ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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33話

 朝食後、その勢いのままに、幸村は遊佐の元を訪れていた。思い立ったが吉日、という言葉もあるが、時間を置けばヘタれてしまいそうだったからでもある。こと学力以外に関しては、幸村は自分のことをこれっぽっちも信じていなかった。……いや、ある意味では信じているからこその行動か。

 諸々のやり取りは、すんなりと終えることが出来た。向こうとしても申込者が現れることは想定済みだ。その時点で必要以上に時間の掛かることはなく、精々が注意事項の伝達くらい。

 コミュニケーション能力に難のある幸村だが、それはあくまでも学力重視の考えからくるものだ。明文化されたルールを受け入れることに否はない。ルールによっては反発を覚えることは否定出来ないが、言ってしまえば、そんなのは誰にでも起こり得る。幸村だけに限った話ではない。

 本日の午後には早速甲板での撮影が入ることを伝えられ、幸村は遊佐の元を辞した。そのまま近くのラウンジへと向かう。

 そこでは3人の男女が談笑していた。神崎隆二、一之瀬帆波、葛城康平である。全員、幸村とは違うクラスの生徒である。

 

「改めて礼を言わせてくれ、神崎。ありがとう、助かった」

 

 3人の元へと赴いた幸村は、真っ先に神崎へ礼を言った。

 そもそもにして、遊佐たちの存在はある意味でシークレットだった。重要スタッフではあるが、高度育成高等学校の教員でもない。渡された『旅のしおり』には、遊佐たちの部屋番号など載っていないのだ。

 こうなると、誰か知っていそうな者を介してコンタクトを取らねばならない。順当に自らの担任である茶柱を介そうとした幸村だったが、そこで神崎が『待った』をかけた次第である。

 船に戻り携帯を返された時点で、アイドル組は遊佐及び伊藤との直通連絡先を入手している。特にこれといって予定の無かった神崎は、幸村を案内することにしたのだ。正にイケメンの行いと言えるだろう。

 

「気にするな。クラスが違う以上、俺たちは確かにライバルと言えるだろう。だが同時に、同じ学校に通う学友でもあるんだ。この程度、どうということもないさ」

 

 神崎の返事を受けた幸村は、視線を残る二人へとスライドさせた。

 

「葛城と一之瀬も待っていてくれたのか。何か用事でもあったか?」

「いや、現時点では特にこれといった用事はない。しかし、特に予定が無いのも事実なのでな。……強いて言うなら、お前と連絡先を交換しておこうかと思ってな」

「私もそんな感じかな。もう少し、幸村輝彦くんっていう人物を知りたいと思ったんだ。……他クラスとのコネクションも、有るに越したことはないしね」

 

 幸村の言葉に、葛城と一之瀬がそれぞれ答える。要するに、幸村輝彦という人物に対してコミュニケーションを図ろう、ということだ。

 

「そういうものか……」

 

 友人らしい友人がいたことのない幸村には、必然として友人間のコミュニケーションが分からない。どうしても受動的にならざるを得ないのだ。

 それでも、ある程度の経験則はある。或いは学校、或いは病院。『友人』という枠組み以外で考えた場合、連絡先の交換は何らおかしなことではない。相手を知ろうとするのも、問診票や進路相談の類と考えれば理解は出来る。

 葛城と一之瀬の言に、おかしな部分はない、と判断した幸村は、軽く頷いて連絡先を交換した。

 電話帳をチェックする。渡された時には学校と担任以外が載っていなかったそれには、今現在、確かに連絡先が増えている。増えたと言っても微々たるものであり、1クラスの半分にも満たない程度だ。それでも、その事実が喜ばしくてならない。

 

(ああ、俺は友人を求めていたのか……)

 

 幸村は自分の心境をそのように認識した。

 この中の全員が『友人』と呼べるわけではないだろう。互いに互いを知っていることが少ないのだから、そんな間柄で『友人』と呼ぶ方がおかしい、とすら幸村は思っている。しかし、そう呼べる関係に一歩近付いたこともまた確か。

 この関係が維持向上出来るか、それとも消滅するのかは、偏に自分と相手の努力次第だ。

 

「……あ」

 

 そこで、幸村は思い至った。勢いのままに行動した結果、友人候補に随分と不義理な行いをしてしまっている。

 そう、クラスメイトたる三宅明人だ。彼と自分は協力関係を結んだ。簡単に言えば、自分が彼に勉強を教え、彼が自分の体力面を鍛える、というものだ。

 しかし突っ走った結果、幸村は三宅にアイドル活動を行うことを何一つとして言っていない。流石にそれが不味いということくらいは判断出来た。一言謝るのが筋というものだろう。何せ勉強道具が無い以上、幸村が船中で教えることはないだろうが、その逆は可能だからだ。昨日の今日で、未だスケジュールを組んでいないのが不幸中の幸いだった。

 しかして、今この場で電話をするのは目の前の3人に対して失礼である、ということもまた、幸村には判断出来た。

 

『あ?』

 

 思わず口に出してしまった幸村に、3人の視線が突き刺さる。

 

「いや、ちょっと思い出したことがあってな……」

 

 神崎には世話になったが、それを含めても眼前の3人とは特段親しくもない間柄だ。泣きっ面を晒しておいて今更何を、と言われるかもしれないが、あまり自身の恥を知られたくはないのも事実。内容は告げずに事実だけを告げ、幸村は端末を操作する。

 焦りつつも、簡単な謝罪文を作成した。後ほど改めて口頭で謝罪する旨も忘れずに記入していることを確認し、メールを送る。そこまでしてから、漸く幸村は安堵の息を吐いた。

 その様子を疑問に思いつつ、3人は深く訊ねることをしなかった。気にならなくはないが、無理に知ろうとも思わない。教えても構わないことなら、幸村の方から言ってくるだろう、という判断もあった。 

 

「ところで神崎。早速に午後から撮影を行うらしいんだが、何か気を付けるべきことなどはあるか?」

 

 誤魔化すように、幸村は神崎へと訊ねた。……まあ、知りたいのも事実である。

 

「……ふむ、特にないな」

「ないのか?」

 

 暫し考えた末、神崎は答えた。怪訝そうに幸村が問い返す。言葉にこそ出さないが、他の二人もそれは同じだった。

 

「正確に言うと、気を付けるべきことは沢山ある。だが、初めてのヤツが考えて対応出来ることでもない。緊張やら何やらもあるからな。中には簡単に対応出来るものもあるかもしれないが、大半は経験がモノを言う部類だ。自然な笑顔なんて、狙って作れるものでもないだろう? 俺たちだって、佐倉と櫛田以外はどんぐりの背比べに等しいのが現実だ。まあ、先週から活動し始めたばかりだから無理もないんだが……。むしろ、こんな短期間で応えられるようになった櫛田が異常と言うべきか……」

 

 ほんの僅かとはいえ、先達からそう言われれば、幸村は受け入れるしかない。説得力もある。

 言ってみれば、『下手の考え休むに似たり』ということだ。必要なのは経験であり、それが伴わない以上は『机上の空論』でしかないのだろう。まあ、顔の造形や身に纏う雰囲気から、表情一つにも向き不向きはあるのだろうが……。

 

「そして、そこら辺は向こうも織り込み済みだ。俺たちの担当となる遊佐さんと伊藤さんこそ芸能部門では新米だが、カメラマンたちはそうじゃない。れっきとした経験を積んでいるプロだ。初めの内は、それこそ彼らに任せればいい。一見おかしな指示だって、終わってみれば『良い写真』へと繋がっている」

 

 被写体の力量が伴わないのなら、撮影者がそれを補う。それを可能とするからこそ、彼らは『プロ』と呼ばれるのだ。

 神崎の言葉に、3人は納得するしかなかった。

 

「それでも何かしたいのなら、自分でも写真撮影をしてみるとかだな。『撮る立場になることで、撮られる側に何を求めるのかを探す』……先の無人島試験、この言い分で俺たちはデジカメを用意して龍園に攻撃を仕掛けたんだ」

「それが、巡り巡って俺たちへと攻撃対象を変更したわけか……。だがまあ、そう簡単に叶うことではないだろうが、確かに説得力は十分だろう。お前たちのクラスならそれを実行してもおかしくはない、今でも俺はそう思う」

 

 更に神崎が言えば、葛城が苦い顔で頷いた。

 即応性はないが、それが普通なのだろう。『千里の道も一歩から』だ。初めて手を付ける分野で、最初から好成績を出そうという方が間違っている。

 

「取り敢えず、分かった」

 

 だがまあ、神崎の言は、あくまでも写真撮影に重きを置いた言葉だ。出先だからこそ行えることが限られており、敷地内に戻れば、いずれ歌唱やダンスも行わねばならないのだ。

 身体能力劣等生たる幸村としては、写真撮影を学ぶ余裕は当面ないだろうな、と判断せざるを得なかった。

 

「しかし、午後から撮影か……」

「どうかしたの、神崎くん?」

 

 何事かを考え込む神崎に、一之瀬が問いかける。

 

「いや、船での撮影について、俺たちは何も聞かされていないものでな……。それで少し気になった」

「……ふむ。或いは、公平性を考えてのものではないか?」

 

 神崎の言葉に、葛城が可能性を述べた。

 

「ああ、なるほど」

 

 そう言われれば、神崎も納得出来た。

 無人島試験中に参加した神崎たちは、必然として無人島で撮影を行うことになった。しかし、試験後に参加した幸村にそれは叶わない。集団写真集を出す上で、このズレは致命的だ。

 しかして、帰りがけの希望者は、何も幸村だけに決まった話ではない。これから増える可能性だってある。

 増えれば、無人島組と豪華客船組で、どちらにも特別感が出る。

 増えなければ、あくまでも個人写真集用に取って置き、集合写真は学校に戻ってから撮ればいい。或いは、船での写真を集合写真に使うのも有りだろう。その場合、無人島写真は、それだけ早くチャレンジした結果チャンスが増えた、と受け取らせればいい。

 完全ではないにせよ、どちらの場合も一定の公平性は保たれる。

 

「あとは……試験の兼ね合い、って可能性も否定は出来ないよね?」

 

 一之瀬の言葉に、全員が頷いた。

 まず間違いなく、帰路にも特別試験が待ち受けている。少なくとも、この4人はそう判断している。

 であるならば、試験に拘束される時間があって然りだ。当然、その間は撮影など出来るわけがない。

 とはいえ、確信はあっても確証はない。試験の予想もしきれない。ならば、試験については考えるだけ無駄だ。ある、とだけ覚悟しておけばいい。

 畢竟、話題の転換を図るのは必然であった。

 

「そう言えば、芸名はもう決めたのか?」

 

 神崎が幸村へと問いかける。

 

「ああ、そう言えば言ってなかったか……。(ひら)くに誠で啓誠だ」

「啓誠……。それってお父さんが付けたっていう?」

「ああ、そうだ。流石に本名は怖いしな。……父の付けた名前で、父の方針とは異なる真似をする。それは父からの脱却であり、だからといって完全な決別を意味しない。母への呼びかけとしても、これ以上相応しい名前は思いつかなかった」

 

 複雑な表情で幸村は答えた。

 一之瀬には、父親への情と母親への情で板挟みになっているように見受けられた。だから、放っておくことなんて出来なかった。

 

「届くと良いね、お母さんへのメッセージ」

「ああ、ありがとう」

 

 優しい笑みで一之瀬が言えば、柔和な笑みを浮かべて幸村も答えた。

 

「芸名と言えば、神崎たちはどんな芸名なんだ?」

「あ、そう言えば私も聞いてなかった」

「ん? 言ってなかったか?」

 

 葛城が神崎へと訊けば、一之瀬もそれに便乗し、神崎は不思議そうに首を傾げた。神崎自身は、既に教えたつもりだったのだ。

 そうして、神崎はアイドル組の芸名を教えていく。

 神崎隆二――神二(シンジ)

 雪村千夜――雪夜(ユキヤ)

 綾小路清隆――(ショウ)

 沖谷京介――(キョウ)

 櫛田桔梗――(ヒカリ)

 坂柳有栖――(ユウ)

 佐倉愛里――(シズク)

 堀北鈴音――(リン)

 そして幸村輝彦――啓誠(ケイセイ)

 

「安直と言えば安直だけど、分かりやすくて良いね! けど、桔梗ちゃんはどういう方式なんだろう?」

「確かに気になるな。幸村と佐倉はともかく、それ以外は本名を捩った形だ。……神崎、無人島組が芸名を決めたのは同じタイミングだったのか?」

 

 当然として、葛城は神崎へと質問を行った。

 

「まあ、そうだな。顔合わせの際、自己紹介の後で真っ先に行った活動が芸名決めだった。元々活動していた佐倉は別として、それ以外は全員がその場で決めた。ついでに言えば、櫛田もまた本名に関連のある付け方だ」

 

 これで、偶然という形は無くなった。

 さて? と頭を悩ませる面々だったが――

 

「ああ、そういうことか……」

 

 真っ先に幸村が答えに辿り着いた。連絡先を交換したばかりの端末を駆使し、チャットで神崎に確認を取る。

 

【幸村輝彦:桔梗=桔梗紋=明智氏=明智光秀=光か?】

 

 送られてきた文面を確認した神崎は――

 

「幸村、正解だ」

 

 微笑を浮かべて答えた。

 それを受けて、葛城と一之瀬は焦る。別段勝負をしているわけではないが、双方共に頭の良さは自負するところがあるのだ。自ずと、負けられない、という気持ちが湧き上がる。

 

「え~と……」

「むぅ……」

 

 しかし、分からない。焦りが、頭の硬直を招いていた。

 

「時間切れだ、二人とも。答えは――」

「あー! 待って待って! 神崎くん、お願いだからもう少し!」

「俺からもお願いする」

 

 神崎が答えを言おうとしたら、一之瀬と葛城はそれを遮った。

 

「仕方ない。あと1分だぞ?」

「ヒントは『山崎の戦い』だ」

 

 神崎が仕方なしに頷けば、幸村がヒントを与えた。『山崎の戦い』は明智光秀と羽柴秀吉の戦いであり、光秀の敗北を決定付けた戦でもある。流石に『本能寺の変』だと分かりやす過ぎるかと思って、これをチョイスした次第である。

 しかして、二人にとってはこれで十分だったようだ。

 

「分かった! 明智光秀の桔梗紋だ!」

「なるほど、明智光秀の桔梗紋か」

 

 直後、二人同時に答えを述べたのだから。

 

「二人とも、正解だ」

 

 神崎が寿ぐと、葛城と一之瀬は健闘を讃えて笑みを見せあう。

 

「ヒントが簡単すぎたか……」

 

 その裏で、頭を悩ませる幸村の姿があった。   

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