ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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24話

 無人島試験4日目。

 この日、茶柱クラスの代表格が全員揃って意見を交わしていた。いないのはアイドル活動に従事している面々くらいである。

 議題は『坂上クラスのリタイア作戦について』だ。

 

「いや、聞いてはいたけど、まさか本当だったとはねぇ……」

「ホントホント、大胆な手を使ってくるよ」

 

 軽い口調で口火を切ったのは軽井沢恵。相槌を打ったのは松下千秋。千夜たちがいない現状では、実質的に茶柱クラスのトップに立っている二人である。

 本日、ビーチから坂上クラスがいなくなったのが確認された。それを受けての緊急会議だ。……なお、ビーチスポットは首尾よく有栖が占有した。

 坂上クラスは、王を称する龍園翔の独裁体制だ。上手く運べばこれ以上ないほどに強力無比だが、そこに運ぶまでが何より難しい。

 特に龍園は人が忌避する手段を忌避しない。普通に考えるなら、その分だけ反発も大きい。それを抑え付けているのが暴力であり恐怖だが、それだけではふとしたことで瓦解する。言わば砂上の楼閣だ。

 結果として、全く逆のアプローチで反発を抑える必要がある。その一つが本試験におけるリタイア作戦だ。

 他のクラスが慣れない環境でヒイコラと汗を掻き、創意工夫に頭を悩ませている中で、自分たちは夏の海を満喫するのだ。泳ぎたいときに泳ぎ、食べたいものを食べ、飽きても豪華客船が待っている。果たして、それによって得られる優越感は如何ばかりか? 

 代償として試験ポイントを使い切ってしまうが、考え方によっては必ずしもデメリットとは言えない。今回の件で、『従えばいい目を見せてくれる』と龍園を認識する者も少なからず現れるだろう。そういった下層部の前向きな意識は、上層部にとって何よりありがたい。支配者たる龍園にとっては、忠実な駒が増えることを意味している。

 だからこそ、作戦としては十分にありだ。『初めての特別試験』と言ったところで、数ある試験の一つであることに違いは無いのだ。『CPが大きく動く』ということを必要以上に重く捉えなければ、足場固めに使うのは理に適っている。

 とはいえ、実際にやられれば驚くものだ。ビーチスポットに初期配備されている備品がどんな物かまでは分かったものじゃないのだから、或いは? という可能性はどこまでも付きまとう。ビーチから坂上クラスが消えたことで漸く受け入れることが出来た、と言ってもいい。

 

「そんなに軽く済ませていい問題か? 確かにリーダー候補は減ったかもしれないが、逆に絞り込みが難しくなったのは間違いないんだぞ?」

 

 異論を挿んだのは幸村輝彦。学力優秀勢の一人だ。

 坂上クラスがリタイアしたのは事実だが、全員でないのもまた事実。少なくとも、一人残っているのは確認出来ている。……が、だからこそ、他に何人、誰が残っているかも分からない。

 茶柱クラスの基本方針として、リーダー当ては積極的に挑まない方向だ。狙えるようなら狙う、という前向きなのか後ろ向きなのか分からない姿勢。良く言えば堅実である。手段こそ異なるものの、龍園と同じく足場固めを優先した作戦だ。

 とはいえ、やはり生徒たちにはAクラスへの昇格を望む者たちが揃っている。必ずしも満場一致で決まったわけではない。外した場合のペナルティが痛いから方針に賛同しただけで、内心では当ててCPを稼ぎに行きたいのだ。

 これには茶柱クラスにおける試験ポイントも関係してくる。現状、茶柱クラスは高円寺のリタイア以外に試験ポイントを一切使っていないのだ。後々には有栖がリタイアする予定だが、それでも、数値として見るならば合計で60ポイントしか使っていない。240ポイントの残だ。ボーナスポイントも加算すれば更に増える。他クラスと比較しても大きなアドバンテージだろう。

 占有したスポットの恩恵により、茶柱クラスは食にも住にも困っていない。他クラスがポイントを使って集めるだろう物資の大半が、占有スポットに揃っているからだ。

 このまま終われば、十分なCPを獲得出来るのは間違いない。むしろ、この下地があってこその方針だ。

 だが、ヒトというのは欲深い生き物である。上手くいきそうだからこそ、もう一声、と更なる利益を求めてしまいがちなのだ。ギャンブル破産の典型である。

 

「幸村くんはギャンブルやらない方が良さそうだね~。ブレーキを利かせられないようじゃ、破産に一直線だよ~。学業で破産した私が言うんだから間違いない!」

「……む。元より、ギャンブルをやるつもりは無いが……」

 

 幸村を茶化したのは佐藤麻耶だ。中学時代、遊び呆けて勉学を疎かにした彼女の言葉には、相応の重みがあった。言葉は軽いが、後悔の念が滲み出ている。

 分野は違えど、言葉と共に実例を見せつけられてしまえば、幸村も強気になることは出来なかった。先ほどの自分の言葉は、そう取られてもおかしくなかったからだ。

 坂上クラスは試験ポイントを使い切った。ならば、気を付けるべきはリーダー当てのみ。それとて、自分たちはリーダーのリタイアを敢行する予定なのだから、当てられる可能性はゼロに等しい。それこそ幸運がモノを言うレベルだ。何せ、次のリーダーは学校側に選んでもらうつもりなのだから。選定に自分たちの意思が絡まぬ以上、注目度など役に立たない。学校側の選定基準が分からないのだから尚更だ。

 つまり、坂上クラスのCPは増えても50止まりだ。星之宮クラスと真嶋クラスのリーダーを当てても、自分たちのリーダーを外してしまえば、1クラス分相殺されるからだ。

 加え、昨日の有栖の言によると、星之宮クラスも龍園に攻撃を仕掛けたらしい。残念ながらその目論見は見破られてしまったようだが、その代償として星之宮クラスのリーダー当ても難しくなったそうだ。早い話、星之宮クラスもリーダーのリタイア作戦を敢行するつもりとのこと。

 更に言えば、星之宮クラスの目論見こそ見破った龍園だが、それに気付いたのは真嶋クラスとの交渉を終えた後の可能性が高いらしい。

 その判断理由は大きく二つ。

 一つは、龍園が真嶋クラスのリーダーを教えてきたこと。証拠も何もないが、タイミング的にそうとしか思えないそうだ。

 実のところ、星之宮クラスに便乗する形で有栖も攻撃を仕掛けていたらしい。上手く事が運んだ場合、真嶋クラスを巻き込むと踏んで。

 その具体的な方法は聞いていないが、大凡の想像はつく。リーダーのリタイアを武器にする以上、リーダーを知られることが前提となる。リーダー当ては自由参加なので、相手に参加する気がなければ損でしかないからだ。つまり、それとなくリーダーを教えたのだろう。幸いにして、交換物資の中にはデジカメという便利な物があるのだから、証拠として十分に機能する。

 そしてもう一つの理由は、昨夜から自分たちのベースキャンプに一人の賓客がいるからだ。名を椎名ひより。坂上クラスに所属する女生徒である。

 他クラスの生徒を引き受けるなど、単純に考えればこちらの損でしかないが、彼女――と言うより龍園は一つの交換条件を提示してきた。それは『特別試験終了まで椎名ひよりを茶柱クラスで預かる代わり、坂上クラスが購入した物資の一部を提供する』というものだ。

 この条件には十分な旨味があった。

 スポット占有により食と住に困っていないのは確かだが、どうしても食材は限られるために飽きが来る。

 娯楽については言わずもがなだ。元々が『無人島で夏を満喫』という触れ込みだったのだから、思いっ切り遊びたい生徒だって少なからず存在する。

 にも拘らず、実際は特別試験を課せられているのだから、ストレスだって溜まっている。慣れない生活なら尚更だ。

 龍園の提案は、その解消に持って来いだったのだ。

 千夜曰く――

 

「有栖の良いように動かされた事実。それを認めればこそ、龍園はこんな手を打ってきたんだろうさ。早い話が賞賛と情報収集だ。目立たぬ実力者について探りを入れることが、椎名に与えられた命令だろうよ」

 

 とのことである。

 そうと知って受け入れたのは、こちらの利点が大きいためだ。

 一言に『探る』と言っても、あまりに積極的だと怪しまれる。どうしたって慎重にならざるを得ない。加え、残りの日数もあと僅か。そんな状況で得られる情報など高が知れている。

 当然、龍園もそんなことは承知の上だ。それでもなお送り込んできたからには、それだけ椎名ひよりを買っている、という事実を表している。

 龍園が認めるほどの実力者であれば、こちらとしても接点を作っておいて損はない。学校生活はまだまだ長いのだし、これも駆け引きの一種だ。

 ともあれ。

 想定が正しければ、龍園がリーダー当てで成果を上げられるのは真嶋クラスのみ。

 そして真嶋クラスは、起死回生をかけて星之宮クラスと茶柱クラスのリーダー当てにチャレンジし、自滅する。

 残ポイント的に、一番得をするのは自分たちなのだ。だったら、敢えてリーダー当てにチャレンジする理由は薄い。勇気と蛮勇は違うのである。

 

「いや、そうだな。済まない。想像以上に上手く運びそうだったので欲が出ていたらしい」

 

 窘められた幸村は、素直にそれを認めて謝罪するのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 コンコン。

 音が鳴った。ドアがノックされた音だ。

 一同は思わず顔を見合わせた。代表して恵が答える。

 

「はーい」

「すみません、椎名です。お客様が来ているのですが、対応をお願いしてもよろしいですか?」

 

 再び顔を見合わせる。お客様とやらの要望次第では、自分たちにお声がかかるのも理解出来る。だが、それで椎名が呼びに来るのは意味が分からなかった。

 

「ゴメン、取り敢えず行ってくるね」

 

 中座を謝罪し、恵はドアへと向かう。

 

「お話し中にすみませんでした」

「いや、それは構わないんだけど、何で椎名さんが?」

 

 椎名の謝罪を受け取った恵は、歩きながら訊き返した。

 各班の班長は会議に参加している。必然として、それ以外の者たちには長めの休憩が与えられた。会議にどれだけの時間を使うか分からなかったためであり、班長なくして規律の取れた行動が出来るか怪しかったからでもある。

 だからこそ、現在ここには、いつも以上に人が残っている筈なのだ。

 

「それが、大半の方はビーチに行ってしまわれまして……。残った方々もお休みになられています」

「あちゃ~。それは……ゴメンね」

 

 言われてみれば納得だ。

 無人島という慣れない環境。可能な限り『普段』に近付けたところで、どうしても限度がある。そこに『試験中』という意識が重なれば、疲労とストレスの溜まり具合は鰻登りだ。

 そんなタイミングで、ビーチスポットの占有と長めの休憩が齎されたのだ。これ幸いと、どちらかの解消に当てるのは自然である。

 そもそも、今こうしている時間は本来なら夏休みなのだ。そうでないにしても、学校生活には休日がある。どこかで休みを求めるのは、ヒトとして当然の心情だろう。

 

(明日と明後日は休みにするべきかな?)

 

 都合の良いことに、食材と遊び場所の提供があったばかり。食材については調理班に確認する必要があるが、それ次第では実行しても損はない。

 全休は無理でも、半休ならば叶う可能性もある。ヒトが生きていく上で、休みは大切なのだ。

 

(お客様が帰った後にでも議題に挙げるか……)

 

 そんなことを考えている間に外に出た。

 あちらです、と椎名が示す先に生徒が一人。距離はそこそこ離れている。木陰に佇み、角度的に顔は良く見えない。体格から女子だろうか?

 ルールを考えた上でだろう。見える範囲には誰もいなかったそうなので、椎名に声をかけた際は仕方ないにしても、それが叶った以上は距離を取ってもおかしくない。どこまでが『占有スポットの無断使用』に含まれるかなど、相手の匙加減一つなのだから。

 つまり、そこまで頭を巡らせることの出来る相手。

 

「ありがとう。椎名さんは休んでて」

「分かりました」

 

 椎名がペンション内に引っ込んだのを見送り、恵は再び足を進める。

 距離が近付く。判別が出来た。

 

(っ!? ……なるほど。ここでこう来るか……)

 

 迎えたのは一瞬の驚き。それを飲み込み、何食わぬ顔を装う。笑顔で話しかける。

 

「ゴメンね、暑い中を待たせちゃって。私は軽井沢恵。一応、うちのクラスにおける代表格の一人。……星之宮クラスのリーダー、一之瀬帆波さんで間違いなかったかな?」

 

 そう、そこにいたのは一之瀬帆波であった。

 

「ううん、気にしないで、軽井沢さん。突然押しかけちゃったのはこっちだし。……それと、一之瀬帆波で合ってるよ。何でか他のクラスからはリーダーとして認識されているみたいだけど、個人的にはクラス委員長って認識して欲しいな? 実際、うちのクラスでは副委員長とか書記とか任命してるし……。あ、今回の試験でのリーダーじゃないからね?」

 

 待たされたことを苦にした様子もなく、人好きのする笑顔で一之瀬は答えた。正に天真爛漫と言えるだろう。

 

「取り敢えずペンションに上がって。用件が何かは分からないけど、お日様の下で話すことでもないでしょ。暑いし。……幸い、アイドル参加者以外の代表格は全員揃ってるし。そのタイミングを狙ってきたんでしょ?」

「お見通しかぁ~。うん、お言葉に甘えてお邪魔させていただきます!」

 

 曲がりなりにもクラスのリーダーとして認識されている人物が出張ってくるのだ。当然、簡単に済む用件なわけがない。

 それとなく恵が問えば、一之瀬は苦笑を浮かべて答えた。次の瞬間には、再び満面の笑みに戻っていたが。

 

(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)

 

 他の面々が待つ、会議室として使用している一室へと案内しながら、恵は気合を入れるのだった。   

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