思い出すのは五年前の夏の日。今日みたいにカンカン照りで、暑かったその日のことを。秋空白夜はいつまでも覚えている。
「にいさんの嘘つき!」
十一歳の、小学五年生の頃。兄が自分に嘘をついた。兄は白夜が欲しいと言っていた花のためだけに、それが生える多々良山に許可もなく勝手に登って。その時、怪獣が目覚めたことによって、彼は大怪我を負った。
意識不明の重体で、それから病院で目覚めた彼は、なんとか手に入れた花を「買ってきたぞ」と言って、白夜に渡した。
嘘つき、というのは。その言葉の後に出てきたものだった。知っているんだ。兄が自分のせいで傷ついたのに、それを“私のせいにしない”ことを。それが嫌で、白夜はその時、初めて兄を嫌いになった。
星と白夜は、その後。一つの約束を立てた。
「嘘はつかない」、少なくとも家族の間では。星は“妹を悲しませないため”の、戒めとして。白夜は“兄を苦しめないため”の、戒めとして。立てた二つのそれを、今。兄が破ろうとしているのを見て。白夜の胸は張り裂けそうだった。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき……」
嘘つきの兄。何故自分には、いまだに話してくれないのか。話せる機会はたくさんあったはずなのに。
ウルトラマンであることを、そんなにも隠し通したいのか。何故だ、何故。そんな不信感が募れば、白夜の体の中で炎のように燻った。
「……あ、焦がした……」
借りた台所で使っていたフライパンの、その上に黒いものが出来上がった。卵焼きだったはずなのだが、砂糖を入れすぎてすぐに焼けてしまったようだ。白夜は後で自分で食べようと、卵焼きを皿に乗せる。
「……」
今度、彼は嘘をついた。隠し事はないという嘘と、隠し事をするつもりはないという嘘。そしてその嘘からもう一つ。二度と嘘をつかないということに対しての、嘘。
兄はそういう人なのだ。秋空白夜はそう思った。だから、もう。
「白夜ちゃーん」
「わっ」
突然後ろから抱きついたのは、極夜だった。
「ちょ、ちょっと。料理してるんだからさ、危ないことしないでよ」
「ちょっとくらいさ、いいじゃん! この卵焼きもらっていい?」
「いいけど……美味しくないと思うよ?」
極夜は白夜の静止を聞かず、卵焼きを一切れ切って口にした。その後、彼女の顔は青色になった。
「まじゅい……」
「だから言ったでしょ。これ私が食べるからさ」
「……そんなに不味いなら、星さんにでもあげればいいのにさぁ」
そう悪い笑みを浮かべた極夜を、ハッとして、白夜は見た。そう言う彼女は二つ目の卵焼きを一つ口にする。
「なんで、そんなこと」
「白夜ちゃん、そうやって悩んでる時は、いつだってお兄さんのことで悩んでるじゃない。大体その時は星さんが悪いんだから……ちょっとは仕返ししたら?」
「仕返しって……そんなのしたくないよ」
「なんで?」
卵焼きの味に、特に感想を言わずに極夜は続ける。白夜は料理の手を止めて、極夜を見た。
「なんでって……」
「嘘つきのお兄さんに仕返ししたくないの? それはなんでなんだろーね」
「わかんないよ、そんなの。ただ、したくないってだけで」
「ふぅん。私なら、兄さんが嘘ついたら仕返ししたくなるけどね。あの人すごーく嘘つきだからさ」
「それは極夜ちゃんと然さんだけでしょ」
「そーかな?」
「そうだよ」
他愛もない会話に、少しずつ発展していく。だが白夜は、卵焼きの三つ目を口に含んだ極夜をじっと見ていた。
「でも、星さんが嘘つくって珍しいよねー。何か秘密があるのかな。言えないことがあるのかも」
「言えないこと?」
「そ、言えないこと。私だって、星さんが中々嘘つかないの知ってるよ。白夜ちゃんとの約束があるのも知ってる。だから、嘘をつきたくてついてるわけじゃ、ないんじゃない?」
もしやさっきの独り言を聞いていたのだな。
「……聞いてたんだね」
「にひひっ、こないだから白夜ちゃんおかしかったもん。心配だったからこっそりついてまわっていたのです!」
「ストーカー」
「言い方悪いなぁ」
四つ目の卵焼きを食べ、笑う極夜。後一つしか、切り分けた分は残っていない。極夜は徐に、最後の一切れを手に取る。
「星さんを信じてあげよ、ちょっとだけでいいからさ? きっと、その秘密を……白夜ちゃんに話してくれるよ。絶対に」
「……」
「信じられない?」
「……うん」
「そっか」
その言葉を聞いて。極夜は白夜の口に、焦げ卵焼きを突っ込んだ。ぐいと突っ込まれたそれを、白夜は受け入れて口に含む。
味が濃すぎて、苦さと甘さが混ざり合って。それがあんまり美味しくないと思った。
「じゃあ、ほんの少しでも覚えててよ。親友の言葉」
「……うん、うん」
そんな“ありふれた言葉”が、心に響くとは限らない。ただ、変わるものはあるのだろう。霊島極夜はただそれに賭けるのみ。
それが、親友のしてやれることだから。
〜○○○〜
ウルトラマンラルバのことを、侮っていたわけではなかった。だが彼があそこまで早く反応し、怪獣を退治しにかかるとは思っても見なかった。
バルタンは山中に建てたキャンプの中で、そう心情を、目の前の男に吐露する。男は、ただそれを聞くのみだった。
「しかし、この星に巨人がもう一人いたとは、思いもしなかったな。あの巨人は一体なんなんだ、ジン」
「あれはウルトラマンアース、と防衛隊内で呼ばれている存在です。十五年前、この光ヶ丘で起きた災害に際して出現し、怪獣ゼロダークを撃破しました」
「知らない話だな」
「ゼロダークについてはすぐに秘匿されましたからね。各星報道陣に、情報は渡らなかったのです」
いくつか取り出したカードを眺めながら、彼は言う。そういえば、そのカードについても気になっているところだったと、バルタンは思い出した。
「怪獣を封じ込めたカード、だったか。そんなものを作る技術があるとは、知らなかったな」
「かつてこの星にいた、もう一人のレイオニクスが作り上げた技術です。私の相棒でした」
相棒。父から聞いたことによれば、地球のレイオニクスには相棒がいたと言う。彼とその人間は、非常に仲睦まじい様子だったとか。
その相棒の姿は、今は見えないが、どうしたのだろうか。
「つかぬことを聞くが、その相棒は」
「すでに亡くなりました。十五年前、ウルトラマンアースが起こした爆発に巻き込まれて」
そう、ジンは悲しげな声で告げた。
聞いてはいけないことを、聞いてしまった。バルタンはすぐに、彼に謝罪の言葉を述べる。
「すまない、ジン」
「良いのです、すでに過ぎ去ったことですから」
そう彼は言うが、しかし声の変化を隠せていない。
バルタンは心の中で思った。そのウルトラマンアースによって、相棒を奪われたことが、自身に協力する理由なんじゃないかと。それはつまり、彼はイかれているわけではなく、ただ復讐のためにこうして行動を起こしているということか。
「……相棒のいないこの世界に未練などないですから、ね」
ジンが言うのに、バルタンは「そうか」とだけ告げた。バルタンとしては、そんな破滅的思考は嫌いであった。彼は自身の種の存亡をかけて、この星を手に入れようとしている。目の前の彼と、自らの目的は対照である。
「だが、信念のもと動いているのなら……それを踏みにじることはできないな」
ただ、バルタンはそう呟いた。
自らも悪の道を進んでいる。その中で彼もまた、破滅的ではあるが自らの悪道を進んでいるのだ。それを蔑ろにしてしまうのは、バルタンにはできないことであった。
だからこそ、彼はそれ以上の詮索はしなかった。
「今は、ラルバを討ち……この星を得ることが、先決だ」
親友は強い。だからこそ協力者と共に、倒さねばならない。強い決意を、彼は胸に抱いていた。