ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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25話

 契約書 

 

 一之瀬帆波、神崎隆二、白波千尋の3名――以下『甲』とする――は、本特別試験最終日時点での、所属クラスにおけるリーダー情報を茶柱クラス――以下『乙』とする――に提供する。

 それに伴い、甲と乙は以下の条件を遵守する。

 

 ・情報の提供タイミングは6日目夜の点呼以降、7日目朝の点呼前とする。 

 ・甲から乙への情報提供がなかった場合、及び提供された情報が誤りだった場合、甲は乙に所属する生徒一人当たりに対し、2万PPを支払うものとする。

 ・甲からの情報提供を受けた場合、乙は必ず星之宮クラスのリーダー当てを行わなければならない。その際に指定する対象は、提供された情報に沿うものとする。

 

 代表者の署名と学校への提出を以て契約が締結されるものとする。

 

 甲:一之瀬帆波

 乙:

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「何だ……これは……?」

 

 茶柱クラスのベースキャンプを訪れた一之瀬帆波が差し出したそれを見て、幸村輝彦は言葉を震わせた。……いや、動揺を露わにしたのは幸村だけではない。回し読みされる度に、誰もが大なり小なり動揺した。

 これを文字通りに受け取った場合、自分たちの得が多すぎる。その信じ難さに、動揺せざるを得なかったのだ。

 そして、動揺したのは軽井沢恵と松下千秋も同じであった。しかし、その方向性は多分に異なっていたが。

 

「これは……お眼鏡に適ったと喜べばいいのか、それとも利用されることを嘆けばいいのか、どっちだろうね?」

 

 時計回りに恵から読み始め、最後に受け取った千秋が、読んでの感想を口にした。その視線は自分の隣――恵と千秋の間に座らされた一之瀬へと向いている。

 

「その二択だと、個人的には前者で受け取って欲しいかな? そう思う気持ちも分からないではないし、色々な思惑があるのは確かだけど、感謝の気持ちが一番大きいから。……今回の試験中、アイドル活動に参加した神崎くんが、同じアイドル組から色々と教わったんだ。そして、神崎くん以外で参加したのは、全員が茶柱クラス。つまり、貴方たちのお仲間。一々例を挙げたらきりがないけど、分かりやすいところだとPPの稼ぎ方とかリーダーのリタイア作戦とかだね。後者については、直接というよりは『きっかけ』みたいなものだったらしいけど……」

 

 一之瀬の言葉に、一同は銘々に頷いた。あの面子――特に千夜とか有栖とかは如何にもやりそうだ。

 

「いや、だとしてもこちらに得がありすぎないか? どうしても裏を疑ってしまうんだが……」

「そりゃあ裏はあるでしょ。実際、一之瀬さんも認めてんじゃん。色々な思惑がある、ってさ」

 

 悩まし気に口を開いた幸村に、恵が即座に突っ込む。

 幸村はそれを受けて――

 

「あ……」

 

 と言葉を失った。

 

「幸村くんはさぁ、どうもそういうところがあるよね~」

 

 それを見て、麻耶がケラケラと笑った。

 

「取り敢えず、私の用件はこれだけ。時間は少ないけど、ゆっくり考えてみて。同意するんであれば、サインを入れて茶柱先生に渡せば効果を発揮するから。あとは先生方のネットワークでこっちにも伝わるらしいし……。こっちとしては同意しなくても教えるつもりではあるけど、その場合は保険が利かないので悪しからず。……それじゃあ、お邪魔しました!」

「あ、玄関まで送るよ」

 

 一礼して去っていく一之瀬に平田が付き添う。他の面々はそれを見送った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「さって、この契約は受ける一方だと思うんだけど、それを決める前にそれぞれの所感を述べていこっか?」

「所感って……どう思ったか? ってことでいい?」

「うん。付け加えるなら、何でそう思ったか? って部分も触れてほしい」

「えぇ……めんどくさ」

「めんどくさくても必要なことだよ。思考を回す。それを論理立てて説明する。……うちの高校が求める実力者には必須のスキルなんだから。これが出来ているかどうかで大分違うよ? 自分は何でこう思ったのか? それはこうだから。じゃあ、他の人は? って具合に、慣れれば相手の思考にも考えが及ぶようになるからさ」

 

 第1料理班の班長である篠原が思わず愚痴を零せば、恵は真っ向から窘めた。その必要性を語る。

 

「要は駆け引きってことですよね?」

 

 恵の言葉を受けて確認したのは王美雨。第2雑用班の班長である。

 

「そういうこと。別の言い方をすれば『言葉の裏読み』かな? 学力や身体能力が足りてなかろうと、これがあれば渡り合える場合もある。中間テストなんて、正にそのパターンだったでしょ?」

「言われてみれば……確かに」

 

 赤点を取れば即座に退学という厳しいルールだからこそ、期末テストの終わった今でも、過去問を使って中間テストを乗り越えたのは記憶に根強く残っている。

 

「納得いただいたところで、始めよっか。……ああ、私と千秋は最後に回させてもらうから」

「仕方ない……か。癪ではあるが、現状においてお前たち二人の実力は俺たちの中で突出している。理由込みでお前たちが意見を述べれば、俺たちが思考を巡らせる余地は無くなってしまう。『学び』という点では十分な意味があるが、『実践』という点では意味が無い」

 

 不承不承、といった感じで幸村が同意した。

 

「んじゃまあ、私からでいい? 正直こういうの苦手だし……」

「そうだね。苦手な人からでいいと思う」

 

 篠原が確認すれば、平田がすかさず賛同した。特に反対意見もない。

 

「あんがと。……えーと、まずは一之瀬さんの言ってたように『恩返し』だよね? 素直に文面を受け取った限りだと、私たちに不利益はないし……。あとは情報提供のタイミング? ゆっくり考えて、って言ってたから、そこに嘘はないと思う。……私からはそんだけ」

「ありがとう、篠原さん。……他に意見のある人は?」

 

 偵察採集班、料理班、雑用班は各2班ずつ作られたが、挙がる手は疎らである。班長だのと言ったところで、初期配置Dクラスは伊達ではないことを如実に表していた。

 手を挙げているのは、主にペーパーテスト上位勢だ。例外は麻耶と波瑠加くらいだろう。

 

「あちゃ~。主に君たちに頑張ってほしかったんだけどねえ、第2偵察採集班班長の池くん?」

「俺だけ名指しすんじゃねえよ! 手を挙げてねえのは他にもいんだろうが!」

 

 千秋が揶揄えば、池はむきになって反論した。彼が班長になったのは、そのアウトドア経験を買われてのことである。事実、釣りや採集でその能力を遺憾なく発揮しており、食材補給の第一人者と言ってもいいくらいには貢献していた。

 

「池く~ん、そこでむきになるのがダメなんだよ。言ったでしょ? 言葉の裏読み――駆け引き能力を鍛えるのが主軸だって。複数の候補の中から池くんが名指しされたのは、それだけ期待が大きいってことなんだよ?」

 

 池に注意したのは麻耶だ。高校入学を機に始まった関係ではあるが、恵や千秋との付き合いは比較的長い。特に千秋とは同居している。そのため、この二人の裏を読むのは比較的簡単だったりする。

 

「……そうだったのか。悪い、松下」

 

 ところどころ考えやデリカシーには欠けるものの、根は単純な池である。持ち上げられれば、素直に頭を下げられる男であった。

 

「いいよいいよ。……まあ、今のが鍛えた実例だね。私の言葉を素直に受け取った池くんと、私の言葉の裏を読んだ麻耶。違いが一目瞭然でしょ? 付き合いの深さや持っている情報の多寡で難易度は上下するけど、間違いなく武器になるよ」

「凄いね、佐藤さん。松下さんや軽井沢さんもだけど、一体どうやって鍛えたんだい? 普通に過ごしてるだけじゃあ、そこまではならないと思うんだけど?」

「ん? 主にTRPGだよ。後は実例を見まくるのも重要かな? 『慣れ』と『習い』だね。……平田くんにも十分な下地はあると思うよ? サッカーの試合運びを考えたりするでしょ? ゲームメイクって言うんだっけ? やってることはそれと同じなんだから」

 

 至極当然、といった態で麻耶は平田に答えた。……これを機に、茶柱クラスではTRPGが流行したとかしないとか。

 ともあれ、身近なサッカーを題材にされれば、平田はすんなりと納得出来た。要は技術の活用先が異なるだけなのだ。

 

「はいはい、いつまでも脱線してないで戻すよ」

 

 恵が手を叩いて流れを戻す。

 

「じゃあ僕から。サッカーを例に出されたからより強く思ったんだけど、『借りを返す』、『負けたくない』、『対等になりたい』……こういった思いの表れでもあると思うんだ。あちらの立場に立って、クラス闘争に視点を置いた考えだね。僕たちの場合は同じクラスだけど、個人的にこう思っている人も少なくないんじゃないかな? 実際、僕もこう思ってる部分はある。本当に立場や視点を入れ替えただけなんだ」

 

 なるほど、と一同は頷く。

 千夜たちは同じクラスの仲間であると同時に、成績を競い合うライバルでもあるのだ。特に幸村や王は能力的に学力タイプだ。自信のあるペーパーテストで、軽々と自分より高得点を叩き出された衝撃は強く残っている。凄い、という賞賛の気持ちは確かにあるが、それだけでないのも確かなのである。

 分野が異なるだけで、大なり小なりそういった気持ちを抱いてるのは、この場の全員に共通していることを意味していた。

 

「次は私が。理由まではハッキリしてないんですけど、それでも良いですか? ……ありがとうございます。私が気になったのは甲乙の分け方ですね。乙は私たちのクラスそのものを指定してますけど、甲は星之宮クラスの3人だけ。わざわざこうしたからには、きっと何がしかの意味があると思うんです。その肝心の部分が、まだ見えてこないんですけど……」

「ありがとう、王さん。誰かその部分が見えてる人はいる? 私の意見を言っても良いんだけど、まだ挙がってない部分が絡んでくるから、個人的にはちょっと上手くないんだよねぇ……」

 

 美雨がハッキリと、しかし、どこか自信なさげに言う。

 それに対し、恵は不満を言うこともなく、補足する意見がないかを確認した。

 手を挙げたのは幸村だ。

 

「では、俺から良いか? その挙がってない部分と同じかは分からんが、俺が気になったのはペナルティ部分だ。一人当たりに対して2万PP……これは些か重すぎないか? リーダー当てを外した場合のペナルティは-50試験ポイント。=50CPであり、PPに換算すれば一人当たり5000だ。感謝の気持ち、と向こうが言っている以上、外した場合もこちらに得がなければならない。だから直接換算額よりも多いのは分かる。分かるが、それなら1万PPでも十分じゃないか? それに何より、2万PPだと1クラスで80万PPに達する。うちの場合は一人退学者が出ているが、それでも78万PPだ。……あいつらからPPの稼ぎ方を教わった、と一之瀬は言っていたが、そんな奴にそれだけの大金を支払うことが出来るのか? 俺は友人らしい友人がいないから確かなところは分からんが、付き合いが増えればそれだけ出費も増えるだろう? 特に星之宮クラスは仲が良いことで知られている。当然、それだけ出費も嵩む筈だ。それらを踏まえて考えると、3人でも78万PPを支払うなんて無理だと俺には思えるんだが?」

 

 幸村の意見を聞いて、一同は考え込んだ。サラリと悲しいことも言っていたが、大枠においてその内容は尤もである。

 

「誰か、星之宮クラスのCP遷移って覚えてるかな?」

「毎回メモは取ってますけど、流石にこの場にはありません。最新評価は覚えてますけど、それ以前となると……」

 

 平田の問いに答えたのは美雨だったが、それは望んだ内容ではなかった。しかし、文句は言えない。平田も同じだからだ。

 

「そもそも、メモ帳は島に入る際に没収されたからな……。その時は不満に思ったが、特別試験の説明を受けてすぐに納得した。『書き込める』、『情報を残せる』というのは、この試験ではかなりのアドバンテージになるからな。全クラス、マニュアルの限られた部分だけならば公平だ。……が、その時に思ったのはそこまでだった。それ以前の情報を確認する必要性なんて、意識の片隅にも上がらなかった。再確認こそがメモ帳の本義だというのにだ。……今ここで改めて痛感した。どうにも俺は主観に囚われ過ぎる。一種の『頭でっかち』なんだろうな……」

 

 幸村は深々と溜息を吐いた。周りは何も言えない。そういった面があるのは事実だからだ。

 沈んだ空気を入れ替えるべく、平田が口を開く。

 

「確認は出来ないから推測になっちゃうけど、1万PP――38万なら3人でも払えなくはないと思うんだ。けれど、敢えて2万PPにした。そして、そこが王さんの気になった部分と密接に絡んでくるんだと思う。仲の良いクラスだったら、周りから集金すれば78万も簡単に集まるだろうしね」

「それだ、平田!」

 

 何気なく言った言葉に対し、強い反応を示したのは幸村だった。

 

「え?」

 

 平田が訊き返すも、幸村は反応を返さない。ブツブツと、まるで自問自答が如くに口を開く。

 

「そうだ、俺は自分で言ってたじゃないか! 3人でも無理だ、と。それは契約書に書かれていた名前が3人だったからでもあるし、中間テストの過去問を松下から買う際、池が須藤と山内からポイントを集めていたのが記憶に残っていたからなんだ! 実例を目にしていたから、集金という考えにも意識が及んだ。だが、契約書に書かれているのが3人だから、そこで考えがストップしてしまった。しかし、一之瀬は星之宮クラスのリーダーなんだ。『ポイントで買えないものは何もない』、入学当初から言われていたことだが、ならばこそ万が一に備えて貯蓄していてもおかしくはない。ネタ晴らしがあった後なら尚更だ。実際、俺も常に一定は残している。それを『クラス規模で行わない』とどうして断言出来る!? そして、団結力の強さが取り沙汰されるクラスで、どうして一之瀬がリーダーとして持ち上げられる? どうして一之瀬の知名度だけが格段に高い? 答えは一つ。率先して動いたからだ。それは当たり前の行動だったのかもしれないが、当たり前だからこそ一定の理はある。協調性の高い生徒が揃っているからこそ、周囲も反発を露わにすることなく従った。内心では反発を抱く生徒も、空気に呑まれて押し黙った。そう、一之瀬の一強状態こそが、星之宮クラスの強みであり弱点なんだ! ……クラス単位で集金システムを実行していた場合、その額は百万を軽く超えるだろう。そんな大金を、一之瀬の意思一つで扱える状況にある。この3人は、今回の試験を通して、そんな状況に強い危機感を抱いた。言わば、周りは一之瀬のイエスマンばかりだからだ。確かに一定の強みはあるが、果たして健全な組織と言えるか? 言えるわけがない! 今回の一手は、それを是正するための手段だ。敢えて反発を起こさせるのが目的だ。……この契約書を見た際に松下は言ったな? 利用されることを嘆けばいいのか、と。そう、この契約を受ければ、正しく俺たちは利用されることになる。だが、受けることで十分なメリットもある。受けた方が得だ。……向こうにとっても、確かにペナルティは痛い。しかし、この契約が結ばれた場合、実質的なペナルティはどちらか片方だけで済む。加え、クラス闘争が切っても切り離せない学校生活において、クラスの外に『協力関係を結び得る相手』が出来上がる。これは大きい。ぶつかる時はぶつかるにせよ、常に三面の敵を抱えるよりは遥かにマシだ。同じことは俺たちにも言える。……つまり、この契約書の真意は『対等な同盟関係の提案』だ!」

 

 普段の幸村らしからぬハイテンション。口を挿むこと何人たりとも許さず、と言わんほどの長口上。実際、口を挿む暇は無かった。

 それでも、周囲の面子は呆気に取られこそすれ、文句を言うことはなかった。誰しもこういう一面があるものだからだ。むしろ、珍しい光景を見られたことに、喜びを露わにする者がちらほらといる。その筆頭格は平田だろう。

 自らを曝け出す、というのは存外難しいものだ。我を忘れて、ということもあるだろうが、それには相応の要因がいる。今回で言うなら『思考の没頭』だろう。だが、その代償として、幸村は周囲への壁を取り外したのだ。無論のこと一時的なものであろうが、素が見れたのは大きい。自覚の有無がどうあれ、幸村が自分たちのことを、『素を見せても問題のない相手』と認識しているに等しいからだ。それはある種の信頼や信用がなければ出来ないことだ。

 語るだけ語った幸村は、息も荒く呼吸を重ねている。

 パチパチ、パチパチ。拍手の音が響く。

 その内容にか。それとも態度にか。それは分からない。それでも、間違いなく幸村への賞賛だった。

 

「お見事!」

「あとは、期せずしてAクラスに上がったことに対する不安もあるかもしれないね。この契約を受ければ、私たちは星之宮クラスのリーダーを当てることになる。他のクラスが当てられない中で、私たちだけが当てる。必然的に、真嶋クラスと坂上クラスの視線は私たちに強く向けられる。今まで以上にね」

「結果、矛先は僅かなりと分散される。……こういうことだね?」

「そういうこと。……以上を踏まえた上での確認だけど、どうする? この契約、受ける?」

 

 一同を見渡して恵が問う。

 

「受けるべきだろう。受けないことによる得がない。ポイントは増えるかもしれないが、星之宮クラスの敵対意識がより強くなるのは間違いないからな。……学校生活はまだまだ続くし、特別試験だって何があるか分かったもんじゃない。中には他クラスとの協力を余儀なくされるものだってあるかもしれないんだ」

「そうだね。僕たちは発展途上だ。まだまだ足場固めは必要だし、こういう言い方は何だけど、余計な敵を抱える余裕はない」

「それじゃあ、契約は受けるってことでいいね?」

 

 反対意見はない。

 

「それじゃ、私から次の議題があるんだけど……明日と明後日、休みにしない? 全休は無理でも、半休は確保しない?」

 

 一つの案件が終われば、また別の案件。

 こうして、会議はまだまだ続くのであった。

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