ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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6話

 カリカリ、カリカリ。

 静かな空間にペンを動かす音と、微かな息遣いが響く。

 カリカリ、カリカリ。

 3人の少女――櫛田桔梗、佐藤麻耶、長谷部波瑠加が一緒に勉強をしているのだ。

 やがて――

 

「ん、んん~。それで櫛田さん? いい加減、この状況について説明をしてほしいんだけど?」

 

 一段落ついたのだろう。軽く伸びをした後で、波瑠加が口を開いた。

 

「んんぅ~。もちろん分かってるけど、その前に佐藤さんは一段落つきそう?」

 

 時同じくして桔梗も一段落ついたのだろう。軽く伸びをしてから説明の意思があることを返事して、麻耶へと進捗を確認する。

 

「ゴメン、もうちょっと待って! …………よっし、終わった~!」

 

 問われた麻耶も気になってはいたようだ。ここ最近は小学生時の感覚を取り戻していたこともあり、程なくしてペンを置いた。

 自然、二人の視線は桔梗へと集中する。

 桔梗は怯むことなく真っ向から見返して口を開く。

 

「まず、何でこの3人かと言うと、悔しいことに私にはそれ以外の見当が付かなかったから。正確に言うと外村くんも候補に挙がるけど、流石によく知らない男子生徒を部屋に上げる気にはなれなかったし……」

「んん? 外村くんの名前が上がるってことは、たぶん昨日一昨日のことが関係してるんだとは思うけど~? でもそれだったら長谷部さんがいることに説明がつかないし~? 松下さんもいないし~?」

 

 桔梗の返答は波瑠加にとってサッパリだった。意味不明過ぎて説明になっていない。思わず追及しようとしたところで、隣の麻耶が首を傾げた。それでもまだよく分からなかったが、分かったこともある。

 

「そう言えば、昨日一昨日はパーティールームに誘われてたんだっけ。私は参加しなかったけど、櫛田さんと佐藤さんは参加して、そこに外村くんと松下さんもいたってことで合ってる?」

「そう、それで合ってる。まあ概ね楽しかったことは否定しないけど、同時に気付いたこともあってね。推測が確信に変わっただけとも言うけど……。あー、思い出したら腹立ってきた」

 

 ムカムカと怒りを露わにする桔梗は、普段教室で見る態度とはまた別だ。今日、誘われた時もそうだった。だからこそ波瑠加が参加した面があるのは決して否定出来ない。

 怒りを飲み込むように、桔梗は荒々しくドリンクをグビリ。これも学校では見られない姿だ。

 

「ふぅ……。前提として、この学校は『実力至上主義』。それはオーケー?」

「まあ、それはね。入学日に茶柱先生から受けた説明でも『実力で生徒を測る』とか言ってたし」

「そう。それでこの『実力』ってのは、単純な学力とか運動能力とかとは直結しないわけよ。『厄介』と捉えるか、『面白い』と捉えるかは人それぞれだと思うけどね」

 

 一端言葉を止め、桔梗は再びドリンクをグビリ。

 

「佐藤さんも長谷部さんも、今までこの学校で過ごしてきて、疑問に思うことは色々となかった? あっても深く考えずに流してきたんじゃない?」

「ん~、そう言われると、心当たりはあるかも? 普通に考えたら10万なんて高校生には大金だし」

「授業もそうよね。須藤くんを筆頭に、寝たり携帯を操作したり、とにかく真面目に受けてない生徒が先生から注意されたことは一度もないわ。『義務教育じゃないから』って言われればそれまでかなって思ってたんだけど……」

「でしょ? 私も他に優先することがあったから、深く考えてはなかった。そしてそういう生徒は、この学校において『実力が無い』と見なされるんじゃないかな? ……十中八九、4つのクラスはこの学校の定める実力を基準として分けられている。個人的な感想を言えば、Aクラスは無難。Bクラスは団結力。Cクラスは反骨心とかかな? そして私たちDクラスは不良品。もちろん、全員が全員そういうわけじゃないだろうけど、大枠はそういうところだと思ってる」

 

 桔梗の言葉に、麻耶も波瑠加も同意せざるを得なかった。もちろん、自分が不良品だと認めたいわけじゃない。だけど、往々にして的を射ているのは否定出来ないのだ。

 

「不良品、かぁ~。いざそう言われるとへこむなぁ~。まあ、中学ん時は遊び回って成績が転落しちゃったし、3年になってから焦って取り戻そうとしてって感じだから、その評価も甘んじて受けるしかないんだけどさぁ~」

 

 麻耶はテーブルに頽れて、深々と溜息を吐いた。

 言葉には出さなかったが、波瑠加も自分の行動を振り返っていた。良くも悪くも感情に重きを置いて行動しているため、そう見られても仕方ないと理解は示せる。

 

「そして月初めに支給されるポイントは、クラス替えがないことから、たぶんクラス評価を基準としたもの。学校の判断が絶対なわけもないし、最初から差をつけてると『不平等だ』と喚く生徒は間違いなく現れる。だからこそ、最初は全員等しく10万ポイント。1ヶ月の期間を置くのは後から文句を言う生徒を黙らせるため」

「『実力を評価した結果』と言われれば、支給ポイントが減らされても認めざるを得ないというわけね。確かに、そうだとするなら先生が注意をしないのも納得がいく」

「けど、それじゃあ例外的な生徒はどうなるの? 実際、櫛田さんはこうして私たちに教えられるくらい色々と気付いてるじゃん? それに雪村くんたちなんて『雲の上の人』ってくらい別格な感じするし。そのままだと救いがなくない?」

「私の場合、正確には気付いたんじゃなくて気付かされたんだけどね。まあ、それはいいか。……通り一遍に考えるとそうかもしれないけど、実際にはそうじゃない。Sシステムにはそういった生徒に対する救いも用意されている。それを、私は一昨日確信した。佐藤さんも分かる筈だよ。動かぬ証拠を見せられてるし、だから別格に感じたんじゃないかな?」

「……あッ!?」

 

 そこまで言われれば、麻耶も気付いた。

 

「パーティールーム!」

 

 そして叫んだ。

 

「そう。長谷部さんは参加してないから分からないだろうけど、誘われたパーティールームね、レンタルじゃなくて購入したものだそうだよ。しかも2週間は前に」

「……………………は? 流石に冗談だよね?」

 

 桔梗の齎した言葉に波瑠加は絶句し、やがて如何とも言い難い表情で訊き返した。

 波瑠加も一通り寮則案内には目を通している。それによると、パーティールームの購入費用は安くても200万はする筈だ。2週間前となれば入学したてだ。いくら何でも信じられない。

 

「信じられないのも無理はないけどね。雪村くんと坂柳さんに軽井沢さん……あの3人はかなり早い段階で色々と気付いてた筈だよ? それこそ、入学当日にはね。二人は自己紹介の時のこと、覚えてない?」

「たしか……自己紹介を須藤くんが拒んで、そこをあの3人に笑われて、食ってかかって言い返されてたっけ」

「そうそう! 私も『確かにその通り!』って納得した覚えがある!」

  

 そこまで条件付けされれば、波瑠加もどうにか思い出すことは出来た。とはいえ、流石に一言一句までは覚えていられない。

 麻耶も記憶を刺激されたようで、大きな声で波瑠加に続く。

 

「私も全部は覚えてないけどね。それでも印象に残ってる部分はある。最後に坂柳さんはこう言ったんだよ、『どれだけのマイナス評価が付くと思います?』ってね。……それだけじゃないよ? そもそも、あの自己紹介は誰がきっかけだった? 平田くんだよね? そしてそれに違わず、須藤くんも最初は平田くんを睨みつけてたんだよ。だけど、平田くんが反応を返す前にあの3人が笑ったことで、注目はそっちに移った。……もし、仮にあの3人が笑ってなかったらどうなってたと思う? 平田くんのあの性格だもん。まず間違いなく須藤くんを止めることは出来なかっただろうね。須藤くんは自己紹介を行わず、それに続く人たちも少なからずいたと思わない?」

 

 麻耶と波瑠加は『確かにそうだった』と頷き、続く言葉を聞けばアリアリと情景を思い浮かべることが出来た。

 

「あ~、堀北さんとか基本的にバッサリだもんね。こう、ムダに自信があるって言うか、『他人なんか知りません』って言うか……。私もちょっと思い出して来たけど、あの時の坂柳さん、社会不適合者云々言ってたよね? それが無かったら、堀北さんは間違いなくやらなかっただろうなぁ~。実際、自己紹介でも名前しか言ってないし」

 

 麻耶は有り得たかもしれない情景を口にする。……その槍玉に挙げられたのが鈴音だったことで、桔梗は密かに喜んだ。

 

「でしょ? そんな感じで、あの3人は所々で注意喚起を促してくれてたんだよ。まあ、私の目に付くところだと、初日以降は専ら軽井沢さんが動いているみたいだけど……。あと、坂柳さんは綾小路くんへの接触が多いような気がするね。もしかしたら、綾小路くんも隠れた実力者なのかもしれない」

 

 桔梗がそう感じたのは、個人的事情からそれとなく鈴音を注視していたためだった。隣同士ということもあるのかもしれないが、鈴音と清隆は比較的一緒にいることが多い。必然的に清隆にも気を配ることとなり、何度か有栖と清隆が会話している姿を目撃した次第である。

 

「綾小路くんがね~。でも、あの坂柳さんがって考えるとそんな気もしてくるから不思議~」

 

 麻耶は言葉では軽く流しながら、その事実を重く捉えているようだった。

 

「ともあれ、気付いた時には愕然としたよ。良いように動かされていた事実に怒りを覚える一方で、『人を動かすとはこういうことか』と感心させられた」

「言われてみると注意喚起は納得だけど、『良いように動かされていた』っていうのは? よく分からないんだけど?」

「言葉通りだよ。分かりやすく実力者を表現するのに『一騎当千』って言葉、あるでしょ? 三国志とか戦国時代とかの英雄豪傑が思い浮かべやすいかな?」

「関羽とか真田幸村とか?」

「そうそう。だけど、そんな実力者だって誰かに仕えていたわけでしょ? 関羽だったら長兄の劉備、幸村だったら豊臣家って具合に。当時の時代背景とかお家事情とか色々あると思うけど、頭角を現した人物の中には下っ端から出世してった人だっているわけでしょ、豊臣秀吉みたいにさ。……言葉にするとあの3人のやったことは簡単で、私たちを篩にかけたのよ。『注意喚起をそのまま受け取るか、裏まで読むか』って感じに。ただ、人間ってのは能力にバラツキがあるもので、『篩にかける必要の無い者』もいれば、『篩にかける必要はあるけど、そのまま見過ごすには惜しい者』も当然いるわけ。どこがどう引っ掛かったのかは分からないけど、私たちは後者に当たるんだろうね。だから色々とテコ入れをすることにした。いつぞやの玉の輿云々も、昨日一昨日誘われたのもその一環」

 

 深く息を吐き、桔梗はドリンクをまたグビリ。

 

「えぇ、私の玉の輿発言が!?」

「まず間違いなくね。今どきの女子高生だもん。簡単にでも雪村くんの人柄と立場を知れば、そんな発言をする人の一人や二人はいるでしょ。タイミングは偶々だったかもしれないけど、ああやって脅しをかけるのは確定事項だったと思うよ? 目的の相手に伝わるなら、別に本人に言う必要はないんだしね。噂好きの女子ともなれば、そういった情報はあっという間に広まるでしょ」

 

 そう言われれば、『そりゃそうだ』と頷かざるを得ない。麻耶は実際にそんな発言をしてしまったのだから尚更に。

 そして噂話云々もまた然り。千夜と有栖が婚約者であるという事実は、若干の尾ひれを付けて既に教室内に広まっている。

 

「パーティールームに誘われて何をやったかと訊かれれば、主にTRPGをやったんだ。まあ勉強もしたけどね。説明の時に『思考能力を鍛えられる』とか言ってたけど、向こうは正にそれを狙ってたわけ。なりきって遊ぶことで、『自分のキャラだったらこの言葉を文字通りに受け取るか?』とか、『このタイミングでの登場とは、このNPC怪しくないか?』とか、否が応でも考えなくちゃならなかったよ」

「ふぇ~、私、単に楽しく遊んだだけだったよ……」

「……私としては、それもまた恐ろしいんだけどね。だって、それが事実なら無自覚にやれていたってことだもん。タイプの違いって言われたらそれまでだけどさ」

 

 楽しかったようで何より、と波瑠加は気のない拍手を送った。

 

「話を最初に戻すけど、櫛田さんが私たちを誘った理由について。……外村くんは言葉通りだとして、松下さんが呼ばれていないのは『一足先に抜け出たから』って認識でいい?」

「たぶん、だけどね。TRPGを遊んだ後、パーティールームが購入した物だと知った時のことを思うと十中八九間違いないかな? あの時、松下さんはほんの少しだけ訝し気な表情を浮かべたんだ。だけど、それもすぐに納得の表情に変わった。そんでもってその後のやり取りでトドメ」

「その後のやり取りって?」

「松下さんから『気の置けないグループ故の強みだね。私も加わることは出来るかな?』と切り出して、軽井沢さんが『私たち3人の信用と信頼を勝ち取れば出来るんじゃない? まあ、千夜の事情を考えると難しそうだけど』と返した。その後にもやり取りは続いたけど、松下さんに限っては最初の言葉だけで判断出来るよ? 補足しておくと、パーティールームはプライベートがほぼ考慮されてない作りになってるね。それに、どうも食材はまとめて買ってるみたいだったよ。隅っこに斎藤食品の段ボールが畳まれてたのを見ての判断だけどね」

 

 桔梗の言葉に麻耶と波瑠加は難しい顔になった。

 会話に特段おかしなところはない。

 ルームシェアについても、婚約者同士なら珍しくはあっても不思議ではないだろう。恵まで一緒であることはおかしいが。まあ、だからこそ参加出来るのか打診したのかもしれない。

 実際、ルームシェアは選択肢として有りだ。普通に考えて、家賃、食費、掃除調理洗濯と色々なものが分担される。まあ、役割分担がきちんと出来る前提で、かつ共同生活で起こるストレスに目を瞑った場合だが。

 そこまで考えて、うん? と首を傾げ、2人同時に『分かった!』と声を上げた。

 

「家賃は無料だけど、食費はかかるし、何よりパーティールームの場合は部屋の購入費だってかかってる。金額的に3人折半して支払ったんだとしても、そこに加わりたいと言うのならその分のポイントは支払って然るべき。逆に言えば、松下さんは支払えるだけのポイントを保有していた」

「これが『言葉の裏を読む』ってやつなんだねぇ~。松下さんは『ポイント払うし、役割分担もきちんとするから一緒に住んでもいい? そうすれば自然と仲良くなれると思うんだけど?』って訊いて、軽井沢さんは『順番が逆。少なくとも人間関係を深めてから』って返したってことだよね?」

 

 桔梗は満面の笑みで頷き、続けた。

 

「ニュアンス的には合ってると思うよ? まあこのことから、3人だけでなく松下さんも私たちと比較にならないポイントを持っていると推測出来る。そこにこの学校のSシステムについて受けた説明――『実力で生徒を測る』、『ポイントで買えないものはない』、『ポイントは譲渡可能』、『カツアゲ禁止、いじめ問題にだけは敏感』――を組み合わせると色々と見えてくるものがあるよね? それを期間内――おそらくは来月のポイントが支払われるまで――に学校に確認することでポイントが得られる仕組みなんだと思う。いわゆる『ご褒美』であり『口止め料』だね。その際に貰えるポイントは、早さとか発見数で左右されると考えていいんじゃないかな? パーティールームの購入費から逆算して、あの3人と松下さんでは貰ったポイントに差があったんだと思う。訝しげな表情と直後の納得はその表れ。……ここまで言えば分かるでしょ? 出来る限りポイントは多く欲しい。だけど、1人で考えたって見落としは多く出てくる。かと言って誰にでも相談できる内容じゃない。だから、私はあなた達を誘った。軽井沢さんに目を掛けられてるあなた達なら、遅かれ早かれ気付かされると踏んで。……或いは、私がこうしてあなた達を誘うのも、彼女の想定内なのかもしれないけどね? 本当にそうだったらムカつくけどさ」

 

 なるほど、そう言われたなら色々と納得だ。

 ともあれ、今現在何よりも重要なのは、口止め料が事実だと仮定した上で『どうすればより多くポイントが貰えるか?』を考えることである。

 それぞれ馬の合わない部分があるのは確かだし、細かな目的も違うだろうが、この日3人は遅くまで話し合うのだった。 

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