廊下を歩いて、少しだけ時間が経ち。白夜は病室の前に立つ。トントンと、シェルターの病室の扉を叩く。その先から「どうぞ」と聞き馴染みのある声が聞こえた。
「兄さん……入るね」
シェルター内の病室は、外のミラーから取り入れた太陽光が反射していて。まるで朝焼けがやってきているかのように白く、瞬いている。その中に、少し儚げにコチラを見る星がいた。
「よ、白夜」
「……あっ……兄、さん」
気さくに声をかける星に、どう声をかけていいかわからない。彼はまだ痛むのか、包帯を巻いた腕を擦っていた。白夜は彼に近づき、その腕を代わりにさすってやる。
「い、痛む……?」
「まあ、うん。大丈夫さ、そんなに痛くない」
そう言って彼は片腕を上げ、トンと胸に手を当てる。そこが一番傷が深いのを忘れていたらしい。星は「いつつ」と小さな声を上げた。
「そこ、怪獣に」
「やられたとこだな。ま、もう治ってきてるって先生は言ってたし、気にすんなよ。……それに、俺の方が謝らないといけないし、な」
星は、白夜の目をまっすぐと見る。少し悲しげなその眼差しを見て、白夜は息を呑んでいた。
「ごめんな……嘘ついて、おまけに隠し事までして」
「っ、いいよ、もう……いいよ、そんなこと」
「……いや、お前を裏切ってしまったんだからさ。しっかり、謝らせてくれないか?」
星は白夜の手を、両手で覆うようにして取る。
「……嘘をつく気はなかった、って言ったら、怒るよな」
「……事情があるん、だよね?」
「そういうこと。色々言われてて、それと合わせて板挟み。でもお前には……お前には、相談くらいしててもよかったかな」
「……兄さんが言えないことなの、わかってなかった私も悪いよ。でも、確かに相談くらいは……して欲しかったかなぁ」
「……そっか」
星は白夜を抱きしめて「でも」とだけ言って。彼女の耳元で囁くように、呟いた。
「もういいよな。……ずっと嘘ついて、お前を守ろうとするより。やっぱり、ちゃんと話せた方が、万倍良いよな。兄妹なんだからさ」
「……苦しいなら、わかってあげられるから……努力するから……だから」
「人に言われるばっかりは、なしにするさ。ごめんな、白夜」
そうして、ギュッと彼女を抱きしめる。白夜もまた、星の体を抱きしめ返した。
白夜の目元が輝く。いつのまにか、その目からは大粒の涙が溢れ始めていた。
「泣くなよぉ、別に俺死にゃあしなかったんだしよ!」
「死にそうだったじゃん! 私怖かったんだよ!」
「それ言ったらお前! こないだ怪獣に吹っ飛ばされた時、お前の腕イヤーな方向に曲がってたんだからな! 俺の方が万倍怖かったつーの!」
「そ、それはすぐ治ったし、私別に……あ、そうだ、その時のこと!」
白夜は突然、何かを思い出して、自分のポケットを探り出した。星は彼女が離れたのに驚いて、そして彼女が取り出したものにも、反応を示した。
「なんだよ、それ」
白夜が出したのは、一枚のタロットカード。目の意匠が中央にあるそれは、まるでこちらをじっと見ているかのよう。下の方には名前か、“GUN Q”とある。
「ぐん、いや、ガンQ? あの時の、白夜を吹っ飛ばした怪獣?」
「ニュースに出てた、おっきい目玉の怪獣?」
「そうそれ。なんでそれの名前がこれに……」
星はそれを受け取り、白夜に聞いた。
「これどこで拾ったんだ?」
「大怪我した時、起きたらいつのまにか、ポケットに入ってたの。兄さんがウルトラマンになったりしてたから、話しかけられなくて」
「……あん時から見てたのかよ。でも、俺のブレスレットと同じか、突然現れたってゆーと。……いや、こいつは」
星は何を感じ取ったか、カードをブレスレットにかざして見せる。ブレスレットはそれに応じるかのように輝き、カードもまた輝いた。星の手から、タロットが流れる光の線となって離れる。それは虚空に実体化し、一つの形を取る。
《モンスロード》
白夜がその姿を見て、ぴくんと体を揺らした。星もまた、身をこわばらせる。実体化したのは怪獣、ガンQであった。
《ガンQ》
「きゅい」
とても小さい、手のひらに乗りそうなサイズの、と付け加えておこう。
「……ちっちゃい」
「わぁ……か、かわいいー!」
白夜は足元に現れた、そのガンQを拾い上げた。ガンQは驚いて、目を白黒させ、星と白夜を見る。
「き、きゅきゅ?」
「小さいガンQ……おもちゃみたいだな」
「かわいいよ、すっごくかわいいよこの子! 目がくりっとしてるよ!」
「……困ってるからツンツンするのやめてやれ」
「きゅうぅ……」
大きな目をくるくると回し、白夜のツンツンに参っている様子のガンQ。愛らしいその姿は、白夜を一度吹っ飛ばし、光ヶ丘に被害をもたらした怪獣の姿とは思えない。
「怪獣が入ってる……いや、変化したカード。さしづめ怪獣カード、ってところか?」
「タロットみたいだったけどね?」
「まぁ名前はなんでも良いんだよ、タロットでもカードでも。白夜の手元にあったってことは……あの時、ラルバが倒した怪獣が変化して、白夜の手元に降りたってことか?」
「そうかも。でも、なんで私の手元に……」
ガンQを見る二人。ガンQも二人を見返して、それから白夜の方に目を合わせ。白夜に「きゅい」と鳴いて見せた。それから、自分の腕と足をさする仕草を見せてくれる。右腕と左足だ。
「腕?」
「……腕と足はもう大丈夫か? って聞いてるのか?」
「きゅい!」
ガンQは笑顔を見せ、そううなづいた。それを白夜に対して、彼は聞いているのだ。
「……もしかして私の怪我を、治そうとしてくれてたの?」
「きゅい!」
「暴れてた割に、お前そんな献身的なやつだったんだな」
ガンQはきゅい! とまた鳴いてみせる。それから、彼は白夜を見て、目を閉じ深くお辞儀をした。今度はどうやら、謝っているらしい。
「吹っ飛ばしたこと……? あ、いや、いいよ。君、多分だけど、わざとやったわけでもないんだよね? なら、私怒らないよ」
「きゅっ……きゅーい!」
許してもらえたことが嬉しいのか、一本足で立って、彼はクルクルと回り始めた。仕草も何もかも可愛らしい、やっぱり町に被害を出した、怪獣だとはとても思えない。
「かわいいなぁ……こんなに良い子なのに、なんで暴れたんだろうね」
「それなんだけど、さ」
星は、思い出したことを白夜に言う。それは三日前、怪獣キングザウルスと戦い、その後ブラッドキングに敗れた時のこと。
「昨日戦った二本角のやつも、カードになって飛んでいったんだ。チラッと見えたあれは、タロットみたいだった」
「タロットカードみたいって、もしかして同じタイプのカード、ってこと?」
「多分。俺が吹っ飛ばしたってのもあるけど、バラバラになったやつが残るわけでもなく、どっかに飛んでいったんだよ。それに、今まで戦った奴らはみんな、目が虚で自分で動いてる感じじゃなかったんだ」
思えばおかしいことはいくつかある。怪獣も生き物だ、死ねば死骸が残る。それは木っ端微塵にしたとて、同じことだ。それなのに光になって消えて行く。そしてそうなるのは、虚な目をした怪獣たち。
まるで彼らの様子は操られているようで、唸っているのもどこか覇気がなかった気がする。そう考えると何か、繋がるものがありそうな気がして。
「……もしかして。ガンQも、今まで光ヶ丘に現れた怪獣も。俺をぶっ飛ばしたやつも……みんな誰かに操られて、利用されてるとか、ないか?」
「いや、そんなわけないでしょ? だって、この町は怪獣がたくさん現れるようなところなんだからさ」
「でも、それはあくまで“発見例”の話だ」
そう、光ヶ丘では怪獣が多数発見されている。だが、それらが人里に降りたことは一度もなく、人間に被害を及ぼしたことも、実は一度もない。むしろ今、山から怪獣が現れ、人間の町に繰り出していることは非常におかしい状況なのだ。
「じゃあ、本当に怪獣を操ってる人がいるの? 誰がなんの目的で」
「……丈さんは知ってるよな」
「う、うん」
「あの人から聞いたんだ。あの人は宇宙人を追って、この星に来たって。でもその宇宙人には、怪獣を呼び出す力ないらしい。それが本当なら、その宇宙人に協力してるやつがいるんだよ、きっと」
「その人が怪獣を操ってるってこと?」
「多分だ、ほとんど推測でしかないけどな」
だが、それでも良い線は行っていそうな気がする。丈から聞いた情報と、自分たちで確認した情報を合わせた結果であるが。少なくともこのガンQなどを、操り暴走させた者がいるのは、確実だろう。
「それなら、その宇宙人を捕まえないといけないよね」
「そうだな。山から怪獣が出てるってことは、きっと多々良山の方にいるはずだ」
「なら、私行ってくるよ!」
白夜がそう言った瞬間、星は大きな声で「ダメだ!」と言った。白夜はびくんと体を揺らして驚いてしまう。ガンQも、白夜の手のひらで驚き腰を抜かしていた。
「な、なんで?」
「一人で行かせられるわけないだろ! またあんなことになったら」
「でも、居場所の目星はついたんだよ? だったら今すぐにでも」
「なら俺もついてく。お前がまた怪我するのは、俺は嫌だ」
星は言いつつ、ベッドから体を起こし、立ち上がった。まだ体は痛むようで、少し表情を歪める彼であるが、しかしすっくと立ち上がって白夜を見た。
「兄さん……でも、私だって」
「お互い、傷ついてほしくないって思ってるなら。二人で行って、お互いを守れるようにしようぜ、な?」
「……うん」
星のその言葉に、白夜はこくんとうなづいた。正直、一人は怖かった。だから、彼がついてきてくれると言うのは、白夜にとってとても嬉しかったのだ。
「きゅい!」
そんな二人に、いつのまにか白夜の肩によじ登っていたガンQが、声を鳴らす。自分も行くと、言っているらしい。
「……ありがとな、ガンQ」
ちょんと頭を撫でてやると。ガンQは嬉しそうに、笑うのだった。
〜○○○〜
星を模る杖が、ピコン、と光を放つ。紫色のその光は、ジンを照らし、二枚のカードを呼び出して引き合わせた。
山中のキャンプの中、バルタンはジンに問いかける。
「やるのだな」
「ええ。エネルギーのチャージは終わりました。再び、ブラッドキングを町で暴れさせましょう」
ウルトラマンラルバを誘き出す、最後の攻撃。この攻撃によってラルバを呼び出し、彼を倒せば、この光ヶ丘は掌握され、そしてこの地球全体をも、バルタン星人のものにできる。
バルタンの心は踊るようだった。時間はかかったが、ようやく仲間たちに、良い報告を送れるのだから。だが、やはりこれで良いのかと迷う気持ちは残っていた。特に、これから親友とも呼べる相手を、殺しにかかるのだから。
「悩んでいる暇はありませんよ」
「……そうだな、ジン。頼む、やってくれ」
何を今更と、自らに告げる。もう覚悟は決まったのだ。そして一人、その覚悟の元に討ち滅ぼした。ならば、彼にもまた、同じ死をくれてやらねばならない。
「では」
杖をトンと鳴らし、浮かぶカードに先端をかざす。星を模った意匠が、円を描き回転を始めた。竜巻のように光が瞬き、二枚のカードを照らして行く。
「星より出でよ……ブラッドキングよ!」
二枚のカードは溶け合うように一つに変わり。杖で叩かれる瞬間に、無数の光の粒となって飛び散った。それらは空中で合わさり、一つの獣を形作る。
山々の麓に位置する光ヶ丘のその上空で、それは形を完成させ。血濡れた怪物、ブラッドキングとして降臨させた。
「グオオオォォォーーーッッ!!」
その咆哮が町の全てに響き渡る。今度こそこの町を蹂躙せんと、怪獣は足を鳴らし、腕に稲妻を宿し、動き始めていた。