「……今、何と言った、龍園?」
「おいおい、痴呆には早すぎるぜ、葛城? 仕方ねえからもう1度だけ言ってやる。……このデジカメには星之宮クラスと茶柱クラスのカードキーが映っている。もちろん、ちゃんとリーダーが分かる形でだ。お前たちのクラスのカードキーを見せてくれるんなら、コイツのデータを見せてやってもいい」
真嶋クラスがベースキャンプを構える洞窟の前。
そこで真嶋クラスの暫定的リーダーポジションにいる葛城と、坂上クラスの王たる龍園が向かい合っていた。
片や難しい顔で。片やニヤついた笑みを浮かべ。非常に対比的な表情だ。
正確に言えば、いるのは二人だけではない。場所が場所だけに、真嶋クラスの生徒たちが何人かいる。
「悩む時間はねえぞ? 何せ、コイツは神崎の――星之宮クラスの所持品だからなぁ~。うちのクラスで用意したやつと取り間違えて持ってきちまったが、だからこそ早く戻さなきゃならねえんだ。俺らしくねえが、『うっかり』ってやつだな。……まあ、怪しむのは分かるぜ? 何故独り占めしないのか? ってな。確かにそれだけなら簡単だが、星之宮クラスを蹴落とすにはお前たちも引き込んだ方が旨味がある。かと言って、尤もらしい理屈と善意だけじゃあ、お前たちは納得しねえ。……分かるだろ? 50のマイナスを受けて、100のプラスを得る。お前たちが納得しやすいように、お前たちのカードキーを見せろって言ってんだよ」
葛城のみならず、真嶋クラスに言い聞かせるように龍園は告げる。
焦るのは真嶋クラスだ。入学時の評価は何だったのか。既にAクラスの栄光は過去のものとなって久しい。期末試験で茶柱クラスがこけたからBクラスに上がることが出来たが、Cクラスとはどんぐりの背比べ状態だ。にも拘らず、Aクラスたる星之宮クラスとは100ポイント以上の差が付いている。
ここでカードキーを見せれば、間違いなく龍園はリーダーを当ててくる。スポット占有によるボーナスポイントを含めれば、受けるマイナスは50じゃ済まない。それでも、収支としてはプラスだろうが。
だが、何よりも魅力なのは星之宮クラスの蹴落としだ。どのクラスも、物資と引き換えで100近くのポイントは消費してるだろう。そこに、自分たちと龍園が指名することで更に追い打ちをかける。
オマケで茶柱クラスのリーダーまで分かるのだから、足場固めも十分に見込める。
特別試験が始まって今日で3日目。リーダーを当てるべく真嶋クラスも偵察に力を入れているが、未だめぼしい成果は上がっていない。
どのクラスも候補は浮かんでいるが、あくまでも候補止まりなのだ。それでも、茶柱クラスについては3人まで絞れている。すなわち、綾小路清隆、雪村千夜、坂柳有栖。十中八九この中の誰かだろうが、逆に言えばそこ止まりだ。
それについて無理は言えない。どのクラスだって警戒して然りなのだ。複数人で行動し、占有時には人壁を作るなんて当たり前のことなのだ。
スポット占有については、他のクラスにも同じことが言える以上、良く言えば『堅実』だが、悪く言えば『停滞』だ。
つまり、現状は千日手に等しい。残り4日で確たる成果が上がるとは、とてもじゃないが思えなかった。
そこに来ての、この提案だ。龍園の言を信じるならば時間制限付き。おかげで、ゆっくりと考える暇もない。考えられることは極々僅か。
龍園は3クラス分のリーダーを当てるが、その方針上、プラスされるCPは限られる。実際に豪遊しているのは確認済みだ。本当にリタイアするかはまだ分からないが、残りの試験ポイントで無事に過ごせるとは思えない。
そこを鑑みると、単純計算でも自分たちの方がプラスになる。逆転出来るかは分からないが、星之宮クラスとの差は確実に縮む。
だからこそ、葛城は判断に迷う。果たして、
しかし、この場にいる真嶋クラスの生徒は葛城だけではない。良いじゃないか、乗るべきだ、そこかしこからそんな声が上がる。
真嶋クラスのリーダーポジションにいる葛城だが、その立ち位置は決して盤石なものではなかった。己が側近と言ってもいい戸塚が赤点退学となったことで、どうしてもクラスメイトに配慮せざるを得ない。己が一存で封殺するだけの力が、今の葛城には無いのだ。
だが、それでも保険はかけておきたい。
「提案を飲む前に、そのデジカメが本当に星之宮クラスの――お前のクラスで用意した物じゃないかを確認しておきたい。俺以外にも複数で」
最低限、それだけはやっておかねばならなかった。既に流れを止めることは出来そうにないが、こうすることで、失敗に終わっても責任は分散される。
「ククッ、構わねえぜ」
葛城の提案に対し、龍園は笑みを浮かべて了承した。デジカメを操作し、保存されてある画像の中から1枚を選ぶ。
そうして示された画像には、二人仲良くくっついて、ピースサインと笑みを浮かべる一之瀬と白波の姿。この時点で、撮影者が龍園でないのは明確だ。現在の試験中にこの二人がこんな姿を晒す以上、撮影したのは間違いなく星之宮クラスの誰かである。龍園の言に一定の保証が生まれた瞬間だ。
「……分かった。その提案を飲もう」
いいように動かされている現状を苦々しく思いながらも、その苦汁を飲み干して、葛城は龍園の提案を受け入れたのだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「ハッ、楽なモンだ」
真嶋クラスの元を去り、自分たちのベースキャンプへと向かう道中、龍園は独り言ちた。
上手くいく確率は高かった。5月時点までならともかく、現在の真嶋クラスは機能不全に陥っている。リーダーがリーダーとして作用していないのだから、然もありなん、だ。
戸塚弥彦――葛城の側近と言っていい男が赤点退学とならなければ、ここまで酷くはならなかっただろう。たとえ退学者が出ても、それが反対派や中立派であれば、葛城の権勢はより強くなっていた可能性もある。
一言で言えば、葛城には運がなかった。とは言え、『運も実力の内』だ。そのように評されるだけあって、『運』とは曖昧模糊なものとは限らない。中には行動次第で干渉出来るものもある。
そして、葛城と戸塚の関係は、こう言い換えることも出来るのだ。『戸塚は世渡りの上手い男で、葛城は見る目のない男だった』と。結果が出たからこそ言える言葉ではあるが、事実を端的に表していることに違いはない。
仮に、退学者が反対派だった場合はこうなる。『葛城はあいつを切り捨てていた。厳しい判断だが、流石は葛城だ』と。
退学者が出たという事実は同じでも、言い換えるだけで葛城に対する印象が如実に違う。
だからこそ、龍園は『運のない男』と葛城を蔑むのだ。
そして、そんな実力の低い男をリーダーに担ぎ上げている時点で、真嶋クラスは脅威の対象とはなり得ないのだ。
真嶋クラスには、葛城を切り捨て、成り上がろうとする者がいない。その割に、入学時にAクラスだったことで無駄な誇りを持っている者が多い。プライドだけは一丁前、というやつだ。
そんなだから、ちょっとばかし餌をぶらつかせるだけで、上手いこと食いついてくれた。
「本当なら毎月のPPを提供させたいところだったが……」
流石にそれは足元を見過ぎか、そう続けようとして、龍園は口を噤んだ。
ピリピリとしたものが、龍園の脳内を奔る。
龍園は『恐怖を感じたことがない』と自負している。
その一方で、この表現は正しくない、とも認識している。
何故ならば、『恐怖』とは明確に定義出来るものではないからだ。『脅威』や『危機感』と密接に絡み合っている。
真に恐怖を感じることが出来ないならば、すなわち脅威や危機感を覚えることもない。それでは日常生活を送ることなど不可能だ。
逆説、『日常生活を送れているのだから、間違いなく恐怖は感じている』のだ。
ならば答えは一つだろう。龍園翔は常人に比べ、脅威や危機感を覚える下限が高いのだ。
悪く言えば『鈍感』だが、良く言えば『自信』だ。方法の是非はともかく、『乗り越えられる』という自信があればこそ、龍園は恐怖を感じないのだ。
しかして、今現在、間違いなく龍園は脅威を感じている。危機感を覚えている。
この感覚に従うことが大切だ。これを無視すれば、間違いなく足を踏み外す。だが、上手く足を運べば乗り越えられる。
(……さて。どこだ? どこに俺は引っ掛かりを覚えた?)
足を止めぬまま、龍園は自問する。
流石に時間が経ち過ぎている。いい加減に戻らねば、『取り間違い』で済ませてくれる段階を超えるだろう。
ハッ! と気付く。
(取り間違い。……ここか! ここが盲点か!)
龍園はこのデジカメを持ち出す際、慎重に慎重を重ねた。
神崎以外にも何人かが使っているのを確認した。
見物と称し、自クラスで用意したデジカメを使い、気付かれるように訓練風景を撮った。
そうして、さり気なく神崎のデジカメの横に置いた。
そこまでの段階を踏んでから、神崎のデジカメを持ち出したのだ。
そうまでしたのは、撮影データを確認するためだ。気の緩みから、思わぬ情景が撮れている可能性は否定出来ない。団結に喜びを覚える星之宮クラスなら尚のこと。期待は薄いが、試すだけの価値はあった。そして、龍園は賭けに勝った。数ある撮影データの中にたった2枚だけ、注意深く見なければ分からないところにカードキーが映っていたのだ。それも星之宮クラスだけではない。茶柱クラスの物もだ。
如何な龍園とて、こうも上手く運べば気も緩む。数ある前提条件をクリアしなければならないため尚更だ。
だが。
だがしかし、事が上手く運び過ぎたからこそ、逆に龍園は危機感を抱くに至った。
(これが御膳立てされたものじゃないとどうして言える?
全ての前提がひっくり返る。
つまり、これは神崎――星之宮クラスが仕掛けた攻めの一手だ。
そして、そこに茶柱クラスも便乗した。それこそがミソだ。気付くためのきっかけだ。
誰が茶柱クラスのカードキーを撮影したのかは分からない。時間帯は絞り込めるが、その時に誰が持っていたかまでは覚えていない。だが、間違いなく茶柱クラスの誰かだろう。
ビーチでデジカメを手にしたのは、まず持ち主である神崎隆二。それ以外だと綾小路清隆、櫛田桔梗、坂柳有栖、佐倉愛里の4人だ。少なくとも、龍園が確認した限りではそうだ。一人が複数回手に取ることもあった。だからこそ、絞り込めない。
そいつは自分と同様に撮影データを確認し、神崎の攻撃に気付いた。その上で、素知らぬ顔をして便乗をした。自分たちのカードキーを撮影したのだ。
クラスランクの上下は、あくまでもCPによって決まる。そして、本試験で大きな働きをするのが最終日のリーダー当てだ。ハイリスクハイリターンのギャンブル。上手くいけば大量のCPを稼ぐことが出来る。
だが、必ずしもリーダー当てに参加する必要は無い。倹約を心掛けた生活を送っている限りにおいて、無理に仕掛けず、当てられなければ、それだけである程度のCPは手に入るのだ。
そう、自クラスのリーダーリタイアを前提とした上での、相手の自滅を誘う婉曲的攻撃として見るならば、十分に上手い一手だ。
坂上クラスは、リタイア作戦により試験ポイントが残らない。占有ポイントを加味しても、気を付けるべきはリーダー当てのみ。元手がゼロなのだから、強気に賭けられる。
真嶋クラスが機能不全に陥っているのは明らかだ。葛城の人柄を鑑みれば、積極的攻勢――リーダー当てに走るとは思えない。
(が、だからこそ俺を使った)
確たる証拠さえあれば、葛城も動く確率は高い。そして、葛城を動かすために龍園を動かした。
元々星之宮クラスはトップに立っている。上手く運ばなくても痛手は少ない。
茶柱クラスは最下位だが、坂上クラスと真嶋クラスが自滅すれば、一気に接戦へと持ち込める。賭けるだけの旨味はある。だからこそ、より確実に葛城を動かすべく、自分たちのカードキーを撮影した。
葛城を動かす確率を上げるには必要な一手であり、龍園を動かすだけなら不要な一手だ。
そう、試験的な
その一方で、どちらも龍園翔という個人を狙い撃ちしている。
(神崎は、俺に
甘く見られるだけなら万々歳だ。その分だけ楽に足元を掬うことが出来る。
だが、これは仕掛けられた勝負だ。何らかのアクションを起こす必要がある。起こさなければ、『弱い』、『逃げた』と思われる。それは上手くない。
坂上クラスは、龍園の独裁クラスだ。可能な限り、支配体制が緩む真似は避けなければならないのだ。
だからこそ、『乗せられた』のではなく、『乗ってやった』のだと、そう思わせなければならない。
(手始めに真嶋クラスのリーダーでも教えてやるか)
故に、龍園にとってその判断は当然の帰結だった。
証拠はない。信じるかどうかも定かではない。しかし、間違いなく効果はある。
「クク、ククク……ハハハハハハ……!」
今までの評価を塗り替えなければならない。
だが、だからこそ面白い。
万感の思いを胸に、龍園は高らかに哄笑するのだった。