ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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26話

 その日の夜、幸村輝彦はベッドに身を預けながら、しかし眠ることなく考え事に耽っていた。

 脳裏を巡るのは夕食後の出来事。

 星之宮クラスから契約を持ち掛けられたこと、代表陣による会議の結果、受けることを決めた旨を伝えた。

 これによる反発は無かった。契約書を見る限りは得しかない内容だ。クラスの大半が諸手を挙げて喜んだ。……その現実に、代表陣は悲しくなった。一切の疑問質問が上がらなかったためだ。或いは抱いた生徒もいたのかもしれないが、出て来なければいないのと同じである。

 そのまま、明日と明後日を休みにする旨も伝えた。最低限の作業はあるが、それだけだ。

 他クラスの偵察に力を入れる必要もない。料理は作り置きやバーベキューで済ませる。坂上クラスから提供された物資を使えば難しいことでもない。

 アイドル組が休みになるかは会社との交渉次第だが、特に不満は上がらなかった。

 そして、雰囲気が上向いている最中に有栖が言った。

 

「全クラスのリーダー当てを行います」

 

 水を差された感じになったが、すかさずに有栖は続けた。

 

「外した場合は、一人当たりに対して10万PPを補填します」

 

 それで詰みだ。

 当たっても外れても損はない。損はあるが、有栖が身銭を切って補填する。

 そこで満足してしまい、不満の声が上がることはなかった。当然、質問や疑問も。補填にかかる膨大なポイントに関しても、『坂柳有栖ならばおかしくない』で勝手に納得している。入学時からの行動やパーティールームの件もあり、クラスメイトの中では雪村千夜=坂柳有栖=軽井沢恵となっている部分があるのは否めない。

 そんな中で、幸村は質問をした。単純に気になったからでもあるが、周囲に少しでも声を上げてもらう目的もあった。結局、続く者は誰一人として現れなかったが。

 

「今でも十分な成果は上がっている。敢えてリスクを冒す必要はあるのか?」

「将来的に、私は事業を展開するつもりですので……」

 

 質問の答えになっていなかった。怒鳴りかけたが、踏み止まった。

 思考を回す。言葉の裏を読む。その必要性と重要性を、身につまされたばかりだったからだ。

 逆説的に考えると、有栖の返事は答えになっているのだ。分からないということは、思考の巡りが足りないことを意味している。

 だから、解散して以降もずっと考えている。幸いと言うべきか、ペンションに娯楽品の類はない。従って、夜は寝るしかすることがない。かてて加えて明日は休みである。寝坊しても文句は言われない。思考を巡らせる時間は十分にあるのだ。

 しかし、未だに答えが出ない。答えを導き出せるだけの情報は集まっている筈なのにだ。それでも導き出せない以上、自分がその情報に目を向けていないことを意味している。

 

「まあ、そんな簡単に分かったら苦労はないか……」

 

 それも当然。分かりきった結果に、幸村は息を吐く。

 今日は雑用らしい雑用をしていない。そのため、身体を動かしてもいない。早い話が疲れていないのだ。そんな状態では、寝ようと思って眠れるものでもない。思考を巡らせたのは、眠りに就くまでの時間潰しに過ぎないのだ。

 

「誰かに相談出来れば違うかもしれないが……」

 

 そんな相手が幸村にはいなかった。まあ、ペンション内にいるのは曲がりなりにもクラスメイトだ。中には相談に乗ってくれる相手がいるかもしれないが、その見当が付かなければ意味はない。

 時間的な問題もある。やることがないのは相手も同じだろうが、夜分に押しかけるのは迷惑に違いない。特に親しくもないなら尚更だ。

 コンコン。――思考を邪魔するように、静寂を破るように音が鳴った。

 もう一度、コンコン。――間違いない。誰かが訪ねてきた。

 非常識な。そう思いつつも、そこまで反発は湧かなかった。むしろ、歓迎する気持ちの方が大きいかもしれない。

 足取りも軽くドアへと向かう。 

 

「……はい?」

「夜分に悪いな、幸村。夕方の件で確認したいことがあるんだが、今は大丈夫か?」

 

 果たして、ドアの外にいたのは一人の男子だった。名は三宅明人。クラスメイトだから知っているが、それだけの間柄でしかない。

 三宅は手にペットボトルを持っていた。中身はお茶だ。千夜が採集した薬草から作った薬草茶である。

 

「ああ、丁度いい。こっちも誰かに相談したいことがあったんだ。……まあ、入れ」

 

 寝室の間取りはどこも同じだ。ベッドの他には小型のテーブルと椅子くらいしかない。本当に寝るのがメインの部屋だ。

 それでも、2、3人なら入れるし、必然的に相談も出来る。

 テーブルにお茶を置いたら、三宅を椅子に座らせ、自身はベッドに腰掛けてから、幸村は口を開いた。

 

「それで、確認したいことがあるらしいが……何で俺に?」

 

 それは純粋な疑問だった。幸村と三宅はクラスメイトという関係でしかないのだ。ピンポイントな用件があるならまだしも、そうでないならわざわざ自分を訪ねる理由が思い浮かばなかった。

 

「俺は、あまり人付き合いが得意じゃなくてな。気を悪くしないでほしいが、このペンション内で話しかけようと思える相手はお前しかいなかった。早い話が消去法だ」

「気を悪くする必要がないな。俺にとっては十分に納得出来る理由だ。俺も、人付き合いは得意じゃないからな……」

 

 勉強と運動。得意分野は異なれど、騒がしいのを好まない二人がまともな交流を持った、初めての瞬間だった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 無人島特別試験5日目。

 幸村と三宅は行動を共にしていた。珍しい光景ではあるが、何よりも珍しいのは幸村が運動に精を出していることだった。

 

「ほら、頑張れ頑張れ。まだ先は長いぞ」

「はぁ……はぁ……分かった」

 

 三宅の檄が飛び、幸村が息も絶え絶えに言葉を返す。

 彼らが行っているのはビーチダッシュだ。一定の距離を、往復する形で何度も走っている。走り難くはあるものの、固い地面と違って転んでも怪我をする確率は低い。

 恰好は水着だが、これは後ほど水泳を行うためである。折角の環境だ。十全に利用しない手はなかった。

 

「よぉ、幸村。珍しいじゃねえか。お前が運動に精を出すなんざ、どういう風の吹き回しだ?」

 

 そこに声をかけてくる人物が一人。千夜だ。会社との交渉は上手くいき、アイドル組もまた今日、明日が休みとなっていた。……正確には、ついさっきそう決まった。まあ、元々無人島では出来ることが限られていたので、連日休みに等しい状態だったのだが。

 

「……お……れ……し……」

 

 何とか答えようとする幸村だったが、ハッキリ言って言葉になっていなかった。自然、千夜の視線は三宅に向かう。

 

「まあ、俺たちなりに思うところはあるってことだ。今までにも危機感はあったが、実際に特別試験なんてものを受けることになって、より高まった、と言うべきか……。俺にしろ幸村にしろ、得意分野でならクラスの力になれる自信はあるが、それ以外はお察し、どころかお粗末に過ぎるものまである。……たとえぼんやりとしたものでも、一応は目標があって入学した身だからな。いつまでも『おんぶに抱っこ』じゃ、自分で自分を許せないんだよ。そんなわけで、互いに協力し合ってやれることをやってこう、ってなったわけだ。俺は幸村の運動面を鍛え、幸村は俺の学力面を鍛える。人付き合いが苦手な者同士、Win-Winの関係ってやつだな」

 

 三宅の説明は、千夜としても納得のいくものだった。

 そして、内心で満足する。色々とクラスに干渉してきた甲斐があったというものだ。

 

「そいつは結構なことだ。何事であれ、頑張るヤツは嫌いじゃない。俺に協力出来ることがあったら言ってくれ。可能な限りは力になるからよ」

「はぁ……はぁ……その、ときは……頼む」

 

 何とか呼吸も落ち着いてきたようで、今度は幸村の返事を聞き取ることが出来た。

 まだ幸村を休ませる必要があると判断したのだろう。三宅が千夜に問いかける。

 

「ところで、訊きたいことがあるんだがいいか?」

「構わんぜ。答えるかは内容次第だが」

「ああ、それで良い。……お前は何か武道をやってたのか? こうして見ていても、立ち姿にブレが無いのが分かる。そこまでなるのは相当な努力をしたんだと思うが、その割に部活に入ってないのが不思議でな」

 

 その問いに、千夜はピクリと眉根を動かした。立ち姿のブレなど気付く者の方が少ない。年齢を鑑みるなら尚更だ。

 

「よく分かるもんだ。俺たちくらいの年齢じゃあ、立ち姿を気にかけるヤツはいても、判別出来るヤツは少ないと思ってたが……」

 

 余程に正しい事例を目にしていない限りはその筈なのだ。

 

「これでも弓道部だからな。中学時代には県大会に出場したこともある。……とは言え、俺自身は未だその領域に至っていないけどな」

「なるほど、弓道か。納得だ。……俺は家伝の剣術だな。元は天然理心流と聞いている」

「天然理心流というと、新選組が有名だな。局長の近藤勇、副長の土方歳三、そして一番組組長の沖田総司……この誰もが天然理心流の使い手だった筈だ」

 

 復活した幸村が横から口を挿む。

 

「ああ、その土方歳三が俺の先祖だ。時の蘭方医の養女によって一命を取り留めた彼は、身を隠す目的もあってそのまま婿入りしたって話だ。函館戦争後も生き抜いたっていう、いわゆる『生存説』の一種だな。……当時のことなんぞ伝聞でしか残ってないし、戦争ともなれば混乱も相当だった筈だ。死亡鑑定だって今ほど優れているわけじゃない。信じる信じないは任せるが、生存説が語られるだけの余地はあるってこった」

 

 気楽な様子で、千夜は真実の一端を語った。所詮は昔話であり、今となっては真偽の確かめようもない。

 また、この真贋定かならぬ昔話を力にしている一面が雪村にはあった。

 ヒトは夢を求めるものであり、その対象は時として過去に及ぶ。だからこそ、『夢のある話』として雪村には人気が集まる。人気が無ければ廃れてしまうので、雪村も後押しには余念がない。家伝剣術として天然理心流を伝えているのも、分家に土方と斎藤を名乗らせているのも、それが真実であると同時に、再度の没落を防ぐための手段であるのだ。

 更に、雪村を語る上でのスケープゴートとしての役割もある。

 真に秘すべきは『雪村が鬼である』という事実だ。そう簡単に知られないように手は打っているし、知られたとしても素直に信じられる内容ではないが、世の中に『絶対』は無いのである。実際、宗家も分家も、鬼の血が濃い者は応じて身体能力や治癒能力が高くなる。それは同年代とは比較にならないほどだ。

 だから、相手の方で勝手に誤解してくれるように色々と手を打っているのだ。

 

「まあ、生存説の中には『ロシアまで落ち延びた』という話もあるからな。それに比べれば、国内で済んでいる分だけまだ現実的なのか……?」

 

 首を傾げつつ、幸村はそう言った。

 これこそ、生存説を最初から全否定していない証左であった。引いては、如何な真実味のない話でも一考の余地があることを如実に表している一例だ。

 千夜の鬼化――ただし、角は出していない。――を目撃した清隆も、『気功』や『霊力』に『神秘』といった、いわゆる『オカルトの産物』だと誤解したらしく、暇さえあればその手の本を読み漁っている。……八瀬に残っている資料によると、千鶴よりも更に旧い雪村の祖は冷気を操ったらしい。故郷のことも踏まえると、必ずしも可能性はゼロではない。

 

「……っと、ちょいとした声掛けのつもりが、思いの外邪魔しちまったな。俺は行くから頑張ってくれ」

 

 一言謝罪を入れた千夜は、手を振りつつ歩き去る。悪いな、とその背に二人の声が掛かった。

 千夜を見送った二人が、再び走ろうとしたその時だった。

 

「お付き合いしますね」

「私も、お願いします」

 

 彼らの横に並び立つ姿があった。有栖と愛里である。こと体力では学年でも最底辺に位置する二人だった。……まあ、有栖の場合、病み上がりとは思えないほどに運動神経は良いのだが。長きに亘る闘病生活により、本当に体力の最大値が低いだけなのだ。

 彼女らもまた水着姿だった。どことは言わないが明らかな差がある。とても同い年とは思えないほどだ。

 

「いや、済まん。一緒に走るのは良いんだが、その前にジャージを着てくれ」

「人付き合いが苦手なだけで、俺たちも男なんでな。何と言うか、直視出来ん」

 

 だからまあ、礼節のある完全男子な二人が、顔を逸らしながら懇願するのは当然の帰結であった。

 

「あら? これは失礼。二人とも、うちのクラスとは思えない礼儀正しさですね」

「はわっ!?」

 

 それに対し、有栖は小悪魔チックな笑みを浮かべ、愛里は今気付いたとばかりに胸を抑えた。

 そんな一幕がありつつも、改めて走ったところ。

 

「……驚いたな。体力の無さからは信じられないほど、坂柳は運動神経が良いんだな。まさか、俺と渡り合えるほどとは思わなかった。……回復力も早いし、これで体力がついたら正に知勇兼備だな」

「ええ、ありがとうございます。先天性心疾患の手術を行うに当たり、雪村は打てるだけの手を打ちましたからね。手術後の経過観察でもそれは同じです。お陰様で、このようにアンバランスなのですが……」

 

 有栖と三宅は同着だった。

 初速は有栖の方が遥かに速かったが、失速するのも早かった。結果、終始安定した速度の三宅に追いつかれる形となったのだ。また、有栖は走った直後の息切れこそ激しかったものの、それも間を置かずして落ち着いた。……三宅が驚くのは当然と言えるだろう。

 ちなみに、愛里と雪村はまだゴールしていない。後方でデッドヒートを繰り広げている。

 

「……順当に行くと、体育祭って9月か10月だよな?」

「だと思いますよ? 『スポーツの秋』という言葉もありますしね。まあ、断言は出来ませんが……」

「……大雑把に秋と仮定してだ。やっぱり体育祭も特別試験だと思うか?」

「さて、それはどうでしょう? 言ってみれば、どこの学校でも行われる行事ですからね。ポイントが大きく動く可能性は否めませんが、『特別試験』と言えるかどうかは疑問が残ります」

「……取り敢えず、『ポイントが大きく動く』という点では否定が無いんだな?」

「ええ。『個人への還元』という点では、あまり期待は持てませんが……」

「……実感したよ。お前との会話は疲れる。まあ、為になるのは確かだが……」

「あら? それはそれは……」

 

 ゲンナリとした三宅に対し、有栖は如何にも愉しげだ。

 

「率直に訊くが、個人成績の低い奴にペナルティはあると思うか?」

「ええ、それはあると思いますよ。求め方までは定かでありませんが……」

「……そうか。普通に考えれば、全員参加競技と推薦競技があるか……」

「はい。なので、現状では『ペナルティがある』とだけ考えておけばいいかと思います」

「……だな。それで、あいつ等はペナルティを免れることが出来ると思うか?」

「………………難しいところですね。運動が苦手な生徒は一定数いると思いますが、正直に言って『どんぐりの背比べ』でしょう。どちらの可能性もある、としか言えませんね」

「ふぅ……。頭のいいお前でも断言は出来ないか……。なら、やはりこの夏休みが勝負になるか……」

「そうですね。やるだけやって損はないかと思いますよ?」

 

 そこで、漸く愛里と幸村がゴールした。紛れもない同着である。

 

「幸村、夏休みは厳しくいくぞ。体育祭で結果を出せるかは、そこが勝負だと思え」

「はぁ……はぁ……わ……かった……」

 

 三宅が断固とした態度で言えば、幸村は息も絶え絶えに頷くのであった。

 

「もちろん、佐倉さんもですよ?」

「……は……い……」

 

 その陰で、愛里はイイ笑顔の有栖に圧迫されているのだった。

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