みょんな呪術師   作:大嶽丸

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第2話

 

 

「特級呪霊の討伐、見事だった」

 

「……いえ。仕事をしただけですので」

 

 京都府立呪術高等専門学校

 

 日本に二校しか存在しない四年制の呪術教育機関の一つ。多くの呪術師が卒業後もここを拠点に活動しており、教育だけでなく任務の斡旋・サポートも行なっている呪術界の要である。

 

 そこへ妖夢は赴いていた。完遂した任務の概要を報告する為に。

 

「謙遜することはない。提出された資料には目を通した。呪霊を産む呪霊……祓うのが遅ければ被害は更に拡大し、取り返しのつかない事態に陥っていたことじゃろう」

 

 その報告を聞いている老人の名は、楽巌寺嘉伸。呪術界きっての保守派であり、この京都校の学長を務めている人物だ。

 

「正しく1級術師に相応しき仕事ぶりである。今後も呪術界を牽引していく者として、励んでくれ」

 

「はぁ……それはどうも」

 

「して、これからどうする? 暫くは京都に滞在するのかのう?」

 

「いえ……明日には東京へと帰らせてもらいます。ここには私のことをよく思ってない人達が多いようですから……」

 

 ただでさえ呪術界では旧態依然とした男性社会や歴史ある家柄を重視する風潮が根強く残っているが、京都は“呪術の聖地”と呼ばれる伝統ある古都であり、東京と比べて保守的な気風が強かった。

 

 そのため妖夢という異端を嫌う者は多い。

 

「フム……確かにお前は厳密には違うものの呪霊との混じり者。秘匿死刑になってもおかしくはない立場じゃ。今回の任務をお前に要請した者にも、そのような思惑があったのかもしれん……誠に嘆かわしい限りじゃのう」

 

「……ほう。学長は違うので?」

 

 訝しげな視線を向けられるも、翁は動じない。

 

「うむ。儂は保守派などと揶揄されているが、それを言うならば呪霊憑きなど然して珍しくもない。元より“魂魄家”は今でこそ異端であるものの古くからある家系でお前が呪術師としてここに居るのもその歴史があるこそ……そのような貴重な戦力を無為に損なうなど愚の骨頂であろう」

 

 人間と呪霊とハーフ。本来であれば扱いは呪物を取り込んで変異した呪肉体と変わらぬはずの化け物が呪術師をやっている。

 

 そんな異常な事態を、保守派筆頭である楽巌寺は何と容認していた。知る者が見れば目を剥く光景だろう。

 

「尤も、敵対するのであれば話は別じゃが……」

 

 ギロリ、と視線が射抜く。腰の曲がった年嵩なれど、呪術界を牽引してきた上層役員であり、炯々とした眼光は未だに衰えない。

 

「……ならば問題ありませんね」

 

 失礼します、と妖夢は踵を返す。

 

「……難儀なものじゃな、彼奴も」

 

 退室していくその後ろ姿を見送りながら、楽巌寺のぽつりと漏らした言葉が部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

「ふぅ……お爺さんの相手は疲れる」

 

 実際にはほぼ同年代なのだが。高専の廊下を歩きながら妖夢は一息付く。

 

 今回は楽巌寺への報告だったからまだマシだったが、総監部へ直接赴く時は毎回上層部からの視線が痛くて気疲れしてしまう。

 

 恐れは無い。ただこれまでも何度か刀を抜きかけた。

 

(ま、大した嫌がらせは出来ないでしょうし、敵対するのであれば斬れば良いだけの話です)

 

 妖夢が呪術界に身を置いているのは、あくまで利害の一致。拗れて破綻すれば当然鞍替えするし、躊躇無く牙を剥く。

 

 難易度の高い任務を回されるのも報酬は高いし腕試しになるので別段問題には感じていなかった。

 

「……む?」

 

「げっ」

 

「うん?」

 

 その時、廊下の先に居る二人の男女を視界に捉える。

 

 どちらも見覚えのある顔だった。

 

「これはこれは。魂魄特別1級術師殿じゃないか」

 

「冥冥に……篤也ですか。こんなところで会うとは奇遇ですね」

 

 薄い水色のポニーテールの女性とロングコートを羽織ったガタイの良い青年。片や歓迎するように、片や嫌な奴に会ったとでも言うように露骨に顔を歪める。

 

 冥冥と日下部篤也。

 

 二人とも1級術師である。フリーの冥冥はともかく日下部の方は東京校に所属しているため京都に居ることは珍しい。

 

「丁度こっちで依頼を受けててね。日下部も別件で駆り出されていたみたいだ」

 

「ど、どもッス……魂魄さん」

 

 日下部が頭を下げながら挨拶する。外見だけなら自分よりも圧倒的に年下である少女相手にへーこらする姿は異様で情けないものであった。

 

 しかし、そうなるのも無理のないことであった。何せ日下部にとって妖夢は呪術師に成り立てのペーペーだった高専一年生の頃からの付き合いのある先輩なのだから。尤も、関係性なら冥冥も同じなのだが、生憎と小心者の彼は彼女のように図太くはない。

 

「聞いたよ? 単独で特級呪霊を祓ったらしいじゃないか。ギャランティもさぞ高額だったのだろうね」

 

「ええまあ。烏合の衆で大したことはありませんでしたが」

 

「うへぇ……その特級呪霊、他の1級術師を返り討ちにしたらしいじゃないッスか。大したことねぇはずないでしょうよ」

 

「……確かに、貴方のような軟弱者であれば為す術無く殺されていますね」

 

「ですよねー」

 

 辛辣な発言であるが、嘘は言っていない。実際に術式の無い日下部があの呪霊を相手にしていれば数の暴力に苦戦を強いられたことだろう。

 

「また鍛練に付き合いましょうか? 1級になったのです。少しは腕を上げているのでしょう」

 

「勘弁してくださいよ……」

 

「フフ。相変わらず日下部に厳しいね」

 

 同じ剣士だからか。妖夢は日下部のことをよく目にかけていたが、怠惰で臆病な性格が気に食わないようでいちいち辛辣な物言いをしていた。

 

「冥冥も良ければどうです?」

 

「悪いけど遠慮しておくよ。正直、もう呪力による身体強化は頭打ちでね」

 

 即答する冥冥。妖夢の言う鍛練が如何にスパルタであるかはその身を以て理解している。学生時代に吐きかけたそれは軽くトラウマになっていた。

 

 全く意味が無いとは言えないが、少ない成果で多大な労力を割くことは憚られた。

 

「ふむ……それは残念です。1級となった貴方達の腕前を確かめたかったのですが」

 

 時の流れというのは早い。ついこの間まで術師として未熟にも等しかった彼らが今や1級術師として最前線を張っている。

 

 そう思うと、感慨深いものだ。

 

「では、腕試しは次の機会に取っておきましょう。半人前同士……腕を磨き、励んでいきましょう」

 

「……ナチュラルに半人前扱いかい。不服と言いたいが、君に言われるとぐうの音も出ないね」

 

「いやいや、魂魄さんが半人前なら世の術師全員が半人前以下の赤子ッスよ……」

 

「まあ、私は強いですから」

 

「どっちなんスか……」

 

 自らを半人前だと口々に卑下する割には、自らの強さに絶対的な自信を有している。そんな一見すると矛盾しているような言動に日下部は困惑の色を隠せない。

 

 実際、強さに関しては1級の中でも最上位。この人の為に特級と1級の間に準特級あたりの等級を新しく作って良いのではないかと思うくらいには。

 

 でないと、この人を基準にした任務を与えられて死にかねない。

 

(……師には遠く及ばない。雨を斬った、空気も斬った、けれどまだ──)

 

 足りない。全く以て足りない。

 

 己が目指す境地。そこへ至るまでの道筋。今やどこに居るのかも分からぬ師がそうであれと望んだように、彼女は今までも、これからも、その教えをただ愚直に信じ、進み続ける。

 

 人ではなく、霊ではなく、だからこそ、半人前である彼女は、ただそれしか出来なかった。

 

(幽々子様……私が居なくとも貴方は大丈夫でしょう。ですから、もうしばらくお待ちください)

 

 ひらりひらりと桜の花弁が舞う。

 

 在りしの頃の幻想に、半人前の少女は思い馳せる。

 





みんな大好き日下部の年齢が分からないので冥冥と同期ってことにしました。
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