ようこそ鬼の末裔がいる教室へ   作:山上真

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7話

 5月1日。綾小路清隆は自身の携帯端末で保有ポイントを確認した。昨日よりは間違いなく増えている。つまり、ポイントは支給されている。

 

(だが、10万には遠く及ばないな)

 

 まあ当然か。然したる驚きもなく、清隆はその事実を受け入れた。

 この学校に入学するまで『一般的な学生生活』というものを経験したことのない清隆だが、それでも知識としては知っている。まあ、この学校は色々と特殊なので『一般的』からはかけ離れているのだろうが、それでも共通する部分はあるだろう。簡単なところで『廊下を走ってはならない』とか『遅刻や無断欠席はいけません』とか『授業中の私語や携帯操作は厳禁』とかだ。世の学生は義務教育期間中にそれらを口を酸っぱくして言われるらしい。

 風潮的に高校進学は半ば当然と化しているが、高校は義務教育ではない。『あくまでも本人が望んでいるからこそ』という前提のもと、通い、学ぶのだ。である以上、先に挙げた例を順守するのは前提となっている。

 それに当て嵌めて4月の学校生活を振り返ると、口が裂けても順守しているとは言えない状況にあった。順守している者もいたが、総じて違反者の方が多かっただろう。清隆自身、何度か授業中の携帯操作は行っているし、携帯操作に限らず繰り返す者は何度となく繰り返した。

 予め『実力で生徒を測る』と言っているのだ。守って当然のことが出来ていないのだから、支給ポイントが減らされるのは至極当然である。

 ただまあ、思いの外支給ポイントが多いと感じる。

 これは割と早期に浮かれ気分が払拭されたためだろう。その発端は教室内にいくつかの噂が広まったことだ。特徴的なのは不安を煽る形だったことだろう。『この学校は実力で生徒を測るのだから、当たり前のことをやらなければ支給ポイントが減らされるんじゃないか?』、『クラス単位での評価じゃないか?』といった具合に。

 ここでの学校生活を送るに当たって、ポイントは正しくお金代わり。支給ポイントが減らされれば、その分だけ余裕のある生活は出来なくなる。自己紹介の時の衝撃(インパクト)も記憶に強く残っていたのだろう。噂を聞いた者が一人、また一人と己が振る舞いを見直していき、伝播し、最初は杞憂だと無視していた者も、やがて雰囲気に呑まれて大人しくなっていったのだ。まるで全身に毒が広がったかのように。

 それでいて教室の雰囲気が必要以上に暗くなったわけでもないのだから、正直に見事だと思う。休み時間になった途端、騒がしくなっている事実がそれを証明している。自分ではこうも上手くはやれない自信がある。

 噂の出どころは分かってないが、考えるまでもなく想像はつく。十中八九で雪村千夜、坂柳有栖、軽井沢恵の3人だ。この内、坂柳有栖について清隆は悩まされていた。

 

「坂柳有栖……いったい何を考えている?」

 

 考えても分からないが、それでも考えずにはいられない。坂柳有栖は断片的ながら自分の過去を知っている。彼女自身の口から語られたことこそ、その証左。

 にも拘らず、彼女は自分をスカウトした。『将来的に事業を起こすつもりでして、その際には私の片腕として働いていただけませんか?』ときたものだ。

 客観的に見て、自分の本当の実力を鑑みればおかしくない提案だ。しかし、現実的に見ればおかしさしかない提案だ。そして現状ではそれを埋めるための情報(ピース)が足りない。だからこそ意図が読めない。

 また、そればかりを考えてはいられないのも事実だった。

 

「しかし、どうしたものか?」

 

 自分が望むのは平凡な生活だ。平穏な生活だ。安定的な生活だ。それは間違いない。しかし、そのためには『合わせるべき平均』を変える必要があるのだ。

 流石に1ヶ月も経てばある程度のことは理解する。『理論上の平均は、あくまでも理論上でしかない』という事実もまた一つだ。

 学力的な意味で埋没するだけなら、全教科50点でも構わないだろう。だが、現実としてそんな者は少ない。いないわけではないだろうが、限りなくゼロに近い。得意教科と不得意教科があるのだから、科目によってバラツキが出るのが自然なのだ。

 今まではバカ目立ちする生徒――須藤健、池寛治、山内春樹の通称『三バカ』――を基準にしていたが、このまま続けた場合、間違いなく『足手纏い』のレッテルを貼られてしまう。心情としては『だからどうした』だが、実際にそうなってしまっては平穏な生活など送れる筈がない。

 この学校で安定的な生活を送るためには、ある程度の実力を示さなければならないのだ。実際、教室内でも動く者は既に動き出している。

 それもあり、小テストでは少しだけ実力を出して85点以上90点未満になるようにした。そもそもが入試よりも簡単な問題ばかりで、難しいのは3問だけ。各5点配分だから85点は取れて当然とも言える。あとは予習内容が上手くはまったが、完全に理解出来ているわけではないので部分点を獲得という寸法だ。

 こんな具合にある程度の実力発揮は仕方ないとして、では『誰を基準にすれば目立たずに済むか?』となると分からない。清隆自身の観察力が優れている弊害であり、Dクラスに割り当てられた生徒たちの落差からくる問題でもあった。

 だからと言って下手に相談も出来ない。何よりの問題として相談相手が少ない。実質、候補は鈴音と有栖しかいないのだ。

 この内、有栖にはあまり接触したくない。『意図を探る』という意味では有りだし、有用な相談相手にもなってくれるだろうが、有栖への接触は千夜と恵への接触にも繋がりかねない。この3人は自己紹介時の件もあり注目度が高いのだ。目立ちたくないというのに目立つ真似をしてしまっては本末転倒である。

 一方の鈴音の場合、自分以上に交友範囲が狭い。その点で言えばもってこいなのだが、彼女は自己評価と視野狭窄が強すぎるため有用な相談相手になり得ない。

 早い話が詰んでいる。『あちらを立てればこちらが立たず』というやつだ。もはや、ある程度目立つのは許容するしかないのかもしれない。

 

「本当にどうしたものか?」

 

 登校まではまだ時間がある。清隆は現実逃避気味に図書館から借りてきた本を手に取った。まだ読んだことはないが、メディア化もされたことのある人気作らしい。

 ペラペラと読み進める。速読スキルも有しているため、ページをめくる手は早い。

 

「これは!? そうか、オレが目指すべきはこれだったのか!?」

 

 清隆の行動指針が定まった瞬間だった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 朝に騒がしいのはいつものことといえばいつものことだが、今日は些か趣が異なる。寮のロビーから教室にいたるまで、あらゆる所で言葉を交わす生徒の姿。

 その表情もまた様々だが、大きく分けるなら3種類。Sシステムの詳細に見当がついていた者、ある程度の見当はついていたが色々と考えが及ばなかった者、そもそもSシステムに想像を巡らせてもいなかった者。

 それらを横目に、綾小路清隆は自席に荷物を置いた。グルリと教室内を見渡し、さて? と僅かに思案する。

 清隆が出先に読んだ本から感銘を受けたのは『省エネ主義』。説明すると『やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことなら手短に』というものだ。

 今までの『ことなかれ主義』から変更することを定めたが、実行するに当たって必要なことがある。

 それは実力者への接触である。この学校において安定的な生活を送るためには、ある程度実力を披露することは避けられない。ならば、いっそのこと実力を出しても不思議に思われない位置(ポジション)に就けばいい。実力者の傍に実力者がいたところで、周囲は勝手に『類は友を呼ぶ』と納得してくれる。

 幸いにして入学してから1ヶ月が経ったばかり。このタイミングなら言い訳も容易い。それこそ『様子見をしていた』の一言で済む。

 では誰に近付くか? というと、その選択肢は限られる。

 清隆の見た限りDクラスの実力者は雪村千夜、坂柳有栖、軽井沢恵、高円寺六助、松下千秋、櫛田桔梗、佐藤麻耶、長谷部波瑠加の8人。Sシステムの詳細に気付き、その上で何かしらの行動を起こしたと思しき者たちだ。……だが、この全員が接触条件を満たすわけではない。

 真っ先に除外されるのは高円寺だ。彼は唯我独尊に過ぎる。実力があるのは間違いないだろうが、読み切れぬ部分が多い上に他者を慮るタチでもない。

 麻耶と波瑠加も除外される。彼女たちは普段の交友関係からくる棚ぼた的要素が強い。『運も実力の内』と言えるだろうが、清隆の求めるラインには達していない。

 残る候補は5人だが、桔梗は外した方が無難だろう。彼女は分厚い仮面を着けているように感じる。それを大衆に悟らせぬ実力も大したものだが、その仮面故に色々と巻き込まれることが増えるかもしれない。

 残りは4人。この中なら誰でもいいと言えば誰でもいいが、やはり先々まで考えた場合、千夜に接触するのが一番だろう。

 有栖の行動こそ、その理由。有栖の言葉をそのまま信じれば、卒業後の自分の生活を保障してくれることになる。有栖の父親はこの学校の理事長だし、確かに権力者ではあるのだろう。しかし、自分の父親に対処出来るかは正直怪しい。

 だが、ここにもう一要素(ワンピース)加えることが出来る。すなわち『雪村千夜と坂柳有栖は婚約者である』という事実。高校卒業時にはどちらも十八歳を迎えており、日本の法律上、結婚することに問題はない。

 そして、この学校は『許可のない外部接触』を禁じている。

 有栖の言葉がこれらの前提を踏まえた上のものだとすれば、自分の未来を保障するのは雪村ありき。

 このまま何の手も打たなければ、卒業しても連れ戻されるだけだ。それだけ過去の闇は深い。それに対処出来ると言うのだから、雪村の闇も相応に深いのだろう。或いは鳥籠が変わるだけなのかもしれないが、そうでない可能性も十分にある。

 それを判断するにも雪村を知らねばならない。3年という期間は長いようで短いのだ。既に1ヶ月をムダにしているに等しい以上、悠長にはしていられない。

 

「おはよう、雪村。……やはり落ち着いてるな?」

 

 だから、清隆は遅ればせながら行動を開始した。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 清隆から声をかけられた瞬間、千夜は僅かに、けれど確かに驚いた。声をかけられることを想定していなかったわけではないが、その確率は低いと踏んでいたし、何よりもその内容が想定とかけ離れていたからだ。だから、挨拶を返すのに少々時間を有することになった。

 

「……ああ、おはよう、綾小路。さて、どうだろうな? 確かに支給ポイントやクラスの雰囲気等は割合想定内に収まっているが、お前が声をかけてくる確率は低いと踏んでいたからな。その点で言えば驚いたよ。ところで、お前はことなかれ主義だと耳にしていたんだが、方針の変更でもしたか? 今の質問も平凡からは程遠いと思うんだがな? ……それと、これは既に何人かには言ってるが俺のことは千夜でいい」

「では、お言葉に甘えて千夜と呼ばせてもらう。……方針の変更についてはその通りだ。平凡、平穏、安定が望ましいのは間違ってないが、この学校のシステムとはそぐわない。どうしたものかと悩んでいたところ、今朝がた読んだ本から感銘を受けてな。今日からは省エネ主義でいくことにしたわけだ」

 

 清隆の返答に千夜は暫し考え込んだ。どこかで聞き覚えのある主義だったからだ。

 

「省エネ主義って……たしか『氷菓』だっけ?」

 

 悩む千夜を余所に隣席の恵が口を挿んだ。

 

「ああ、それだ。オレは必要以上に働く気がなければ、目立つ気もない。だが、そのままだと平穏な生活なんて望める筈もない。……この学校では何をするにもポイントが必要で、ポイントを得るためには実力を披露しなくちゃならない。陰でコソコソと動いたところでバレない保障はないし、いざバレた時の反動が面倒だ。正に負の悪循環だな」

「それを防ごうと思えば、どの道どこかで妥協しなくてはならず、それも最小限で済ませたい、とこういうわけだな? ……なるほど。そういうことなら分からんでもない。分からんでもないが、どうして俺を選んだ? 有栖を選ぶ方が違和感ないと思うが?」

「お前を選んだ理由は、他ならぬ坂柳だ。……どうやらあいつはオレの過去を知っているようでな。ならばこそ、将来的にオレをスカウトしようなんておかしいんだ。現時点でオレが持つ情報(ピース)からはあの女の意図が読めない。それでもどうにか読もうと思考を巡らせた結果、お前に行き着いたというわけだ、坂柳有栖の婚約者」

 

 清隆の言葉に千夜は嘆息した。それが感心してのものなのか、嘆いてのものなのかは自分でも判断が付かない。

 千夜から見ても綾小路清隆という男は分かりにくい。感情が読みにくいし、話し方にも抑揚が無い。頭が働くことは分かったし、立ち振る舞いから重心にブレが無いことも見て取れる。ハッキリと言えば一般的な男子学生からはかけ離れているのだ。

 とてもではないが、こんな男が偶然に出来上がるとは考えにくい。かと言って狙って出来るとも思えない。数多の試行錯誤と運が嚙み合った結果だろう。正しく一つの芸術だ。……まだ若い学生であることを度外視すれば、だが。

 

「オーケー、納得したよ。まったく、うちも相当だと思うが、お前の育った環境も中々のようだな、綾小路? ……俺から一つオーダーをやる」

「オーダー?」

「ああ。こうして面と向かって話した限り、お前はヒトの感情というものを度外視する傾向にある。無論、知識としてはあるんだろうよ。しかし、それだけだ。……だからこそのオーダーだ。お前はこのオーダーを通してヒトの感情を学び、自分の感情を育て、感情の強さを実感しろ。……社会において他者を『駒』として見なければならないことは往々にある。経営者なんてのはその最たるものだろう。だが、如何に合理で動こうと、感情を計算に入れぬ者は簡単に見放される。現代社会においてヒトは一人では生きていけないんだ。一人でも生きられると嘯くなら、究極、無人島で暮らした方がよほどいい」

「言わんとすることは理解出来るが……」

 

 答えつつ、清隆は言葉通り理解出来ているだけだった。それは合理によるもの。感情による納得には至っていなかった。

 そして、千夜はそれを見て取った。放置して様子を見るのも一つの手だが、それでは納得までどれだけ時間がかかるか分かったものではない。

 よって、手早く矯正することにした。折れる可能性もあるが、そうなったらそれまでである。第一、千夜がそこまで気を配る必要は無い。むしろ、有栖が清隆を気にしていればこその判断だ。

 

「ふん? 気が変わった。今日の放課後、俺に付き合え。まずは一度お前を叩き潰して、その傲慢をへし折る。そうでなければ話にならん」

「叩き潰す? お前が、オレを?」

「ああ。学力ではどうか分からんが、身体能力――一つの生命体としての格の高さで言えば、人間(おまえ)(おれ)に遠く及ばん。それを身を以て教えてやろう」

「良いだろう。それが叶うならオレとしても万々歳だ」

 

 火花を散らす二人の横、呆れて溜息を吐きながらも気を利かせて舞台の手続きをする恵の姿があった。  

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