ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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28話

 無人島特別試験7日目――つまりは最終日の正午。

 現在、船着き場の前には試験継続中の生徒が揃っていた。

 そうは言っても、終了時間にはまだ早い。最終日において生徒たちに課せられたのは、『ベースからの撤収作業等を完了した上で、正午には船着き場に集合していること』だ。

 公言されたわけでもマニュアルに明記されたわけでもないが、ルールを考慮すればそうなるのだ。

 環境汚染をすればペナルティを受ける。言い換えれば、ゴミをそのままにもしておけないのだ。生活中に出たゴミの類を纏めていても、それだけでは足りないのだ。持ち帰らずに放置すればどうなるかなど考えるまでもない。

 また、初期配布された物であれ、試験ポイントと交換した物であれ、備品の中には形の残る物もある。テントやデジカメがいい例だろう。それらはあくまで学校からの借り物だ。そして、借り物である以上は返さなくてはならない。これを返さない場合、モラル的にマイナス判定を受けることもそうだが、『他クラスへの略奪行為』に該当する可能性があるのだ。学校からの借り物ということは、必然的に他クラスの教師も絡んでいるからである。そう捉えられる余地がある以上、考え過ぎとは言えなかった。

 以上の理由から、どうしたって余裕のある行動を取らざるを得ない。必然として、終了時間を迎える前に生徒たちは揃うことになる。

 ざわつきながらもクラスごとに一塊となっている中で、やはり異彩を放つのは坂上クラスだろう。そこにいるのは僅かに3人だった。椎名ひより、金田悟、時任裕也である。

 他のクラスでもリタイアした生徒がいないわけではない。坂上クラスの大半がリタイアしたのは知っていた。……それでも、こうしてクラスごとに並んでみると、ハッキリとした『違い』を実感する。

 

「龍園くん……いないね?」

「……そのようだな」

「おいおい、大丈夫なのかよ……?」

 

 坂上クラスに視線をやって、一之瀬がポツリと呟いた。隣に立つ神崎が同意すれば、柴田が不安そうな声を上げる。

 試験5日目の3者会議の後、一之瀬は午後を半休、6日目を全休にすることをクラスに告げた。同時に、茶柱クラスに持ち掛けた契約のことも伝え、リーダー当てに参加にするかについても意見を取った。

 休日については、特に不満なく受け入れられた。

 星之宮クラスでは、食料の大部分を茶柱クラスと同様に採集物で補っている。スポットリアほど種類が豊富なわけではないが、それでも、ある程度歩き回ればクラスを賄える程度には手に入る。

 逆説、『歩き回らなければ手に入らない』のだ。その上で、万が一にも他クラスのリーダー情報が手に入らないか気を回さなければならない。身体的にも、そして精神的にも疲労が溜まるのは当然であった。

 そんな状況下、坂上クラスは生徒の大部分がリタイアし、茶柱クラスは休日に回すと言う。ならば、頑張ったところで手に入るのは真嶋クラスのリーダー情報のみ。それも、幸運に恵まれて、の話だ。

 普段とは異なる環境だからこその楽しみを見出しながら生活していた星之宮クラスだったが、ポジティブシンキングにも限度がある。割に合わない、そう判断する生徒が外回りのグループから現れるのは無理からぬことだ。本部勤めの生徒も、そう言われたならば配慮する余裕はある。

 契約については、入学以降初めての混乱が星之宮クラスを襲った。しかし、一之瀬たちにとっては覚悟の上であったので、根気強く、理路整然と説明した。

 クラスメイトたちにとって問題だったのは、『クラスの資産を勝手に使ったこと』ではない。『その使用目的が適当かどうか』が判断しかねたことだ。一定の理がある以上、理解と納得を示すには十分だったのだ。

 また、これを通して一之瀬たちの負担も考えさせられた。一之瀬が不満を出すことが無かったので甘えていたのである。結果、双方に問題あり、として和解した。今後はクラス内の役職を増やして対応していくことに決まった。

 まあ、そもそもが団結力の強さを謳われるクラスだ。結果的には、上手く転んだ、と言えるだろう。

 そして合議の末、リーダー当てはチャレンジすることに決まった。『安全第一』は尤もだが、それだけではやっていけないのも事実である。

 また、試験ポイント=CPではないのだ。最終的な清算の結果が加算されるだけであって、試験ポイントを使い切ってもCPは揺らがない。CPは星之宮クラスが頭一つ抜け出ている現状、チャレンジするだけの余裕は有る。

 失敗しても痛手はなく、成功すれば、更に差を開くことが出来る。単純なメリットとデメリットを考えても、チャレンジしない理由はない。

 当てるための根拠については、正直に言えば首を傾げざるを得ない。しかして、身近なところに白波千尋という一種の狂信者――理解も納得も出来ずとも、そういう存在(モノ)として受け入れねばならない相手――がいるのだ。そう思えば、踏み切る根拠としては十分だった。

 だが、現実として指定した対象がこの場にいないのだ。……星之宮クラスが困惑するのも無理はないと言えた。

 リーダー当ては、点呼の際、指定の用紙に記入すればいい。そしてこの用紙は、『その時点で担任教師が実力を評価している生徒』に渡されたのだろう。マニュアルに書かれているわけではなく、公言されたわけでもないが、順当に考えればそうなる。結果として『CPが大きく動く』=『クラスの行く末が左右される』のだから、それ以外に考えられないのだ。実際、星之宮クラスでは一之瀬に渡された。

 星之宮クラスでは、真嶋クラスのリーダーを『鬼頭隼』、坂上クラスのリーダーを『龍園翔』と指定している。

 茶柱クラスはスルーだ。敢えて契約の穴を突いて不快感を持たれるメリットは薄い。一部実力者からの評価は得られるかもしれないが、それも成功すればこそ。さりとて、指定するにも候補が多過ぎて、絞り込みすら出来ないのだ。

 それでも、一応、絞り込むための案は出た。それは『真っ向から質問する』というものだ。千夜や有栖ならば、面白がって教えてくれる可能性はある。それと同時に、本当のことを教えてくれる可能性も低い。何故ならば、星之宮クラスには『上に立つ者の矜持』を持つ者がいないからだ。

 上の者が下の者に恵むことはあるだろう。しかし、立場だけが同格で、その内実に開きがある場合はどうだろうか? 真っ当に向き合う可能性は確かに在るが、軽くあしらう可能性だって等しくあるのだ。或いは、真に同格と認めればこそ、危機意識から足を掬おうとする可能性だってあり得る。比率が違うだけで、どんな可能性だってあり得るのだ。

 総合的に見た場合、茶柱クラスのリーダー当てにチャレンジする意義は薄い。抜け目の無さを示しただけで十分だ。

 しかして、意気揚々とした雰囲気も、龍園の不在を目の当たりにしただけでこうも揺らいでいる。

 

「落ち着け、柴田。正午には、まだ時間がある」

 

 泰然とした雰囲気で、神崎は柴田を窘めた。

 

「つってもよ、あと5分もないぜ?」

「考え方を変えるんだ。何せ、相手はあの龍園だ。5秒前に姿を見せたところで不思議はない」

「……そっか。そうだよな……」

 

 何とか落ち着いた柴田だったが、依然としてクラスの雰囲気は芳しくない。

 

「これも、うちのクラスの欠点だね……」

「どうにかしたくもあるが、こればかりはな……」

 

 苦々しい表情を浮かべ、一之瀬と神崎は顔を見合わせた。

 協調性が高い。許容性が高い。良いことではあるのだが、見方を変えれば『揺らぎやすい』ということでもある。そして、そればかりは個人の性質であるため、外部からの矯正は難しい。

 そうしている間にも、着々と時間は過ぎていく。

 そして30秒前。

 漸くその男は姿を見せた。

 何食わぬ顔をして、龍園翔は坂上クラスの位置に立った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

『ただいま試験結果の集計をしております。最終結果が出るまで暫くお待ちください。既に試験は終了しているため、飲み物やお手洗いを希望しても構いません。その際は休憩所をご利用ください』

 

 試験終了となる正午を迎えたと同時、生徒たちに対してアナウンスが流れた。

 その直後、休憩所には生徒たちが殺到した。それは必然と言ってもいいだろう。

 試験期間中、生徒たちが水に困ることはなかった。それは至るところに補給ポイントが用意されていたからだ。或いは川、或いは井戸。……試験ポイントで交換出来るとはいえ、『無駄使いのしすぎで交換出来なくなる』可能性はゼロではない。しかして、ヒトとは水が無ければ生きていけない生き物だ。あくまでも『試験』と題打っている以上、飲み水に困ることが無いようにするのは、教育機関として当然である。

 裏を返せば、飲料として困らないのは水だけだったのだ。コーヒー、紅茶、牛乳、ジュース……普段、日常的に摂取していた飲み物が飲めなかったのである。試験ポイントと交換すればその限りではないが、まともに試験を乗り越えようとすれば、どうしたって節約しがちになるのは否めない。

 だが、試験の終了と共にその枷が外されたのだ。水以外の飲み物に群がるのは、何ら不思議なことではない。

 休憩所の一角には、椎名、金田、時任の3人もいた。リタイア作戦の敢行前はジュース類も飲んでいたが、その後はそういうわけにもいかない。各クラスに引き取られるに当たり、無下に扱われることこそなかったが、どこか落ち着かない心持ちだったのもまた確か。クラスメイトと一緒にいようとするのは、おかしなことでもないのだろう。

 

「やあ、金田。そちらはクラスメイトか? よければ紹介してほしんだが……」

 

 ホッ、と一息ついていた金田は、その声に振り返る。ここ最近ではよく聞いた声だ。

 

「おや、これは神崎くんと一之瀬さんではありませんか? 数日間、お世話になりました。改めてお礼を言わせていただきます」

 

 そう言って、金田はペコリと一礼した。

 

「お察しの通り、こちらは僕のクラスメイトですね。時任裕也くんと椎名ひよりさんです」

「時任裕也だ」

「椎名ひよりです。先日はどうも」

 

 紹介された二人もまた、挨拶をして軽く頭を下げた。

 

「神崎隆二だ。よろしく頼む」

「一之瀬帆波です。こちらこそ、先日はお世話になりました」

 

 神崎と一之瀬も返礼する。

 

「失礼ですが、お二人はお知合いで?」

 

 一之瀬と椎名のやり取りに、怪訝な声を上げたのは金田だ。

 

「うん。茶柱クラスのベースキャンプを訪れた時に取り次いでもらったんだ」

「ああ、なるほど……。いえ、他に誰もいなかったので?」

 

 その言葉に軽く納得しかけ、すぐさま別の疑問に囚われた。

 

「私たちのクラスがリタイア作戦を敢行した日でしたからね。首脳陣は緊急会議で、それ以外には休憩が振られました。タイミングの問題もあったでしょうが、結果として私が取り次ぐ形になりました」

 

 椎名の返答に、今度こそ金田は納得した。

 

「あれ、珍しい組み合わせだね? どんなご相談かな?」

「よお」

 

 そこに、更なる乱入者が現れた。千夜と桔梗である。その手にはコーヒーの入った紙コップを持っている。

 簡単な自己紹介を済ませ、事情を説明する。

 

「ああ、そうだ千夜。今の内に言っておくが、俺たちは坂柳に便乗させてもらうことにした。……あとで本人にもよろしく言っておいてくれ」

「ほぉ? よく踏み込んだもんだ。……こう言っちゃあ何だが、お前たちのクラスだと割り切れないと思ってたんだがな?」

「間違いではないさ。ただ、坂柳と方向性は違うにしろ、うちのクラスにも『その思想には理解も納得もしきれないが、それはそれとして受け入れざるを得ない持つ人物』はいるものでな。……坂柳の学力の高さは周知の事実だし、俺が直に接することで頭が回ることも分かった。なら、あとは俺の言葉を皆が信じるかどうかだけだ」

「ハッ、やるもんだ。上手いこと論点をずらして、周りが納得しやすいように話を持ってったわけだ」

「お前たちと接したことで、嫌でもそうならざるを得なかっただけだよ。環境が人を作る、とはよく言ったものだ」

「喜んでいいのかね、それは? 俺たちは劇薬だ! って言われてるに等しいんだが……」

「いや、劇薬じゃん? アンタの周囲は間違いなく劇薬だらけだよ。ついでに言うと、『類は友を呼ぶ』とばかりに、近付いたヤツも劇薬になっていく。私が言うんだから間違いない」

 

 千夜と神崎が言葉のキャッチボールをしている中、突如として桔梗が割り込んだ。しかして、常とは比較にならないほどに言葉が荒い。普段目にする『櫛田桔梗』からは程遠い姿だ。

 さりとて、千夜と神崎にとってはそうでもない。

 

「お、ヒカリモードか? それとも黒桔梗か?」

「モードとか言うんじゃねえよ。黒桔梗でもねえし。……仕方ねえだろ。慣れない無人島生活でストレス溜まってんだよ。それでも何とか我慢してたのに、コイツがバカみたいなこと言うから思わず突っ込んじまったんだよ」

 

 神崎が茶化せば、桔梗は言葉遣いを直すことなく返事をした。

 

「驚いた……。桔梗ちゃんってそれが素なの?」

「まあ、どっちかって言えば? けど、落差が激しいだけで珍しいことでもないっしょ? 余所向けの仮面を着ける、なんてのはさ」

「確かにそうだね。……でも、だったら余計に尊敬しちゃうな。それだけのスキルを身に着けるなんて、生半可な努力で出来ることじゃないもん」

「っ~~!? アンタは……。はあ。堀北とは別の意味でやり辛い……」

 

 一之瀬からの賞賛に、桔梗は諦めたように溜息を吐く。……だが、同時に快くもあった。リップサービスの可能性は否めないが、引いた態度を取られないだけで十分に嬉しいのだ。

 

「すみません。思わず固まってしまいましたが、先ほどの二人のやり取りについてお訊きしてもよろしいですか?」

 

 そのタイミングで口を挿んできたのは金田だった。その視線は千夜と神崎を向いている。

 

「ああ、そうか。事情を知らなければ分からないよな……。ん~、特に金田たちに言うのは気が引けるんだが、いずれは分かることだしな……。簡単に言えば、坂上クラスと真嶋クラスのリーダー当てを行ったって話だ」

「横から失礼。気になる内容が聞こえてきたんだが、俺も混ざてもらって良いかい?」

 

 その言葉が挿まれたのは、神崎が金田へと返事をした瞬間だった。

 

「初めましての相手もいるな。俺は真嶋クラスの橋本正義ってんだ。以後よろしく。……で、混ぜてもらっても?」

「俺は構わないが……」

 

 神崎は答えつつ、他の面子へと視線を向けた。反対意見はない。

 今度こそ神崎が答えようとすれば――

 

「面白そうな話をしてんじゃねえか。俺も混ぜろよ」

「そうね、私も気になるわ」

「俺もだ」

 

 続々と現れる乱入者たち。

 声を掛けてきた者もいれば、無言で並んだ者もいる。そこにクラスの垣根はなく、だからこそ摩訶不思議な組み合わせだ。

 それでも言えることがあるとすれば、今この場には、各クラスの『顔』と呼べる人物が揃っていることだった。

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