私はあります。あれってなんか寂しいですよね。
同級生に再会した、と言えばどんなシーンを想像するだろうか。
同窓会? 出先でバッタリ? 学校や職場が同じ? 色々あると思うが、僕の場合は少し特殊だった。
職場からの帰宅中、東京駅で丸ノ内線を下車。普段はここでJRの路線に乗り換えている。
しかし今日はJRの地下改札には入らず、駅の外へ足を向けた。目指すは東京駅丸ノ内口のオフィスビルに併設されたカフェ。
そこで人と会う約束があるのだ。
外への階段を登っている途中、頭の中に綺麗なハスキーボイスが響いた。
「今日は真っ直ぐ帰らないの? 買い物?」
そういえば幽霊さんには何も言ってなかったな。
ちなみに僕は外で幽霊さんと会話してても大丈夫なように、基本的に白いワイヤレスイヤホンを付けている。
こうすれば道行く人は僕が独り言をブツブツ言ってるヤバいやつ、ではなく電話中と勘違いしてくれる……と信じてる。
「中学の同級生に会うんだよ。先週、夜に電話かかってきたの覚えてない?」
本当に突然の電話だった。10年近く顔を見てなかった同級生からのいきなりの着信に随分慌てたのを覚えている。
幽霊さんはテンパって受け答えがしどろもどろになった僕の様子をケラケラ笑っていた。
「夜に電話……ああ、あの生命保険の勧誘だったってやつ? 話、聞くことにしたんだ」
「そう。とりあえず話ぐらいは、ってね。で、今からそいつと会って話すから、30分くらいはその辺フラフラしててよ。聞いてても面白くないだろうし」
「えー、30分か……まあいいや。30分後に声かけるから、もし早く終わったら東京駅の丸ノ内改札口で待ってて」
「了解、じゃまた」
そして時刻は19時過ぎ。同級生の彼とは40分くらい前に解散。幽霊さんと合流し、電車を乗り継いで自宅の最寄駅で下車。
現在は帰り道をトボトボと歩いている。
既に日は落ちて、辺りは暗い。街灯とポツポツ設置されている自販機の灯りだけが目立っている。
僕と同じ仕事帰りだろう人が視界に2、3人見えるけれど、それ以外には誰もいない。虫の鳴き声すらない、静かなベッドタウンだ。
「で、保険は契約することにしたの?」
暗闇の中、誰もいないはずなのに頭に声が響く。幽霊さんだ。
「ううん、しなかった。……幽霊に憑かれた時の保障は無いみたいだったし」
「それは残念♪ ま、成仏するまで君のことは離さないつもりだからヨロシクね」
ちなみにこれは本当に聞いた。一瞬場が凍りついたが、冗談だと無理矢理納得してくれた模様。
多分ちょっとヤバいやつだと思われた。
ほら、久しぶりの同級生との再会に僕も少し舞い上がってたんだ。
「で、保険の営業云々はともかくとして、同級生との再会はどうだったの? 随分久しぶりだったみたいじゃない」
「やっぱ懐かしかったよ。確か10年ぶりとかだったかな」
今日会った彼は中学の同級生。卒業してからは一度も連絡を取っていなかった。
小学校、中学校と同じ学校で、小学生のときから遊びに行ったりしてたから割と仲は良かった方だ。
でも進路が別れて物理的な接点が無くなると、全く会わなくなってしまった、所謂"昔の友人"というやつ。
「そっか、なら良かったね。世の中一度距離が空いたら二度と会えない人も一杯いるのだから、今回の事はかなり幸運な部類だよ、きっと」
「はは、かもね。連絡をくれてありがたい限りだよ」
実際、僕はだいぶその辺にやる気無いからなー。僕から声掛けることはまず無いし。もっと人と関わるのに前向きにならなきゃとは思ってるんだけど……まあいいや。
とにかく悪い時間じゃなかった。
「ふむふむ。つまり君は、私を放り出して楽しい30分を過ごしたわけだ」
「うん。幽霊さんを放置した価値はあったよ」
ここでワンポイント。幽霊さんのダル絡みに乗ってはいけない。基本的にスルーが正解である。
「……君、私に対して雑過ぎない? 結構わかりやすく皮肉を言ったんだけど?」
「でも、ちょっと戸惑ってもいる」
「おっとまさかの無視。しかも自分語りを続けるなんて随分いい度胸してんじゃん」
「確かに仲は悪くなかったけど、多分この10年の間に"会いたい"とは一度も思わなかったからさ。いざ出会って顔を合わせても"楽しい"とか"嬉しい"とかの前向きな感情なんて出てこないと思ってた」
別に関係が劣悪だったとか、内心で彼を嫌っていたとかはない。
でも10年も関わらなかった人間を、今更好ましくは感じないだろうと思っていたのだ。
「もっと冷めてると思ってたってこと?」
「そんなとこかな。全然連絡取ってなかったわけだし。同窓会とか嫌いだし、最初に電話かかってきたときなんかふざけんなって思ったし、誰かと会う時って面倒臭いが勝つし、このクソ野郎とかしょっちゅう思うし。とにかく、そう。冷めてるんだ」
僕は人間として致命的な感性の持ち主だと、自分でも思う。昔から、ちょっと人間を嫌いすぎてる節があるのだ。
「……君って自分の考えを表明するとき、結構言うよね。あと基本的に口が悪い。でも、んー……」
またまた幽霊さん思考に沈むの巻。毎度のことだけど、話が終わりなのか考えてるだけなのかがわからん。
何か対策を考えなきゃな。精神衛生上よろしくないよ。
今回は後者だったようで、それ程経たずに声が響いた。
「……こんな考え方もある、という程度の話だけれど、ちょっと聞いてくれるかな」
「いいけど、どうしたの?」
何やら神妙な口調である。
「うん。じゃあ言わせてもらうと、君は別に冷めてないと思う。むしろ優しい部類じゃないかな」
おお、意外な好感度。
思ったよりも良い評価に、目を瞬いた。
「もし君が本当に人間関係に冷め切ってる人間なら、わた……いくら相手が同級生でも、保険の営業させてくれって言われて話を聞きに行ったりしないよ。それで友人関係が破綻したとしても電話の時点で断ってる」
彼女のハスキーボイスはまだ続く。幼子を諭すような言葉を僕は静かに聞いていた。
「でも君は電話に普通に対応した。そして会いに行って、ちゃんと話を聞いた。途中で帰ったりもしなかった。それができる人は冷めてるとは言わないよ」
「……なるほど」
「だからそんな君は久しぶりの友人との再会を、当たり前に嬉しく感じて、当たり前に楽しんだ。その同級生も同じだったんじゃないかな、あまり褒められた要件じゃないのに、普通に接してくれて嬉しかったんじゃない?」
こう手放しに肯定されると何だかむず痒い。耳の裏に熱が溜まる感覚があった。
「そ、そう。なんか気恥ずかしいね」
「ていうか、その同級生の彼もこの10年間、君に連絡はしなかったんだよね? 君が全ての連絡を無視したクソ野郎なら話は別だけど」
「うん。向こうからも来てないと思う」
成人式の時に一度……あったっけ? あのとき誰と連絡取ったか覚えてないんだよな……。
久しぶりの人が多過ぎた。
「だったら皆そんなものだよ。だってそれって向こうの彼も君も、少なくともこの10年間はお互いが相手に興味なかったってことでしょ」
「まあ、そう言われればそうかもしれないけど……」
「そうだよ。……そうだし、そんな疎遠な状況でも連絡が来たってことは、それだけ君が良い人間だと思われてたっていう証だ。話すのに抵抗が少ないから電話してきたんだろうからね。しかも、そこそこ盛り上がった」
「意外なことにね。彼が話すの上手かったってのもあるんだろうけど」
これは本当に意外なことに。もっと気まずい時間が増えると思ってた。
顔を見ない時間が長ければ長い程、仲を戻すのは難しいと思う。
互いに違う環境で時間を過ごしてしまっているのだから、価値観は離れていくだろうし、話も合わなくなる。
久しぶりの再会なんて、完全に異文化間交流の体を成すと言って良い。そしてそれは大抵面倒くさい。
今更元通りには絶対に戻れない、はずだ。
なのにいざ再開してみたら、昔のまま接する事ができてしまった。というか、あ、記憶にあるあいつだ、と感じたのだ。
当然だけど、彼は当時と比べて随分大人びていた。声も低くなってたし、背も伸びている。
話を聞くとやっぱり異文化圏の人間だとも思った。昔の自分でも、今の自分でも考えつきもしないような話ばかりだった。
にもかかわらず、何故か知らない人という感じはしなかったし面倒くさいとも思わなかった。
それどころか仕草や笑い方で、そういやこんな奴だったなーと記憶が掘り下げられたくらいだ。
それが何だか懐かしくて、同時に嬉しく感じた。今も少し胸がフワフワしている。
旧友とか、昔の知人とか、そういうの苦手な方だと思ってたんだけどな。
思いの外話は盛り上がって、30分の予定が終わってみたら40分以上は話していた。
……集合場所で待ってた幽霊さんはむくれてたけども。
「ここまで来て、君が冷たい人ってことはないよ。……きっと、それだけ良い学生生活だったんじゃないの?」
「いやー中学生の頃なんて黒歴史の塊でしょう。正直僕はあんま思い出したくないくらいだよ」
「ふーん、君の黒歴史にも興味はあるけど……少なくとも、今日が楽しかったということは、今日会った彼には悪い感情を持ってなかったんだろうね」
「そうなのかもね。……まあ、単に"昔の友人と会う"という非日常を楽しんだだけなのかもしれないけど」
こんな機会滅多にあることではないし、実際そうなんじゃないかと自分では思ってる。
でも、もっと頻繁に彼と会って話すことになるのなら、この“フワフワする”感覚が何なのか決着が付くかもしれない。
彼との再会が非日常でなくなったとき、それでもこの感覚が残留し続けるのであれば、きっとそれは僕が彼を本当に良く思っている証だ。
昔の友人というものについて考え直す必要があるだろう。
多分、幽霊さんの話はいくらでも穴が見つかると思う。
単に僕がノーと言えない意志の弱い人間なだけかもしれないし、そんな僕なら簡単に騙せると思われただけかもしれない。
彼女が最初に言っていた通り、こういう考え方もある、というだけの話だ。
でも、実際こういう考え方も確かにあるのだ。なら一度くらいはそれに則って行動するのも悪くない。
何より、僕のことをそんな風に言ってくれる人がいるなら、それが何よりも喜ばしいことだろうから。
「今度、また彼と会ってみようかな。一応お誘い自体は受けてるし」
2回目ならもう少しは何か分かるだろうか。
少しの期待と、それより少し大きめの不安と、何だかよく分からないフワフワした感情。
そんな不安定なものを抱えながら、僕は夜道を歩くのだ。
……しかし自分のことというのは全くもって難しい。考えてて一番疲れるかもしれない。
「いいじゃない。君は出不精なんだからそういう機会は逃さない方がいいよ」
「んー、それじゃあ幽霊さん。今度は1時間〜2時間どこかで散歩してて」
「ええー……。今日の40分でも結構暇だったんだけどー。私を蔑ろにするのは良くないと思いまーす」
「自分で言い出したのに?」
「君が同級生と会うのは推奨するけど、その分私にも何か見返りを用意すべきだと思います!」
「やだよ。幽霊にあげられるものなんか無いって」
「なら今夜から毎晩、寝る前に君の枕元で騒ぐことにしよう。眠れぬ夜を過ごすが良い」
「それは勘弁して下さい。洒落にならん」
以前、幽霊さんと出会ったばかりの頃、一度だけやられたらことがあった。
幽霊さんの声って直接頭に響いてくるから、耳栓をしても効果がないし、とにかく酷い目に遭ったのを覚えている。
「ふむ、ならばそれ相応の態度があるのでは?」
「……むむ。なら今度旅行がてら、有力な寺社仏閣でお祓いでも受けに行こうか」
「ふむ、仕方ない。良いでしょう」
良いのか。意外と
「スゥ────」
一拍空いて、呼吸音が頭に響いた。
今まで気にして無かったけど、幽霊さんも呼吸するんd──。
「私のことっ!! 雑に扱い過ぎ!!!!」
僕の脳みそは爆発した。
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