ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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31話

「ほう、一之瀬には妹がいるのか?」

 

 無人島試験を終えた翌日の朝。

 朝食を食べに向かっていた千夜たちは、神崎、一之瀬、白波とバッタリ出会い、流れでそのまま御一緒していた。なお、出会ったのは一之瀬一行だけではない。

 

「そうなんだ~。可っ愛いよ~」

「奇遇だな、俺にも妹がいる。そろそろ誕生日なので、どうにかしてプレゼントを贈りたいと思っているのだが……」

 

 これまた偶然に出会った葛城が、ニヘラ顔の一之瀬へと言葉を返した。しかして、その語尾は弱い。

 

「あ~、その気持ちはすっごい分かるけど……」

 

 一之瀬も同意するが、やはり語尾は弱かった。

 これは高度育成高等学校の規則が故だ。彼らの通う学校は『許可なき敷地外への外出・外部連絡の禁止』を掲げている。誕生日プレゼントを贈る、というごく一般的な行為さえ、その対象が敷地外に住む以上、ルールに抵触する可能性は大きい。許可を取れれば可能だろうが、ハッキリ言って成功率は低い。

 葛城も一之瀬も、十分に優秀な生徒だ。そして、入学して初の特別試験を乗り越えたことで、この学校の食えなさ加減も分かってきた。である以上、正攻法で上手くいく可能性がゼロに等しいことも理解していた。語尾が弱いのはそのためだ。

 朝から気が滅入るのは勘弁願いたい千夜としては、口を挿むのは当然だった。

 

「……ふむ。何なら手伝うぞ、葛城。お前の想いは尊ぶべきものだ。協力するのも吝かじゃない」

「……何か手があるというのか?」

 

 千夜の言葉を受け、葛城は訝し気に訊き返す。

 葛城は未だ雪村千夜という男を詳しく知っているわけではないが、それでも茶柱クラスの底知れなさは身を以て味わったばかり。そして、この目の前の男はそんな茶柱クラスにおいてリーダー格と目されている。

 頭から切って捨てるには抵抗があったし、もしかしたら、という希望がないわけでもなかった。

 

「確実に上手く行く、とは言えんがな……。知っての通り、俺はアイドル活動を行うことにした。……芸能事務所と提携し、敷地外でも色々と関連商品を販売することで、『人気』という実力を測る。学校が踏み切ったのにはこういう一面もあるわけだが、ここで一つ考えてみろ。芸能人が最も獲得しやすいファンとは誰だ?」

 

 千夜の言葉に、葛城と一之瀬のみならず、他の面々も考える。

 

「まずは家族ですよね。実際、私が雫として活動出来たのは、両親の後押しがあってこそですから……」

 

 真っ先に口を開いたのは愛里だった。彼女は入学前の時点で、グラビアアイドル『雫』として活動している。当然、そのためには事務所との契約が結ばれており、結ぶためには親の同意が必要だった。その点において、両親――家族こそが雫のファン1号と言える。大枠では親戚も『家族』に含まれるだろう。

 

「あとは無難なところで友人や知人だよね。親友に恩師、はたまたご近所さんだったりは、特にそう言えるんじゃないかな?」

 

 次いで口を開いたのは桔梗だ。中学時は最終的に大ゴケしてしまったが、それまでは確かな実績を誇っていたのも事実である。その幅は広く、同級生のみならず上級生に下級生、教師とも交流を持っていた。

 仮に桔梗が中学時代に芸能活動を行っていた場合、同じ学校に通う多くの教師や生徒が応援してくれたことだろう。……桔梗自身が相手をどう思っているかなど関係なく、だ。

 

「ま、そういうこったな。そして、一言に『ファンを得る』っても、その方法は千差万別だ。地道な活動を繰り返すのは尤も堅実な手段だろうが、身近なところから崩していくのもまた定石だ。同級生なんかは、相手として最たるものだろうよ。……自分の活動が載っている物を相手に贈り、それによってアピールする、なんてのはおかしくもなんともないだろう?」

「或いは、その逆も然りだな。『将を射んとする者はまず馬を射よ』の言葉通り、葛城というファンを得るために、その家族から落とすのは十分にありだろう」

 

 千夜が言えば、神崎が補足した。

 神崎もまたアイドル活動に参加している。ファンを得る、という点においては、決して他人事ではないのだ。人気次第で自分のみならずクラスにも還元されるとあれば、その方法を模索しておいて損はないので、暇を見つけては考えている。

 アピールすることでファンを得る。ファンへアピールすることで、離れていくのを防ぐ。……どちらにせよ、アピールはアイドルとして当然の活動だ。その限りにおいては、学校も強く口出しは出来ない筈である。

 

「つまり、こういうことか? 俺たちが高度育成高等学校の学生である限り、正攻法で外部にプレゼントを贈るのは難しい。だが、アイドル『ユキヤ』としてならばその限りではない。俺とお前が同じ学校に通う同級生である以上、お前が俺の妹にプレゼントを贈ったところで、『ファンを得るためのアピールである』とゴリ押し出来る可能性はある」

「御名答だ。とは言え、それも絶対ではなく、出来たとしても制限はあるだろうがな。贈り主をお前だと分かるようにすることも、メッセージカードを同封する、なんてことも出来ないだろう。出来るとすれば、ちょっとした小細工程度が関の山だ。結局のところ、お前の妹がお前からのプレゼントだ、と気付く必要がある」

 

 それもまた尤もなことだった。如何にゴリ押し出来たところで、それで出来るのは物を贈るところまで。それが『葛城からの誕生日プレゼント』と認識するには、妹自身で気付く必要があるのだ。

 分かりやすい装丁の類も出来ない。そんなことをしてしまえば、特別感が滲み出る。熱心なファンに対してならばともかく、『ファンを得るための戦術』としては好ましくない。

 ハッキリ言って、『誕生日プレゼント』に主眼を置くならば、どうしても無理のある方法なのだ。

 

「いや、それだけでも十分だ。一応、学校に戻ったらダメ元で確認してみるが、まず無理だろうとは思っている。なので、その時はよろしく頼む」

 

 だが、葛城にとってはそれで十分だった。誕生日プレゼントを贈りたい、妹に喜んでほしい、と御題目を付けたところで、最終的には自己満足へと行きつく。また、無事に贈れたところで、妹の反応を見ることは出来ないのだ。

 そう言った諸々を踏まえた上で何が一番かというと、妹が喜んでくれることである。ならば、方法に拘りはすまい。妹が誕生日プレゼントと認識しなくても構わない。それが葛城の結論だった。

 

「ああ、俺も事務所の方に確認しておく」

 

 結局のところ、これも学校お得意の言葉遊びと同じようなもの。グレーゾーンを突いた方法であることに違いはない。事務所の意向も絡むので、千夜としても絶対の約束は出来ない。

 しかし、それだけに上手く行く可能性もまたあった。学校と同種の方法である以上、決してこのやり方を否定は出来ないからだ。これがダメならば、学校の掲げる『実力』が崩れ落ちる。

 

「よくもまあ、そこまで頭が回るものだ。『柔軟な考えをする』と尊敬すればいいのか、『屁理屈を言う』と貶せばいいのか、判断に迷うところだ」

 

 これらのやり取りに口を出してきたのは、幸村輝彦だった。

 

「まあ、この学校の基準では前者なんだろうけどな……。だが、そう理解すればこそ、今までの人生を否定された気分になるんだ」

 

 深々と溜息を吐いて、幸村は言うのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 一難去ってまた一難、というわけではないが、今度は幸村が重苦しい雰囲気を纏いだした。

 

「ああ、すまない。空気を悪くさせてしまったな……。だが、悲しいことに自分ではどうしようも出来ないんだ」

 

 本人にも自覚はあるようで謝罪してくるが、陰鬱とした雰囲気は治まらない。

 現状、周りの面子は詳しい事情を知らない。それ故に否定も肯定も出来なかった。それでも、往々にしてそういうことはある、という事実を基に受け入れることは出来た。

 ならば、最適解も自ずと決まる。早い話が無視である。

 事情を知ろうにも、現状において情報源は落ち込んでいる本人しかいない。

 そして、何も知らない者がそんな状態のヤツにあーだーこーだと言ったところで、効果があるとは思えない。むしろ、知ったような口を! と反発する可能性の方が大きい。同時に、優しくされることをどこかで臨んでいる。要はある種の『構ってちゃん』状態だ。

 落ち込んでいる者を相手には冷たかろうと、無視が効果的な一手であることに違いはなかった。構ってほしいのに、このままじゃ構ってもらえない。そんな心理が働くのだろう。思いの外に早く、ある程度までは復活する場合が多い。

 この場にいる者たちの大半は、そのことを知識で、或いは経験則で知っていた。知らぬ者も、心情はともかく、右に倣えで空気を読んだ。

 

「聞いてもらっても良いか?」

 

 ポツリと幸村が零した言葉を、聞き逃した者はいなかった。

 

「ああ。お前がそれを望むならばな?」

「……まったく。傷心中の相手に、本当に優しくない奴だ」

 

 すかさずに千夜が答えれば、より力強く幸村は返した。苦笑を浮かべてはいるが、取り敢えずは持ち直したらしい。

 

「うちは父子家庭でな。幼い頃から、学生の本分は勉強だ、と父に教えられて育ったんだ。父を尊敬していたこともあり、俺は忠実に学力だけを追い求めてきた。友人らしい友人も出来たことはなく、運動面も切り捨ててきたが、そのことに後悔はない。事実、学力面では学年でもトップクラスだという自負はあるからな。……輝彦という名も好きではなかった。俺と姉と父を置いて家を出て行った、卑劣な人間である母がつけた名前だからだ。だから、心中では父のつけた名である啓誠を名乗っていた」

 

 そこで一端言葉を止め、幸村は喉を潤した。

 創作物の類ではありがちな過去だが、身近にそんな人物がいたとなれば、流石に笑って受け止めることは出来ない。嘘や冗談とは言い難い重みが、幸村の言葉にはあったから尚更だ。

 

「だがな? この学校に通う内に、分からなくなってきたんだ。……いや、本当は、この学校に通う前からどこかで気付いてはいたんだろう。だからこそ、この学校を目指した部分があるのは否定出来ない。……確かに、父の言っていることは正しいのだろう。しかし、一面の正しさでしかないんだ。父の言が全てにおいて正しいのなら、俺がDクラスに配属されているわけがないからな。……今でこそその評価を受け止めているが、正直、Sシステムのネタ晴らしをされた当初は気が狂いそうだった」

「その気持ち、分かるわ。私も茶柱先生に直談判しに行ったから……。結果は、バッサリと切り捨てられたわけだけどね」

 

 幸村の言葉に同意を示したのは鈴音である。尊敬の対象、力を入れてきた分野が違うとはいえ、彼女もまた幸村の同類だったのだ。

 幸村は学力一辺倒で父を尊敬し、鈴音は文武両道で兄を尊敬した。違いはその程度のものでしかない。

 

「まあ、そんなだから、勉強の出来ない奴をとにかく見下していた。友人になる価値もない、とすら思っていた。そうして小中学校を過ごしてきたんだ。特段、そういった態度を隠してもいないんだから、俺がDクラスに配属されるのは当然だな」

 

 苦笑を浮かべて幸村は言う。そこに辛そうな雰囲気はなく、事実として受け入れているようだ。

 

「俺は正しかったが、間違っていた。間違ってはいなかったが、正しくもなかった。言葉にすればそれだけで、父と学校で、より重視する部分が違っただけに過ぎないんだ。なら、出来る範囲でこれから間違いを正していけばいい。捨ててきたものを拾い戻していけばいい。……そう判断したはいいが、正せないもの、拾い戻せないものがあることにも気付いた。そして、その中には取り返しのつかないものも含まれているんだ」

 

 苦しげな表情で幸村は締めた。

 言わんとすることは、誰にも分かった。

 

「お母さん、だね?」

 

 絞り出すように、一之瀬が訊いた。

 

「ああ、そうだ。……父と学校の評価基準が違うのなら、当然、母との評価基準だって違った筈だ! そんな単純なことから、俺は今まで目を逸らしていた! 挙句の果てには、『卑劣な人間』と蔑んできたんだ! ……俺が母について知っていることなんて、極々限られている。そして、それ以上を調べようともしなかった。……教育方針なんて人それぞれだ。姉が父の方針で育てられたのなら、俺は母の方針で育てられる可能性だってあったんだ。或いは、両親の間では本当にそんな約束がなされていたのかもしれない。だが、それを父が反故にし、結果として母は愛想をつかして出て行った。可能性だけなら、そんな可能性だってあるんだ。それが真実だった場合、悪いのは父ということになる。しかしそうだとして、謝ろうにも今更謝ることも出来ない。……俺は、これ以上ない、親不孝者だ!」

 

 感情が激発しているのだろう。涙を流し、幸村はテーブルを叩いた。

 ある種、幸村輝彦という人間を形成している根幹が揺さぶられたのだ。こうなるのも無理はない。

 幸か不幸か、幸村は学力を重視するからこそ名門校たるこの学校に入学し、それによって今までの価値観が崩壊したのだ。言葉を聞く限り、元より揺らいではいたようだが、トドメとなったのは間違いない。

 それはある種の変化を促し、幸村も適応しつつある。だが、それ故の問題が幸村を襲っているのだ。

 父親か姉に訊けば、母親の連絡先も分かるかもしれない。しかし、この学校ではそれも簡単には出来ない。訊いたところで、知っている保証もない。

 早い話、現時点においてコレという解決手段がないのだ。幸村の落ち込みは、その事実に起因する。

 そして、幸村の行いを責めることも出来ない。幼い身で、いったい何が出来たというのか? おそらく、初めは幸村も母親を求めていたに違いない。だからこそ家族に母親のことを訊き、その答えを受け、自らの心を守るために防衛反応が働いた。

 より父親に傾倒することで、母親を憎悪することで、幸村は耐えることが出来たのだ。

 この推測がすべて正しいわけではないだろうが、あながち外れてもいないだろう、と一之瀬は思った。何故なら、彼女もまた片親がいないからだ。

 父親のいない事実には幼心にショックを受けたが、母親が苦労していることは知っていたし、自分だけでなく妹もいた。そんな状態が、自分の人格形成に影響を及ぼしていない、とは口が裂けても言えなかった。

 他人は自分を『善人』と評するが、そんなことはない、と一之瀬は自認していた。単純に、そんな家庭環境だったから、より他人様を窺う癖が骨身についてしまっただけである。

 客観的に見て、己が家庭が『社会的弱者』であることは否定出来ないのだ。ならば、波風立たないようにするには、より積極的に人に好まれるように振る舞うのが一番だった。言ってしまえば『処世術』の一環であり、年季が入っているからそのように受け取られないだけだ。

 実際、自分は過去に犯罪を起こしている。確固たる理由があって行ったことだが、真に自分が善人ならば、そんなことは起こすまい。

 一之瀬が幸村に同情とも共感とも言えぬ何かを抱いている時だった。横合いから口が挿まれる。

 

「幸村くん。諦めこそが、よっぽどの親不孝よ? 貴方が真に悔いるのなら、可能性がある以上、足掻いて踏み出せばいいだけじゃない」

 

 声の主は鈴音であった。それは常と変わらぬ、ともすれば『冷淡』とも取られかねぬ口調であり、声音だった。

 

「どういうことだ? 今更、俺に何が出来る? どうやって母に謝ればいいって言うんだ!?」

 

 流石に聞き捨てならず、幸村は鈴音に食ってかかる。

 

「簡単なことよ。幸村くん……貴方もアイドルになりなさい!」

 

 幸村の怒りもなんのその、ビシリと指を突き付けて鈴音は言った。

 

「な……に……?」

 

 思ってもいなかった内容に、幸村は思わずフリーズする。

 

「まあ、それが一番可能性の高い方法だろうな」

「この学校は運営元が政府というだけあり、外部にもそれなりに力を入れて広告を出すらしいですからね。むしろ、初の試みとあっては力を入れざるを得ません」

「そんな状況での第1期生だからね。否が応でも顔が売れるよ」

「こちらから連絡が出来ないのなら、相手に連絡させればいい……か。確かに、検閲が入るとはいえ、ファンレターなら届くからな……」

「出て行ったお母さんが今でも幸村くんを想っているなら、何らかのアクションは起こすよね?」

 

 しかして、周りの――アイドル組の声が停滞していることを許さない。

 とても現実的な手段じゃない。第一、自分は周りの面子に比べて地味である。――冷静な部分がそう告げてくるが、幸村はそれを振り払った。

 母親に謝りたい、それが叶わなくとも母の真意を知りたい幸村にとっては、希望にしか思えなかったのだ。

 

「良いだろう、堀北。お前の言葉に乗ってやる。俺は……アイドルになる!」

 

 売り言葉に買い言葉、幸村は高らかに宣言するのであった。

 言った直後――

 

(まあ、どうせ期間限定だ。加え、荒療治にはもってこいであることも否定は出来ない)

 

 という、自分に対する言い訳とも打算ともつかぬ言葉が浮かんだのも事実ではあったが。

 授業や日常生活でも、確かに人付き合いや体力向上は測れる。しかし、モチベーションが上がらないのも間違いないのだ。長年で染みついた感覚は、そう簡単に消せはしない。

 その一方、アイドル活動はその限りではない。『母親との連絡を取る』という一点については、よっぽどに可能性があるのだ。そのために必要ならば、レッスンにも人付き合いにも力を入れよう。

 自分に気合を入れる幸村だが、この瞬間、三宅からの体力レッスンは忘却の彼方であった。そのことを思い出したのは既に事務所へと申し込みを済ませた後であり、三宅に平謝りする姿が見られたらしい。  

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