ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

31 / 35
夏休み・特別試験幕間
30話


「よぉ、おはようさん。――っても、時間的には全然違うけどな……」

 

 目を覚ました千夜は、起き掛けに横合いから声を掛けられた。振り向くと、窓際の椅子に腰かけた池寛治が自分に視線を寄せている。その手には缶を持ち、景色でも見ていたのか、カーテンが開けられていた。

 

「ああ、おはよう。……何か面白い景色でも見えたか?」

「いや、全然だ。どこまでも海だけだよ。一種のワビサビを感じるのには良いのかもしんねえけど、生憎と俺にはサッパリだったな……」

 

 挨拶を返しつつ千夜が問えば、池は苦笑を浮かべて顔を横に振った。

 千夜が視線を窓の外に向けると、夕に染まった海はどこまでも凪いでいた。どうやら、現在の船は航行を停止しているらしい。

 まあ、それも無理はない。予定では2週間の旅行なのだ。『最初の1週間を無人島で、残りの1週間を豪華客船で』というのは最初から言われていたことだが、無人島には飛ばせば数時間で着くのだ。余計な回り道をする必要がない限り、どこぞでストップするのは理に適っている。

 畢竟、そんな状態で1週間を費やすのだから、何か――おそらくは特別試験が待ち受けているのは自明の理だ。単純に『無人島試験を乗り越えたご褒美』と受け取れるほど、千夜の頭はおめでたくなかった。

 そうか、と返しつつ、千夜は他のベッドを見た。ルームメイトたる清隆と須藤の姿はない。

 池と須藤がルームメイトになったのは、バランスを考えた上での消去法だった。直前の期末テストで山内が退学になったため、ペナルティを受けることになったクラスメイトからの心証は低い。元々がホラ吹き気質、かつデリカシーの無い言動が目立っていたため女子からの印象は低かったが、赤点を取ったことで同性からも見放された形だ。

 さりとて、当の本人にはどうすることも出来ない。退学という形で、既に罰を受けているのだから。

 だが、問題なのは残された者たちである。-300CPという負債は、残された生徒たちにこそ降りかかる。必然的に罵詈雑言の嵐は絶えない。怒りの向け場たる当の本人がいないのだから尚更だ。

 とはいえ、何事にも例外があるように、全員が全員そういうわけではない。

 千夜や清隆のように、山内に対して何の感慨も抱いてない者もいる。

 平田や桔梗のように、クラスの雰囲気を持ち上げるべく頑張っている者もいる。

 そして、山内と並んで『三バカ』と称される池と須藤は、明らかに山内を庇っていた。山内への怒りが無いわけではないだろうが、親友としての情が勝ったのである。

 そんな状況下で、旅行におけるルームメイトを決める必要があったのだ。船室はルームシェアであるため、諸々の観点から男女同室は許可されない。男子は男子と、女子は女子と組まねばならないのである。

 しかして、山内関連で怒りの矛先は池と須藤にも向かい始めている。下手な相手と組ませるわけにはいかなかった。

 ギスギスとした雰囲気を撒き散らすだけならばまだしも、借り受けた客室でケンカを起こされ、備品や設備に損傷を齎されでもしたら、どうなるか分かったものではない。

 基本的には4人1組が義務付けられたが、山内の退学により、例外的に男子は1組だけ3人となる。池と須藤を一纏めにするのは当然として、では誰を当てるか? という問題が持ち上がった。

 本堂を始め、そこそこつるんでいた連中であっても、心の整理をつけるには流石に時間が足りな過ぎた。

 幸村のように、付き合いが無かったからこそ嫌悪感を隠さぬ者もいる。

 池はともかく、須藤は『周囲全てが敵』と言わんばかりに怒りを剥き出している。

 結果として、千夜、清隆、平田の3人しか候補がいなかった。

 そして、気を向けるべきは池と須藤だけではない。高円寺のように、二人とは違う意味で忌避される相手もいる。

 千夜と清隆が池たちのルームメイトとなったのは、そういった諸々を踏まえてのことであった。

 

「さっきまでは健も綾小路も寝てたんだけどな。健は飯食いに行って、綾小路は誰かに呼ばれて出て行ったよ」

 

 池の言葉に再び頷く。同時に疑問が浮かんだが、口に出す前に池から補足が入る。

 

「健には誘われたんだけどな。ちょいとばかし思うところがあって止めといた。……たぶん、綾小路が呼ばれたのも、俺と同じような感じなんじゃねえかな?」

「なるほど」

 

 千夜には、その『思うところ』に予想がついた。それを当然かのように、池は言葉を続けた。

 

「そう。今回の特別試験について、気になる奴は気になってるってこった。もちろん、そうじゃない奴もいるだろうし、気になるにしたって度合いはまちまちだろうが、さんざっぱら慣れねえ環境で過ごしてたのは同じだからな。疲れも溜まってれば、欲だって溜まってる。真っ先に行うのがその解消だったって、おかしくもなんともねえ。現に、俺と健は飯食った後は寝てたし、お前と綾小路も似たようなもんだろ? 違うのは早い段階でリタイアした奴くらいじゃねえか?」

「まあ、否定は出来ねえな」

 

 千夜自身、特別試験について他クラスとの意見交換を行ったが、それも昼飯を食いながらだったし、その後に寝たのは間違いない。

 全員が全員そういうわけではないだろうが、大部分の生徒はストレスの解消に当てただろう。例外は高円寺や坂上クラスの生徒くらいだと思われた。

 

「曲がりなりにも、俺は班長なんてモンを任されちまったからな。健ほど気楽には構えてられねえっつうか、何かもやもやするんだわ。これも一種の責任感ってやつなのかね? 俺たちの知らねえ、関与してねえところで何が起こってたのか、気になって仕方ねえんだ。……それを、お前に訊こうと思った」

 

 髪を掻きつつ、自分でも理解し難い、といった感じに池は述べた。

 そして、更に言葉を続けた。

 

「あとは、綾小路にはもう言ったんだが、今更ながらにお前にも礼を言っとこうと思ってな。……ありがとよ、お前と綾小路の冷たさによって、俺と健は救われてた。皆と一緒に無人島で生活をする内に、否応なくそれを実感したよ。最初の内は、言葉にこそ出されることはなかったが、冷たい視線が突き刺さってたんだ。特に班長に任命された時は尚更だ。俺の普段の態度もあるんだろうが、春樹の一件も加わってたんだろうな……。時間の経過と一緒に薄れていったが、あくまでも薄れただけだ。完全に無くなったわけじゃねえ。そして、あのゾッとするような怖さは、言葉で言い表せるもんでもねえ。……お前と綾小路は、俺たちにそんな視線を向けて来ねえ。いや、ある種の冷たさは感じるが、感情的な冷たさじゃねえんだ。それがどれほどの救いとなってるかも、言葉では言い表せねえ。だからって、今の俺に何が出来るわけでもねえからな。せめて、言葉だけでも礼を返しとこうと思ったんだ」

 

 それを聞き、千夜は微笑を浮かべた。

 以前の池からは出て来ないであろう言葉である。しかし、出てきた。『環境がヒトを形成する』とは昔から言われるが、池に起こったのもそういうことだ。

 良くも悪くも、環境次第でヒトは変わる。前に進みもすれば、後ろに下がりもする。そして今回、それが良い意味で池に作用した。自分たちの試みが成功したのである。

 自分たちのクラスだけじゃない。他のクラスもそうだ。徐々に、徐々に、前へと進む者が現れている。そしてその中から、誠に至る者が現れるかもしれないのだ。

 未だ可能性に過ぎないのは分かっているが、これで、喜ぶな、と言う方が無理である。

 

「ああ、ありがたく受け取っておく。説明するのも構わねえよ。だが、そうだな……。ある程度は様子を見よう。お前自身が言ったろう? 気になるヤツは気になってる、ってな。お前以外にも訊きに来るヤツはいるかもしれんし、時間が時間だから晩飯も食わなきゃならん。30分くらいは待機して、誰かが来ようと来るまいと晩飯を食いに行く。説明はその後だ」

 

 千夜の言葉に最初は首を傾げた池だったが、続く言葉を聞けば納得の表情を浮かべた。

 話を訊くにしろ、候補は千夜以外にもいる。だが、千夜に訊こうとする者がいない、とは言えないのだ。

 そして、アポイントを取ろうにも、千夜の連絡先を知っているとも限らない。千夜自身、クラスメイト全員の連絡先を知っているわけではない。

 内線を使ってコンタクトを取ってくる可能性は無きにしも非ずだが、正直言って低いだろう。理由としては携帯電話が普及して久しいからだ。

 今日日の子供たちは、それこそ幼い頃から携帯を持つのが普通と化している。直通の便利ツールに慣れるあまり、自宅に電話して家族を通して繋いでもらう、といった、ある種の煩わしいやり取りに慣れていないのだ。

 その上、今回の旅行に当たり、当然の如く『旅のしおり』は配られている。それには誰が何号室かが載っているので、訪ねること自体は難しくない。わざわざ『お客様係』を通さなければならない内線を使う利点が少ないのだ。

 それを証明するかの如く。

 コンコン。――音が響いた。

 扉がノックされたのだ。

 

「噂をすれば、ってやつかね?」

「どうだろうな?」

 

 あまりのタイミングの良さに、双方笑みが出るのは避けられない。真実、訪ねてきた理由は定かでないが、ノックのタイミング自体は絶妙だ。

 ともあれ、誰かが訪ねてきたのなら対応しなければならない。ドアに近い千夜が向かい、客人を招き入れるのであった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 千夜と池の予想通り、度合いの大小はどうあれ、生徒の多くは無人島試験の経緯が気になっていた。個人で話し合う者もいれば、集団で話し合う者もいる。

 そんな中、真嶋クラスはクラスメイト全員が入るほどの部屋を借り上げて話し合いを行っていた。

 その事実は、葛城と橋本の抱いた危機感の高さを如実に表している。

 

「――以上が、試験終了後に各クラスのリーダー陣が話し合って得た情報の全てだ」

 

 クラスメイトを見渡し、重苦しい表情で葛城が告げた。

 葛城だけの情報なら、中には信じない者もいたかもしれない。それだけ入学直後に比べて葛城の株は落ちている。

 しかし、橋本も同意しているのだ。真嶋クラスの中において、橋本は葛城に負けず劣らず優秀だ。社交性も高く、保守的な考えに依っているわけでなければ、攻撃的な考えに依っているわけでもない。中立であり、だからこそ説得力は高かった。

 

「耳に痛い言葉ばかりだな」

 

 ポツリと呟かれた言葉は、殊の外大きく響いた。誰もが重々しく受け止めた結果、誰もが黙りこくっていたからだ。

 声を出したのは鬼頭隼。無人島試験において、真嶋クラスのリーダーを務めた男子である。 

 

「星之宮クラスの神崎は言った。『攻めの姿勢を見せなければならない』、『手強かろうと、甲羅に籠っているだけでは怖くはない』、『怖くなければ侮りを呼び、より苛烈で危険な攻撃を招き寄せる』、『そう判断したから、俺は攻撃を仕掛けることを提案した』……とな。それを受けた一之瀬も賛同し、結果として星之宮クラスは動いた」

「龍園はこう言っていたぜ。『時任を俺たちのクラスに預けたのは、俺たちが確証が無くても攻めに転じれるかを測るためだ』ってな」

「実に耳に痛く、俺たちの現状を如実に表している言葉だ。……今回の試験、俺たちはポイントの節約とスポットの占有を重視した。だが、そんなのはどこのクラスも同じだろう。攻めの姿勢とは言い難い。……並行してリーダー当ても狙っていたが、然したる効果は出ていなかった。元がAクラスだったからこそ、俺たちには焦りがあった。そこを龍園に付け込まれた。……また、時任は何度も俺たちに訴えかけていた。龍園がリーダーだ、とな。しかし、時任の龍園に対する反感は本物だと感じつつも、『龍園が送り込んできた』という事実の方を俺たちは重く受け止めた。結果、俺たちは動かなかった。確証がないから動けなかったのだ。……外した際のリスクを恐れて動かない。常に確証を求める。それは当たり前の行動ではあるが、そんな相手をいったい誰が恐れるものか……」

「ハッキリ言うぜ。俺たちは嘗められてるんだよ! 周り全てのクラスからなぁっ!」

 

 反論は上がらなかった。認めたくなくても、試験の結果が『事実だ』と告げている。内心はどうあれ、ここで感情的な反論が上がらないことこそが、彼らの長所であり短所だった。

 

「Aクラスでの卒業を望むのなら、俺たちは変わる必要がある。変わらねばならない。……このままだと、俺たちはサンドバッグと何ら変わらん」

 

 それもまた事実だった。

 当たり前のことを当たり前に熟す限りにおいては、真嶋クラスは優秀だ。人によって得意不得意の差はあれ、苦手な分野でも平均前後はキープしている。それが真っ当な試験であれば、よっぽどの油断をしない限りは乗り越えられるだけの実力を誰もが持っている。中間テストで退学した戸塚だってそうだ。Aクラスという評価に胡坐をかいた――つまりは『よっぽどの油断』をした結果の赤点なのだ。

 しかし、平均的に優れた結果を出し続けて来た彼らだからこそ、搦め手には滅法弱い。元来、策というのは戦力で劣る方が仕掛けるものだ。真っ向から渡り合える実力を有しているのなら、策に頼る必要などないのである。そんなだから、仮に策を用いるにしても視野が狭くなってしまうのだ。

 試験においても、途中までは順調だったことが事実を表している。龍園の交渉に乗ってしまったことで、結果的に転落してしまったのだ。龍園の交渉に乗らなかった場合、200ポイントは得られていただろう。リーダー当てにチャレンジすることもなかったし、他クラスから当てられることもなかったからだ。ヒントはあったのに、ルールの裏を深く考えることもせず、目先の欲に負けた結果が0ポイントだ。

 

「皆も気付いているとは思うが、おそらく、帰りがけにもう一度試験がある筈だ」

「ま、1週間も使う理由が他に思い浮かばねえしな」

 

 皆が頷いた。

 無人島試験を経験したことで、学校からの説明を真っ正直に受け止めることの危険性を、流石に彼らも学んだのだ。

 

「確証はない。試験があるとしても、内容は未だ想像もつかない。それでも、心構えだけはしておいてくれ。……次の試験、内容次第ではあるが、俺たちは攻めていく。これ以上、嘗められるわけにはいかないのだ」

『応!』

 

 葛城の言葉に、真嶋クラスは一丸となって答えるのであった。  

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。