誰かが、自分を呼ぶ声が聞こえる。
聞いたことのある声だが、しかし誰のものだったかという覚えがない。虚空を浮きながら、その声が響く方へ。秋空星は手を伸ばす。
これは夢なのだと言う確信がありつつも、星は手を伸ばし続けていた。
ふと、空間が光った気がした。その向こうから視線を感じる。光の中には人がいた。白い髪を蓄えた、美しい姿の麗人だが、その顔は見えず。
彼はふっと笑ったように、口角を上げると、星に向かって手を伸ばしていた。その手から放つ光が、星の左腕にまとわりつき、銀の色に変わる。
そのブレスレットが生まれたところで。秋空星は夢から覚醒しているのだった。
「……うるさ」
周囲の喧騒に小さく愚痴を漏らし、秋空星は体を起こす。ここは光ヶ丘、西町小学校の体育館。その地下に設置された、怪獣災害対策用の巨大シェルターだ。
光ヶ丘西町全域に住む人間が一時的に暮らせるよう、様々な施設を整えているこの巨大シェルター内の一室。そこで星は休んでいたのだ。
外から聞こえる嫌に騒がしい声は、突然現れた怪獣について、防衛隊に抗議している人たちの声だろう。自分たちの安全を守るためにきた人たちに、そうして罵倒を浴びせるのは、人としてどうなのだろうかと、星は漠然と頭に思う。
まだ眠いなと思いながらも、ベッドから出る。かちん、と自分の手と、ベッドの端が触れた。いやに硬い音だと思えば、左腕にブレスレットがついていた。銀色の、大きな円盤のついたそのブレスレットは、星の知らないものだ。不思議に思いつつも、今はそれはいいと、何故か星は思っていた。
すぐ向こうのベッドに眠る秋空白夜を、彼はチラリと見た。体中の傷は癒え、布団をはだけさせる彼女の覗く肌には、傷跡もついていない。折れて皮膚からはみ出ていた骨も、すでに元通りだった。
医者は「怪我をしたなんて嘘ではないのか」ということを、彼女を見せてきた星に言った。それほどに回復しているのは、奇跡でも起きたのか。星は小さくため息をつき、そっと彼女の頭を撫でた。
「ごめんな、白夜」
ぼうっと、そう呟く星。様々思いが去来するが、彼はそれを全て、一旦頭から除く。ポケットに手を突っ込み出した、小さなリボンを彼女の手元に置いてやる。端が焼けているそれは、白夜がポニーテールのために使っていたリボンだった。
それを置き、白夜から離れ、一回飯でも食おうかと、部屋の台所まで向かったところで。不意に、部屋の玄関ドアが開いた。
「星くん、戻ったぞ」
「丈さん」
嵐山丈は、借りるぞ、と言ってから、食卓の椅子に座る。彼は戸籍がこちらになく、シェルターが使えなくなりそうだったところを、星が友人だと言い張って連れてきたことで、ここにいることができているのだった。
星は構わず卵と、備え付けのもやし買ったキャベツを突っ込みさらに肉を合わせ、パラパラと炒めて皿に盛る。調味料は醤油と塩胡椒、みりんや料理酒は置いていなかった。ケチくさいなと星は思った。
「米はないのか?」
「パックのやつなら。備え付けの米なんてものは、聞いた感じないみたいですから」
そのパックの米とやらをレンジに突っ込み三分。その間に鍋に水を蓄え、それを沸騰させて。お茶碗にパック米を叩き込み、汁物用に取り出した茶碗には、レトルトの味噌汁の素を突っ込んで、お湯を注いだ。それを二つずつ作り、野菜炒めだけは三つ、一つだけ冷蔵庫に入れておく。それから、彼は食卓に料理を置いて、座った。
「いただきます」
「いただきます。口に合うかは、わかりませんけど」
言いつつ、野菜炒めを食べる星。丈もそれに倣うように野菜炒めに手をつけた。あんまり美味しくないな、と星は思った。調味料がない分、味が濃すぎて喉に張り付くような感じだ。味噌汁を飲んで、それを押し流す。
「美味しいな。いい腕じゃないか」
星のその感想とは裏腹に。嵐山丈はそう告げた。味覚がおかしいんじゃないかと失礼なことを思う星だが、丈は野菜炒めをどんどん食べていく。星よりも早く食べ終わってしまった。
「ごちそうさま」
「く、口にあったようで何よりです……あ、そだ、話があるとか言ってませんでした?」
星はご飯を食べつつ、丈に言った。丈は「そうだったな」などと言ってから、話を始めた。
「君はあの怪獣について、何か知っていることはないかい?」
「変なこと聞きますね。ありませんよ、そんなの」
味噌汁を飲んでそう流す星。丈は「そうか」としてから、続ける。
「私はあの怪獣を呼び出した人間を追って、この町にやってきたんだ。あの怪獣は君の家から現れたようだが、それでも君はあれを知らないと言うんだね」
「……地底怪獣とか言うのもいるくらいなんですし。地下から現れたとかなんじゃないですか、それ。まさか俺たちが怪獣を操ってるとか言う、アホなこと考えてるんじゃないでしょうね」
「そうではないさ。だが、君があれを知らないと言うのはあり得ないと思ってね。そうだろう……ウルトラマンアース?」
……何か、唐突に変なことを言い始めたな、この人。星はそう思った。ウルトラマン、とはなんだ。アースとついているのは名前か? 英語っぽいし、ファーストネームがウルトラマンなのか? なんだかスーパーマンみたいな名前だ、赤いマントを羽織って空を飛びそう。
まさかここで冗談を言うわけもない。現に丈は真面目な面持ちだ。先ほどのウルトラマンというのは名前のようだし、恐らく彼は自分を、ウルトラマンアースと言うやつだと勘違いしているのだろう。
ならば、勘違いは早めに解いたほうがよさそうだ。星は即座に、ウルトラマンアースであることを否定しにかかった。
「そのなんとかマンアースなんてのじゃありませんよ、俺は」
「その左腕のブレスレットが、君がウルトラマンである何よりの証拠じゃないか。それとも記憶を失っているのか、君の中にウルトラマンアースがいるのか。どちらにせよ、君がアースであると言うことには変わりないが」
ブレスレット、と言われると。起きた時に左腕についていた、これのことだろう。銀色に輝き、円盤のついたそれを、星は見る。そういえば、これはなぜついていたのだろうか。星はこんなに綺麗な装飾品は持っていないので、わからなかった。
「ひとまず、君自身はアースではないらしいな。ならばそのブレスレットのことは知らないか」
「な、なんすか。丈さんはこれを、知ってるんですか?」
「もちろんだ。それはアースブレスレット。君がアースの力を解放し、アースに“成る”ためのものだ」
アースブレスレットとというらしい。まさにアースのブレスレットといった感じの名前だ。アースに成るというが、一体どうやってなるというのか。
「ひとまず、そのブレスレットの使い方を君は知らないだろうからな。俺が変身をやってみせよう」
言うや、丈は服の懐からメガネを取り出した。赤い縁の綺麗なメガネだが、男性に似合いそうな代物ではない。それを丈は、自分の目にかける。
《バーンアップ》
《ウルトラマンラルバ》
瞬間、眩い光と共に火花が散り、丈の姿が赤いものに変わって。真っ赤な体に黒いラインを持ち、頭部に銀色のブーメランを宿すその姿を、星は見たことがある。
「……赤い巨人! え、あれ、丈さんが巨人で……えぇ⁉︎」
驚く星に、丈は笑って見せた。
「そう、これで俺は、ウルトラマンラルバになった。君のアースブレスレットは少々やり方は違うが、俺のように変身することができる。やり方は教える、やってみるんだ」
これは“マジ”かもしれない。星はブレスレットを見つつ、それに触れた。何も起きはしない。丈はメガネを身につけて変身したが、このブレスレットは星の体に既に身につけられている。
ラルバはブレスレットを触り続ける星を見て、小さくつぶやいた。
「アースブレスレットは単独では使えない。だから、そうだな……気合いを入れてみろ」
「気合い? またなんか、変なことを」
「少々説明が難しいんだ、すまないな。もう少し詳しく言おう……ツノの生えた人形をイメージして、それを呼ぶんだ」
スピリチュアルなことを言うものだ。星は言われた通り、念じてみた。目を瞑って念じてみるのだ。
そのために彼は見ることができていないのだが、青く綺麗な光が虚空より現れ、固まり、人形になった。角の生えた巨人のその人形は、フラフラと揺れると、星にツンツンと角を当てた。
「いてて。ん、これが人形か? なんかおもちゃみたいだな」
「ああ。人間のおもちゃ、ソフビ人形をモチーフに作られた発明だからな。それの足にサインがあるだろう? そのサインの部分を、ブレスレットの円盤に合わせるんだ」
星はうなづき、人形の足を円盤にぶつけた。
《ウルトライブ》
《ウルトラマンアース》
瞬間、秋空星の体を光が包み込む。驚く彼は目を瞑るが、その光による“変化”が、痛みを伴わないものであるとわかると、星は目を見開いた。
側頭部に角が現れると同時に、全身が赤と青、そして銀色に変わる。目は光を発し、銀の仮面のように変わった。胸を見れば、緑の色のプロテクターが現れていて、それに空いた穴から、青い宝石のようなものが見える。
星はそれを、ふと、なぞってみた。
「んっ……つ、ピリピリすんな、これ」
「カラータイマーは様々な神経が通っている箇所だ。痛覚、性感、その他色々。あまり触るな、癖になってしまうぞ」
やなことを言うもんだ。星は手を触れるのをやめた。
これで変身できたのだろうか。カラータイマーとやらがあったり、頭には二本角が生えていたりする。変な姿になったものだと、星は思った。
「ひとまず、それがウルトライブ。そしてその姿がウルトラマンアースだ」
「……ほんとに、変身できるんだな。丈さん、その……これって、丈さんみたいに巨大化できるのか?」
「もちろんだ」
それを聞いた途端、星が成ったアースの顔に、喜びの表情が浮かんだ。ラルバはそれを見て「どうした?」と問う。
「これなら……白夜やみんなを守れるじゃないっすか! やった、やったぁ!」
先ほどまで怪訝な顔を浮かべていた彼の、その喜びようを見て、ラルバはうなづいた。
「……少々、鍛える必要があるな」
「なんかいいました?」
「いや、何も。星、君はその力を使えるようにはなったが、できることや戦い方を知らないだろう。色々と鍛えてあげよう」
「マジすか? ありがとうございます!」
ラルバは彼を見て思う。危ういと、そう一つだけ。
星はそんな彼の様子を知らず、ウルトラマンになれたことに喜んでいた。
自分に注がれる視線が、もう一つあることを知らずに。
「……兄さん?」
秋空白夜は小さくつぶやいた。秋空星が変身するのを、彼女はじっと見ていた。兄が何をしているの、最初こそわからなかったが。
それでも、彼が何かを身につけたのだけは、白夜はわかったのだった。
「これと、関係あるのかな……?」
白夜はいつのまにか手に持っていた、一枚のカードを見た。タロットカードのようなそれは、大きな目の意匠がされていて、コチラをじっと見ているようだった。
「……一体何が起こってるの……?」