社会人の徒然。ただし幽霊憑き   作:Friday

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始まります。


お風呂場で自分の趣味を決める話

 11月12日、日曜日。19時12分。賃貸マンションのバスタブの中で、スマートフォンをつつきながら溜め息をついた。

 1週間の中で一番か二番目に嫌いな時間帯である。

 

 週末の休みは終わりが迫り、明日から仕事が始まる。6時に起床、7時10に家を出て、22分発の電車に乗る。乗り換え2回で職場の最寄駅に到着し、徒歩5分で到着。そこから実働7.5時間、休憩等込みで8.5時間+αを拘束され、また同じルートで帰宅する。

 そしてこれを次の休日までの1週間、正確には月曜〜金曜までの5日間、繰り返さなくてはならない。

 それを乗り越えれば休日が2日続くが、その後にはまた苦しい5日間が待っている。

 直近2週間の未来のことを考えて、また溜め息が出た。一生これが続くのか、とか考えるととても辟易としてくるが……いや、この思考はやめよう。自ら悪い方向に行くこともないだろう。

 

 

 

 ──さて、そんな僕だけど。悩みがあるのだ。

 

「趣味が欲しい」

 

 いきなり何をと思うかもしれないが、最近困ってるので、何かと頭に浮かぶのだ。

 社会人生活は悪くない。平日は朝から夕方まで仕事だけど、夜遅くなることは少ない。土日はちゃんと休みで、有給休暇もそこそこ取れる。何とか衣食住に困らないくらいな収入もあるし、多くはないが友人もいる。

 何だかんだ今の毎日にそこそこ満足してるのだ。アニメ見たりゲームやったり、友人と遊びに行ったり。我ながら悪くない日々を送っていると思う。

 

 しかし、人間の欲望はそうそう収まってくれない。安定してくると()()()()を求めるようになるものである。

 そして僕もその例に漏れず、その()()()()が欲しくなってきたのだ。

 

 

 それ即ち、趣味である。より正確に言うならば熱中できる何か。

 

 

 アニメやらゲームやらも趣味と言えば趣味だが、正直あまり熱中できていない。何となく暇つぶしくらいの感覚で、あったらいいな程度。僕の求める()()()()には足りない。

 つまり、趣味は趣味でも熱中できる趣味が欲しいのだ。それに情熱を注げるようなものが。すごく薄っぺらいことを言うが、充実感というか頑張ってる感というか、その手の感覚を味わいたい。人生の目標とまではいかなくても、自分を顧みたときに「これは頑張った」と胸を張れる何かが欲しいのだ。

 アニメやゲームにそこまで熱中できれば良かったけど、どうにもそうはいきそうにない。

 結果、他に何か見つけようと、捜索中というわけである。

 

「小説でも書いてみようか……。もしくはイラストを描いてみるとか?」

 

 アニメもゲームも好きだし、小説や漫画もよく読む。仕事にしなければクリエイターなんて丁度良さそうに見える。責任感やプレッシャーになりそうなことなんて殆ど無さそうだし、作品の質に拘ればそこそこやりがいも出てきそうだ。

 強いて問題を挙げるなら取っ付きづらさだろうか。クリエイターなんてどんなジャンルでも洒落にならないレベルの技能が必要だろう。

 普段、そんなプロフェッショナル達の作品ばかり目にしている自分が、こんな何の知識も技術もない僕の作成した作品程度で満足できるわけがない。

 中々上手くいかずに自身へのイライラばかりが募りだし、すぐに投げ捨ててしまわないかが心配である。

 僕は完璧主義な癖に飽きっぽいという、面倒臭さMAXな人間なのだ。どうにか続けることができれば良いが……。

 

「君はさっきから何をブツブツと独り言を言ってるの? ちょっと怖いのだけど」

 

 と、そんな不毛な思考中、頭に突然声が響いた。当然僕の声ではない。自身の声帯から出る聞き慣れた音声ではなく、少しハスキーな女声だ。

 しかし、僕の視界には人間は愚か、声を出しそうな生物は一切存在していない。女の子と一緒にお風呂、なんて羨ましい状況ではなく、完全無欠に1人で入浴中である。

 では先程からいじっているスマートフォンの音声か。これも違う。

 誰とも通話は繋がってないし、動画等、音が出る類のアプリケーションも使用していない。

 風呂場の何処かに音声を出す機能のある電子機器が他にある、もしくは隠されている。これもない。少なくとも僕の視界には入ってないし、そんなモノを隠せるような場所は我が家の風呂場にはない。

 

 誰もいない、何も無いのに人の声が聞こえるという状況。つまりは怪奇現象である。

 

 他にも様々、可能性を探り出したらキリがないが、その模索は既にやって、そして一応の決着が着き、諦めている。

 どうやら僕は幽霊のような何か、に憑かれてしまったらしいのだ。

 姿は何処にも見えない。触ることもできない。でも声だけは聞こえる、何なら会話もできる。一緒に歌を歌ったこともある。声だけタイプの幽霊、という奴なのだろう。姿が見えない分、慣れるまでの不気味さは筆舌にし難かった。

 事の発端は3か月前に遡るのだが、それは今重要ではないので割愛しよう。

 

 それよりも優先すべき僕の現状を話すのであれば、謎の幽霊に怖がられた。より言葉のニュアンスを汲み取るのなら、キモがられた。

 お前の声が聞こえることの方がよっぽど怖い、というフレーズが頭をよぎったが、そういう事を言うとこの幽霊はすぐ怒るのでこれも割愛(カット)。素直な返事以外に選択肢は無い。

 

「自分の嗜好について考えてたんだよ。何か熱中できる趣味が欲しいと思って」

 

「ふーん、また急な思い付きだね」

 

 彼女(性別は幽霊の自己申告)のよく分からん、という相槌に僕はこくりと頷いた(僕から幽霊は見えないが、彼女から僕は見えてるらしい。なのでジェスチャーは通じる)。

 

「前々から少し考えてはいたんだ。将来の夢とか目標とか、やりたい事とか、そういうのがイマイチ見つからなくてさ。このまま何とか死ぬまで嫌いな事やって食い繋いでいくのかなー、とか思ったら、それは少し寂しいなと」

 

 矛盾するようだけれど、僕は同じような毎日が淡々と続いていく、というのは決して悪いことでは無いと思っている。

 夢や目標、将来なりたい何か、やりたい事、そんなキラキラしたモノを皆が持っている必要は無いだろうし、そんなモノ無くても楽しい毎日を過ごす事はできるし、幸せにもなれる。

 

 けれど週7日の内、5日間も苦しい仕事に耐えて食べていってる現状。これが死ぬまで続く。そう考えたらその忍耐に値する何かを早いところ見つけ出さないと、何処かでプツン、と切れてしまいそうな気がしたのだ。

 だからこそ、何もない現状を変えようと、そう思った次第である。

 

「そう。それはまた楽しそうな悩みだ。私からも何か提案して欲しいとか、そういうことかな?」

 

「いいや、僕のこれは完全無欠に独り言だ。幽霊さんのアドバイスはもとめてないよ」

 

「へぇ。てっきり私に聞かせたくてわざわざお風呂で呟いてたのかと思った」

 

「……僕のことそんな捻くれ野郎だと思ってる? 声掛けたいなら外出するなりするよ」

 

 我が家の風呂場は何故か防音性能が高く、同居している家族に声を聴かれずに会話できる。だから普段、幽霊さんと話すのは入浴中の事が多い。

 

 当の彼女は「ふーん」と不満気味な相槌をこぼして、その後に言葉は続かなかった。

 いったい僕はどんな人間だと思われているのだろう。

 自己認識ではそんな典型的なカマチョタイプではないと思っているのだけど、彼女にはそう見えてるのだろうか。

 

 しかし、これはちょうど良いかもしれない。カマチョだと思われるのは少し癪だが、幽霊さんの意見も聞いてみるとしよう。

 

「幽霊さん、やっぱりアドバイスを聞けないかな? 今のはジョークなんだ」

 

 僕の言葉が風呂場に響いてから数秒の沈黙を経て、どこか呆れたような返事が返ってきた。

 

「君、ジョークと言えば何でも許されると思ってない? 中々お目にかかれないレベルの手のひら返しだったんだけど」

 

「まあまあそう言わずに。経験豊富な幽霊さんのご意見を賜りたいんだ」

 

「君ね……まあいいか。暇だし」

 

 彼女は何だかんだ付き合いが良い。……まあ、本気で暇なのもあるんだろうけど。

 何にせよありがたいことだ。持つべきは暇を持て余した幽霊の友人……は嘘か。

 

「ありがとう、幽霊さん」

 

「今度はやけに素直だ……別にいいけどさ」

 

 流石に少し不服そうである。ただ許して欲しい。

 幽霊さんに気をつかうとなると、ずっと憑かれてる関係上、僕の生活はその殆んどが気遣いに取られてしまう。

 そんなわけで、自身の性格の悪い部分もあまり隠さないようにしているのだ。

 それはともかく。

 

「今のとこ小説かイラストかなと思ってるんだけど、どう思う? 僕に続けられそうかな」

 

「……どっちも根気が必要そうだけど」

 

 幽霊さんは考えてくれているのか、声が途切れた。

 こういう時、相手が普通の人間なら考えてる姿が視界に入るから「考えてるんだなー」って分かる。

 でも姿の見えない幽霊さんだと何やってるか分からないから、独特の気まずさがあるんだよな……。

 

 気まずさに耐えること暫し。再度、幽霊さんの声が頭に響いた。

 

「んー……良いんじゃない? どっちも取り掛かる分には難しくなさそうだし。でも小説なら君にはとびっきりの話のネタがあるじゃない」

 

「……とびっきりの、ネタ?」

 

「そうそう。幽霊に憑かれてるなんて、最高のネタでしょう。そんな人いないよ」

 

 なるほど。今までも考えなかったわけじゃないけど、その手があるか。

 多少の脚色を入れるとしても、実話を書き出すだけなら僕にもできそうだ。

 

「確かにそれなら僕でも書きやすそうだけど……でも、幽霊さんは自分が小説にされてもいいの? あんなことやこんな事まで書く事になると思うけど」

 

 そういうのって嫌がるものじゃないだろうか。

 少なくとも僕は出会って3ヶ月の人間に、貴方の事を小説の題材にしても良い? って聞かれたらノーと返すと思う。

 普通に恥ずかしい上に、個人情報が不特定多数に開示されそうな不安感も芽生える。

 

「んー……私は特に抵抗ないかなー。それに()()()()()()()()()()と言っても、君に感じ取れるのは私の声だけでしょ」

 

「まあ、確かに」

 

 僕は幽霊さんの姿を一度も見たことがない。当然見えないからだし、現状見えるようにする手立ても不明なままだ。

 興味本位でいつか一目見たいとは思ってるけど、僕は今のとこ幽霊さんのことを声しか知らない。

 

「じゃあ、とにかく書いてみる事にするよ」

 

「そう、頑張って。できたら見せてね」

 

 僕はわかったと頷いてから、風呂を出た。

 

 実際にあった出来事を小説として書くとしよう。僕が上手くハマってくれればいいのだけど。

 記念すべき第一話は、お風呂で趣味について悩む話にしようかな。

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