ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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ネタ回です。


5話

 現在、櫛田桔梗は困惑していた。

 そもそもの発端はつい先日。高度育成高等学校に入学してから半ばも過ぎたある日のこと。

 

「櫛田さん、良ければ今度の土日、泊りがけでパーティールームで遊ばない? 参加する場合、宿泊費用は気にしなくていいけど、歯ブラシとかのアメニティは各自で用意」

 

 お昼休み、桔梗はそんな言葉で恵に誘われた。泊りがけというのは『皆の櫛田桔梗』としてネックだが、恵との時間は過ごしていて楽だった。休みとなれば池や山内(バカ)に誘われる可能性も否めない。個人的には一も二もなく頷きたいところだが、その前に確認すべきところはしておかなければならない。

 

「今のところ特に予定はないけど……参考までに参加者を訊いていいかな? パーティールームを使うってことは、私だけを誘うわけじゃないんでしょ?」

 

 バカから逃げるつもりでバカと一緒になってしまったら目も当てられない。そこだけはハッキリさせておく必要があった。

 

「私と千夜と有栖は確定。私が誘うのは佐藤さんと櫛田さんと千秋の3人だね。長谷部さんも誘いたいところではあるんだけど、彼女のスタイル的にちょっと難しいかな? 千夜と有栖が誰を誘うかは分かんない。そもそも誘わないかもしれないし。……あ、ただ千夜が外村くんに用事があるって言ってたから、もしかしたら彼も一緒かもしれない」

「……外村くん?」

 

 雪村千夜、坂柳有栖、そして軽井沢恵。この仲の良い3人の中で、積極的にクラスメイトと交流を図っているのは恵だけだ。他の二人は必要最小限といった感じ。……今までそれとなく観察してきたところ、桔梗にはそう見えていた。

 だからこそ、恵の言葉に嘘はないと感じる。だからこそ、意外な名前に驚いた。

 

「うん、何かパソコン欲しいんだって。それもノートとデスクトップの両方。使えればいいったって性能が良いに越したことはないからね。私にはよく分かんないけど、備え付けのだと色々と重いらしくて。外村くんに見繕ってもらうらしいよ?」

「……ああ、うん、そう言われれば納得」

 

 クラスメイトの外村秀雄は太っており、その見た目を裏切らず運動は苦手であるようだ。普段から語尾に『ござる』をつける侍口調だが、その割にコンピューター関係に詳しいようで男子からは『博士』と呼ばれている。

 だからこそ、彼を誘うことにはすんなりと納得してしまった。

 その一方で、新たな疑問が湧き上がる。桔梗はそれほどパソコンに詳しいわけではないが、それでもお高い商品であることは分かる。安い物でも数万は下らない。

 今は情報化社会だ。どこであれ、就職すればある程度のPC操作は求められるだろう。その点で言えば、高額であろうとPCを欲しがる理由は分かる。

 しかし、それも後々を考えればのこと。少なくとも、現状では『PCゲームをしたい』とか『PCで動画を見たい』とか以外にPCを求める理由が桔梗には思い浮かばない。部屋に備え付けのPCで十分に事足りているからだ。動画を見たければDVDでも借りれば良いだけだし。

 

(あの雪村くんが? 無いでしょ)

 

 そう断言出来てしまうくらい、桔梗の思い浮かべた理由と千夜は結び付かない。そもそも両方を求める理由が分からない。性能の良いのを求めるにしても、片方で十分では? と、そう思ってしまうのだ。

 だが、そこで不意に思った。

 

(手持ちに余裕があればどう?)

 

 よくよく考えれば、支給されたポイントは10万しかないのだ。一般的な高校生にとっては大金だが、お高い物を買うには心許ないのもまた事実。如何に安物を狙うにしろパソコン2台など買えるとも思えない。買えるとすれば型落ち品が精々だろうし、それでは買う意味がない。

 だが、前提が違えばどうだろうか? 

 桔梗はあくまでも自分に置き換えて考えていた。節約を心掛けてはいるが、やはり付き合いだのなんだので細かな出費は増えていく。そんな状況ではパソコンなど買おうとも思わない。――けれど、余裕があれば欲しいとも思うのだ。

 

(雪村くんの場合、『余裕があるから買う』のだとすれば?)

 

 そうだ。茶柱先生も言っていたではないか。『ポイントは譲渡しても構わない』と。『無理やりカツアゲするような真似だけはするな』と。『学校はいじめ問題にだけは敏感』だと。

 

(カードゲームで遊ぶ時なんて、軽くお菓子を賭けたりとかは珍しくもなかった。もし、この『お菓子』を『ポイント』に置き換えることが出来るとすれば? 同意の下のゲームであれば、勝者がポイントを回収したところでカツアゲでなければいじめでもない。正当な権利だ。……それだけじゃない。学校内なら『ポイントで買えないものはない』んだ。なら、情報を買って貰うことだって出来る筈。それがたとえ先生相手でも)

 

 何気ないやり取りから導かれた思考。発想の転換。

 

「人数制限があるから、参加する気になったら早めに連絡ちょうだい」

「うん、分かったよ」

 

 バカから逃げるため。そして己の考えが正しいかを確認するため。桔梗はその日のうちに参加を連絡した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 そして迎えた当日。

 

「今日集まってもらったのは他でもない。TRPGを行いたいと思う」

 

 1901号室のリビングルームにて。

 坂柳有栖、軽井沢恵、櫛田桔梗、佐藤麻耶、松下千秋、外村秀雄を前に、雪村千夜は高らかに宣言した。

 

「ほう! TRPGでござるか!? また乙な物を選ばれましたな。……して、システムは何を?」

「まあ、落ち着け外村。その前に確認することがある。恵と有栖以外にTRPGの経験者はいるか?」

 

 手を挙げる者はいない。

 

「っておい、外村! お前あんだけノリノリだったくせしてプレイしたことねえのかよ!?」

「デュフフッ、いくら誘っても一緒に遊んでくれる者はおらんかったのでござるよ。なので、やりたくてもプレイ動画の視聴が精々。後日、遊んだ感想を語り合っているのを耳にしたときはへこんだでござるなぁ~。デュフ、デュフフフ…………」

 

 リビング内に冷たい風が吹いた。――気がした。

 静寂が一同を襲った。――感じがした。

 

「え~と、概要だけなら? たしかテーブルトーク・ロール・プレイング・ゲームの略で、ダイスを使ったなりきり遊びだよね?」

 

 桔梗もプレイしたことはないが、交友関係を広げていたおかげでそういう知識も持っていた。いたたまれない空気を何とかすべく口火を切る。正直、自分のキャラ設定を後悔したのは言うまでもない。

 

「その通り。システム――分かりやすく言えば『ゲームソフト』だな――も色々とある。実際にやってみれば奥深くて楽しいもんだ」

「参加者の中からシステム管理であるGM(ゲームマスター)PL(プレイヤー)に分かれます。参加人数が多ければ、GMの補佐役であるSM(サブマスター)を用意するのが一般的と言えるでしょう。ゲームを行うに当たり、PLは最初にゲーム内での登場人物――自らの分身とも言えるPC(プレイヤーキャラクター)を作成します」

「名前、性別、能力値、職業に経験とかだね。これを軸にしてどんなキャラクターなのかを決めるわけ。慣れない内は良く知った作品のキャラクターをモチーフにするとやりやすいかもね。決めたら後はPCになりきって遊ぶのみ。ここら辺は『習うより慣れろ』だね。……ただ、『このキャラならどう動くか』とか『この能力値ならこんなことは思いつかないだろう』とか、PLとPCの違いを意識する必要があるから、思考能力とかが鍛えられるのは間違いないと思うよ?」

 

 三者による説明が行われ、色々と鑑みた上で『クトゥルフ神話TRPG』をプレイすることに決まった。KP(キーパー)SKP(サブキーパー)――他でのGMとSMに当たる――は千夜と有栖、それ以外がPLだ。……なお、PCは全員が学生という設定。1~5が決定的成功(クリティカル)、96~100が致命的失敗(ファンブル)、スペシャルは無しである。

 

「んじゃ、まずは私がお手本としてキャラを作るね~。ダイスを振って、能力値を決めて、ポイントを技能に割り振って……と、出来た。キャラが出来たら簡単な自己紹介ね。この時からキャラになりきった方がいいんだけど、まあ慣れとかもあるから最初のうちは無理にとは言えないね。……ゴホン。『フフーン、ボクの名前は輿水幸子です。ご存じでしょうけどアイドルですね。カワイイボクと面識を持てたんですから、皆さん運がいいですね~。能力値としてはAPP突出タイプです。他にも高い能力はありますが、APPには及びません。技能は体当たり企画が多かったことから広く浅く鍛えられています。銛で魚をとったこともありますし、少しなら食べられる草花なんかも把握してますよ?』……と、こんな感じ」

 

 恵のキャラ紹介にオオーと拍手が沸き起こる。

 

「凄いでござるな、軽井沢殿! 正しく本物さながらでござった! 小生、感動したでござる!」

 

 中でも外村が喧しい。まあ、アニメやゲーム好きを称していることを思えば無理もなかった。今回、恵の演じるキャラにはモチーフが存在する。彼もそのキャラクターを知っていたのだろう。

 

「あ~、盛り上がってるところ悪いが、全員にちょっと指定をつけさせてくれ」

 

 頭をガシガシと掻きながら、千夜が口を挿んだ。

 

「指定?」

 

 桔梗が小首を傾げて訊き返す。

 

「ああ。PC全員が学生で、かつその中にアイドルがいるって状況がな、普通に考えて色々と限られる」

「あ~、それは確かに。そりゃあプライベートはあるだろうけど、行きずりの相手に自己紹介は流石にしないよねえ。する場合ってよっぽど特殊な状況しかないんじゃない?」

「クトゥルフの場合、その『特殊な状況』を用意するのは簡単です。実際、最初に遊んでもらうシナリオもその類ですし。……ただ、その場限りならともかく、同じ探索者を継続して使う場合はちょっと問題が出てきます」

「ゲームなんだからあんまりリアルに考え過ぎんのもどうかと思うが、それでもリアルに則した部分は必要だからな。そんなわけで、保護者枠のNPCが納得出来る指定をつけさせてもらう。つっても、そんな難しいもんじゃない。PCは全員『一定以上の知名度を有している』ってだけだ」

「この知名度は本人の物でも、そうでなくても大丈夫です。『誰もが思い浮かべる資産家の子供』といったものでも構いません。要は『アイドルと行動してても、周りが納得出来る』下地があればいいのです」

 

 説明を受ければ全員が納得し、思い思いにPCの作成に移行する。

 そして――。

 

「あー、ファンブった!」

「えー、こんなところでファンブルを出されても……。特に用意してないので足の小指でもぶつけてダメージ1点受けてください」 

「よっし、クリティカル!」

「だから、こんなところでクリティカル出されても用意してねえっての。……任意のタイミングで一回振り直し出来るってことで」

「おめでとう! 君には一時的狂気をプレゼントだ!」

「死ねええええ!」

「ちょ、殺人癖は勘弁でござるううぅぅぅ!」

「誰か、精神分析精神分析!」

「出来る人が絶賛襲われてますね」

「ああ!? 振り直し権使うの忘れてたー!」

 

 何度かプレイしていれば、こんなことも起こって然り。無駄クリティカルにダイス事故などはTRPGあるあるだろう。

 気付けば結構な時間が経っており、桔梗は最初の困惑とは裏腹に嬉々としてプレイしていた。何せ暴言を吐いたところで『キャラ設定』という免罪符が用意されているのだ。乗らなければ損というものである。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「いやー、遊んだ遊んだ。けど、意外と櫛田さんもノリノリだったね。気付かないところでストレス溜まってたんじゃない?」

「そりゃあそうでしょ。『皆と友だちになりたい』なんて、現実的に考えて無理難題に等しいもの。ストレス堪らない方がおかしいわよ」

「……で、ござるな。小生、実際にTRPGをプレイして凄く楽しかったでござる。……以前の小生は『どうせ誘っても遊んでくれない』と、自分に言い訳をつけて逃げ出したんでござるよ。比較にならないでござろうが、有言実行してる櫛田殿は立派でござる」

「……ありがとう。私も、何だか凄くスッキリした」

 

 麻耶の言葉にドキリとし、千秋の言葉に安堵して、外村の言葉に優越を抱き、気付いた時には桔梗は礼を口にしていた。狙っての言葉ではない。自然とまろび出たものだ。

 

「楽しんでくれたようで何よりだ。……さて、飯の用意でもするか」

「あ、手伝うよ」

「客人は座っててくださいな」

 

 千夜と有栖がキッチンに向かい、恵が手早くテーブルの上を片付ける。

 二人が料理する光景を見ながら、桔梗は何気なさを装って質問を口にした。

 

「何だか、手慣れてるね?」

「そりゃあ、この部屋に住んでるからね。半月も経てばそこそこ慣れるよ。まあ、プライベートが考慮されてないのは難点だけど……」

 

 さあ、どう返す? と、僅かに身構えた桔梗を知ってか知らずか、恵は気にした様子もなく言ってのけた。誤魔化すでもなく、何なら補足付きだ。……視界の隅、千秋が表情を変えているのが映る。何故か、それがどうしようもなく気になった。

 

「えぇ、それってどういうこと!?」

「どういうことも何も言葉通り。……ああ、寝室は鍵付きのスライドドアで仕切れるから、そこの心配はいらないよ」

 

 恵の返答に驚く桔梗を余所に、今度は麻耶が食ってかかる。テーブル周りには千夜と有栖を除いた全員が揃っているのだ。当然、桔梗の質問も恵の返答も聞こえている筈であり、それを思えば何の不思議もない。

 さりとて、恵の返事はやはり淡々としたもの。

 

「そうだけどそうじゃないいいぃぃ!」

 

 頭を抱えて叫ぶ麻耶を背景に、今度は千秋が口を開いた。

 

「気の置けないグループ故の強みだね。……私も加わることは出来るかな?」

「私たち3人の信用と信頼を勝ち取れば出来るんじゃない? まあ、千夜の事情を考えると難しそうだけど……」

「そう、要は雪村くんなんだ?」

「もちろん私と有栖にも秘密はあるけどね。けど、何よりも秘匿すべきは千夜の事情であることに間違いないよ。いつかの有栖の警告通り、下手に踏み込むことをお勧めしないのも事実だけどね」

「分かってる。好奇心に殺される猫になるつもりはないよ。……そこまで言える関係に羨望を感じるだけ」

 

 二人のやり取りを耳にしていた桔梗は、千秋と同様に羨望を感じた。

 3人の要が千夜であることに間違いはないだろうが、決して独りよがりの関係ではないのだ。だから、『一足飛びに距離を詰めようとせず、段階を踏んでいけ』と遠回しに言っている。

 

「あのぅ、今更でござるが、小生が聞いていても良かったでござるか?」

「別に良いんじゃない? このタイミングに合わせてアンタを呼んだのは千夜だし。信用信頼は別として、千夜なりに期待するところがあるんでしょ」

「それはつまり、私と佐藤さんと松下さんは軽井沢さんのお眼鏡に適ったと判断していいのかな?」

「節穴じゃないと証明してほしいのが本音」

「ふ~ん。そこまで言われると、良い意味で節穴だったと証明したくなってくるね!」

「それこそ望むところ」

 

 元来、櫛田桔梗という少女は負けず嫌いだ。自らが優秀であると自負し、それでいて根性無しだ。更には承認欲求が強いときた。

 或いは勉強。或いは運動。勝っている内は良いが、敗北する度にストレスを生み、立ち向かうことなく逃げ道を探した。逃げに逃げて、今の答え――『信頼を得る=勝利』という方程式に行き着いた。

 けれどそれは、敗北からくるものとはまた別のストレスを生み出した。何せ、その勝利は『嘘』が前提となっているのだ。自分を騙し、誤魔化さなければ、得ることが出来ないのだ。収支が釣り合っているならバランスは取れるのだろうが、優秀であると自負すればこそ支出の方が大きい。そんなザマでは、壊れるのも自明の理と言えるだろう。

 だけど、今の自分にはそれ以外に勝利する術はない。

 そう、思っていた。

 そう、思い込んでいた。

 それが今、晴らされたのだ。

 気付いてみれば簡単なこと。

 この状況は恵――千夜と有栖もある程度加担しているだろう――によって齎されたものだ。会話の端々にヒントを散りばめて、疑問を持つように思考を誘導されていた。自分で気付いたようで、その実は気付かされたものなのだ。

 その点については腹立たしいが、至った推測が正しいだろうことも意味している。

 この、実力を評価する学校では、単なる学力や運動能力の高さなど大した意味を持たない。文字通り、実力者だけが勝者となるのだ。

 たとえ一般的には邪道外道と罵られる方法だろうと、定められたルールさえ守っていれば構わない。いや、発覚さえしなければ、ルールを破っても構わないのだろう。何故なら、『気付かれないこと』もまた実力には違いないのだから。それでも、最低限のモラルは必要だろうが。

 与えられた評価に甘えて見下してくる者を見下ろし返す。……それはどれだけ溜飲が下がるだろうか?

 真なる実力者を見下ろし返す。……それはどれだけの美酒だろうか?

 ああ、認めよう。個人的心情はともかく、現実として櫛田桔梗は軽井沢恵に劣っている。負けている。千夜に有栖は言わずもがなだ。

 けど。

 だからこそ。

 勝利した暁には、どれだけの優越感を得られるだろうか?

 

(もう堀北なんてどうでもいい。あんな女の言うことを、だれがどれだけ信じるものか。――それよりも、軽井沢さん。あなたの方が重要だ。まずはあなたを見下ろし返す。……私に火を付けた責任は取ってもらうんだから)

 

 逃げて、逃げて、逃げ続けて来た少女は、初めて我武者羅に挑むことを決めたのだった。




なお、筆者は視聴勢です。実プレイは1回しかありません。
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