無人島特別試験5日目。
「あれ? どうしたの、神崎くん。何か忘れ物でもした?」
神崎を出迎えた一之瀬が第一に発したのがそれだった。おかえり、ではない。
それに対し、無理もないな、と思いつつ神崎は苦笑を浮かべる。
いつもであれば、昼食を食べに来るのを除いてアイドル組としての活動に終始している。戻ってくるのは夕方だ。
それが、お昼より随分と早く戻って来たのだから、忘れ物でもしたか? と考えるのは至極妥当である。
「いや、もう終わって来たんだ。……昨夜のことなんだが、茶柱クラスは今日明日を休みにすることを決めたらしい。まあ、あまりに急だが、作戦として悪くはない。如何に設備の整った拠点を手に入れても、慣れない環境ではストレスも溜まっているだろうからな。……そして今日、そのことを会社側に伝えに来た。ついでに相談もな」
なるほど、と一之瀬は頷いた。
「本来なら夏休みだし、騙し討ちに近い形での試験参加だからね。学校だって土日は休みにしているんだから、完全な形では難しくとも、私たちが休みを取り入れたってはおかしくない。……それは会社側でも同じ筈だし、何よりこの島では出来ることが少ない。神崎くんの話を聞いている限り、この島では親睦の構築をメインにしているフシがあるしね。だったら、無理に突っぱねる必要もない。……そんなところかな?」
「ああ。所定のダッシュを済ませれば、あとは自由解散だ。……アイドル活動をしないとなれば、茶柱クラスの占有したビーチに居続けるのは心苦しい。加えて言えば、クラスの方に参加出来てないのも同様に思っていたからな。そんなわけで、これ幸いと戻ってきたわけだ」
微笑を浮かべて神崎は言った。
それに納得を示しつつ、一之瀬は歩を進めた。向かう先はテントだ。神崎もそれに続く。途中、クラスメイトに白波を呼ぶようお願いする。
テントに着くと、元から中にいた生徒たちがそそくさと去っていく。星之宮クラスでは珍しくもない光景だ。一之瀬と神崎が揃って話し合うとなれば、一種の『首脳会議』と認識されているらしい。これに白波千尋と浜口哲也が加われば確定である。
それを否定する気は無いのだが、二人としては『もっと参加してほしい』というのが本音である。現状はあまりに閉ざされ過ぎており、ならばこその危機感も大きい。
本試験における役割として、一之瀬が全体、及び本部指示、神崎がアイドル活動という名の情報収集兼他クラスとの関係構築、白波がリーダー、浜口がリーダーの囮兼外回り指示となっている。
必然的に、日中は神崎と浜口が不在がちになる。白波はスポット占有以外はほぼ本部勤めだ。
夜は夜で、浜口は早期に休息をとる。神崎と比較した場合、体力的に劣っているにも拘らず、あちこち動き回らなければならないためだ。
そんなわけで、会議は主に夕方以降、浜口を除いた3人で行われている。……まあ、今日明日は例外となるだろうが。
「ところで神崎くん? 契約については受ける旨が伝えられてきたけど、それについては何か言ってた?」
「衆人環視の中、物の見事に釘を刺されたよ。『私たちのリーダー当てにチャレンジしても構いませんよ?』……だとさ」
「へぇ~。元々バレる前提ではあったけど、随分と強気なことで……。今の私たちには真似出来ないなぁ~」
「有――坂柳がそう言った途端にざわついてたから、クラスの決定、ってわけでもなさそうだったけどな。あくまでも、一個人か上層部としての意見だろう。だが、不満らしい不満は上がらなかったから、ある程度の統制は執れていると思う。また、『そのくらいの方が、こちらとしても頼もしいですからね』とも言っていた。……穴を突くのもまた戦術。事の是非はどうあれ、そういった姿勢には一定の理があることを認めているんだろう」
契約書には敢えて穴を作っておいた。非常に分かりやすい穴だ。相手の指針を測る上での、ダメ元の一手であった。
半ば以上無視される確率が高かったが、そう言われると実に悩ましい。おそらくはこちらの思惑を読んだ上での言葉である。手強いことに間違いはないが、実に優しく、頼もしい。今後も付き合っていく中で、『隙があったら食ってもいい』と相手は教えてくれたのだから。
茶柱クラスに感謝の念があるのは本当だ。……が、それはそれとして、クラス闘争の相手であることに違いはない。
一之瀬個人としては、割合真っ向勝負を望む。しかし、あまりに道理に外れたものでなければ、己が信条に固執するつもりもない。
そして茶柱クラスは、クラスに影響力を有する人物が正攻法以外も是としている。それを知れただけでも十分な収穫と言えるだろう。
「ついでに言えば、茶柱クラスは真嶋クラスと坂上クラスのリーダー当ても行うらしい。坂柳がそっと言ってきた」
「うわっちゃ~。また判断に悩むことを……」
言葉通り、一之瀬は頭を押さえて悩みこむ。
「それを信じるに足る根拠はない。ブラフということも十分に有り得る。……だが、言ってきたのが坂柳だからな。最初から切り捨てるのも難しい」
「……まあ、そこの真偽は一先ず置いておこうか」
それが妥当である。どちらの可能性も等しく有り得るのだから、真偽を論じるのは時間のムダだ。
「帆波ちゃん、いる? 何か呼んでるって聞いてきたんだけど……」
テントを開けて白波が入ってきたのはそんな時だった。
「あれ、神崎くん? 何か忘れ物?」
神崎を目にするや否や、やはり忘れ物の確認をしてくる。二重の意味で苦笑しつつ、神崎は訂正を入れたのだった。
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白波にもざっとした説明を済ませたあと。
「ねえ? 前にも思ったんだけど、学校の初回評価って間違ってるんじゃない? 帆波ちゃんがBクラスなのは、個人的には嬉しいし、過去を聞けば『仕方ないかな』とも思えるんだけど……色々差し引いても、AクラスよりもDクラスの方に優秀な人物が揃ってない?」
白波が真っ先に口にしたのはそんな言葉だった。
正直、一之瀬と神崎もそれには同意せざるを得ない。確かにAクラスにも葛城康平や橋本正義といった優秀な人物はいる。だが、それを踏まえた上でも、Dクラスの方が粒揃いだと感じてしまうのだ。
「それを言ったらお終いだろう。……と言うか、そこに関しては既に結論が出た筈だ。気持ちは分かるが、何度も蒸し返すのは止めてくれ」
それに同意しつつも、神崎は呆れ気味に窘めた。
結局のところ、クラス内の平均や傾向の都合でしかないのだ。少なくとも、神崎たちはそのように結論付けた。桔梗によるクラス評もそれを後押ししている。だからこそ、そこについて論ずるのは、それこそ時間と労力のムダでしかない。
「は~い。……じゃあ、もう少し有用な話をするとして、坂柳さんの話を信じる場合、リーダーは誰を指定すると思う?」
最初は不貞腐れた様な顔をしたものの、それも極僅かな間。程なくして真面目な顔つきになった白波は、二人へと問いかけた。
「坂柳の得ている情報が俺たちと同じだと仮定した上でなら、真嶋クラスの候補は一人しかいないだろう。――鬼頭隼だ」
「それは何故?」
「龍園がそう言って寄越したからだな。まあ、その時点で信憑性はないと思うが……」
以前に自分たちが龍園へと仕掛けた攻撃は、半ば上手く行き、半ば失敗した。龍園が動く前に茶柱クラスの誰か――おそらくは有栖が便乗したのが誤算だった。結果、自分たちの狙いは龍園に見破られたが、その龍園が葛城を動かすことに成功した。
これは有栖の思惑通りであり、このまま行けば当初よりも上々の結果となる。リーダのリタイアによるペナルティは負うが、龍園は攻撃対象を見失い、真嶋クラスは自滅することになるからだ。……龍園に攻撃を失敗させる、という点では作戦成功である。
そして、何を考えたか龍園は真嶋クラスのリーダーを教えてきた。それと同時に、坂上クラスから生徒を一人送り込んでいる。一部とはいえ坂上クラスの購入した物資とセットなので、こちらとしても引き受けるのに不満は無かった。
一之瀬が契約の提案について茶柱クラスのベースキャンプへと赴いた際、その場で坂上クラスの生徒を目撃している。ならば、きっと真嶋クラスへも誰かが送り込まれているだろう。
「普通に考えるとそうだよね? けど、坂柳さんはチャレンジするらしいし……。じゃあ、相違の原因はどこだと思う? 坂柳さんは詭道も認めている。だからこそ、龍園くんの言葉が嘘である可能性も考えている筈。その上で、龍園くんの言葉を信じる理由は?」
結局の問題はそこだ。
ある意味で、龍園への信用性と信頼性は高い。高いからこそ、その言葉を信じられないのだ。信じるに足る根拠が無いのだ。
だが――
「私は何となく分かるよ。坂柳さんが龍園くんの言葉を信じる理由」
悩む一之瀬と神崎を余所に、白波はそう言った。
「どういうことだ?」
「たぶんだけど、非常に個人的な理由なんだと思う。説明しても、中々理解は得られない類の。言ってみれば、私が帆波ちゃんを信じるのと同じ」
言われた二人はハッ! とする。
確かに盲点であった。リーダー当てを外した場合のペナルティは大きい。そして、茶柱クラスが占有したスポットエリア的に、試験ポイントは殆ど使っていない可能性が高い。
そんな余裕のある状況でチャレンジするのだから、万人が納得出来るだけの確固たる理由がある、と思い込んでいたのだ。
「……確かに、有り得なくはない。俺に色々と助言したのも、多分に個人的な恣意が含まれる筈だからな」
神崎が呟く。同意出来る根拠はあるのだ。
「う~ん? 確かにその理屈は分かるけど、それなら尚更理由を絞り込むのは難しいんじゃない?」
「そうでもないよ? ここで重要なのが、坂上クラスのリーダー当て。大半はリタイアしたようだけど、それでも尚リーダーとして考えるなら誰になる?」
「それは……やはり龍園じゃないか? 奴がリタイアしていない、という根拠はないが、今回の試験で指示を出していたのは間違いなく龍園だ。なら、最後まで残っているとは思う」
「うん。私も、龍園くんは最後まで残っていると思う」
白波の問いに、神崎と一之瀬が答える。根拠とするには弱いが、それでも坂上クラスのリーダーは龍園としか思えなかった。
「そこだよ。神崎くんの言ったことこそが答え。根拠としては弱い、そう思っているかもしれないけど、坂柳さんにとってもそうなのかは分からないでしょ?」
しかし、白波にとっては違った。断言するに足る根拠たり得た。
「それはそうだが……」
「私は帆波ちゃんを信じてる。信奉している、と言ってもいい。重いと思う? 私もそう思うよ。だけど、自分でも止められないんだ。よっぽどのことが起きない限り、この想いは残り続けると思う。そこに、余人の賢しらな意見なんか、必要ないし関係ない。……信じる対象が違うだけで、坂柳さんも同じなんだよ」
そう言われてしまえば、二人に返す言葉はない。
他ならぬ『一之瀬帆波ガチ勢』が、自分の想いについて断言するのだ。白波を親友と思っている一之瀬とて、そこについては理解も納得もしきれない。そういう人種がいる、という知識はあっても、我が身に向けられるのは勘弁願いたいのが正直なところ。さりとて、それを理由にして白波を拒絶することも出来ない。故に、そういう
有栖の根拠もそういう類のモノだとするなら、理解も納得も置いておいて、ただ受け入れるしかないのかもしれない。
「……だとするなら、重要なのはむしろ龍園か? 奴のどこかが、坂柳の琴線に引っ掛かったということだろう?」
「うん、そうだね。……ところで、龍園くんを語る上で外せない単語があるよね?」
「そう言われても、候補が多過ぎない? 真っ先に思い浮かぶのは『王』とか『暴君』だけど……」
「っ!? なるほど、そういうことか……。分かったぞ、白波。……『王』も『暴君』も、君臨者――『上に立つ者』を指すことに違いはない。そして、そういう存在にとって、切っても切り離せないモノがある。言うなれば『矜持』、『プライド』だ。お話なんかでも、一般人には理解も納得もしきれない部分こそを重視する場面が往々にして描かれる」
「言われてみれば、確かに……。つまり、こういうことだね? 龍園くんが『王』を称する以上、自身が指示した限りにおいて最後まで逃げることはない。そして、良いように動かされた屈辱を認めればこそ、王としての『矜持』に懸けて虚言を用いることもない」
「龍園が真嶋クラスのリーダーを教えてきたのは、そうするしかなかったからだ。既に行動した以上、あそこで何も言わなければ、攻撃を仕掛けた俺たちや、おそらくは坂柳から『間抜け』と認識される。侮られる。『させる』のと『される』のじゃあ、大きな違いがある。王としては、『される』のはどうしても防ぎたかったに違いない。だが、虚言も上手くない。何故なら、既に真嶋クラスが動くのは確定しているからだ。真嶋クラスの指定対象で、自ずと龍園が動いたことは分かってしまう。故に、龍園に出来たのは、ありのままの真実を語ることだけだったんだ」
「龍園くんが各クラスに生徒を送り込んだのは、要するに苦し紛れの一手。ただでは負けない、という意思表示」
スラスラと意見が出る。先程までからは考えられないほどだ。
「坂柳さんがリーダー当てにチャレンジするのは、そこら辺を確かめる目的もあるんだと思う。外れたならば、龍園くんに『王の矜持は無い』と判断出来る。当たったならば、今後とも『王の矜持』を判断材料に出来る。どちらに転んでも旨味はある」
それこそが有栖の根拠だ。
「それで、どうする? 私たちも便乗する?」
「……クラス全体の多数決で決めよう。俺たちは王じゃない。上に立つ者の矜持もない。合議制によって決定する方が俺たちらしい」
「まあ、今回は色々と独走しちゃったりもしてるけど……」
「にゃはは。より円滑に回すため、ってことで一つ」
それが事実だ。合議制を掲げているのに、合議制たり得ない歪な体制。それが星之宮クラスの実情なのである。
ならば、テコ入れするのは当然である。
そんな都合の良い言い訳は、全体一致――ただし、たった3人だけだ。――で可決されるのであった。