みょんな呪術師 作:大嶽丸
呪詛師。
自身に宿った呪術の才を、非術師の守護のために行使するのが呪術師とすれば、その真逆の行為、即ち非術師を呪い、殺害する為に力を行使する者達の総称である。
そして、そんな罪人を捕縛或いは始末するのもまた、呪術師の仕事だった。
「……脆い」
鮮血が飛び散る。
首と胴体が泣き別れとなって倒れ伏す男を見下ろしながら妖夢はつまらなさそうに吐き捨てた。
「脆弱が過ぎる。これだから呪詛師狩りは気乗りがしないんですよね」
とある呪詛師グループの無力化。その依頼を受けた妖夢は窓の案内を受け、潜伏先と思われる雑居ビルへと突入した。
相手が人間だからと彼女は容赦しない。それは無力化という生死を問わない依頼内容で躊躇無く切り捨てたことからも分かるだろう。
しかし、彼女が嘆くはその弱さ。呪術高専のような専門機関で正当な訓練を受けた者ならまだしも、そういった機関に関わらずにほぼ独学で呪術師としての実力をまともに磨ける者など殆どいない。そもそも正規の訓練を経た呪術師ですら普通は2級~準1級レベルが頭打ちとされているのだ。
故に、名のある呪詛師でも良くて準一級程度。木っ端となればもう悲惨であり、特級呪霊を容易く祓う妖夢の相手になるはずなどなかった。
中には1級相当の実力者も居るには居るのだが、そういった手合いは賢いので目立つのを避け、表舞台に出ることは殆ど無い。
「く、糞がッ! 貴様は良いのかッ!? この腐った呪術界の狗に成り下がったままで……ッ! 貴様も本当は分かっているはず──」
また一人、首が宙を舞う。術式を発動しようとしていたが、この程度の速度に反応出来ないようでは、大したものではなかったのだろう。
「主義主張などどうでもいい」
珍しく組織化された呪詛師のグループ。資料をあまり読み込んでおらず、窓の説明も聞き流した妖夢は知らないが、彼らの目的は金銭目的の他の呪詛師達とは違い、呪術界の改革。その為に各地へゲリラ攻撃を仕掛けようとしており、謂わばテロリストのような存在だった。
情報を掴んだ上層部は危険視し、いち早く、確実に殲滅する為に、そして見せしめ兼ねて特別1級術師である妖夢を派遣したのだ。
尤も、思想に対して実力が追い付いていなかったようだが……。
「ヒィッ!」
「……せめて抵抗くらいはしてくれませんか?」
リーダー格も殺し、残ったのは一名。しかし、運良く生き残っていたその男は仲間を皆殺しにされた恐怖で涙を流し、情けない声をあげながら背を向けて逃げ出した。
これに妖夢は呆れながら追いかける。ここまで一方的な蹂躙では、経験値にすらならない。
改革。転覆。大義。大言壮語を吐くには、あまりにも脆弱で愚か。かつて下克上を企てた天邪鬼は無類の弱者だったが、それでも弱者なりの、往生際が悪いまでの意地を見せたというのに。
「ギャアッ!?」
そして、角を曲がった所で男は斬り伏せられた。
妖夢はまだ刀を振るっていない。
「……む?」
立ち止まる。すると角から一人の男が現れる。
身体に赤子の頭をした、芋虫のような呪霊を巻き付けた、屈強な男であった。
「うげ」
「……甚爾さん」
「よりによってお前かよ」
男は妖夢の顔をみるなりしかめっ面で怠そうに頭を掻く。一方で妖夢の方は旧友に会ったような様子で刀を鞘へと納める。
術師は当然のこと、非術師にも少なからず有している“呪力”が
術師には必要不可欠なそれを持ち得ぬ代わりに、見劣りするどころかそこらの術師では到底敵わぬ強靭な肉体を手に入れたフィジカルギフテッドである。
「お久しぶりです。よもやこんな所で会うとは」
「本当にな。というか……そいつら、お前が殺ったのか?」
「そうですが……もしかして依頼人とかでしたか? なら、すみません」
もしそうならば丁度良かった。張り合いの無い連中だったが、目の前の男と死合う前哨戦と考えれば悪くはない。
「いや、標的だった。先んじて攻め込んだつもりだったが……一足遅かったみたいだな」
タダ働きかよ、と甚爾は溜め息を吐く。
「成程……であれば、貴方がやったことにしてくださって構いませんよ」
「お、良いのか?」
「ええ。このような下奴をいくら斬ったところで、何の得にもなりませんので」
どうやら違ったようだ。尤も、たとえ依頼人や仲間だろうと甚爾は己の利にならぬことをするような人間ではない。表情に出さずとも残念がる妖夢。そんな心情を読み取った甚爾は肩を竦め、芋虫の呪霊に死体を呑み込ませていく。
「相変わらず便利ですね、それ」
甚爾が従える呪霊。実力自体は3級以下だが、体内に無限に等しい空間が広がっており、呑み込ませた物を自由に出し入れする稀有な能力を有している。
この呪霊を利用することで甚爾は様々な呪具や凶器を持ち歩くことが可能であり、更に自らの体内に呪霊を収納することで呪力が完全に無い術師や並みの人間には感知出来ぬステルス人間と化す。
「羨ましい限りです」
「ん? ああ、お前の格好は目立つからな。見た目があれだから仮装やごっこ遊びにしか見えないが、職質されたら一発アウトだろ」
「そうですね。一応“半霊”に持たせれば見えないようには出来るのですが……」
絹のような白髪。背に大太刀、腰に刀。傍らにはフヨフヨと漂う人魂と、妖夢の格好は現代社会ではあまりにも悪目立ちし、否が応にも注目を集めてしまう。
幼い容姿なのが幸いして警察沙汰にはなっていないが……。
「んじゃ、さっさとトンズラさせてもらうぜ」
「はい。またいつか」
「二度と会いたくねぇよ、俺は」
そう言って甚爾は立ち去ろうとする。
「ああ、そういえば──」
ふと、妖夢が問いかける。
「恵は元気にしていますか? もうそれなりに大きくなっているのでは?」
「めぐみ……?」
その名に、甚爾は首を傾げる。一瞬過去に付き合った女の名前かと思ったが、覚えはないしそもそも妖夢がそのようなことを尋ねる訳もない。
頭を捻り、30秒程。漸くピンときた。
「ああ、俺の息子か」
「そうですよ。貴方とあの人の子供です。まさか名を忘れていらしたんですか? 名付けたのは貴方でしょうに」
呆れつつ、それでどうなんですかと、再度問いかける。すると甚爾はさも当たり前のようにこう言い放った。
「知らね。実家に売ったし、10億で」
「──は?」
妖夢が固まる。
その発言の意味を理解出来ずに。あまりにも予期せぬ返答だったが故に。
気が付けば、背の刀へと手をかけていた。
五階建ての雑居ビルが倒壊する。まるで積み木の山のように、
「ッ──どういうつもりだッ!?」
瓦礫の上に着地し、甚爾は訳が分からないといった様子でこの惨状を作り上げた目の前の女に対して声を荒げる。
何とか回避出来たものの、危うく切り刻まれるか、瓦礫の下敷きになるところだった。
「どういうつもり……だと? それはこちらの台詞です。売ったとはどういうことですか。それも、貴方があれだけ嫌悪していた場所に」
先程とは打って変わって突き刺すような殺気を放ちながら妖夢は淡々と問い質す。静かに怒るとは正にこのことだろう。
「俺なんかが育てるよりはマシな選択だろうが。それに、あいつは
そんな理由で殺そうとしてきたのかと、甚爾は面倒臭げな表情を浮かべながら説明する。
しかし、妖夢がそれで納得出来るはずもなかった。
「貴方は……貴方は、それで良いのですか? 自らの子を、あの人の形見を、そう簡単に手放せるというのですか?」
信じられなかった。禪院甚爾という人間の性格の悪さはよく理解しているが、それでも彼にとって
そんな
「……どの口が」
心底忌々しげに、甚爾は吐き捨てる。
「人間振るなよ、呪霊擬き。もうどうでもいいんだよ、何もかも──」
「ッ…………」
その罵倒で、あの病室でのことが脳裏に過った。あの日、自分は彼に何と話し掛けただろうか。少なくとも酷く無神経な発言をしてしまったのは確かであり、それが原因で喧嘩別れして今に至る。
悪くない日々だった。けれど、あの日、あの瞬間から、歯車が狂ったのかもしれない。
「……そんなに恵が気になるんなら、好きにしろ。じゃあな」
すると芋虫の呪霊が何かを吐き出す。
それは蝿頭という四級以下の呪霊。一般人にすら害の無い正しく蝿に等しき存在であるが、それが大量に吐き出され、煙幕のように妖夢の視界を覆い尽くす。
「!」
瞬時に妖夢は一匹残らず切り払う。
──が、既に甚爾の姿は無く、逃亡していた。
「……甚爾さん」
その有り様は自暴自棄のように思えた。きっと、そうならぬ為に
どうしたものかと、妖夢は考える。恵を……恩人の子を放っておくことなど出来るはずがない。甚爾が見捨てたというのなら、如何にして己が守り通さなければならない。
思い立ったが吉日。彼女は補助監督に任務を完遂した報告をし、足早にこの場から去っていく。
尚、帳無しでビルを倒壊させ、当事者もどこかへ行ってしまったので補助監督は泣きながら事後処理に奔走したという。
パワー
パパ黒>みょん
スピード
みょん>パパ黒
くらいのイメージ