みょんな呪術師 作:大嶽丸
ごめんなさい。
時系列はかなり曖昧なんで、先に謝罪しておきます。
「お久しぶりです。孔時雨」
「まさかお前の方から連絡してくるとはな。良いのか? 今はもう堅気の術師だってのに、俺なんかと会って」
禪院甚爾との一件の翌日。妖夢はある人物と連絡を取り、会う約束をした。
その人物の名は、孔時雨。呪術師、呪詛師問わずに仕事を斡旋する裏世界の仲介人である。
「……堅気、ですか。私からすればこちらもそちらも大した違いはありませんよ」
「は、言えてる。総監部のお偉いさんが聞いたらぶちギレそうだな。というか、あの時は本当に驚いたぜ。呪詛師がスカウトされるのはわりとある話だが……よく受け入れられたな、処刑対象みたいなもんだろうに」
「みたいですね。一応、表向きは呪霊憑きとして扱われています」
「そりゃ呪霊と人間のハーフなんて、表沙汰には出来ねェだろうよ。あ、厳密には呪霊ではないんだっけか?」
「そうですが、然したる違いはありません。どちらも同じ
「ふーん……お前が良いなら別に良いが」
彼とは長い付き合いだった。まだ呪術師になる前、戸籍も身分証明書も無く、挙げ句に人ならざる者で目立つ凶器を持ち歩いている妖夢は当然路頭に迷う。
そんな彼女が日銭を稼ぐ手段は後ろ暗いものばかりであり、孔時雨はそういった仕事を斡旋し、こちらを贔屓にしてくれていた。
「で? 何の用だ? 仕事に関することではないんだろ?」
「……恵。甚爾さんの息子についてです。彼が今どこに居るかご存知ではありませんか?」
「禪院の? 何でそりゃまた……」
妖夢の問いかけに孔時雨は困惑する。
「というか、本人に聞けば……ああ、そういや喧嘩別れしたんだっけな、お前ら」
術師殺しと
その後、裏世界最強と呼ぶに相応しいコンビは解散した。二人の間に何があったのかは知らないが、孔時雨は薄々察してはいた。
恐らく切っ掛けは、
「で、ご存知なのですか?」
「んなこと言っても……あいつは色んな女の所をプラプラしてるからなぁ……直接聞いたら不審がるだろうし」
「なら、調べてください。報酬は言い値で払いますから」
「おいおい。俺は仲介人だぞ? 何でも屋じゃねぇんだ、探偵にでも頼めよ」
「ツテがありません。貴方の方で雇ってもらっても良いので、どうかお願いします」
「……ったく、言っておくが、かなり吹っ掛けるぜ?」
渋々承諾する。畑違いの仕事であるが、報酬が言い値でというのは魅力的だ。何せ今の妖夢は特別1級術師。それも積極的に任務に赴いているという話であるし、懐はかなり暖かいはずなのだから。
それに、何だかんだ妖夢とは付き合いが長く、実年齢は年上だと分かっていてもあの幼い容姿に見た目相応の精神……裏社会にどっぷりと浸かっている孔時雨でも少なからず情は抱いてしまっていた。
「感謝します。孔時雨」
「へいへい。ところで、何で恵を探してるんだ?」
「……どうやら甚爾さんが実家に売るつもりみたいで」
「はぁ? マジかよ」
そこまで落ちぶれたのかと呆気に取られる。否、この場合元に戻ったと言うべきか……あの屑が結婚して真人間と化したのには度肝を抜いたが、縁が無くなった途端にこれとは何とも無情な話であった。
「しかし、だとして会ってどうするんだ? 匿うにしても御三家の一角に睨まれるとお前の立場も危うくなるぞ」
「……その時は、その時です。元々甚爾さん一人で潰せる連中など、取るに足りませんし」
あっけらかんと言ってのける。
「ハァ……相変わらずの狂犬っぷりだな」
強弱など関係無しに御三家を相手取るというのがどういうことなのか。恐らくあまり理解していないし、特に気にもしていないのだろう。
無類の強さを誇るが、どうにも考え無しというか、頭の足りない猪武者……それが孔時雨から見た妖夢の印象だった。
おまけに難しい話を無意識に聞き流す癖があるというどうしようもなさ。扱いやすくはあるのだが、危うい面もあり時折暴走して孔時雨も何度か困ったことがある。
「では、よろしくお願いします」
「あんまり期待するなよ」
その数日後、妖夢はとある団地にあるアパートへと赴いていた。
「……やはり貴方は仕事が早い。孔時雨」
階段を登り、メモ用紙に書かれた部屋番号と照らし合わせたそのドアをノックする。
暫くして、ガチャリとチェーンロックで僅かに開かれた隙間から一人の幼子が顔を覗かせた。
「……誰?」
「お久しぶりです。禪院恵くん」
確認するまでもない。その顔立ちには確かに、あの日見た赤子と、甚爾の面影があった。
「だから誰? 後、俺は確かに恵だけど名字は伏黒なんだけど……」
「失礼しました。私は魂魄妖夢と申します。甚爾さん……貴方の父親の知り合いです。禪院というのは父の姓です」
「あいつの……?」
突然現れた傍らに謎の白い物体がふよふよと浮遊しており、背と腰に刀を携えた白髪の少女に対し、露骨に警戒した様子を見せる幼子。その態度も言動もとてもではないが、まだ小学生にも満たない児童のものとは思えない酷く大人びたものであった。
尤も、妖夢はこれに完全に無関心であるため指摘する者は居ない。
「……あいつなら居ないぞ。ずっと前から」
「知っています。私は貴方に用があって参りました」
「俺に……?」
「あのー? どちら様ですかー?」
その時だった。
買い物袋を持った少女が妖夢に話し掛ける。目の前の幼子よりも、少し年上のように見えた。
「……津美紀」
「あ、恵。この人はー?」
「親父の知り合い……らしい」
「えっ!? お義父さんのっ!?」
こうして、妖夢は色々と話してどうにか信じてもらえ、部屋の中へと上がらせてもらった。
「……つまり、俺はその禪院家とやらに売られたってことか」
「ええ。その通りです」
甚爾は当然だが、母親の方も不在だった。居間でテーブルを挟み、大まかな事情を話しても幼子……恵はその衝撃的な事実に多少動揺していたが、意外と落ち着いており、驚きよりもここには居ない父親への苛立ちを見せていた。
「それで……魂魄さん」
「妖夢で構いません。何ですか?」
「……その禪院家に行けば、俺達は、津美紀は幸せになれるか?」
何故彼女がそんなことを伝えにきたのかは一先ず置いといて、恵は一番大事なことを質問する。
売られたという事実は腹が立つが、それで現状よりも良い環境に身を置くことが出来るというのなら……。
「場合によっては、貴方は悪いようには扱われないかもしれません。けれど、貴方の姉はまず無理かと」
「……それは、何で?」
「一つは術師ではないから、もう一つは女であるから。そして何よりも弱い」
淡々と妖夢は告げる。
「弱肉強食。力こそが全て。呪術界というのは特にそれが顕著です。弱者は強者に蹂躙されるか、隷従する他ない……そういう意味では貴方も例外ではなく、保有する術式によっては扱いが変わりますし、優遇されても妬んだ者に謀殺される可能性も無きにしも非ず」
「……あんたは、俺にどうさせたいんだ?」
一切取り繕っていない残酷なまでの事実を突き付けられ、恵は顔をしかめながら問う。つまりそんな地獄に売られた自分は、ただ悲観するしかないというのか。
「……貴方の母は、私の恩人でした」
「!」
生まれて間もない内に死んだ、実の母親。恵の目が見開かれる。
「故に、私は貴方に判断を委ね、全力で支援します。恩人に報いる為に──」
唯一の形見。彼女はそれを甚爾に託した。それは彼を独りにしない為でもあった。
しかし、甚爾は彼女の死に耐えられず、託されたという事実からも目を背け、この世の全てに絶望して堕落してしまった。
無責任と言わざるを得ないが、妖夢にはそう切り捨てることは出来なかった。あの日、あまりにも理解が足りていなかった自分を“呪霊モドキ”と罵り突き放した彼の怒りに満ちた表情が脳裏に過る。
彼に絶望を与えたのは、最愛の人の死だけでなく、他ならぬ己自身なのだから。
ならば彼が担うはずだった役目を、自分が果たすとしよう。結局恩を返すことは出来なかった。故に、せめて彼女が遺し、託したモノを──。
「……じゃあ、あんたは津美紀を守ってくれるのか?」
「貴方が望むと言うのなら」
躊躇無く断言する。彼女が本気でそう言っているのは、考えるまでもなかった。
「……俺は──」
「──という訳で、伏黒恵くんです」
「いやという訳で……えっ どういうことッスか?」
日下部篤也は大いに戸惑っていた。
出来れば会いたくない見た目は可愛くとも少し……いやかなり怖い先輩から呼び出されたかと思えば、知らないツンツン頭の子供を紹介されたのだ。至極当然の反応と言えよう。
「まずは縛りを結びましょう」
「は?」
「ここで話したことは他言無用。事情を説明するのはその後です」
「えぇ……」
その時点で厄ネタであると言っているようなものである。日下部は露骨に顔をしかめた。
「断ったら?」
「斬ります」
「怖っ!?」
「冗談ですよ。ただ、それでもここでのことを忘れる縛りを結ぶまでは帰すつもりはありませんが」
冗談には聞こえない。目の前の少女がイカれているのは知っているので恐らく拒否すれば本当に斬り掛かってくると日下部は予想する。
つまり、素直に応じて呼び出された時点で詰んでいた、ということだ。
「ハァ……分かりましたよ、分かりました。縛りを結ぶんで説明してください」
「物分かりが良くて助かります」
そして、二人は縛りを結ぶ。
「で、何なんスか? その坊主は」
「術師殺し、禪院甚爾の息子です」
「……は?」
少女説明中。
「自分の息子を売るって……糞みたいな親ッスね。で、魂魄さんはその坊主が禪院家に売られるのを阻止したい、と?」
「はい。阻止出来ずとも、彼の姉の身を守れるような処置を取りたいと思っています」
聞かされた内容はそれはもうとんでもないものだった。そもそも何故かの有名な術師殺しと知り合いなのかとかツッコミ所は満載であるが、脳がパンクしそうで質問する気にはなれなかった。
「それで、俺に一体どうしろと? 言っておきますけど、御三家へのコネとかありませんからね?」
1級術師と言えど、所詮は術式も家柄も何も無い平呪術師。御三家を相手にどうこうする力などあるはずもない。
「篤也には、私と共に彼の面倒を見てもらいます」
「は?」
「呪術界と関わる以上、彼にも力が必要です。鍛練は基本的に私がつけますが、長期の任務等で不在している間はお願いします。ああ、姉の方も見てやることを忘れずに」
「ま、待て待て待ってくださいよ! まだ理解が追い付いてませんって!」
「それから、近い内に私は禪院家に直接交渉に赴く予定ですが、最悪敵に回して処罰されるか、呪詛師認定されるかもしれません」
「……は?」
唖然とする。もはや何度“は? ”と言ったか分からない。聞き間違えか? この狂人は御三家に喧嘩を売るつもりだと言うのか。
「いやいやいや! 何でこの坊主の子の為に魂魄さんがそこまでやる義理があるんスかっ!?」
「恩人の子。それ以外の理由が必要で?」
「あの術師殺しがっ!?」
「いいえ、母親の方です。ともかくそこは確定事項なので私がお尋ね者になった場合は恵くん達の面倒は貴方に任せようと思います」
毅然とした態度でそう言われ、日下部は何も言えなくなってしまう。
腐りきった呪術界。その中核を担う御三家、中でも禪院家が特にろくでもないのは知っており、そんな場所に売られた子供のことは確かに哀れに思うし、見てみぬフリをするのは胸糞悪い。
しかし、だからといってその為に今の安寧を捨て、多くを敵に回して命を懸けるなど考えられなかった。
「無理ッスよ……そんなの……」
「責を負うのは私だけです。貴方はただ、二人の子供を守れば良いだけのこと。呪術師として」
「………………」
今にでも聞かなかったことにして逃げ出したかったが、足は動かなかった。
怠惰で死にたくないと常々思っている日下部だが、彼だって一端の呪術師。それを志した切っ掛けには、純粋な正義感があった。
既に枯れ果てたと思われていたが、胸の奥に秘められたそれは、確かにまだ燻っているのだろう。
「ハァ……何で俺なんスか? 軟弱者なんでしょう? 俺って」
「同じ剣士の端くれですし、貴方は弱いなりの戦い方を心得ている。まだ幼い彼には必要な考えです。それに、篤也は意外と教師に向いていると思っていますよ、私は」
「は。俺が教師、ね……分かりましたよ、ほんと面倒見るだけッスからね」
本当にこの人は。だから苦手なのだと日下部は嫌気が差しながらも半ば投げやり気味で承諾するのだった。
「ところで……御三家と言えば、聞きました? あの噂」
「噂、とは?」
「五条家の次期当主が、近々高専に入学するって話らしいッスよ。あの六眼と無下限の抱き合わせっていう──」
「ほう……“六眼”ですか」
その名は、聞いたことがある。
曰く、呪いの因果に縛られた忌み物。それを持つ者は星の子を守る為に生まれ、“妖怪”にとっては天敵にも等しいのだという。
さぞかし強いのだろうか。面白くなりそうだと、妖夢は笑った。
みょん「よろしく」
あつや「待て待て待て」