それから借りた寝室に戻って。星は白夜に、昼頃の電話のことを話した。姉が来週に帰ってくるらしいということを伝えたのだ。白夜はそれを聞き、へぇ、と声をあげていた。
「心配させちゃったのかな?」
「そーぽかったぜ。特に白夜の傷のこととか、気にしてたみたいだし」
「……そっか、迷惑かけちゃったなぁ」
白夜がそう言うのに、星は「そうだな」と返した。
星は姉も、何か隠していそうだなと思いながら、そう会話していた。丈との話を聞く限り、バトルナイザーの真実を今、秋空家で知っているのは黒江だけのはずだし。その黒江は、星たちの姉であるのに、あんまり家にはいてくれないし、電話で話してもたまにはぐらかされてしまうのだ。
姉の秘密が多いことは、もちろん白夜も知っている。そんな彼女のミステリアスな部分が、良いところなのは知っているのだが、あんまり家族に秘密が多いのは、どうなのかとも白夜は思っていた。
「まあでもさ。姉さんが帰ってくるんだったら、兄さんよかったじゃん。兄さん、姉さんと会いたがってたし。それに大好きだしね〜」
「……言い方。家族として好きなんだよ姉さんのこと。もちろんお前もな」
「それにしては、兄さんは姉さんによくべったりしてるしさ。あーやんなっちゃうな、帰ってきてくれるの嬉しいけどさ、兄さんがまた女の子みたいになっちゃうんだもの」
白夜はそう言って星をからかう。星の顔をチラリと見れば、カァっと赤くなっているのが目についた。カマをかければ、兄がそうして赤くなるのは知っていた。
兄が異性として姉のことを好きなのは、白夜はある程度わかっているのだ。兄自体はその好意に気づいていないらしいのだが、時折こうしてからかうと、顔を真っ赤にするのでとても面白い。昔から、彼は姉に甘えているし、白夜としては少し気に入らないのである。
「むぅ……まいいや、兄さん。早く寝ちゃお」
「ん……りょーかい。そうだ、怪獣カードのこととか調べたんだけど」
星がそう言おうとすると、白夜は布団の中に入り込んですでに寝息を立てていた。怪獣カードのことは、また明日にでも言おうじゃないかと、星は思って布団に入り込んだ。それから、すっと目を閉じる。だが眠り始める前に、バトルナイザーを確認する。
バトルナイザーを受け取ってから、怪獣のカードを、それにかざしたら。カードはその中に溶けるように消えた。バトルナイザーからは、昔のように目がのぞいている。ガンQの目だ。昔は怖かったそれも、今はなぜだか怖くなく感じた。
「……姉さん、お前らのこと知ってんのかな」
そう呟き聞いてみると、ガンQの目は悩むように俯いた。どうやら知らないようだ。それか、忘れているのか。ともかく彼らは知らないようだし、あまりこれ以上詮索するのは無用だろう。
「おやすみだ、ガンQ。みんな」
星もまた、白夜と同じように、眠りについた。ガンQはまだ、黒江のことを考えていたが、結局思いつかなかったらしい。彼らもまた、ゆっくりと眠りにつくのだった。
〜○○○〜
日本が夜のうち、遥か海の向こうにあるイギリスは、昼過ぎになる時間帯。十四時の頃、黒江は携帯に指を走らせながら、公園のベンチに腰掛けていた。
綺麗なロングストレートの金髪に、紫色の妖艶な瞳の彼女。着込んだコートの中は、男子の目を引くわがままな体があるのだとか。
黒江自身は、それをジロジロと見られることをなんとも思っていないらしい。周囲の人々のうち幾人かが、彼女のコートに浮き出た、大きな果実を見るのだが。黒江はそれを意に介さず、携帯を操作し、それを終えた。
「連絡は終わりましたし、今日のお仕事ももうありませんし。帰りの手続きも済みました。そろそろこの国とも、お別れですね」
言いつつ、彼女は周囲を見渡した。噴水がシンボルのこの小さな公園は、黒江のお気に入りの場所だ。よくここに来ては昼寝をしてみたり、お仕事の予定のことで電話をしたり。ここに来る人間ともある程度、知り合いとなっている。
まあその中には、あまり関わり合いになりたくない相手もいて。
「よお姉ちゃん、ご無沙汰だな」
これからどうしようかと考えていたところ、そんな声が聞こえてきた。嫌なことだが聞き馴染みのある声だ。黒江は男の顔を見た。
黒江よりも一回り大きい体格の彼は、ニヤニヤと彼女を見下ろしている。ジョーとか言ったか、ここら辺で幅を利かせている、学生チームの大将たる人物。この公園によく来る黒江のことに惚れているのか、それともただ良いカモだとでも思っているのか。ともかく彼はよく、黒江に絡んできているのだ。
「大事な彼とでも会話してたのかい、クロエサン?」
「いいえ? ませていますね、ジョーくん。また私に、喧嘩をふっかけにでも来たんですか?」
「オウとも。女に負けたとありゃ、このジョー様の名が廃るんでな!」
すでに廃れていると思うが。古風な話口だし、なんだか日本風だし。彼のせいでこの景観が壊れてそうな気もする。
とか言うのは置いといて、ひとまず彼はまたやる気らしい。こんな大勢の衆人環視がある中で、また負けようと言うのか。黒江は荷物を置き、コートを脱いだ。
コートの中に隠されていた、ベージュのセーターと白のスカート、それから黒いタイツが顕になる。金髪を動きやすいように、さらりとポニーテールにまとめると、彼女はジョーの前に立った。
「チッ……いつも通り、お高く止まってやがらぁ」
「毎回負けているのに、貴方も懲りませんよね……ハァ。いいでしょう、お相手します」
星も白夜もまさか。まさか姉が公園で、男と喧嘩しているとは思うまい。白夜は白夜で、「兄じゃあるまいし」と思うのだろうか。
黒江はそんな想像を巡らせながらも、敵をニヤリと笑って見て、片手でこちらに来るよう、挑発の合図をした。
「いつもいつも挑発しやがって、その手には乗らねえぞ!」
と言いながらジョーは振りかぶって突進してくるのだが、挑発に乗っているではないかと言うのは、ツッコミどころなのだろうか? ひとまず黒江は、飛んでくる攻撃を軽く避けた。返す刀で足を軸に回転し、蹴りを叩きつけてやる。
「うごっ……」
「それっ」
さらに続けて、ハイヒールの先を蹴りと共に叩きつけてやった。鼻血を出しながら、ジョーは目を回し倒れてしまう。
「き、凶器は卑怯だぞ……」
「ハイヒールですよ? それに、この間もこれでやられていたじゃないですか」
「う、うるせぇ!」
ジョーは近くの石ころを掴み、黒江に向かって投げつけた。不意を打った攻撃に、周囲から悲鳴が上がるが、黒江はそれをまた避けてしまう。
「このっ……」
「っと、これで終わりです」
黒江は荷物の一つだった傘をとって。その傘の先端を、彼の顔の隣に突き刺した。ジョーは驚いて、黒江を見る。黒江は彼を睨んでいたのだが、フッと笑みをこぼしてから、言った。
「今日で最後ですから。これで懲りていただけると、助かります」
「……ちくしょう、てめえ、今度は」
ジョーは聞いていないらしい。
そんな彼に、黒江はどことなく弟の影を感じて、また笑った。それから傘を地面から抜き取って、周囲を見て。
「お騒がせしました、みなさん。それでは」
とだけ謝り、荷物とコートを取って、彼女は公園を出て行った。飛んだ災難だ、あの男には毎回喧嘩をふっかけられるので、やはり嫌気がさしてくる。
「むぅ、もう少し素直であれば、ちゃんと答えてあげるのですが」
そう呟く黒江。答えると言うのは、単にしっかり返答を与えると言うだけなのだが。
さても彼女は、早く家に帰らなければならなかった。先ほどの考えに頭を移す。秋空家邸宅から現れた怪獣、ガンQ。それは本来、父母の秋空未来と明日菜が、自分たちを守るために残しておいてくれた怪獣だ。その彼を暴れさせた何者かがいるらしく、黒江はその存在について不安視していた。
「やはり、彼の仕業なのでしょうか……ですが、彼は十七年前に一度」
自分の手で討ち倒したはず。自分の力と、肩からの傷と、引き換えに。その時のことを、自らの操る大鎌を奪われ、袈裟斬りに切り裂かれた時のことを考えると、ずきんと塞がれた傷が疼いた。黒江はその痛みにふらつき近くの壁に手をついてしまう。
「っつぅ……彼が生きていたということは、今度もまた、レイオニクスの力を狙って……そんなこと」
許すわけには、いかない。それがこの星を守るべく生まれ、何万年という月日の中を生き戦ってきた、光の女神の使命だから。
彼女は秋空黒江。その真の正体は、かつてこの星を守っていた女神、ウルトラヘカーテであった。その証というべき、大鎌の祖となるネックレスが、影に隠れながらも、煌めいていた。