ」
「御覧の通り、私はこんな
「政略結婚……。今でも、そんなことがあるんだな……」
「信じ難いのは分かりますけどね。……私は以前、先天性の心疾患を患っていました。幼少期からいろんな病院を回りましたが、治る手立ては見付かりません。最後の砦が雪村だったわけです。……雪村は言わずと知れた大病院ですが、そう言われる以上は相応のパトロンも存在します。それだけの数、それだけの資本者が雪村を後援する理由が確かに存在するのです。それこそが雪村に伝わるとされる特殊な薬です。曰く『その薬を飲めば、あらゆる傷がたちどころに治る』。これならという希望、これでもダメだったらという不安。悩みに悩んだ末、父は希望に賭けました。その代価が私と千夜との政略結婚だったわけです。正確には、雪村が薬を与えるのは身内に限定していたのです。薬を与えるからには血統の維持に協力してもらう、とこういうことですね。坂柳と繋がる思惑がなかったとは思いませんが、それはどちらかと言えばついででしょう。結果、父はその提案を受け入れました。私は千夜の婚約者――身内となったことで薬を与えられ、時間はかかりましたが治ったわけです。まあ、現在は経過観察中ですね。……ここまで言えば分かるでしょうが、恵もその薬を飲んでいます。元は分家へ嫁ぐ予定でしたが、私の体格の問題や千夜と同い年ということもあり、妾ポジションへと落ち着いた次第です」
「本当に、信じ難い話だ……」
力なく呟いて、神崎は頭を抱える。いや、頭を抱えているのは何も神崎だけではなかった。
社会の闇というか、名家の生々しさというか、親の苦労というか、こうして話した以上は聞いても問題のない内容なのであろうが、諸々の意味で本当にそうなのか判断がつかない。何と言うか、重いのだ。それでいて、ところどころに現実味がないのだ。あらゆる傷が治る薬、なんてとてもじゃないが信じられない。だが、有栖が普通に動き回っているのは事実である。体力、という点で鑑みれば些か低く感じるのも、説得力に拍車をかける。
作り話めいた内容なのに、作り話めいた軽さがない。だからこそ、余計に信じ難い。
「まあ、そこまで気にすることもないだろう。要は捉え方の問題だ。第一、男女間の同居なんて珍しい話でもない。オレもそうだからな」
雰囲気をぶった切るように清隆が言った。
「そう言われてみれば……」
「確かにそうかも?」
首を傾げながらもそれに同意したのは愛里と桔梗だ。
この二人は清隆と同居している。何なら女性陣の数は更にいる。その理由は『学校生活を送る上で便利だから』という、単純明快にして身も蓋もないものだ。『男女の同居』という点で考えるなら、如何に信じ難くとも確たる理由の存在する千夜たちに比べて遥かに問題がある。
清隆の言う通り、捉え方を変えるだけで、論点を変えるだけで、素直に頷くことが出来たのだ。
「ちなみに、オレの場合は賭けで増やした。同居人の二人――佐藤と長谷部から投資を受けてな。あとはそれを元手に適当な部活に勝負を吹っ掛けただけだ。賭けの条件と実力次第では、短時間で効率よく稼ぐことが出来る」
「そう言えばそうだったね……。数時間で900万以上にして帰って来た時は驚き以外になかったなぁ……」
遠い眼をして愛里が呟いた。その声音に力はない。
信じ難いというのなら、その現実とて信じ難いのは同じである。それを受け止めることが出来たのは、ポイントという証拠があったからだ。
そう、信じ難い話というなら前例があったのだ。だったらまあ、信じ難い話なんて珍しくも何ともないのかもしれない。……半ば現実逃避気味に、愛里は自分に言い聞かせた。
「それもまた、信じ難い話だ……」
茶柱クラスの抱える実力の高さに、神崎は尚も頭を抱えざるを得なくなった。
理由云々はさておくとして、実際に購入されているパーティールームがあるのだ。ならば、その点で千夜たちが嘘をつく理由はほぼないだろう。それは方法についても同じことが言える。
口止め料にしろ賭けにしろ、行動力の高さ、それに気付く抜け目のなさが問われているのは間違いない。賭けの場合は勝てるだけの強さもか。
それに答えたが故の報酬なのだ。グレーゾーンかもしれないが、確かに正当性は保たれている。
内容に一定の説得力があるからこそ、それに理解を示せるからこそ、神崎に出来るのは力なく呟くことだけだった。