ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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2話

「なあ、恵。ここって高度育成高等学校で間違いないよな?」

「入学案内や資料、渡された学生証端末の表示が間違ってないならその筈ね」

「高度育成高等学校って名門だよな?」

「前評判が間違ってなければね」

 

 学生証端末の配布と、この学校の特殊ルールの説明が終わり、担任が教室を出て行ったあと。自席に項垂れた千夜は隣席の少女――軽井沢恵へと力なく問いかけた。

 それに対する恵の答えは淡々としたものだった。彼女を擁護するならば、認めたくないことを認めざるを得ず、受け入れたくないことを受け入れねばならない現実がそうさせていたのだ。

 一言一句とは言わずとも、二人の心境は概ね一致していた。『このクラス、この先大丈夫か?』といった具合に。

 

「おかしくねえか? クラスのヤツらは、何で誰も疑問に思わねえんだよ?」

 

 恵はどう答えるかを僅かに思案した。何気ないようで色々と集約されている問いかけだ。

 恵にとって、入院期間は濃密だった。リハビリと称して身体の動かし方を学ばされ、護身術を叩き込まれた。学生の本分は勉強と、有栖と千夜による授業を受けさせられた。ゲームを通して、思考を広げることを余儀なくされた。……今の人格形成に多大な影響を及ぼしているのは間違いないだろう。

 

「一般的な高校生にとって、10万円ってのは大金だからね。厳密には現金じゃなくて『相当』のポイントだけど、それをポンと渡されたもんだから落差で気が緩んでるんだと思うよ。基本的に人間ってのは欲深くて楽な方に逃げたがる生き物だから尚更ね。そんな状態の時に言われたってねえ……。一部の例外を除いて、大半はカメラに気付いてなければ、言葉の裏側にも考えが回ってないんじゃない? これが続くようなら、来月以降の生活が危うくなるかも……。ハッキリ言って不安しかない」

 

 その経験をもとに、自分の気付いていることを加えて大雑把に答えた。当人でない以上、その心境なんて分かるもんじゃないのだから、明確な答えもまた存在しないのだ。

 その程度のこと、千夜が分からない筈がない。故に、問いかけの真意は『お前の気付いていることを言え』であると恵は判断したのである。

 

「確かにな。……この学校は実力で生徒を測り、10万ポイントは入学を果たしたことを評価しての物。茶柱教諭は『三年間クラス替えはない』と言っていた。それを信じるなら、ポイントの配分は個人評価ではなくクラス評価によるものだろう。ならば、来月以降は間違いなく減少する。廊下を走るヤツがいたり、授業中に携帯を操作するヤツがいたりすれば、連帯責任の名の下に削られるだろうし、最悪の場合『0ポイントが支給されました』なんてことも起こり得る。全く以て面倒だ」

「普通に考えて遅刻や無断欠席なんかも対象でしょ。見るからに『お調子者』ってヤツもいるみたいだし、避けるのは難しいんじゃない?」

「一番良いのは、この推論が全くの的外れで、毎月10万ポイントが支給される事なんだがな……。1クラスが40人で、AからDの4クラス。それが3学年分だから、単純計算でも月に4800万。年間で5億6000万だ。あくまでも相当のポイントで実際は現金じゃないって言っても有り得ないだろ。政府運営の名門校ってんなら尚更だ」

 

 千夜と恵は、意見交換の態で語り合った。その声は大きくもなく小さくもない。しかし、この騒がしい中にあっても、間違いなく近隣の席には伝わるだろう大きさだ。

 ヒトというのは基本的に面倒な生き物である。理性と感情を有し、常にその狭間で揺れ動く。その度合いは個々人によって異なるが、どちらかに寄ることはあっても、傾ききることはない。……傾ききってしまえば、それはもはや『ヒト』とは呼べぬ存在だろう。感情に傾ききったなら本能のままに動く獣と変わらぬし、理性に傾ききったなら合理的な判断を下す機械に等しい。単に人の姿をしているだけだ。

 僅かな例外はあるだろうが、クラスメイトの大半は初対面同士だろう。そんな中では、これまでの肩書や知名度など然程の役に立たない。いいとこプラマイトントンだ。

 学校のルールはあるが、肝心要の部分は不明瞭。つまりは判断を下すための明確な基準が無い。

 周りは見知らぬ者同士で、浮かれ気分が蔓延している。そんな中で声高に意見を言ってみろ。それがたとえ正論であろうと、少なからず反感を招くことは間違いない。……初動は確かに大切だが、正面切って動くには些か早すぎるのだ。

 だからこそ、千夜と恵は回りくどい手法を取った。楽観は伝播しやすいが、それと同じように悲観もまた伝播しやすいのだ。

 声高に叫べば反感を免れぬが、会話が耳に入ってきた程度なら? 確証はなくとも、その内容に頷ける部分があれば? 十中八九は興味を惹かれるだろう。我が身に降りかかる可能性があり、具体的な対処法も分かるとなれば、己が振る舞いにも気を付けるだろう。仲の良い相手には注意喚起もしてくれるに違いない。

 即効性はなくとも、二人の会話内容は緩やかな毒となってクラスに浸透していく筈だ。

 

「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」

 

 そんな折、一人の男子が挙手をして立ち上がった。何事かと思えば、自己紹介をしようという内容だった。それだけなら二人としても望むところなのだが。

 

「いや、無理でしょ。積極性は評価できるし、『自己紹介をしよう』はありがたいけど、『一日も早く皆が友達になれたら』ってどんだけ脳内お花畑よ」

 

 恵が表情を歪めて毒を吐いた。いじめを受けた過去を持つ彼女にとっては、聞こえの良い理想論でしかない。

 

「分からなくはないが、そうのっけから否定してやるな。理想論であればこそ、この齢になってそれを口にするのは難しいものだ」

 

 そんなやり取りをしている間にも一人、また一人と自己紹介に賛成していった。

 

「言い出しっぺの僕からやるとして、それ以外は端から進めていってもらいたいんだけど……いいかな?」

 

 それにも賛成の声が上がり、次々と自己紹介が進んで行く。

 平田洋介、井の頭心、山内春樹、櫛田桔梗、etc……。

 そしてある男子生徒の順番を迎えた時だった。

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえ。やりたい奴だけでやれよ」

 

 髪を真っ赤に染め上げたその男子は、そう言って平田を睨みつけた。

 

「ははっ」

「あはっ」

「ふふっ」

 

 その直後、3ヶ所から声が上がった。千夜、恵、有栖の3人が、赤髪の物言いに思わず失笑してしまった――実際には、そのように見せかけた――のである。そんな真似をすれば、注目の的になるのは間違いない。

 

「ああッ! 何を笑ってやがる!?」

 

 当然ながら、赤髪は怒りを露わに3人を怒鳴りつけた。

 

「いや、悪い。自分がガキであると全身で示しているにも拘わらず、そのことに当人が気付いていないんでな。思わず笑ってしまったよ」

「平田くんは最初に確認を取ったでしょ? 自己紹介をしたくないんなら、その時点で反対すればよかったじゃない? 何も言わなかった以上、それは賛成したのと同じ扱いなの。だってのに、自分の番を迎えた途端に文句を言うんだもの。……ガキ以外の何でもないじゃん」

「付け加えるならば、挨拶は社会で活動する上で必須のコミュニケーションですよ? それがどんな相手だろうと、初対面同士で、かつ今後も付き合いが続く可能性があるのなら、自己紹介をするのは当然と言えます。それから逃れようとするならば、たとえどれほど当人のデキが良くても『社会不適合者』の烙印を捺されるのは否めませんね。……さて、どれほどのマイナス評価が付くと思います?」

 

 まあ、3人にとって赤髪の怒りなど怖くも何ともない。バッサリと切って捨てた。こんな真似をした理由は有栖の言葉に集約されている。

 千夜にしろ、有栖にしろ、恵にしろ、少なからず自己紹介から逃げようとする生徒が出てくることは予想済みだった。しかし、『皆仲良く』を掲げる平田に相手をさせれば、十中八九逃げられてしまうだろう。それを防ごうと思えば、平田の対応を許すわけにはいかなかったのである。

 

「チッ……須藤健だ!」

 

 須藤は思いっ切り舌打ちをした上で、それだけを言い捨てた。態度は悪いが、自己紹介から逃げられるよりはマシだろう。……以後、積極的か消極的かの違いはあれ、誰一人として逃げることなく自己紹介は終わりを迎えた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 入学式が終わった後、一通り敷地内の説明を受けて解散となった。

 現在時刻は昼前である。

 

「さて、どうします?」

 

 ガランとした教室内で、有栖が小首を傾げて千夜と恵に問いかけた。

 

「まあ色々とやることはあるが、真っ先にすべきはもう少し校舎を確認した上で職員室だろうな」

「え!? 校舎の確認は分かるけど、初っ端から『答え合わせ』に行くの? ポイント必要だし、一週間ぐらい使ってもっと固めてからでもいいんじゃない?」

「恵の意見も分かりますけどね。幾つかの理由から早めに済ませた方が良いと思うんですよ」

 

 千夜と恵の意見は分かれた。それとて『タイミングの違い』という微妙なものだが、有栖が千夜に賛同した以上、恵にとっては大きな違いだ。

 

「え~、ちょっと待って。考える」

 

 軽井沢恵はここ最近でこれ以上ないほどに思考を巡らせた。

 

(差異と共通点は? 答え合わせは確定。答え合わせをすることでポイントが貰えるだろう判断も間違ってはない。ただ、タイミングは違う。それはなぜ? 答え合わせである以上、私は正答が増えることで貰えるポイントも増えると思った。だからもう少し時間をかけても良いと判断した。有栖は私の意見に対し『分かる』と言った。その上で、それを差し引いても早めに済ませた方がいいと判断した。では、早めに済ませることで得られる利点は?)

 

 自問自答を繰り返し、朧気ながら答えが見えた。

 

「時間制限と先着順、加えて変動制評点! これでどう?」

 

 まず、担任の持って回った言い回しと、配布された資料にも詳細が載っていないことから、Sシステムというポイント制度について調べることが第一の実力評価試験と言えるだろう。来月の頭にはポイントが支給されるため、その時に解答も配られると仮定できる。故に答え合わせには時間制限が存在する。

 新入生は何もかもが手探り状態だ。その状態からSシステムを調べ上げて回答することで、十中八九『口止め料』という名のポイントが配られる。正答数が多ければ多いほど、貰えるポイントも上昇する筈だ。それに費やす時間が短ければ短いほど、評価に繋がるのも間違いないだろう。つまりは先着順に高ポイントが貰える。

 その一方、過ごし方次第ではあるが、時間が経過すればするほどに得られる情報も自ずと増える。勉強と一緒だ。真っ新な状態では難しくとも、学べば――完璧ではなかろうと――覚えるものだ。これを中間テストと期末テストに置き換えるとどうだろう? 中間では習ったばかりで高得点でも、期末の範囲では比較的簡単なため配分が低くなる問題もある。時間の経過と共に点数配分が減る可能性をどうして否定出来ようか。

 恵は当初、変動制評点までは考えが回っていなかった。だからこそ、一週間を情報収集に当てることを視野に入れたのだ。

 

「お見事です。……まあ、あくまでも推測だけで確証はないんですけどね。ただ、実力を評価するというのなら、可能性は十分にありますから」

 

 あくまでも可能性でしかない。だがそれを言うなら、現時点ではどれもこれもが楽観的思考に基づいた推測の上で成り立つ可能性の話でしかないのだ。

 

「付け加えるなら、その逆も十分に有り得るからな。その時のことを考えれば、余裕のある内に判明した方がいい」

 

 しかし可能性というのなら、悲観的思考に基づいた推測から成り立つ可能性も存在するのだ。その場合、答え合わせに行ったところで口止め料が貰える筈がない。

 この学校が『実力を評価する』と豪語する以上、口止め料が貰える可能性は高いと踏んでいるが、それが如何ほどなのかまでは流石に判断が付かない。結局のところ、1ヶ月後には判明する程度の話でしかないのだから。

 それを鑑みれば、貰える口止め料はご褒美程度と思っておいた方が良いだろう。

 

「さて、いつまでも教室にいたって仕方ねえ。そろそろ動くか」

 

 その後、一行は校舎内を見て回った。カメラ位置、上級生クラスの机の数、食堂で出している食事の値段……色々なことを己が耳目で確認した。おかげで結構な時間を費やすことになったが、これからの生活を思えばどうということもない。

 

「そうだろうとは思っていたが、これで支給ポイントの減少は確定的になったな」

 

 職員室に向かう道中、千夜が零した。

 

「ですね。……さて、恵としては何ポイントが最低ラインだと思います?」

 

 それを受け、有栖が恵に問いかける。

 

「0でしょ」

 

 間髪を入れずに恵は答えた。……入院時から、こういうことは往々にしてあったのだ。クイズだったり、ゲームだったり、色々なものを通して矯正された結果、今では考える癖が身に着いている。

 

「それはなぜ?」

「ここが実力を評価するってんなら、実力のない者は淘汰されて然り。かといって、仮にも学術機関で『死人が出ました』は風聞が悪い。最低限は衣食住を保証する必要がある。……住は学校の用意した寮がある。衣は入学に併せて自宅から最低限の着替えを用意する様に指示されている。用意した量が足りないと思ったら、貰った10万ポイントで増やすでしょ。最悪、制服と体操着で過ごせばいい。食は無料のメニューと水が用意されているからこれもクリア。たとえ収入がなくても最低限の食事はとれる。見てないから確証はないけど、ソープにティッシュ、食材とか、とにかく消耗品の類は無料の物が用意されてるんじゃない?」

 

 パチパチと拍手が上がる。

 

「うう……成長しましたね、恵。あなたの成長を、私は嬉しく思いますよ」

 

 有栖にいたっては嬉し泣きの真似をする始末だ。

 

「……イジんな」

 

 恵はそっぽを向いて憮然と言い放った。

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