ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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22話

「おや、デジカメですか?」

 

 無人島試験、3日目の朝。

 相も変わらず点呼の終わったアイドル組は船着き場へと集まっていた。その際、神崎――芸名『神二(シンジ)』は昨日とは異なる手荷物を持っていた。

 それを目にして有栖――芸名『(ユウ)』が漏らした一言である。

 

「ああ。自分が実際に撮ることで、撮る側が撮られる側に望んでいることが見えてくるんじゃないか? と思ってな。まあ、そう簡単に上手くいくとは思っていないが、俺の成果はクラスの評価にも繋がる。やるだけやってみても損はない。それにはクラスの皆も賛同してくれて、コイツを用意したってわけだ」

「素晴らしい心掛けです、シンジさん! 良かったら私にも使わせてくれませんか!? 学校に戻ったら一緒に自撮りしましょう!?」

「お、おおっ!? 何だ、思わぬところが食いついてきたな……」

 

 愛里――芸名『(シズク)』の思わぬ態度に、神崎はタジタジだ。

 

「お前に同類意識を抱いたんだろう。シズクは自撮り写真を撮るのが好きだからな。……今のところ、星之宮クラスから参加してるのはお前だけだが、女子が一緒になった場合は気を付けろよ。着飾ることと着飾らせることには並々ならぬ熱意を燃やすからな。特に、元が良いなら尚更、だそうだ」

 

 神崎に答えたのは、清隆――芸名『(ショウ)』だった。その眼差しは、どこか遠くを向いている。

 

「はは、聞いたところ、ショウは大分付き合わされたようだからな。学ぶことは多かったそうだが、疲れた口調で『オレは風景で良い』と零していたぞ」

 

 清隆の態度に補足を入れたのは千夜――芸名『雪夜(ユキヤ)』だ。

 

「オシャレに気を向けるのは女の子の最低条件なんだよ!」 

「……よく分からないわ」

 

 清隆と千夜に反論するかの如く口を開いたのは桔梗である。芸名は『(ヒカリ)』。

 それに対し、同じく女子である鈴音――芸名『(リン)』は首を傾げて呟いた。

 

「ま、アンタはそうだろうねぇ~」

「それはどういう意味かしら?」

「は、はは……。二人とも、取り敢えず落ち着いて……」

 

 挑発するように桔梗が言えば、鈴音も真っ向から睨み返す。

 それの仲裁に当たっているのは沖谷京介。芸名は『(キョウ)』である。

 この騒がしい8人が、現時点で1年生からアイドル活動に参加したメンバーだ。とは言え、その内訳は大分偏っている。神崎は星之宮クラスからの参加で、それ以外は全員が茶柱クラスだ。真嶋クラスと坂上クラスは誰一人として参加していない。

 アイドル活動とは言ったものの、学校の立地や校則の問題もあり、出来ることは大分限られる。きちんとした芸能事務所に参加しての活動ではあるが、見方としては部活の一環――言わば『スクールアイドル部』とでも評した方が正しいだろう。

 

「和気藹々で結構なことだが、そろそろ動くぞ。前もって言った通り、訓練にはビーチを使うからな? ベースにしている生徒さんたちには配慮してくれよ?」

 

 遊佐に促され、一行は移動を開始する。

 無人島試験は合計で1週間だ。初日はほぼ挨拶で終わり、紹介写真の撮影も2日目で終わった。そして3日目――つまり今日からは体力の向上を図ることになっている。撮影が無いわけではないが、割合としてはかなり低い。

 後々は歌って踊ることも視野に入れているのだから、そのための訓練があるのは妥当である。しかして、こんな無人島では出来ることも限られるのだ。歌もダンスの振り付けも、決まるのはまだまだ先のことなのだから、一番簡単な訓練は体力を付けることに決まっている。

 そして体力を付けるだけなら、昨日のようにあちこちを動き回る必要は無い。一所に留まって十分に可能だ。

 また、体力なんてのは個人個人で違うものなのだから、休憩やらのペースは自由に取れる。そこについては会社側も無理は言えない。何せ並行して特別試験を行っている最中なのだ。言ってしまえば、部活動に重きを置いているだけで、スクールアイドル部も試験を受けていることに違いはないのである。

 重要なのが、この特別試験にはリタイアによるペナルティが課せられていることだ。試験中においては物資との交換に使い、試験後においてはCPに加算される試験専用のポイントがマイナスされるのだ。その数値は一人につき-30である。

 無理な訓練をさせてリタイアなんてことになったら、所属アイドルからの信用と信頼は地に落ちる。始まった直後と言ってもいい段階なのだから、地面との距離もそれだけ近い。或いは地面を掘り進んで地下へと達する可能性もある。

 会社としては紛れもないダメージだ。それを防ごうと思えば、どうしても甘くしなければならない部分が出てくるのは仕方のないことだろう。色々な思惑が絡んでいるとは言え、利益を見込めればこそ会社も参加しているのだから。

 諸々を考慮した結果、導き出された訓練がビーチダッシュと水泳だった。必然的に『ビーチスポット』をベースキャンプにしている坂上クラスから間借りすることとなる。遊佐の言はそれを指してのものだ。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 歩いていると、程なくして坂上クラスのベースキャンプへと着いた。

 昨日の龍園の言葉は嘘じゃなかったようで、夏の無人島を満喫するための道具が至るところに散見される。バーベキューセット、ビーチチェアー、パラソル、お菓子にドリンク、水上バイクと、例を挙げればきりがないほどだ。

 

「それでは坂上クラスの皆さん、申し訳ありませんが、本日もスペースをお借りさせていただきます」

「ああ、構わねえぜ。……まあ、珍しい光景だ。見物人が訪れるのくらいは勘弁してくれ」

 

 一礼する遊佐に対し、答えたのは龍園だった。教師の坂上もキャンプに入るのだが、あくまでも同行者兼見届け人といったポジションだ。本試験における行動の決定権は生徒にあるのだ。である以上、坂上クラスの王たる龍園が対応するのは至極妥当と言えるだろう。

 

「ええ、もちろんです。必要以上の囃し立て――所謂ヤジの類は勘弁いただきたいですが、アイドルとして活動する以上は見られることも必要ですからね」

「クク……だとよ! 見に行くのは構わねえが、無意味なヤジは飛ばすんじゃねえぞ! 場合によってはCPやPPにダメージが入る可能性もあるんだ! PPならともかく、CPにダメージを入れるような真似をしやがったらタダじゃおかねえからな!」

 

 遊佐との対応を終えた龍園は、クラスメイトに対して警告を発した。

 

(なるほど。言葉は荒いが、確かに見方を変えれば大したものだ)

 

 それを見て、神崎は今まで以上に龍園の危険性を認識する。

 今までの神崎は、『言葉の荒さ』や『暴力』といった、いわゆる表立った危険性のみに目が向いていた。だが、アイドル活動を通して千夜たちと一緒に行動することで、否が応でも思考力を鍛えられた。結果、龍園が『CPやPPについて言及している』という事実に意識が向くようになったのだ。

 そう、このアイドル活動は特別試験ではないのだ。同じタイミングでやっているから誤認しがちだが、相互に影響し合っているだけで全くの別物なのである。実際、特別試験についての説明ではアイドル活動について言及されていないのだ。マニュアルでも触れていない。

 特別試験についての説明が終わった後、続けてアイドル活動についての説明に入ったため、聞いた側が勝手に『特別試験の一環』と受け取ってしまったのだ。学校側がそのように仕向けたのだ。

 確かに間違ってはいないだろう。しかし、正確でもない。

 訓練であっても、アイドル活動の一環なのだ。そして、アイドル活動中の所属は、学校よりも会社の方に比重が傾く。実際、遊佐に伊藤といった事務所の人間が責任者として傍にいる。

 仮に、今の状況で龍園が神崎に暴力を振るったとしよう。特別試験のルールに該当し、坂上クラスは則失格となり、龍園はPPが全没収されるだろう。

 しかし、事はそれだけでは済まない。訓練中の神崎は、高度育成高等学校の生徒であると同時に、芸能事務所に所属するアイドル『神二』なのだ。すなわち、芸能事務所に対する迷惑行為に他ならない。その代償が、特別試験のペナルティだけで済む筈が無いのだ。良くてPPやCPのマイナス、悪ければ停学や退学もあり得る。

 龍園の警告は、それを見越してのものなのだ。つまり、龍園の思考はそこまで回っていることを意味している。

 広い視野を有した上で、冷徹な判断を下し、実行することが出来る。その事実こそが、龍園の持つ本当の怖さなのだ。

 しかし、広い視野を有すればこそ、頭が回ればこそ、神崎の目論見が上手くいく可能性は高い。

 

「世話になる、龍園」

 

 神崎はデジカメを手にしたまま、端的に礼を言って頭を下げた。

 占有スポットを間借りする以上、礼儀として挨拶は欠かせない。しかして、神崎と龍園は特に仲がいいわけでもない。むしろ険悪といってもいい。ならば、どうしても簡素なものにならざるを得ない。敬語じゃないことに注意を受けるかもしれないが、最低限はクリアしている。

 

「あ、デジカメ? 昨日はそんなモン持ってなかった筈だが?」

「確かにな」

 

 狙い通り、龍園は揚げ足取りを行うことなくデジカメに食いついた。

 神崎は有栖にしたのと同じ説明を龍園に返す。その内容は、如何にも星之宮クラスらしいものだ。疑念を抱きこそするだろうが、スルーする確率の方が高い。

 

「ハッ、ご苦労なこった。……おい、石崎! アルベルト! テーブルとクーラーボックスを一つずつ貸してやれ。……デジカメは精密品だからな。バッグに入れて地面に置くよりも、テーブルの方がまだ安心出来るだろう? クーラーボックスはお情けだ。喉を潤すにしても、ぬるくなったモンよりは冷たい方が嬉しいだろ?」

 

 神崎の説明を聞いた龍園は、配下に指示を下した。龍園らしからぬ対応だが、そのニヤニヤした表情が『裏があります』と語っている。当然だが、完全な善意ではない。

 裏があることさえ分かっていれば、真意を問うのもバカらしい。訊いたところで答えが返ってくる筈はないし、返ってきたところで信じることなど出来るわけがないからだ。

 

「……感謝する」

 

 それでも、ありがたいのは確かなので、神崎は一言礼を言って受け取ることにした。

 

(ああ、抜け目のないお前ならそうするだろうな、龍園。リーダー当てが重要な役割を持つこの特別試験において、情報を画像として記録しておくことの出来るデジカメに着目しない筈がないんだ。そして、『略奪』ならば確かにペナルティを食らってしまうが、『取り間違え』ならばその限りじゃない。テーブルの上ならば、取り間違えても不思議はない)

 

 その心中では、目論見通りの行動を取った龍園に二重の意味で感謝しつつ。

 神崎のデジカメの中には、星之宮クラスのカードキーが情報として残っている。とはいえ、幾らかのデータの中で写っているのは1枚だけ。それも、あまりに堂々としていればわざとらしすぎるため、注意深く見て漸く気付くかどうかと言ったところ。写っているのも刻印部分の一部だけといった具合だ。

 しかし、だからこそ偶然を装えるのだ。撮影した本人すら気付いていない、と思わせることが出来るのだ。

 神崎と一之瀬と白波。たった3人でコソコソと相談しつつ、苦労して撮った1枚である。役に立たなかったら正直泣ける。

 

「俺が使わないときはテーブルの上に置いておくから、自由に使ってくれていいぞ。まあ、元が勉強のためだから後々データは確認させてもらうし、いっぱいになったら消すつもりだから、それらを了承の上でだったらの話になるが……」

 

 トドメに、愛里へそう告げれば完了だ。――しかして、その実は他の面々への伝達が主目的となる。

 千夜にしろ、有栖にしろ、龍園にしろ、こうしておけば何らかのアクションを起こすだろう。

 

「では、後ほどありがたくお借りするとしましょうか」

「ああ。くれぐれも壊さないように頼むぞ?」

 

 言葉だけだが早速にアクションを起こした有栖に対し、神崎は冗談めかして返答した。

 一行はめいめいに荷物を置き、訓練を開始する。最初は指示通りに動かなければならないのだ。柔軟体操と所定回数のビーチダッシュを行い、自由に休憩が取れるのはそれからだ。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「ふう……」

 

 ビーチダッシュを終えた有栖は、バサリとジャージを脱ぐ。この炎天下だ。流石に暑くてたまらない。

 そうして、手荷物の上にジャージを置いた。その際、さりげなくカードキーがポケットからはみ出るようにする。

 

「デジカメお借りしますねー!」

 

 所定の回数は終わったものの、未だダッシュを続けている神崎へと一声かける。

 分かったー! と返事が届く。それを聞き届けてからデジカメを手に取り、撮影する前にデータを確認。

 

(やはり、ですか……。ふふ、面白くなってきました)

 

 案の定、デジカメの中にはカードキーが写っていた。注意深く見なければ気付かないだろうが、ある程度の期待や確信さえあれば間違いなく気付くだろう。色々と御膳立てをした甲斐があったというものだ。

 

(さて、更に花を添えるとしますか)

 

 データを確認した後、有栖も何枚か写真を撮った。所詮は素人。構図なんて分かるわけがないから、目に付いた物を適当に撮るだけだ。

 走る神崎。張り合う鈴音と桔梗。清隆を泳ぎに誘う愛里。何の変哲もない写真だ。

 だから、その中の1枚。隅っこにカードキーが写っていたところで、何もおかしくなどないのだ。

 その後、有栖はデジカメをテーブルの上に戻すのだった。  

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