「兄さんっ!」
兄が消えるのが見えた。胸を貫かれ、光を血のように吐き出しながら、彼がやられていくのを。その光が消えたのは、別れたのは住宅街の中心あたり。そこに星が、兄がいるはず。そう思って走ると、倒壊した瓦礫の山を見つけた。あそこのところで星は消えたはず。
白夜は瓦礫まで走り、探した。足に釘が、木屑が刺さる。退けた木の屑のかけらが、皮膚を突き破る。痛みはあったが、それでも白夜は星を探した。あれほど、嫌っていたはずの相手なのに。何故かは白夜にも、わかっていなかった。
「兄さん、兄さん! ……あっ、兄さん、いた……!」
瓦礫の中に彼はいた。ボロボロの彼は死んだように動かず目も開けず、口と腹から血を垂らし、体を冷たく濡らしつつあった。
「兄さんっ、起きて、起きてよ!」
その名を呼び、手を伸ばす。手に触れると、その手の熱が少しずつ抜けていくのがなんとなくわかった。白夜は彼の手を無理やり両手で取り、ぐいと、自分の方に寄せる。瓦礫ばかりの底から、星の体だけはすっぽりと抜けて、白夜の体に覆い被さった。べちゃ、と血が、白夜の衣服にこびりつく。
「あっ……血、すごい量……」
腹の上のあたり、胸に空いた傷からどくどくと、血が流れ出している。それが止まることはなく、白夜の胸をドロドロに濡らしていく。
彼の体から熱が抜けていくのを、抱きしめると肌で感じてしまった。それが恐ろしく、怖く。白夜の口からは嗚咽が漏れ始めていた。
「兄さん、起きてよ……誰か、誰か兄さんを……」
自分が、やらないといけない。白夜は星をギュッと抱きしめる。自分がなんとかしないと、いけない。
「私が……私、が……」
白夜の体は動かなかった。いや、動くことができないでいた。星は死んでゆく。だが、ほんの少しでも、白夜が抱きしめると。彼の体は熱を帯びるのだが。それを白夜は、気づくことができなかった。
〜○○○〜
それから、人が来るのには時間がかかった。星は救護され、白夜は保護され。その後治療を受けた星と面会できたのは、三日後のことだった。
誰とも話せず、ご飯も喉を通せず。少し痩せた白夜は、面会を了解されてからかれこれ30分ほど、待合室で座って待っていた。
「……白夜ちゃん、行かないの?」
「へ……あ、うん」
隣で座る極夜が声をかけて、初めて白夜は声を上げた。それから立ち上がり、行こうとするが。足が動かず、やはりまた座ってしまう。
「お兄さんのところに行くの、やなの?」
「何言われるか、わかんないし。どう謝れば良いかも、わかんないし。私最後に、兄さんに酷いこと言っちゃったし」
「怖いの……?」
「……うん、すごく、すごく怖いよ」
嫌われてはいないだろうか。自分は兄に、嫌われてはいないだろうか。少しずつ吐いて行くと、そんな恐怖がタラタラと現れ始める。
喧嘩の後に、怪獣が現れて。兄はもちろん戦いに行くのはわかってた。あの時、言うことが思いつかなかったから逃げた白夜のすぐ後ろで、彼は大きくなって、戦って。力を振るえず、倒されてしまった。
兄の胸が敵に貫かれた時、すごく、すごく怖かった。彼が死んでしまうんじゃないかと思って、焦って駆け寄った時には。もう、遅いのではと。
「白夜ちゃん、はいこれ」
そんな悩みと恐怖を巡らせる彼女に、極夜は鞄から取り出したものを手渡した。オレンジ色のリボンだ。それを手渡したのち、極夜はそれを、白夜の右手に巻いて行く。
「え……? な、なに、これ?」
「ミサンガの代わり。お守りだよ、お守り。星さんと白夜ちゃんが、うまくいきますように、っていうね」
「……うまくいきますように、って」
「白夜ちゃんが星さんのところに行ったのって、私が言ったからでしょ?」
白夜は驚く。なぜ唐突にそんなことを、と。
だがそれは正しく、極夜はそういったところまで、自分のことを見透かしているのかと、思ってしまった。
「……うん」
「だったら、私にも責任はあるし。星さんのこと、私も気づいてたのに。……私、そのことちゃんと言わなかったから」
「でもそれは……兄さんとしっかり話して欲しいから、ってことじゃないの?」
「そうなんだけどさ。でも、こうなっちゃうとねぇ?」
極夜は悲しげで、しかしイタズラっぽい顔をして、白夜を見ていた。
「だから、いつか絶対にお詫びもする。まずは謝らせて、白夜ちゃん。ごめんなさい」
「……ううん。いいよ」
極夜のことを怒る気にはなれなかった。彼女が自分のために言ってくれたのは、知っていたし。それを無碍にしたのは自分のせいであるから。
「極夜ちゃん、私行くね」
「もう行くの?」
「うん。兄さんに謝ってくる。ちゃんと、話してくるよ」
白夜はそう言って、待合室から出て行く。極夜は彼女の後ろ姿に、ほんの少しのエールを送った。